先生があなたに伝えたいこと
【藤井 昌】歩行や姿勢を保つ要となる股関節の痛みが長引けば生活の質が著しく低下します。痛みの原因を突き止め、最小限の治療で最大限の効果を得るためにも早めに専門医にご相談ください。
地方独立行政法人 市立秋田総合病院
ふじい まさし
藤井 昌 先生
専門:股関節
藤井先生の一面

1.最近気になることは何ですか?
3人目の長女が誕生したばかりなので、上の子どもたちの反応が気になります。
2.休日には何をして過ごしますか?
2つのプロバスケットボールチームでチームドクターを務め、週末は試合に帯同していることが多いです。たまの休日には、子どもたちとゲームをしたり、動物園か水族館に連れていったりしています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の構造と特徴ついて教えてください。
A. 股関節は寛骨臼(かんこつきゅう)という臼(うす)のような骨のくぼみに大腿骨頭(だいたいこっとう)というボール状の骨が深くはまり込み、安定して体重を支えられる構造になっています。周囲の筋や関節包靱帯といった様々な組織が協調して多方向に動けるのが特徴です。
Q. 股関節の疾患について教えてください。
A. 代表的な疾患に、股関節の軟骨がすり減って痛みや可動域制限が生じる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)があります。原因は加齢もありますが、日本人では、寛骨臼の受け皿部分の骨の発育が不十分で、大腿骨頭を覆いきれず、股関節が元々不安定な状態にある寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)で、変形が進むことが多いです。関節唇損傷(かんせつしんそんしょう)や大腿骨の形態異常で骨同士がぶつかり合うようになる大腿骨寛骨臼インピンジメント症候群(FAI)、大腿骨頭の血流が低下して壊死を起こす大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)がきっかけで変形が進み、変形性股関節症になることもあります。
Q. 変形性股関節症の治療法について教えてください。
A. 股関節は歩行や姿勢を保つ要となる関節で、股関節の痛みが長引けば生活の質が著しく低下します。なるべく早く痛みを抑えるために、患者さんの年齢や生活環境、活動性、持病などを考慮し、最適な治療を一緒に考えていきます。
通常、まずは患者さんに負担の少ない薬物療法や運動療法といった保存治療から始めます。股関節に負担のかからないよう生活を見直していただき、痛みや炎症を抑える薬や注射を使いながらリハビリを行うことで症状が落ち着く方も多いです。
保存治療を3ヵ月程度行って症状が改善しない場合には、手術を検討します。近年は人工股関節にする前に、自分の血液や細胞により炎症を鎮めたり、組織の修復を促したりする成分を抽出する再生医療の研究も進んでいて、当院でも導入予定です。
Q. 手術になるプロセスと、どんな手術になるのか教えてください。
A. 気長に治していきたいか、仕事やスポーツに早く復帰したいかにもよりますが、変形が強く、歩行が辛く、夜あおむけに寝られない、車の乗り降りがつらいようであれば、手術を検討すべきでしょう。
手術は、大きく分けて関節温存手術か人工物置換手術になります。骨の出っ張りや関節唇損傷が痛みの原因になっている場合、関節鏡を使って出っ張りを削ったり、傷んだ関節唇を縫合したりして痛みを和らげる関節温存手術が適応となります。傷口が小さく、リハビリ期間が短くて済むのがメリットです。
関節鏡を使った手術が適応にならない場合、痛んだ部分を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)が適応になります。
Q. 人工股関節にするメリットは何ですか?
A. 傷んだ関節を人工物にすることで痛みが和らぎ、可動域がよくなることです。軟骨がすりへると片側の下肢が短くなり、痛みをかばって生活するうちに骨盤が傾いたり、背骨が斜めになったりすることがありますので、下肢を自然な長さに整えられるのもメリットです。
Q. 人工股関節には種類があるのですか?
A. 人工股関節を骨に固着させるのに、骨セメントを使って固着させるセメントタイプと、人工股関節の表面に骨と固着しやすいよう加工が施してあるセメントレスタイプがあります。患者さんの症状や骨の状態にもよりますが、当院では主にセメントレスタイプを使用しています。
人工股関節のインプラントにも様々な形状やサイズのものがあります。
Q. 人工股関節は以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 近年はインプラントの改良が進んでいます。たとえば、人工股関節がこすれ合う部分に使用される、軟骨の代わりとなるポリエチレンライナーの表面処理が進歩したことで摩耗しにくくなり、人工股関節が長持ちするようになりました。また、骨が弱い患者さんでも、できるだけ骨を温存できるようステムのデザインも進歩しています。
Q. 手術の手技も進歩していますか?
A. 以前はレントゲンフィルムを使って2次元で術前計画を立てていましたが、近年はCTデータを使った3次元テンプレートが主流になっています。2次元ではわからなかったインプラントと骨の関係性や、術後の脱臼を防ぐ理想的な設置角度など綿密にシミュレーションし、より安全に確実に治療できるようになっています。
さらに、患部に到達するアプローチも進歩し、筋肉の間を侵入して軟部組織を温存できるようになり、患者さんへの侵襲(しんしゅう:身体の負担)を最小限にできるようになりました。
Q. 手術で考えられる合併症と、合併症を防ぐためにとられている対策について教えてください。
A. 最も避けたいのは細菌感染ですが、近年は抗菌作用の高い銀をインプラントの表面に溶射して感染リスクを低減するインプラントも開発されています。
また、高齢になるほど骨の強度が下がる傾向にあるので、術中の骨折を防ぎ、術後に人工股関節を長持ちさせるために骨密度を検査し、必要に応じて骨粗鬆症の治療を行っています。
さらに、糖尿病や肥満気味の患者さんは、感染症や血栓症にも注意しなければなりません。そのためには手術時間を短くして出血を防ぎ、術後なるべく早く離床することが重要と考えています。
Q. 手術後のリハビリはどのようなことをするのでしょうか?
A. 手術翌日には足踏みや歩行練習を始め、術後2~3週間程度で階段の昇り降りができるようになったら退院という流れです。患者さんの生活環境や仕事内容、復帰したいスポーツなどを考慮し、リハビリで必要な動作ができるようになることを目指します。長期にわたって痛みを我慢してこられた方は筋肉が硬くなり、筋力が落ちていることがあるので、その場合には時間をかけてリハビリを行います。
Q. 治療にあたって先生が心がけられていることはありますか?
A. 患者さんがどんな症状に困っていて、治ったら何をしたいか伺うようにしています。数ミリの脚長差を気にする方、ヨガに復帰したい方もおられます。できるだけ患者さんの希望する活動が再開できるように治療計画を立てています。理想は手術をしたことを忘れて生活していただくことです。看護師や理学療法士との意思疎通も治療経過に大きく影響しますから、自分の方針を伝えるとともに、スタッフには積極的に手術を見学してもらっています。
Q. 先生が医師を目指されたエピソードがありましたら教えてください。
A. 学生時代にバスケットボール選手を目指していましたが、その後にトップアスリートの診療に関われるスポーツドクターになろうと思ったのがきっかけです。
Q. 最後に、関節の痛みに悩まれている方にメッセージをお願いします。
A. 痛みの治療でもっとも大切なのは、痛みの原因を的確に診断し、最小限の治療で最大限の効果を得ることです。病院に来るとすぐに手術といわれるのではないかと不安に思われるかもしれませんが、私たち医師はなんとか患者さんにとって負担の少ない方法で治療したいと考えています。治療を通じて痛みなく生活できるようになった患者さんたちは、皆さん本当に表情が明るく、人生の輝きを取り戻したかのように見えます。まずは、悩んでいても痛みは治まりませんから、早めにお近くの信頼できる整形外科医にご相談ください。きっと関節痛に悩むみなさんの力になってくれるはずです。
取材日:2024.5.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
歩行や姿勢を保つ要となる股関節の痛みが長引けば生活の質が著しく低下します。痛みの原因を突き止め、最小限の治療で最大限の効果を得るためにも早めに専門医にご相談ください。