先生があなたに伝えたいこと
【濱路 博】ご高齢の方の股関節手術は、一般の方よりリスクが高くなります。患者さんにとってベストな治療をするために、慎重に準備を進めることを心がけています。
地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター
はまじ ひろし
濱路 博 先生
専門:股関節
濱路先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
気になることはいろいろありますが、今は趣味に使う時間もなく、いかに上手に体を休められるかを考えています。
2.休日には何をして過ごしますか?
月に1、2回は週末の当直があるので、お休みの日はしっかり休んで週明けの仕事に備えるようにしています。
Q. 先生は人工関節手術に特化した「人工関節センター」に所属していらっしゃいますが、人工関節センターと一般の整形外科との違いは何でしょうか?
A. 在籍している医師が、人工関節手術に習熟しているかどうかが大きな違いです。患者さんの症状や状態は一人ひとりでまったく違うので、それぞれに合わせた治療を行うために、人工関節センターには経験豊富な医師がそろっています。人工関節の術後リハビリ・生活指導の専門知識を持つスタッフがいること、手術の設備が充実していることなども、一般の整形外科との違いです。
Q. どんな股関節疾患をもつ患者さんがセンターに来院されるのでしょうか。傾向や特徴について教えてください。
A. まず多いのは変形性股関節症です。日本人にもっとも多い股関節疾患で、臼蓋形成不全症(きゅうがいけいせいふぜんしょう)といって、大腿骨と臼蓋(骨盤のくぼみ)がかみ合わないことが原因で、軟骨がすり減ることが一般的です。また最近では、老化でもろくなった股関節の軟骨をささえる骨が損傷し、急速に変形していくケースもあります。
大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)もあります。臼蓋にはまっている球体の大腿骨頭が壊死し、つぶれてしまう疾患です。原因不明の場合もありますが、ステロイドという薬剤を大量に服用した後に発症することもあります。
股関節疾患は、50〜60歳代から発症する方が多いのですが、当院は高齢者医療の拠点病院ですので、「人工関節センター」にも平均75歳程度と、他の病院に比べてご高齢の方が多く来院されます。
Q. 股関節疾患の主な治療法は手術だと思いますが、どんな時に手術を考えるのでしょうか?
A. 痛みのために歩けない、立っていられない、股関節の動きが悪いなどの場合、レントゲンで股関節の変形を確認します。痛みも強く、変形も進んでいれば手術を考えます。また、ご高齢の方に特有なのですが、大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ:股関節内の骨折)も手術対象となります。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などで骨がもろくなった方に多く、尻もちや、つまずき、あるいは立ち上がろうと力を入れた瞬間に折れてしまうことがあります。股関節内は血液の流れが乏しく、栄養が行き渡らないため、骨折部がずれてしまったら骨がつく見込みはほぼありません。そこで、人工関節に置き換えることが必要になります。
ただし中には、変形が進んでいても痛みを感じない方もいます。変形に比例して痛くなるとは限らないのです。したがってレントゲンで変形が認められるだけでは手術になるとは限りません。
Q. なぜ痛み方が人それぞれ違うのでしょうか?
A. 痛みの原因が必ずしも変形によるものとは限らないのだと考えられます。関節の周囲の骨が細かく損傷して、それが原因で痛みが出ていることもあります。もしくは、膝や脊椎、腰椎を悪くされている可能性も考えられます。その場合、股関節手術を行っても痛みは取れませんので、股関節が原因であるかどうか、確実に見極めることが重要です。
Q. 他の病院と比べて患者さんの平均年齢が高いことで、手術への影響はありますか?
A. あります。ほとんどの方が何らかの別の疾患を併せ持っておられるからです。きちんと検査をし、準備をすればほとんどの場合手術は可能ですが、やはり一般の方に比べると、お持ちの疾患との兼ね合いをよく考える必要があります。
Q. 別の疾患で特に多いのは何でしょうか?
A. 不整脈や動脈硬化などの心血管系疾患です。自覚症状の無い方が多く、股関節手術のための検査で見つかるケースもあります。また、最近は糖尿病の方が増えています。糖尿病は免疫力が低下する病気なので、手術の際に感染症を起こしやすく、手術創部の治癒にも時間がかかります。ですから、糖尿病の方の手術は、事前に十分に体調コントロールを行っていただいています。それに、手術さえ乗り切れたら安心、というわけではありません。手術とは無関係のところから体内に入った菌が、手術創部に感染する次発性感染を起こすリスクもあります。術後も慎重に経過観察し、糖尿病の治療を平行して続けることが必要です。
Q. 手術方法についてお伺いしたいのですが、人工股関節手術には、セメントを使う方法と使わない方法があるそうですが、どちらが主流なのでしょうか?
A. 人工股関節手術が行われ始めた当初は、すべてセメントによる固定方法で行われていました。しかし、最近はセメントを使わない方が主流になってきました。
セメントを使う場合には、ごく稀に「セメントショック」といって、体内にセメントを入れた瞬間、ショック症状を起こすケースがあるのです。そこでセメントを使わない方がリスクを減らすことができると考えています。当センターでは、高度の骨粗鬆症でなければセメントレスの人工股関節手術を行っています。
Q. 手術や術前の準備、計画などのポイントはありますか?
A. CTやレントゲンなどを使って、入念に手術の計画を立てます。症状や変形の程度だけでなく、股関節の形や大きさも、患者さんによって差があります。人工股関節の手術は、人工股関節を正確な位置、角度できっちり設置することが重要なので、慎重に準備を行います。
Q. 手術後の生活で、気をつけるべきことを教えてください。
A. 人工関節手術によって生じる合併症の一つに、脱臼があります。一般的に人工股関節の脱臼は、術後すぐに起こることが多く、だんだん起こりにくくなるとされています。しかし、ご高齢の方は忘れた頃に脱臼することが多いですね。老化によって股関節を支える筋肉の緊張がなくなったり、徐々に腰が曲がって姿勢が変わったりして、股関節の動きが変わることが原因です。
Q. どうすれば術後の脱臼を防ぐことができるのでしょうか?
A. 体を動かし、筋肉の衰えを防ぐことが大切です。筋力を保てないと姿勢も崩れるし、骨ももろくなってしまいます。骨がもろくなると、転倒などで人工股関節を支える土台の骨が折れることもあります(人工関節周囲骨折)。そうなると、再手術が必要になります。人工股関節はどんどん進歩し、脱臼は減ってきていますが、人工関節周囲骨折は増えています。無理をしてはいけませんが、筋力を保つために体を動かすことは大切です。
Q. ところで、手術以外の治療法はありますか?
A. 症状や変形の度合いにもよりますが、保存療法で様子を見るケースもあります。保存療法というのは、体重コントロールや運動などのことです。たとえば、体重をかけずに膝を上下左右に動かす運動や、股関節周りを細かく動かす運動が効果的です。椅子などに腰掛けた状態で動かすだけなので、ご自宅でも行えます。筋トレのような負荷をかける運動ではなく、回数や頻度に決まりはありませんが、動かして痛い場合は無理をしないでください。
大腿骨頭壊死症などの場合、つぶれてしまった骨は元に戻せませんが、壊死の範囲が小さく、形が保たれている場合、骨粗鬆症の治療を行うことで骨がつぶれることを食い止め、手術を回避できる可能性があります。
保存療法の中でも、体重コントロールは特に重要です。減量したことによって強い痛みが軽減するケースがとても多いからです。私は患者さんに「抱えている荷物を降ろしなさい。そうすればちょっと楽になりますよ」と、体重を荷物に例えて分かりやすく説明しています。
手術する場合も、肥満している患者さんは切開部分が大きくなったり、術後の合併症の発生率が高くなるなど、不利なことが多々あります。体重コントロールは無駄にはなりませんので、患者さんにとってメリットがあることをきちんと伝えています。
Q. ありがとうございました。最後に、先生がこれまで担当された症例で、とくに印象深いケースはありますか?
A. 股関節の痛みが取れたことで歩く姿勢が変わり、体のバランスが良くなった結果、腰痛が治ったようなケースがあります。また、両脚の関節に痛みが出ていた方が、片方の手術を受けただけで両脚とも痛みが取れたケースなどが印象に残っていますね。手術の適切なタイミングを見極めるのは、とても難しいことですが、慎重に判断を重ね、ベストな時期に最適な治療を行えたからだと思います。歩くのがつらいとおっしゃっていた方が、元気に歩いている姿を見ると、「手術をして良かった」と思います。
取材日:2016.7.15
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
ご高齢の方の股関節手術は、一般の方よりリスクが高くなります。患者さんにとってベストな治療をするために、慎重に準備を進めることを心がけています。