先生があなたに伝えたいこと
【林 申也】劇的な進歩を遂げてきた人工股関節は、今や完成形といえます。長期成績があり、安心して受けられる手術になっています。
神戸大学医学部附属病院
はやし しんや
林 申也 先生
専門:股関節
林先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
三人の息子たちの将来です。三人三様に夢を持っているのですが、いつか叶えられるように努力してもらいたいです。一人は「整形外科医になりたい」といっているので期待しています。
2.休日には何をして過ごしますか?
学会やセミナーなどで、あまり家族との休日がないのですが、遊園地に出かけたり、子どもと公園でキャッチボールをしたりなど、楽しく過ごしています。
Q. 股関節はどういう構造になっていますか?
A. 股関節は、骨盤に寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿があり、そこに骨頭(こっとう)という大腿骨の付け根がはまっている構造になっています。他の関節との違いは、球状になった骨盤のくぼみに、球状の骨がかみ合っているので、どの方向にでも動くことです。さらに、股関節は関節包(かんせつほう)という袋で覆われていて、そのまわりに靭帯や筋肉があることで、脚を曲げたり、開いたり、さまざまな動きができるようになっています。股関節をはじめ、足関節(足首)、膝関節の3つは、荷重関節といって体重の負担がかかる関節なので、軟骨がすり減りやすいといわれています。
Q. 股関節の代表的な疾患には、どんなものがありますか?
A. 代表的なのは、股関節の軟骨がすり減って骨同士が当たり痛みが出る、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。ほかには、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)といって、骨頭の一部の細胞が壊死して軟らかくなり、体重の重みを支えきれなくなって潰れてしまう疾患です。また、最近になって増えているのは、股関節唇損傷(こかんせつしんそんしょう)です。股関節唇とは寛骨臼の辺縁に付いている軟骨のひだで、それが大腿骨の頸部に当たってめくれてしまう病態が股関節唇損傷です。めくれた関節唇が、脚を曲げるときに関節の間に挟まり込んでしまうことで痛みが起こります。この10年ぐらいで、治療の対象となるケースが多くなってきています。
Q. 変形性股関節症になる原因は何ですか?
A. 日本人の変形性股関節症の約80%は、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)によるものです。生まれつき、骨頭の屋根となる寛骨臼のかぶりが浅いせいで、荷重面積が小さく、限られた部位に体重がかかって軟骨が傷んでしまいます。寛骨臼形成不全は圧倒的に女性に多く、年齢とともに軟骨のすり減りが進行していくため、老年人口の増加に伴って患者数も増えています。
Q. 股関節の疾患においては、変形性股関節症が占める割合が一番大きいのでしょうか?
A. 病院によって異なると思いますが、当院では大腿骨頭壊死症の患者さんも同数程度いらっしゃいます。当院では膠原病(こうげんびょう)リウマチ内科もあり、大腿骨頭壊死症の発症頻度が高いといわれる膠原病の患者さんが来院されるため、整形外科で大腿骨頭壊死症を取り扱う比率も高くなります。これは大学病院ならではの傾向でしょう。
Q. 大腿骨頭壊死症になる原因は何ですか?
A. 外傷によって引き起こされるほか、特発性(とくはつせい:はっきりした理由がわからず発症するもの)の大腿骨頭壊死症の場合は、ステロイド剤の大量服用やアルコールの取り過ぎが発症の引き金になる可能性があるといわれています。こちらは、加齢とともに進行するものではなく、20代の患者さんもおられます。
Q. 変形性股関節症と大腿骨頭壊死症の治療法を教えてください。
A. いずれもまずは保存治療として、鎮痛薬による薬物療法や運動療法を行います。特に、筋力訓練は非常に科学的根拠性が高い治療で、除痛効果と軟骨の破壊の進行を遅らせる効果があります。そもそも股関節に痛みがあると、あまり脚を動かさなくなるので周辺の筋力が弱くなります。そうすると、もともと寛骨臼形成不全がある方は、寛骨臼のかぶりが浅いため、筋肉で股関節を支えることができず不安定になっていきます。
筋力訓練を行えば、筋肉がついて股関節をしっかりと押さえ付ける力が働くため関節が安定し、ブレがなくなって痛みが起こりにくくなります。そのため、筋力訓練が非常に重要になるのです。
Q. 保存治療で改善が見られない場合は、手術になりますか?
A. そうですね。ただし手術する基準は、どれだけ痛みがあり、生活に支障が出ているかが一番のポイントになります。一概に、レントゲン診断の関節の状態によって手術が決まるわけではありません。仕事に支障が出てきたり、以前は好きな旅行に行けたのに行けなくなったり、ということが手術の判断材料になります。何を問題視するかは人によって異なるので、医師と患者さんとで相談しながら、この一線を超えたら手術をしましょうという目安を決めます。もちろん中には、どれだけ悪くなっても手術しないという選択をされる方もおられます。
Q. では、手術を選択した場合、どんな内容になるのか教えてください。
A. 年齢によって手術法も変わってきます。30~40代の患者さんで、寛骨臼形成不全から変形性股関節症を発症した方は、当院では骨切り術(こつきりじゅつ)を行っています。これは骨の一部を切って角度を変えることで、寛骨臼のかぶりを深くする手術です。わかりやすく説明すると、股関節を意図的に骨折させ、ずらして止める手術になるため、高齢の方だと骨が癒合しにくくなります。そのため50歳を基準とし、それ以下の年齢の方で軟骨のすり減りによる痛みのある方には、積極的にお勧めしています。人工股関節にしなくても自分の骨を使って治すことができ、術後の動作制限がまったくないのが大きなメリットといえます。
50歳以上の方には、人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を提案しています。骨切り術だと治療に半年程度かかりますが、こちらは2週間程度です。大変優れた手術で除痛効果が高く、術後は基本的に自分の脚で歩いて退院ができるため、多くの患者さんに喜ばれています。
Q. 自分の股関節を人工の股関節に置き換える手術ですね?
A. そうです。大腿骨の中にステムという芯を通して、その先端に骨頭となるボールを取り付けます。さらに、寛骨臼側に土台となるカップと軟骨の代わりとなるポリエチレンライナーを設置して組み合わせることで、脚を曲げたり開いたりする股関節の役割を担います。痛みのある部分を除去し、人工股関節に置き換えるため、痛みがなくなるのが最大の特長です。
寛骨臼形成不全の方は、両方の股関節に疾患が出てくるため、両方とも人工の股関節に置き換える手術になるケースも多いです。10人に1人ぐらいの割合で、両方同時に手術されています。
Q. 人工股関節は、時代とともに進歩しているのですか?
A. 私が最初に人工股関節の手術をしたのは15年前になりますが、この10年で格段に進歩したと思います。耐久性が向上し、人工股関節が一生もつといえる時代も近いような気がしています。
たとえば、寛骨臼に入れるカップの内側のポリエチレンライナーが丈夫になり、摩耗しにくくなっています。摩耗しにくくなったのでライナーの厚みを薄くすることができるようになり、その分、昔と比べて大きい骨頭ボールを使用することができるようになり、小さい骨頭ボールよりも脱臼しにくくなるなど、いくつかメリットも増えました。
Q. 手術のやり方も変わってきましたか?
A. 昔は股関節に至るまで、20cmほどメスを入れて、筋肉を切って手術を行っていました。しかし最近は7~8cm程度の切開で、筋肉を切らずに筋肉と筋肉の間から股関節に達するMIS(エムアイエス:低侵襲手術)が行われています。中でも、大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)と中臀筋(ちゅうでんきん)の間から侵入するALSと呼ばれる仰臥位前側方(ぎょうがいぜんそくほう)アプローチが取り入れられるようになり、患者さんの身体への負担が少なくなっています。
テクノロジーの面でも、手術をサポートしてくれるナビゲーションシステムやロボットなども開発されています。しかし、こうしたテクノロジーをどこまで活用するかは、ケースバイケースだと私は考えています。一つの手技に固執せず、患者さんの年齢や体力、関節の変形の状態に応じて、最も適したやり方を取捨選択しています。
Q. 手術には合併症の不安がありますが、患者さんが術後に気をつけるべきことはありますか?
A. 術後いつも患者さんにお伝えしているのは、感染症を防ぐために病気の可能性があれば早めに主治医にかかることです。例えば風邪が悪化して肺炎になると、血液中に菌が入り血流に乗って患部にダメージを与えてしまいます。病気を重症化させないことが、感染症予防には大切なのです。それに加え、手術の傷口にも異変がないか注意を払っておくことです。あとは、血の塊が血管中に詰まってしまう深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)です。こちらは、術後早期から運動をすることが一番の予防になります。さらに、術後の人工股関節に問題が生じていないか、定期検診に通っていただくことも大切です。合併症は、患者さんの心がけで予防できる部分がかなり大きいのです。
Q. 先生は関節リウマチもご研究されていますが、こちらも治療法の進歩は感じられますか?
A. 関節リウマチの治療薬もこの10年で飛躍的に進歩しました。最先端のバイオテクノロジーによって生み出された生物学的製剤という抗体薬が開発され、さらにここ数年では、「ヤヌスキナーゼ阻害剤(Janus kinase inhibitors)」という炎症が起こる仕組み自体を分子生物学的に根本から抑える薬剤も生まれました。今ではリウマチ自体をコントロールできるようになっています。
Q. それは患者さんにとってありがたいですね。最後に、先生が診察において心がけておられることを教えてください。
A. 自分の家族を診るような気持ちで、一人ひとりの患者さんの診察にあたっています。そうすれば、より親身な対応ができます。手術などによって痛みがなくなったり、身体を動かせるようになったりしたことで患者さんから感謝の言葉をいただくことも多く、改めて医師になってよかったと感じています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2019.8.7
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
劇的な進歩を遂げてきた人工股関節は、今や完成形といえます。長期成績があり、安心して受けられる手術になっています。