先生があなたに伝えたいこと
【田沼 優一】人工股関節置換術はいまや審美の時代。高齢でも負担なく受けられるようになり、手術創も目立たなくなっています。
医療法人社団鴻愛会 こうのす共生病院
たぬま ゆういち
田沼 優一 先生
専門:股関節
田沼先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
昨年まで大学病院兼務で当直も多く、不規則な生活と運動不足が祟って人生最高の体重に。平日の仕事後にはエアロバイクを使った有酸素運動や筋トレを行い、10kgの減量に成功しました。おかげで腰痛も肩こりもなくなり、快調です。これからも健康維持に気を配っていこうと思います。
2.休日には何をして過ごしますか?
小学生の息子とサッカーをしたり、釣りに行ったりしています。息子の友人の家族と一緒にキャンプに出かけることもあります。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. まず始めに、股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤側にある寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿に、大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込む構造の球関節で、関節の表面は軟骨というクッションのような組織で覆われています。周囲の関節包(かんせつほう)という袋や腸腰筋(ちょうようきん)、中殿筋(ちゅうでんきん)、大殿筋(だいでんきん)という強靭な筋肉が、股関節を曲げるときに脱臼しないよう制御しています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 最も多いのは、加齢によって軟骨がすり減ることで痛みが起こる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)で、ほかには関節リウマチによる股関節症や、大腿骨頭の血流が悪くなることが原因で骨組織が破壊される大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)などがあります。
Q. その治療法について教えてください。
A. まずは、鎮痛剤の服用やヒアルロン酸の関節内投与で痛みを抑えながら、リハビリから始めます。リハビリは股関節周囲の筋力トレーニングやストレッチが中心となります。減量したり、杖を使用したりして股関節の負担を減らすことも痛みを和らげるのに効果があります。
運動は、関節に負荷をかけずに筋力が鍛えられる水中ウォーキングがお勧めです。リハビリは短期間では効果が乏しいので、最低でも3ヵ月は続けてください。
そうした治療を行っても痛みが取れない場合には、手術も検討します。
Q. どのような手術になるのでしょうか?
A. 若年層で生まれつき股関節の寛骨臼の"被り"が浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が原因の変形性股関節症の方には、骨切り術(こつきりじゅつ)といって患者さんご本人の骨を削って角度を変え、正常な寛骨臼を作る手術があります。中高年以降の方には、傷んだ関節を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を行います。
骨切り術は自分の関節を温存できますが、術後すぐに荷重がかけられず、人工股関節手術に比べて日常生活に戻るのに長期化することがあります。いまは人工股関節の耐用年数が延びているので、若い方も人工股関節の手術が受けやすくなっています。
子育てや介護で入院が難しい方や、まだ手術はしたくない方には、PRP(ぴー・あーる・ぴー)療法という再生医療もあります。
Q. PRP療法について教えてください。
A. 患者さんご自身の血液を遠心分離して得られる多血小板血漿(たけっしょうばんけっしょう)(PRP)を関節内に注射する治療法です。
PRPには炎症を抑える良いタンパク質と軟骨の健康を守る成長因子が大量に含まれており、関節内に注射することで炎症や痛みを改善し、軟骨の環境をよくすることが期待できます。当院の場合、培養加工施設があるので採血から1時間以内に加工でき、その日のうちの治療が可能です。保険適用外にはなりますが、自身の血液を使うので安心・安全な治療と言えるでしょう。
Q. 手術を決断するとすれば、どのようなタイミングになるでしょうか?
A. 保存療法を長く続けても痛みが治まらず、仕事や趣味に支障がある、外出するのもつらいなど、痛みで楽しみや生きがいも損なわれているようであれば手術すべきでしょう。基本的には患者さんやご家族の意志が一番ですから、患者さんには生活背景も詳しくお伺いしたうえで、症状に応じて治療のあらゆる選択肢をお伝えしています。
Q. 人工股関節置換術とはどのような手術ですか?
A. 股関節の傷んだ部分を取り除いて人工関節に置き換えることで痛みを和らげる手術です。人工関節は、金属のステムとポールとカップ、カップの内側で軟骨の役目を果たす超高分子ポリエチレンライナーで出来ています。
Q. 人工股関節で進歩したところはありますか?
A. 人工股関節が擦れ合う部分に使用されるポリエチレンをはじめ、セラミックや金属など材質の改良で耐久性が向上し、摩耗しにくくなりました。手術前にCT画像で患者さんの骨の形を3次元的に評価して最適なインプラントを選択し、手術支援角度計や簡易ナビゲーションを使ってより正確に設置できるようになったことも大きいです。患者さんの骨の形に最も適したインプラントを使い、正確な位置に設置することで、患者さんにとって手術後も違和感がなく、可動域制限のない手術が可能になります。
Q. 人工股関節の手術の方法も進歩しているのでしょうか?
A. 近年は皮切(ひせつ:手術時の皮膚の切開)を小さく、筋肉を温存する最小侵襲(しんしゅう:身体への負担が少ない)手術が普及し、術後の早期回復、社会復帰も早くなっています。当院では手術時に鼠径部(そけいぶ:脚の付け根の部分)に沿って切開するビキニ皮切(びきにひせつ)で、筋肉や腱をほぼ完全に温存し、関節周囲の関節包(かんせつほう)靭帯もできるだけ温存する術式を採り入れています。
Q. ビキニ皮切や関節包靭帯の温存によって、どのようなメリットがあるのでしょうか?
A. 一般的な最小侵襲手術では、筋肉の走る方向に沿って皮切するため、皮膚のしわと交わる方向に手術創(手術の傷)ができ、手術後に攣れる、ピリピリした痛みを感じるという患者さんが少なからずいます。
患者さんの体型や変形の度合いにもよりますが、ビキニ皮切では手術創が目立たず、手術後のひきつれや痛みがほとんど起こらなくなりました。
また、筋肉や腱、関節包靭帯の温存によって早期の機能回復が可能になり、術後の脱臼の危険性も抑えられるようになりました。当院では、術後の生活動作の制限は設けず、大抵のスポーツは許可しています。
Q. 股関節疾患の治療には、本当にさまざまな治療法があるのですね。先生が診療で大事にしていらっしゃることがあれば教えてください。
A. 患者さんに「手術したことを忘れてしまう」と思っていただけるような、痛みも可動域制限もない人工股関節置換術を目指しています。いまや人工股関節の手術も、単に痛みを鎮めるだけでなく、手術創が目立たないように美しさも求められる "審美"の時代です(笑)。たくさんの選択肢の中から患者さんにとって最適な治療法を提案することで、治療後のQOL(生活の質)の向上につなげていきたいと思います。
Q.最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2023.6.27
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工股関節置換術はいまや審美の時代。高齢でも負担なく受けられるようになり、手術創も目立たなくなっています。