先生があなたに伝えたいこと / 【深谷 英世】大事なのは型どおりの治療ではなく、患者さんごとに適切な手術時期を見極めることです。

先生があなたに伝えたいこと

【深谷 英世】大事なのは型どおりの治療ではなく、患者さんごとに適切な手術時期を見極めることです。

JR東京総合病院 深谷 英世 先生

JR東京総合病院
ふかたに えいせい
深谷 英世 先生
専門:股関節

深谷先生の一面

1.最近気になることは何ですか?
 人工関節に関する情報がネットなどに溢れていること。現実とかけ離れた情報も少なくありませんので、やはり専門医の「生」の意見を聞かれることを強くお勧めしたいです。

2.休日には何をして過ごしますか?
 冬から春は信州の野沢温泉でスキーしたり温泉に入ったりしています。

先生からのメッセージ

大事なのは型どおりの治療ではなく、患者さんごとに適切な手術時期を見極めることです。

Q. 最初に、股関節の主な疾患とその原因について教えてください。

正常、臼蓋形成不全A. まず圧倒的に多いのは、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。これは、軟骨がすり減ることで痛みや変形の生じる疾患で、日本では臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)に伴って起きる二次性の変形性股関節症が多く、中年以降の女性に発症することが多いです。欧米では体重過多などが原因で発症する一次性のものが多く、男女差はほとんどありません。

次いで当院で多いのは大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)です。これは特発性(とくはつせい)といって原因ははっきりしていませんが、ステロイドをたくさん使っていた経歴があるとか、アルコールの過剰摂取が考えられますので、大腿骨頭壊死症を疑った場合には診察時にそういったことを問診します。また、最近は60代以前の比較的若い方に大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)が増えているように思います。その原因のほとんどが転倒です。あとは「関節リウマチ」ですね。

大腿骨頭壊死症

大腿骨頸部骨折

JR東京総合病院 深谷 英世 先生Q. 変形性股関節症の主原因である臼蓋形成不全とはどのような疾患なのですか?

A. 臼蓋の被りが浅い疾患で、これは先天的なものです。そのまま気づかずに成長して、30代、40代になって痛みが出て初めてわかるという方が、実はとても多いのです。赤ちゃんのときに先天性股関節脱臼があった方は、臼蓋形成不全につながりやすいということもあります。

Q. 臼蓋の被りが浅いとどうして変形性股関節症へ至ってしまうのでしょうか?

A. 被りが浅いと、接する面積が狭くなるので、関節の表面の軟骨に余計な負担がかかってしまうんです。その部分の軟骨が徐々になくなって、進行すると完全になくなってしまうこともあります。クッションになる軟骨がなくなって、骨と骨とが直接ガリガリと接することで痛みや変形が生じるわけです。

Q. 変形性股関節症と診断されれば、イコール、人工股関節の適応となるのでしょうか?

寛骨臼回転骨切り術A. いいえ、人工股関節は最終的な治療です。ただ大事なのは「手術の時期を見極める」ことだと考えています。早めに痛みから開放されたほうが、そのあとの活動性に有利だと判断したら、私としては手術をお勧めします。また、臼蓋形成不全のみで軟骨のすり減りがほとんどない若い方ですと、ご自分の骨を使って臼蓋を形成する「寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)」が有効です。それで一生保つことも多いですよ。

水中歩行 イメージQ. 手術に至らない場合はどのような治療をされますか?

A. 変形初期で痛みが比較的軽く、日常生活や仕事にそれほど支障が出ていなければ、トレーニングですね、リハビリ的なことになると思います。股関節の周りの筋肉を鍛えるストレッチや水中歩行などをしていただきます。必要に応じて痛み止めのお薬を用いますが、お薬は痛いときにその場しのぎで使うというよりも、体への副作用が少ない穏やかな痛み止めを計画的に服用して、痛みのレベルを下げながら様子をみていきます。患者さんの骨質によりますが、すり減りや変形がそれ以上進行しなくなって、手術を回避できたり、長い年月をしのげたりすることもあります。ただし、診断には客観的な股関節専門家の目が必要ですので、3ヵ月に一度とか半年に一度定期的に来院していただいて、きちんと経過をみることが大切です。

Q. なるほど。大丈夫だと思っても必ず定期検診は行っていただきたいですね。

A. それが本当に大事なんです。ご自分で大丈夫だと思っていても客観的にみれば可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)が悪くなっていることもありますし、レントゲン上で悪くなっていることもあります。その状態次第で手術をお勧めするかもしれませんし、逆にご本人が痛いとおっしゃっても客観的な所見が悪くなければ、治療のプログラムを考え直して様子をみましょうということもあります。患者さんと一緒に経過をみながら治療する、そして慎重に手術の時期を見極めることが重要なんです。

Q. 参考までに「大腿骨頭壊死症」と「大腿骨頸部骨折」についても少し教えてください。やはり程度によって治療法は変わるのでしょうか?

JR東京総合病院 深谷 英世 先生A. 「大腿骨頭壊死症」では壊死の範囲が狭いか広いかで変わってきます。壊死範囲が狭ければ骨頭がつぶれず、手術せずに済むこともありますが、壊死範囲が広ければ骨がもろくなって潰れてきてしまうので、いずれは軟骨がなくなってしまいますから、そこに至るまでに人工股関節手術をされるのが良いだろうと思います。「大腿骨頸部骨折」は、ヒビが入っているだけならば若い方の場合、スクリューでつなぐ骨接合術を行います。そうでない場合やズレが大きい場合、結果的に骨頭壊死になることが多いので、人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)ということになるでしょう。かつては人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)の手術が多く行われていましたが、活動性の高い方の場合は残った軟骨がさらにすり減ってくる可能性もあり、もしかしたら2回目の手術が必要になるかもしれません。私は若年者や高齢者の方でも活動性の高い方はTHAのほうが良いだろうと思っています。THAによる人工関節の耐用年数が大幅に伸びてきていますし、当院のような専門機関では、手術時間もBHAに比べてそんなに変わりません。痛みの取れ方もTHAのほうが成績が良いという報告もあるので、だったら長もちして痛みも取れるほうが良いですよね。

人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)

人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty:THA)

骨盤の臼蓋部分も人工物に置き換える

人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)

人工骨頭置換術(Bipolar Hip Arthroplasty:BHA)

骨盤の臼蓋部分は温存する

Q.「手術の時期を見極める」ことが大事とのことですが、その時期を決める基準とは何でしょうか?

A. 基本的には"日常生活の不便さ"です。レントゲン所見だけでは決められませんし、痛みも我慢できるレベルが人により異なりますから、それだけでも判断できません。痛みによって今までできていたことができなくなったとか、生活上の制限が出てくるということが数ヵ月単位で明らかに進んでいるということであれば、これはもう前向きに手術を考える時期です。

JR東京総合病院 深谷 英世 先生Q. タイミングを逃さないことが重要なのですね。

A. ええ、いたずらに保存療法の期間を伸ばさないということですね。股関節の状態がひどくなる過程では、どうしてもそこをかばうものですから、腰や膝も傷めてしまう方が非常に多いんです。また、手術をしたくないという理由で、痛み止めをずっと飲み続けると内臓を痛めることもあります。進行しているのが明らかであれば、そういった支障をきたす前に、長引かせず手術を決断されたほうが良いでしょう。先ほど申し上げましたように、人工股関節の耐用年数が延びていますので、昔に比べて治療の考え方も変わってきていると思います。

Q. 昔ほどは年齢に左右されず人工股関節手術ができるようなったということでしょうか?

A. はい。人工股関節の寿命が10年、15年といわれていた時代には、なるべく年齢がいってから人工股関節手術をするということでした。しかしいまだに、「そんなに長保ちもしないし、2回目の手術になったら大変だから手術はもっと先に」ということで、だいぶ悪い状態であっても我慢させられているケースが少なくないんですね。私は、もうそういう時代ではないと思っています。

Q. なぜ以前は人工股関節の寿命が短かったのですか?

A. 人工股関節の寿命を左右するのは、骨との間に発生するゆるみが原因になります。人工股関節は臼蓋側に入れるチタン合金のカップに、クッションの役割をするポリエチレンライナーを装着し、そこへ大腿骨側の骨頭(ボール)をはめ込む構造になっています。チタン合金は、骨と一体化するようにできていますので普通はゆるむはずがないのですが、ポリエチレンは摩擦によりすり減ってしまいます。するとその摩耗粉(まもうふん)が骨と金属の間に入り込んで生体反応が起き、骨が溶けてボロボロになっちゃうんです。そういうことが10年、15年くらいで起こることがあるといわれていました。現在では、その摩耗のリスクは大幅に低減しています。

Q. 人工股関節は具体的にどこがどのように進化したのでしょうか?

JR東京総合病院 深谷 英世 先生A. たとえばAquala(アクアラ)という技術が出てきました。Aquala(アクアラ)より以前には、すでにポリエチレンに放射線を当てるクロスリンクという処理によって強力なポリエチレンができていました。Aquala(アクアラ)はそのクロスリンクポリエチレンに、さらにMPCポリマーというものを表面処理し、ライナーと骨頭ボールとの潤滑性を高め、摩耗を減らそうとする技術です。こうした技術で耐用年数を延ばすことができれば、早めに手術をして快適な生活を取り戻し、いろいろなことをやって人生を楽しんでいただくほうが良いと思いますし、ほかの組織に支障が出る前に手術したほうがメリットは大きいのではないかと考えます。

※Aquala(アクアラ)は京セラ株式会社の登録商標です。

Q. 手術手技も進化していることと思いますが。

A. もちろんそうですね。たとえば人工股関節の合併症として考えられる脱臼のリスクは、当院では限りなくゼロに近くなっています。私は体の後ろ側から切開する後方アプローチが得意なのですが、実は後方アプローチは、皮膚切開は大きく後方の筋肉を切るため、前方アプローチに比べて脱臼しやすいといわれてきました。しかし今は手術手技の進歩で皮膚切開は7cm程度、筋肉を切るのも最小限で、関節包(かんせつほう)という関節を包む袋も完全に切除するのではなく、はがして保存します。こういったことで、前方アプローチと変わらない成績を獲得できています。さらに手術中に、ある程度まで無理な姿勢をとってみて脱臼することがないかチェックしています。大事なのは、患者さんそれぞれに応じた"使いやすい人工股関節"にすることです。

後方アプローチ

後方アプローチ

Q. "使いやすい人工関節"にするとは具体的に?

脚長差A. いうまでもなく、大前提はその方に対してより適切な人工関節を選択し、カップの最適な位置への設置など正確な手術を行うことです。しかし、それぞれ変形の程度も筋肉の状態も違いますので、股関節が固い方には上手に曲げられるように筋肉を調整したり、脚長差(きゃくちょうさ)といって、左右の脚の長さが違う方には長さを調整したりするといったことが必要です。

Q. 左右の脚の長さが異なることもあるのですね。

A. 軟骨がすり減ることで骨頭が上にずれてしまい、それで短くなることがあります。ご本人がすごく短く感じておられるなら1cm程度伸ばすこともあるかもしれません。ただ、あまり延ばすと筋肉のテンションが上がって固くなってしまうので、ほどほどが大事です。逆にかなり短くなっていてもご本人があまりそれを感じておられない場合もあります。何事も型通りではなく、その方、その方、あるいは症例に応じて手術をすることに、我々の存在意義があると思っています。

Q. 大変よくわかりました。では脱臼のほかに考えられる合併症はありますか?

フットポンプA. 感染症ですね。人工股関節の周囲に感染を起こすと治りにくく、最悪の場合は一旦抜いて入れ直すことになりますので、それは何としても避けたい。そのために無菌的な環境であるクリーンルームを使い、手術に臨みます。手術のあとの処置も、傷を縫うときは抗菌剤を練り込んだ糸を使い、表面をテープで留めてフィルムを貼り、最も感染しにくい状態にします。糸は溶けますので抜糸も必要がありません。めったに起こりませんが肺塞栓症も怖いので、手術中からストッキングを履いていただいて術後にはフットポンプや予防の薬を使うなど対策を万全にしています。傷が小さく手術時間も短いため出血量も少なく済むことが通常ですが、念のために400ccだけ自己血を採っています。

Q. 股関節専門チームが治療に当たられているそうですね。

A. 股関節チームは豊富な症例数を持つプロ集団です。手術時間は早ければ30分ほどです。術者の技術だけではなく、股関節専門の手術スタッフ、看護師、麻酔科医のチームプレーがあるから、手術をスムーズに進めることができるのです。手術後の看護体制についても、痛みや術後の姿勢のコントロールなどを看護師が熟知しています。人工股関節専門のリハビリスタッフもいます。人工股関節の手術は術前、術後ともに定型的なものではありません。患者さんの骨の変形のしかた、骨の質、手術中の状態など、それぞれに違いがあります。この方にはここを注意して、この方にはここを重点的にというように、個々に応じて対応しなければなりません。

JR東京総合病院 深谷 英世 先生Q. 入院期間はどれくらいでしょうか?

A. 3週間ほどはみっちりリハビリをしていただいて、日常生活に困らないというころまで仕上げてお帰りいただきます。退院後はリハビリに通う必要はありません。

Q. ありがとうございました。最後に、先生が治療をされる上で大切にされていることをお聞かせください。

A. 患者さんが実際に何に困っておられ、何を求められておられるのか、できる限りじっくりと話を聞いて、その上で最適な治療法を選択することです。手術がベストな方法であったとしても、そのタイミングについてよく話し合って決定します。手術、リハビリ、退院後の定期検診を通して、共に快適な人工股関節ライフを実現していくということです。

Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。

深谷 英世 先生からのメッセージ

※ムービーの上にマウスを持っていくと再生ボタンが表示されます。

取材日:2015.4.7

*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。

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