先生があなたに伝えたいこと
【廣岡 孝彦】骨粗鬆症を放置すると骨折の危険性が高まり、高齢者では寝たきりになる恐れがあります。
尾道市立総合医療センター 尾道市立市民病院
ひろおか たかひこ
廣岡 孝彦 先生
専門:脊髄・脊椎疾患
※肩の疾患について、詳しくお話しをされているページがございます。こちらをご覧ください。
廣岡先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
コロナ禍で職場での歓送迎会などが全てなくなり、研修会もほとんどwebで行われるようになり、face to faceがいかに大切であるかを実感しました。コロナ前の生活に早く戻りたいものです。
2.休日には何をして過ごしますか?
小説を読むことが多いです。コロナ禍の今、北の海に面した貧しい漁村を襲う天然痘を題材にした吉村昭の時代小説「破船」を読み返しました。ワクチンや特効薬のない時代に、ウイルスに感染した人々は海の彼方へ旅立つか、山中に入るか、健康な人との接触をさけることで疫病を収束させようとしていました。いまは医療も進歩していますが、当時の人々に想いを馳せ、油断せずに気を引き締めていきたいと思います。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 今回は背骨の疾患、なかでも高齢者に多い腰椎の疾患について詳しくお伺いしたいと思います。早速ですが腰椎の疾患にはどのようなものがありますか?
A. 高齢者に多い変性疾患は、骨と骨の間にあってクッションの役目を果たす椎間板の水分量が加齢に伴い減少して弾力がなくなり、厚みが薄くなるといった椎間板の劣化が基盤となっています。病名としては腰椎椎間板ヘルニア(ようついついかんばんへるにあ)や腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)、腰椎変性すべり症(ようついへんせいすべりしょう)などがあげられます。
椎間板の周囲にある線維輪(せんいりん)が損傷し、中にある髄核(ずいかく)が神経の通り道である脊柱管(せきちゅうかん)の方に飛び出してくるのが椎間板ヘルニアです。黄色靱帯(おうしょくじんたい)が肥厚するなどして脊柱管が狭くなり、神経が圧迫されることで起こるのが腰部脊柱管狭窄症、腰椎が正常な位置からずれてしまうのが腰椎変性すべり症です。
変性疾患以外には、骨粗鬆症で骨が脆くなるために、くしゃみや尻もちなどほんのわずかな刺激で椎体骨に骨折が起こってしまう骨粗鬆症性椎体骨折(こつそしょうせいついたいこっせつ)があります。いわゆる圧迫骨折で、本人が骨折したことに気づかない場合には「いつのまにか骨折」といわれます。
Q. それぞれの疾患の症状について教えてください。
A. 腰椎の変性疾患は、脊柱管を通る馬尾(ばび)と呼ばれる神経の束や、馬尾から分岐した神経根(しんけいこん)が挟まれることで腰痛や坐骨神経痛、膀胱直腸障害が生じます。椎間板ヘルニアでは腰痛や下肢のしびれが起こり、進行すれば知覚障害や排尿障害が起こることがあります。腰椎変性すべり症を含めた腰部脊柱管狭窄症では脊柱管が狭くなることで腰痛や坐骨神経痛が起こり、馬尾が圧迫されると両下肢のしびれや脱力感が生じ(馬尾型)、神経根の根元が圧迫されると片側の下肢に痛みやしびれが生じます(神経根型)。馬尾と神経根が同時に圧迫される場合もあり(混合型)、いずれも進行すれば膀胱直腸障害(排尿障害や排便障害)を起こすことがあります。しばらく歩くと痛みやしびれがあらわれ、休みながらでないと歩けなくなる間欠性跛行(かんけつせいはこう)が脊柱管狭窄症の典型的な症状です。
骨粗鬆症性椎体骨折 (圧迫骨折)では、立ち上がる時や重い物を持つ時に背中や腰が痛む、身長が縮む、背中や腰が曲がる、食欲減退や食べたものが喉につかえるといった症状が起こります。
Q. 疾患を予防する方法はありますか?
A. 重いものを持ったり、前かがみの姿勢が続いたりすると椎間板にかかる負担が増しますから、できるだけ避けてほしいと思います。
Q. 治療方法について教えてください。
A. まずはレントゲン、MRI、CTで腰椎の状態を評価します。椎間板ヘルニアは自然治癒することが多いので、できる限り保存的治療で様子をみます。消炎鎮痛剤や外用剤、疼痛治療薬などを使い、症状に応じてコルセット(裝具)を装着していただきます。軽度であれば生活習慣の見直しで症状が改善することもあります。下肢の運動麻痺や膀胱直腸障害が生じた場合には手術が必要です。
腰椎脊柱管狭窄症も軽度の場合は保存的治療から始め、症状が改善されない場合はブロック注射を行い、それでも痛みやしびれが残る場合には手術を検討します。腰椎椎間板ヘルニアと同じで、下肢の運動麻痺や膀胱直腸障害などが起きている場合には手術が必要です。
骨粗鬆症性椎体骨折は、今後脊椎の後弯変形(背骨が丸くなる)や新たな椎体骨折(二次骨折)を予防する目的で、コルセットを装着して骨粗鬆症の治療を開始します。骨折した椎体がさらにつぶれていくようであれば、少なくとも受傷後2ヵ月以内に手術を行うことがあります。
Q. どのような手術が行われるのでしょうか?
A. 腰椎椎間板ヘルニアに対しては、脊柱管に飛び出したヘルニアを、腰椎脊柱管狭窄症には脊柱管を圧迫する黄色靭帯を切除して神経の圧迫を取り除きます。腰椎変性すべり症の場合は、脊柱管を広げて神経の圧迫を取り、ぐらつく場合には脊椎の矯正や安定性を図るため、椎体と椎体の間にケージと呼ばれるスペーサーと自家骨(じかこつ:自分の骨)を移植し、上下の椎体はスクリューで固定します。
Q. 骨粗鬆症性椎体骨折 (圧迫骨折)の場合はどうですか?
A. レントゲンやMRI、CTで、新たに生じた骨折か、「いつのまにか骨折」で時間が経過した骨折かを調べ、痛み止めを使用しながらコルセットを装着します。骨粗鬆症が原因の場合、一ヵ所骨折すると次々と隣接する椎体に骨折が波及し(二次骨折)、背骨がどんどん曲がっていく恐れがありますので、あわせて骨粗鬆症の治療を開始します。しかし、痛みが持続して骨折した椎体がつぶれていく場合、坐骨神経痛や下肢の筋力低下が起こる場合には手術を検討します。手術には、骨折した椎体内に骨セメントを注入するBKP(Balloon Kypoplasty:経皮的椎体形成術)や骨折した椎体に自家骨や人工骨を移植し、上下の椎体にスクリューを挿入する脊椎後方固定術があります。
Q. BKPについてくわしく教えてください。
A. 骨粗鬆症性椎体骨折 (圧迫骨折)で後弯変形や、骨折した椎体が全体的につぶれて安定性が失われた際に、曲がった背骨を矯正し、椎体の安定化をはかって痛みを和らげる手術です。具体的には、背中に2カ所1cm程度の皮膚切開を行い、同部から針を挿入して風船を膨らませ、潰れた椎体を元の形に戻して風船を抜いたあとに骨セメントを注入します。手術時間は30分程度で済み、高齢の方にも安心して受けていただける侵襲(しんしゅう:身体への負担)の少ない画期的な手術です。手術翌日には歩けるようになり、リハビリも必要ないくらい回復します。
ただし、油断すると隣接する椎体を骨折することがあるので、骨粗鬆症への意識を高め、体の使い方を覚えていただくために、当院では1週間程度の入院期間を設けています。退院後も3ヵ月はコルセットを着けていただき、定期的な検査が不可欠です。
Q. 高齢の方が脊椎手術をした後に日常生活で気をつけることはありますか?
A. 人生百年時代といわれ、いつまでも元気に健康寿命を全うしていただくために手術を行っておりますので、日常生活の制約はほとんど設けていません。ただ、腰椎椎間板ヘルニアは手術後に再発する恐れがあるので、術後3ヵ月は前かがみなど背骨に負担のかかる動作は控えていただきます。
Q. 先生が医師を志されたきっかけがありましたら教えてください。
A. 子どもの頃、不注意で火傷してしまった私を連れて母があちこちの医院を回ったのですが、夜遅かったのでどの医院でも診察を断られてしまいました。最後に訪れた医院の先生が優しく丁寧に治療していただいたおかげで、今は火傷の跡は全く残っていません。おそらくこの時に人を助けることができる医師になりたいと思ったのでしょう。
Q. 治療にあたって、先生のモットーなどがありましたらお聞かせください。
A. 自分の家族を治療する気持ちで、目の前の患者さんに思いやりを持って診療に携わることを心がけています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.10.17
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
骨粗鬆症を放置すると骨折の危険性が高まり、高齢者では寝たきりになる恐れがあります。