先生があなたに伝えたいこと
【西尾 啓史】関節の痛みは加齢とあきらめて放置されがちですが、リハビリや再生医療、手術の技術革新は目覚ましく、治療の選択肢は増えています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. はじめに、先生が医師を志されたきっかけについて教えてください。
A. 小学生の頃から大学までずっとサッカーをしていて、スポーツドクターやトレーナーの方にお世話になる機会が多く、自分も選手をサポートできる仕事に就きたいと考えました。
Q. 先生のご専門について教えてください。
A. 現在は膝関節をメインに、人工股関節、人工膝関節、スポーツ外傷の靭帯再建術や半月板損傷、骨折などの手術を担当しています。大学院では再生医療について研究していました。週末はチームドクターとして、Jリーグや女子のプロサッカーチームの試合に帯同しています。
【股関節の仕組みと疾患】
Q. 本日は股関節と膝関節に多い疾患とその治療法について詳しくおたずねします。まずは股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は大腿骨(だいたいこつ)の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)というボール状の骨が、骨盤側で受け皿となる寛骨臼(かんこつきゅう)という骨にはまり込む構造の球関節で、関節の表面は軟骨というクッションのような組織で覆われています。歩くだけで体重の3~4倍の負荷がかかるとされますが、周囲の靭帯、関節唇(かんせつしん)や筋肉などの働きによって保護されています。
Q. 股関節に多い疾患にはどのようなものがありますか?
A. 最も多いのは、軟骨がすり減って炎症や痛み、可動域制限などを引き起こす変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。ほかには股関節唇損傷や膠原病が原因で起こる関節リウマチ、大腿骨頭壊死症などがあります。
Q. 軟骨がすり減る原因は何ですか?
A. 変形性股関節症の約8割が、寛骨臼の発育が不十分で大腿骨頭を覆う面積が不十分であるために、一部の寛骨臼に負荷が集中して軟骨がすり減ってしまう寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が原因です。寛骨臼形成不全は日本人女性に非常に多く、変形性股関節症の患者さんは50代以上の女性に多くみられます。加齢や肥満、スポーツや肉体労働で酷使してきたことも変形性股関節症になる原因です。
Q. 変形性股関節症ではどのような症状が現れますか?
A. 脚の付け根がだるい感じから始まり、足を引きずったり、肩が揺れたり歩き方に異常が現れ、靴下や靴が履きにくくなることがあります。起床時や立ち上がり時など動き始めに痛むことが多いです。動かしづらいといった可動域制限を訴えられる方もいらっしゃいます。
Q. 変形性股関節症の治療法について教えてください。
A. いきなり手術になることはなく、まずは保存療法といって、痛み止めを使いながら運動療法や生活習慣を見直していただくことから始めます。股関節のバランスを取るにはお尻の筋肉や体幹を鍛えることが大切で、運動療法は、関節に負担をかけない水中ウォーキングやエアロバイクがおすすめです。階段や坂道を歩くと関節に負担がかかるので、できるだけ避けてください。こうした保存療法で痛みを和らげることが期待できます。それでも痛みが治まらず、症状が進行するようであれば手術を検討します。
Q. 手術はどのような流れで決まるのでしょうか?
A. 2~3ヵ月は保存療法で様子をみてから慎重に適応を判断します。ただ、末期の変形性股関節症で、明らかに痛みの原因が股関節にあり、歩くのもつらいようであれば、早期の手術をすすめます。手術は傷んだ部分を人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)になることが多いです。
Q. 人工関節にするとなぜ痛みが治まるのですか?
A. 軟骨が摩耗して炎症が繰り返し起こっていた関節を人工物に置き換えることで、体重をかけてもストレスなく生活できるようになるためです。痛みで制限されていた可動域が広がるメリットもあります。
Q. 人工股関節は以前に比べて進歩していますか?
A. はい。昔は人工股関節の耐用年数は10~20年程度とされていましたが、インプラントで軟骨の代わりになるポリエチレンライナーで摩耗しにくい素材が開発されたことで、いまでは30年程度もつようになっています。手術も、皮膚切開が十数年前と比べて半分ほどになって身体への負担が大幅に減り、ナビゲーションシステムの導入や術前計画の向上で、より正確に行われるようになりました。
また、術後に激しいスポーツをすると早期に金属が摩耗したり、人工関節がゆるんだりする恐れがあるため、以前は術後のスポーツは許容されていませんでしたが、リスクを許容できる方には術後のスポーツを許可しています。やりたいことをできるようにするために手術を選択してもらうのが私の治療のポリシーです。いまでは手術後に格闘技やラグビーをしている方もおられますよ。
【膝関節の仕組みと疾患】
Q. それは心強いですね!続いて、膝関節の構造と代表的な膝関節の疾患についても教えてください。
A. 膝関節は脛骨(けいこつ)の上に大腿骨が乗る構造で、間にクッションとなる半月板という組織があり、周囲の靭帯や大腿四頭筋、膝蓋骨、ハムストリングによって守られている関節です。最も多いのは軟骨の摩耗で炎症や痛みが起こる変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)で、ほかに靭帯損傷や半月板損傷、関節リウマチなどがあります。
靭帯損傷はスポーツが原因で起こることが多いですが、半月板損傷は変形性膝関節症の初期段階にある40~50代の女性にもよくみられます。
Q. 変形性膝関節症に現れる症状はどのようなものでしょうか?
A. 変形性股関節症と同様に、動き始めや立ち上がった時に痛むことが多いです。変形性膝関節症では、徐々に痛みが増し、関節周囲に水が溜まって腫れる関節水腫(かんせつすいしゅ)がみられたり、曲がりにくくなったりすることがあります。
Q. やはり保存療法から始め、悪化するようなら手術になるのでしょうか?
A. はい。変形性膝関節症は、初期にはレントゲンに異常が現れないため放置され、痛みは治まっても変形が進んでいくことが多いのですが、この段階でインソール(足底板)を使った治療や再生医療で進行を抑えることが大切です。
Q. 再生医療について詳しく教えてください。再生医療は軽度でないと効果は見込めませんか?
A. 当院では主にPRP療法(ぴー・あーる・ぴーりょうほう)といって、患者さんご自身の血液を遠心分離で得られる「PRP(Platelet-Rich Plasma:多血小板血漿(たけっしょうばんけっしょう)を関節内に注射する治療を行っています。出血してかさぶたができ、自然治癒するのは血液中の血小板が組織の修復や抗炎症作用を促す成長因子を出しているためで、PRPはその成分を凝縮して活性化させたものです。PRPを関節内に投与することで炎症や痛みを和らげ、軟骨の環境をよくすることが期待できます。
順天堂大学の統計によれば、初期の変形性膝関節症で6割、進行期・末期の方で3~4割の方に症状の改善がみられることがわかっています。保険適用外となることにご理解いただき、予防に力を入れたい方には、早い段階で説明させていただいています。手術をしたくない方や、持病があって手術ができない方にとっても一定の除痛効果が見込めるので、試してみる価値は大いにある治療法です。
Q. 手術になる場合、どのようなものになりますか? 進歩したところがあれば教えてください。
A. 傷んだ部分を人工物に置き換えて痛みの軽減をはかる人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)になります。近年はロボットやナビゲーションを導入する医療機関が増え、手術の術後成績は向上しています。ただ、膝関節の手術は、股関節の手術に比べると患者さんの満足度は劣るのが実状です。ですから、当院では、患者さんの元の骨の形状や軟部組織のバランスに沿ってインプラントを入れるキネマティックアライメント法を採り入れ、術後成績、満足度の向上を目指しています。
Q. 最後に、関節の痛みに悩んでいる方にメッセージをお願いします。
A. 変形性股関節症や変形性膝関節症は、「加齢だから仕方ない」とあきらめて放置している方が多い疾患ですが、リハビリや再生医療、手術の技術革新は目覚ましく、治療の選択肢は増えています。痛みで趣味やスポーツが楽しめないという方は、お近くの整形外科にご相談ください。
リモート取材日:2024.7.25
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
関節の痛みは加齢とあきらめて放置されがちですが、リハビリや再生医療、手術の技術革新は目覚ましく、治療の選択肢は増えています。