先生があなたに伝えたいこと
【重松 正森】人工股関節の手術は、単に痛みを取るだけでなく、生活を豊かに、人生を楽しくするための治療の選択肢です。
独立行政法人国立病院機構 東佐賀病院
しげまつ まさもり
重松 正森 先生
専門:股関節
重松先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
月の半分は官舎で暮らしているので、自炊が増えました。料理のサイトを見て簡単にできそうなものを色々試しています。
2.休日には何をして過ごしますか?
娘たちと録りためていたお笑い番組を観たり、芸能人の話題を楽しんだりしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は大腿骨の先端にある丸い大腿骨頭(だいたいこっとう)が寛骨臼(かんこつきゅう)という屋根に納まる球関節で、人体の中で非常に大きな関節です。バレリーナを見ておわかりのように、可動域が非常に大きいのが特徴です。股関節には体重の3~4倍の荷重がかかるとされ、体重50kgの方なら歩くだけで200kg、小走りや急に立ち止まると500kg以上もの力が加わるとされています。ですので、軟骨というクッションのような組織が関節を覆い、お尻にある殿筋(でんきん)や大腿骨を動かす腸腰筋(ちょうようきん)など周囲の筋肉や関節包(かんせつほう)という強靭な組織が股関節の動きを支え、安定化させています。
Q. 股関節で多い疾患にはどのようなものがありますか?
A. 子ども、成人、高齢者で多い疾患には違いがあります。子どもに多いのは単純性股関節炎、成人に多いのが変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)や大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)、高齢者には変形性股関節症や骨折が多くみられます。40代以上に多い変形性股関節症は、加齢などにより軟骨がすり減って痛みが起こる疾患ですが、高齢の場合、急速破壊型股関節症といって1年のうちに急速に関節が壊れてしまうことがあります。
股関節が悪いといっても、実は鼠径部(そけいぶ:脚の付け根)が痛む方は少なく、坐骨神経痛と診断されていた痛みの原因が実は股関節にあったり、お尻や太腿、膝が痛んだりする方も多いです。子どもの単純性股関節炎は膝痛のみのことが多く見逃されがちです。成人でも膝や脊椎の手術後に痛みが治まらず、実は股関節が原因だったということもあります。
Q. 変形性股関節症には原因がありますか?
A. 変形性股関節症の8割以上は、元々寛骨臼の屋根のつくりが浅く、大腿骨頭が納まりきらずに負荷がかかり、軟骨が早くすり減ってしまう臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)であることが原因です。臼蓋形成不全は日本人女性に多い傾向があります。
一方、近年は大腿骨の被りが深くなり過ぎて股関節を動かすたびに骨と骨がぶつかる大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI:エフエーアイ)というケースも注目されています。
Q. 最も患者さんが多いという変形性股関節症の治療法について教えてください。
A. 保存的治療から始めますが、最も効果的なのは体重を減らすことです。杖を使うと股関節への負担を減らせるので杖もお勧めしています。あわせて必要に応じて飲み薬や関節内の注射など痛み止めを処方し、周辺の筋肉を鍛えて股関節への負荷を減らします。股関節横にある中殿筋を鍛えるのが効果的と言われていた時期もありましたが、最近は腕立て伏せを肘で行うプランクで体幹を鍛える方がより効果があるとされています。
Q. 体幹を鍛えることが股関節にも効くのですね?
A. 体幹が弱い人は、股関節だけを動かそうとして股関節への負荷がかかりがちです。野球で肩だけを使って投げると肩を傷めるように、全身を鍛えることで股関節への負担を減らし、痛みを和らげることが狙いです。
Q. よくわかりました。そうした保存的治療も効果がない場合、人工股関節にするほかに治療法があるのでしょうか?
A. 軟骨が残っている場合には、関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)で傷んだ関節唇(かんせつしん)を縫合したり、余計な骨を削ったりして痛みを和らげることが期待できます。股関節周辺の2ヵ所から4ヵ所に1cm程度の皮膚切開を行い、一方に鉛筆くらいの細いカメラを入れ、もう片方から鉗子を入れて施術するものです。手術時間も入院期間も短いので、末期の方であっても、小さなお子様や介護が必要なご家族がいて入院できない方に、痛みを治める応急措置として行うこともあります。何年かは痛みを治めることが期待できますが、その後、人工股関節の手術をされる方も多いです。
Q. 関節鏡の適応にもならない場合には人工股関節の手術になるのでしょうか? 手術に至るプロセスについて教えてください。
A. まず、患者さんの話をお聞きして仕事や家族構成、生活の背景などを考慮しながら治療法について話し合っていきます。手術は、合併症の可能性もゼロではないので、人工股関節を勧める際には良い面も悪い面もお話し、最終的には患者さんご自身に決断していただいています。
Q. 人工股関節にするとなぜ痛みが取れるのでしょうか?
A. 出血を伴う手術ですので、切った痛みはしばらく残りますが、関節の痛みを発しているところ自体は人工物に置き換えるので痛みが治まることが期待できるのです。
Q. よくわかりました。ところで、人工股関節にも種類があるのでしょうか?
A. 人工股関節のインプラントを固着させるのに骨セメントを使うセメントタイプと、インプラントの表面加工で骨と固着させるセメントレスタイプがあり、様々な形状や素材のものが開発されています。当院では原則セメントレスタイプを使っています。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. インプラントの素材が進歩し、表面加工もより骨と親和するようになってゆるみにくくなり、人工股関節がこすれ合う摺動面(しゅうどうめん)も、軟骨の役割を果たすライナーの素材が進歩して耐久性が向上しています。かつては人工股関節の耐用年数は10年といわれていましたが、いまでは20年以上はもつようになりました。
Q. 手術の手技も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 医療器具や技術の進歩が大きいです。昔は手術時の皮膚切開は30cm近くありましたが、いまは10cm程度となり、手術時間も4時間近くかかっていたのが1時間未満になりました。いまでは出血がほとんどなく、輸血、貯血も必要ありません。入院期間も3ヵ月かかっていたのが、いまでは2~3週間程度です。
合併症についてなど
Q. 手術で考えられる合併症について教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策をとられているのでしょうか?
A. 手術による合併症としては、感染や血栓、脱臼などが考えられます。まず、予防的に抗生剤を使用し、手術時間をできるだけ短くすることで感染を防いでいます。また、脚を長時間動かさないことで血栓(けっせん:血が固まること)が起こり、心筋梗塞や脳梗塞につながる恐れがありますから、血栓予防薬やフットポンプを使い、術後はできるだけ早くリハビリを始めることで予防しています。手術翌日には離床と歩行訓練を始めています。
さらに、術後の脱臼を防ぐために、術前に患者さんが治ったら何をしたいか、趣味や生活習慣などもお伺いしたうえで、人工股関節手術の際に設置角度などを考慮しています。たとえば、社交ダンスが好きな方なら、手術中にその動作ができるか実際に動かして確認したうえで設置する角度や位置を決めています。術後には後方組織を縫合して修復もするので、いまでは脱臼はほとんど起こらなくなりました。
Q. 患者さんの術後にしたいことまでを見据えて手術していらっしゃるのですね?
A. 昔は人工股関節の手術は単に痛みを取るためのものでしたが、いまは患者さんの生活を豊かに楽しくするための治療になっています。患者さんは手術をしてまで動けるようになりたいわけですから、「よくなったら前のように旅行やゴルフを楽しみたい」「孫の結婚式で一緒に歩きたい」と、皆さん強い願望をお持ちなのです。
Q. 治療にあたって先生が心がけられていることはありますか?
A. 患者さんの生活が治療によって豊かになるか、人生が楽しくなるかということを常に意識しています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2023.1.24
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工股関節の手術は、単に痛みを取るだけでなく、生活を豊かに、人生を楽しくするための治療の選択肢です。