先生があなたに伝えたいこと
【川崎 雅史】手術は終わりではなく「始まり」だと思います。
江南厚生病院
かわさき まさし
川崎 雅史 先生
専門:人工股関節
Q.まず、人工股関節手術を行うメリットについて教えてください。
A.何といっても、股関節の変形や破壊からくる痛みを取ることで、生活上の支障から開放されるということです。股関節は体の加重がかかる部位ですので、ここが異常をきたすと痛くて歩けなくなり、日常生活がままならなくなります。それを解消して、患者さん一人ひとりのQOL(生活の質)の向上と、ADL(日常生活動作)の向上を合わせて実現していくのが人工股関節手術です。しかし、安易に人工股関節手術をすればいいのかといえば、必ずしもそうではなくて、保存治療、すなわち、自分の骨を使う骨切り術など、治療の選択肢は当然多い方がいいのです。股関節の状態が悪く、痛みがひどくて手術しかないというケースももちろんありますが、要は個々の患者さんに応じた治療を検討して選択することが大事なのです。
Q.症状の進行具合や痛みの程度のほかに、人工股関節手術を行うか、他の治療法を採用するか、その選択の基準はあるのでしょうか。
A.ひとつには年齢がありますね。人工股関節にはどうしても耐用年数の問題がありますから。最近開発された人工関節の耐用年数は、どんどん延びていますが、人工関節の寿命は最近までは20~30年といわれていました。そのため、たとえば若い方ですと、60代、70代になったときにもう一度手術をしなくてはならないということも考えなくてはなりません。手術には、長期的な視点での検討が必要なのです。しかし、治療方法の検討にあたり、最も重要なのは、患者さんが「今、どうしたいのか、これからどう生きていきたいのか」という価値観を、できる限り達成するための治療であるかどうかということです。つまり、先ほども申し上げたQOL、ADLを高めるための治療を選ぶことです。その意味で、医師は「この患者さんにとってその治療方法が本当に正解なのか」と、常に問い正されているといってもいいかもしれません。
Q.確かに、患者さんの年齢や価値観はそれぞれですし、治療の先に求めることもまた違っているのかもしれませんね。
A.患者さんはどなたであれ、痛みを取りたい、もとの日常生活を取り戻したいと考えるわけですが、治療の先に求められることは千差万別です。私の患者さんに40代のミュージシャンがおられました。この方の場合、年齢もあって最初は保存治療を検討しました。実は以前に骨切り術を受けておられたのですが、それに不具合が出て、という症例でした。そこでまずリハビリで筋力トレーニングをしっかりやり、次の治療につなげることを考えたのですが、ご本人の望むものが非常に高く、今の生活を崩したくないというだけでなく、もっと精力的に音楽活動をしたいということで、当人の希望により人工股関節手術を行いました。術後、非常に満足度が高くて、外来の診察の度に感謝の言葉をいただいています。
Q.その方は大変前向きに人工関節手術に臨まれたのですね。
A.はい。実際に人工関節手術における満足度は総じて高いですね。もっと早くやればよかったという声もよく聞きます。ただ、我々としては手術のリスクもきちんとお話しますから、手術に対してちょっと怖いなという思いを持たれて、なかなか決断できないということもありますね。私たち医師は、手術の先にはどんないい未来が待っているのかということを、もっとちゃんと伝える努力をすべきなのかもしれません。
Q.その手術のリスクとしては、どのようなことが考えられますか?
A.みなさんも聞かれたことがあると思いますが、エコノミークラス症候群というのがあります。簡単に説明しますと、長い時間、足を動かさないでいると、そこに血の塊ができて体を動かし始めたときに、血管などを詰まらせるというものです。ほかには、出血や神経の損傷によるリスクがありますし、異物が入るわけですから感染症のリスクもゼロではありません。細菌に感染すると抗生剤を使ったり、人工関節を一度抜かなければならないこともあります。しかしながら、現在、これらのトラブルが起こる確率はほんのわずかで、ほとんどの手術は問題なくうまくいくんですね。ただし、そのトラブルになるわずかな方々こそ、我々は救わないといけない。なぜなら、その方々の人生を左右するわけですから。また何が悪かったのかを理解して、多くの医師の間で情報を共有し、今後に生かす必要もあります。
Q.人工関節自体の課題はやはり耐用年数でしょうか。
A.それに尽きるでしょうね。でも成績は本当によくなっていますよ。手術技術が高まり、人工股関節の構造上、重要なポイントとなる股関節を動かす摺動面(しゅうどうめん)は、新しい技術が次々と開発され、本当に良くなってきています。これまで、金属やセラミックスでできたボールと、ポリエチレンなどでできたライナーが摺動面でこすれ合うことで、削りカスが出て、それが骨を悪くして緩みが生じるということはわかっていました。それで我々医師や人工関節メーカーさんが、何かいいものはないかと試行錯誤して、材質の組み合わせで、ポリエチレンのライナーと金属の骨頭、あるいは金属と金属、セラミックスとセラミックスなどいろいろなものが開発されてきました。材質が硬くなればなるほど、摩耗は少なくなりカスも出にくくなります。反面、割れたり金属の血中イオン濃度の問題がありますが、そこを患者さんによって使い分けるわけです。金属ライナーと金属ボールの組み合わせは少数派になっていくと思いますが、ポリエチレンライナーと金属またはセラミックボールの場合、ポリエチレンに新しい技術による加工がされて摩耗の心配がかなり少なくなってきました。セラミックライナーとセラミックボールの組み合わせでも、摩耗の低減化を実現したものがあります。たとえば若い人で今後30年の人生がある場合、できる限り摩耗をなくす人工関節を選択するということが必要なのです。
Q.お話をお伺いして、患者さんに応じて治療方法や、いろんな種類の人工関節から最も適したものを選択するということを、とても大切にされていることが伝わってきました。
A.それはこれまでも、そしてこれからも一貫していきたいですね。私は、常に患者さんの一生を背負う気持ちで治療にあたりたいと思っています。だからこそ、「最初の手術はご自分で決めてください。次の手術は(手術をした)私が決めます」と患者さんには申し上げます。万一、人工関節の具合が悪くなったとき、あなたに人工関節を入れた医師として、常に責任があるという気持ちからです。
Q.では次に、これから人工股関節の手術あるいは治療を受けようとされている、患者さんへのアドバイスはありますか?
A.そうですね、患者さんご自身も、自分が今、どういう病気なのか、どういう状態なのかを少しでも理解して外来診察へ行っていただき、医師に向かって、より多く質問していただくのがいいかなと思います。医師がわかりにくい態度を取ったり、短気な対応をすることなく、しっかり教えてくれるかどうかが、そのあとの治療の流れにかかってくると思います。忙しくて患者さんが多い中、なかなか時間が取れなくて、医師が少しぞんざいな態度をとってしまうことも確かにあります。しかし、そこでしっかりと聞いてもらって、ご自身が納得でき、また口コミやインターネットなどで調べてみて、この先生は信用できる先生だと思えば、決めてもらえばいいですし、どこか腑に落ちないところがあれば、セカンドオピニオンで他に行かれてもいいと思います。特に整形外科の場合、医師の技術によって左右されますので、誰にやってもらうかというのはすごく大事なことだと思いますよ。
Q.そのような、自分にとって信頼できる先生と出会うにはどうすればいいと思われますか?
A.人工関節の手術はポピュラーなものになっていますが、それだけに、できれば、どの病院のどの先生に習ったのか、股関節の権威のある先生の下にいたかどうかなどを調べられたらいいと思います。インターネットを見るだけでもわかりますし、新聞をチェックしたり、周りの患者さんの声を聞くのもいいですね。人工関節手術がスタンダードになってきて、どの先生が手術しても、ある程度の成績は得られるようになってきました。しかし、その中でも専門医とそうでない人との差はかなり出るわけです。人工股関節をどれだけ正確な位置に入れられるかで、日常生活の活動性などが変わりますし、軟部組織の修復の仕方で合併症のリスクが下がったりします。いろいろなところのちょっとした工夫がなされるかどうか、また専門医は難しい症例を多くこなしてきた経験を持っていることも大きいと思います。
Q.なるほど、患者さんご自身も病気や治療していただく先生について、知る努力をすることが大事なんですね。
A.その通りです。さらにいえば医師によりフォローアップもだいぶ違ってきますよ。大事なことは、何かあってからではなく、サインが出ればそこで早急に対応することが重要なんですね。
Q.患者さんにとって、とても役立つメッセージだと思います。
A.そうであればうれしいですね。最後に、患者さんにはぜひ、手術が終わりではなく、手術が「始まり」だとお伝えしたいです。整形外科医の使命は、手術によって、いかにその人の人生を満足いくものにするか、最小のリスクでいい生活を送ってもらうかというところにあります。そのために、私は手術をした後の、定期的な検査とその評価は絶対に必要だと考えています。
取材日:2012.3.26
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
手術は終わりではなく「始まり」だと思います。