先生があなたに伝えたいこと
【上田 祐輔】転倒して骨折などを起こさないためにも、まずはご自身の身体を最優先に考えて受診していただきたいと思います。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤にあるお椀型の寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿に、大腿骨の先端にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)が組み合わさった関節です。ボール&ソケットと呼ばれる構造になっています。股関節の周囲には、特に重要な中殿筋(ちゅうでんきん)のほか、短外旋筋群(たんがいせんきんぐん)や腸腰筋(ちょうようきん)などの筋肉があり、股関節のさまざまな動きを司っています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 日本人に一番多くみられるのは、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。中でも、生まれつき寛骨臼の被りが浅くてボール&ソケット構造が不完全な状態の寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が起因している場合が多いです。若年期までは周囲の筋肉によって股関節の安定性が保たれていたものが、中高年以降に筋力が落ちていくことで安定性が失われていくケースがあります。もともと股関節のかみ合わせが悪いところに加齢に伴って偏って体重の荷重がかかり続けることで骨が変形し、変形性股関節症になるパターンが多くみられます。
ほかにも、骨がもろくなる骨粗しょう症がベースにある、大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)や大腿骨頭の骨折もあります。骨が体重を支えきれなくなっていたり、軽い転倒したりした場合などによっても起こります。「いつのまにか骨折」という言葉もありますが、股関節でもいつ骨が折れたのか受傷起点がはっきりしないこともあります。
股関節の痛みで受診されて骨折の診断がつくこともありますが、中にはレントゲン検査で異常が見られず、徐々に骨がつぶれてきてから骨折が判明することもあります。ほかにも、関節リウマチによる関節障害や、血流障害によって骨髄の組織がつぶれていく大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)などの疾患もあります。
Q. それらの治療法について教えてください。
A. まずはレントゲン検査で診断を行いますが、診断がつかない場合はMRI検査を行うこともあります。リウマチが疑われる場合は、血液検査なども行い総合的に判断します。炎症や痛みなどに対しては、それを抑える薬を処方しますが、股関節の周囲の筋力低下によって症状が助長されていることも少なくありません。股関節が硬くなって動きが制限される拘縮(こうしゅく)が起き、それが痛みの原因になっていることがあります。そのため、貧乏ゆすり体操などを含め、股関節の可動域を広げる運動療法を行います。股関節をほぐして血流を促すことで、症状が改善されることもあります。
Q. では、どのような場合に手術になるのですか?
A. レントゲン所見も大切ですが、痛みや日常生活への支障がどの程度であるかが重要になります。変形性股関節症が末期にまで進んでいない場合でも、ご本人が症状に辛さを感じている、あるいは足を引きずって歩いている場合や日常生活での動作が難しい場合などは、手術をお勧めさせていただくこともあります。
Q. 手術には種類があるのですか?
A. 大きく分けて2種類あります。レントゲン画像上、骨と骨の間には軟骨のスペースがあるのですが、それが確認できないほどすり減っていれば人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)の選択があります。痛みなどの症状が手術と同時に解消されるので、現役世代の方なら早期に社会復帰ができて社会的な損失が少ないこの手術をお勧めしています。
一方、生まれつきの寛骨臼形成不全がありながら、軟骨自体はまだすり減っておらず、痛みがあって足を引きずっているという場合は、股関節を温存する骨切り術(こつきりじゅつ)という手術もあります。骨を移植して寛骨臼に継ぎ足し、骨頭に対する受け皿を深くする手術です。ただし、術後に体重のかけ方を徐々に変えていくなど、複雑なリハビリが必要になるため、高齢の方はスムーズにリハビリを進めることが難しいことがあります。さらに、手術したところを長期間かばっているうちに、ほかの筋力が低下し、ロコモやフレイル(体の働きが弱くなる状態)などにつながる可能性もあるため、高齢の方には人工股関節置換術のほうが望ましいと考えています。また、大腿骨頭壊死症などの場合は、つぶれた骨髄の組織を元に戻す手段はないため、人工股関節置換術をお勧めしています。
Q. 人工股関節置換術とは、どのような手術ですか?
A. 股関節を人工物に置き換える手術です。寛骨臼側にポリエチレンカップをはめ込み、中が筒状になっている大腿骨にブーメランのような形状をしたインプラント(ステム)を差し込みます。このときに、歯科治療で被せ物をするときに用いる骨セメントを流してから固定します。さらに、大腿骨のインプラントの先端に骨頭ボールを取り付け、寛骨臼に取り付けたカップにはめ込みます。体の中に埋め込むインプラントは基本的にこの3つ(カップ、ステム、ボール)のみとしています。シンプルな手術を行うことで術中や術後のトラブルを最小限にすることが可能です。
Q. 骨セメントでインプラントを固定させるのですね?
A. そうです。一方で、骨セメントを使わずに固定できるインプラントもあり、どちらを使うかは医師の考え方によります。骨セメントを使わない場合は、骨に沿わせてインプラントを金属のトンカチで叩き込んで埋め込みます。患者さんが、まだ骨が丈夫な40~50代なら力いっぱい叩き込んでも問題ありませんが、70代ぐらいの方の場合はそもそも骨粗しょう症があることも少なくありません。そのため、インプラントを叩き込んだ瞬間に骨が割れるリスクがあり、国内外の調査では、高齢者に骨セメントを使わないタイプのインプラントを用いると術中に骨折することで人工股関節置換術の成績が悪くなるという報告もあります。私は骨粗しょう症やリウマチを専門的に診療していることもあり、骨セメントを使った手術を行っています。
Q. 大腿骨頸部や大腿骨頭の骨折、大腿骨頭壊死症などの場合も同様の手術になりますか?
A. 寛骨臼側に問題がない場合は、大腿骨側だけを人工物に置き換える人工骨頭置換術という手術を行います。昨今、高齢の方の骨折が増えているため、当院ではもちろん、全国的に多く行われている手術です。この手術の場合は、骨頭ボールがご本人の寛骨臼にフィットするサイズを選択する必要があるため、術中に計測してその患者さんに合ったサイズを用います。
当院では、人工骨頭置換術においても骨セメントを使用しています。2021年に発行されたガイドラインでは、骨粗しょう症の患者さんの大腿骨頸部骨折に対し、人工骨頭の挿入手術を行う場合は、骨セメントの使用が「提案」されました。すでに述べましたように、骨セメントを使用しない手術手技では、術中にさらに骨折を生じるリスクがあるからです。
Q. 人工股関節置換術は、以前に比べて進歩してきていますか?
A. 私が人工股関節置換術の執刀に携わって20年以上経ちますが、手技は大きく変わっていないと感じているのと、すでに確立されている手術なので変える必要がないと思っています。特に骨セメントを用いる場合は長い年月をかけて体重の負荷によってインプラントを覆う骨セメント層があたかも雨だれが石を穿つようにゆっくりと骨の組織内に嵌合(かんごう)していくと考えられており、年月とともに安定性が増していくことがわかってきています。インプラントが手術直後と同じ位置にとどまっている場合、加齢に伴って骨が薄くなってくるとインプラントがゆるんでくることが考えられますが、骨セメント層が少しずつ骨の組織内に嵌合していくため常に固定力の維持が期待できます。
Q. インプラント自体の進歩はありますか?
A. 寛骨臼側のインプラントの素材であるポリエチレンが、表面処理の工夫によって摩耗しにくくなっています。そのため、受け皿となるポリエチレンライナーを薄くすることができ、薄くなった分そこに乗る骨頭ボールのサイズをより大きくすることが可能になりました。骨頭ボールが大きいと、受け皿に対してより広い面積で接触することになり、外れにくくなります。
人工股関節置換術の合併症の一つに脱臼があるのですが、骨頭ボールが大きいことが脱臼の予防につながります。受け皿から骨頭ボールが浮く距離のことをジャンピングディスタンスといい、骨頭ボールが小さければ、少しのジャンプで脱臼のリスクにつながりますが、骨頭ボールが大きくなると受け皿を乗り越えにくくなります。これも人工股関節の進歩の一つだと思います。
Q. 脱臼以外の合併症についても教えてください。
A. 深刻な問題になる合併症の一つに感染があります。そもそも人工関節は金属なので、細菌が侵入した際それを無害化してくれる白血球が働きにくいという難点があります。1~2%程度の確率で、金属の表面に細菌が増殖して膿が溜まったりする可能性があります。中には、術後数年が経ってから発症することもあります。糖尿病やリウマチ、更にリウマチの治療薬によって免疫が落ちて感染する場合もあります。
また、通称エコノミークラス症候群といわれる血栓症も代表的な合併症です。私は横向きの体勢で手術を行いますが、麻酔がかかった状態で下側に位置する脚をまったく動かさないことによって血流が滞ることがあります。これにより脚の血管内に血栓という血の塊ができ、それが体内を流れて肺に到達し、肺の血管が詰まって呼吸にトラブルが起こることもあります。その対策として術中にフットポンプを装着して脚の血流を促したり、血栓を作りにくくしたりするような薬の服用で予防しています。
Q. よくわかりました。では、先生が整形外科医を目指したきっかけを教えてください。
A. 整形外科は診断して治療方針を立て、自身が執刀して手術を行い、術後や退院後もその患者さんをサポートします。一人の医師が治療の全行程に一貫して関わることで、患者さんに安心感を提供できることから、整形外科に魅力を感じました。
関節外科医を目指したのは、大学院時代に免疫学の研究を行ったことから、関節リウマチの診療に従事することになり、股関節を専門とする関節外科医の道を進むことになりました。
Q. 先生が診療において、心がけていることを教えてください。
A. 地元の高齢の方が多く受診されることから、ロコモやフレイルの予防に重点を置いて診療しています。股関節だけでなく膝関節、足・足関節、腰椎など、足腰全体をケアするには、関節を支える骨の健康維持が欠かせません。そのため、骨粗しょう症の治療および、骨粗しょう症に伴う骨折の治療や予防まで、トータルで取り組むことを目指しています。
Q. 股関節に問題を抱える方に、伝えたいことはありますか?
A. 股関節の疾患は、女性の患者さんが多いのですが、ご自身の身体の不調を後回しに考えておられる方が多くいます。変形性股関節症の末期の方などに手術をお勧めしても、入院中の家庭のことを考慮して手術に踏み切れない方もいます。転倒して骨折などを起こさないためにも、まずはご自身の身体を最優先に考えて受診していただきたいと思います。また、骨粗しょう症の治療や予防も大切ですから、骨密度検診なども積極的に受けていただきたいと思います。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.11.2
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
転倒して骨折などを起こさないためにも、まずはご自身の身体を最優先に考えて受診していただきたいと思います。