先生があなたに伝えたいこと
【安藤 健夫】スポーツ外来において私が目指すのは、「関節鏡視下(かんせつきょうしか)手術で元通り」にすることです。
Q. 先生はスポーツ医学センター長を務めていらっしゃいます。スポーツにおける主な関節傷害について教えてください。
A. 一番多いのが膝関節の傷害で、なかでも前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)損傷です。ほかにも肩の腱板(けんばん)断裂、足関節(足首)の靭帯損傷、股関節の関節唇(かんせつしん)損傷などがあります。
Q. 今ではそのほんとんどの症例で、関節鏡視下手術が可能だそうですね。
A. はい。ただし、股関節の関節唇損傷では、股関節に変形のある場合は除きます。
Q. 関節鏡下手術とはどのような手術なのですか?
A. 太さ4mm程度、小さい関節ですと1mm程度のファイバースコープ(内視鏡)を関節内に入れて、損傷部を観察しながら切除や縫合などを行います。内視鏡を入れるために必要な穴は数mmですし、手術器具の進歩で関節を切開することなく手術ができるようになりました。このように他組織への負担が極めて小さいので、スポーツ選手でも大部分はほぼ元通りの運動レベルを取り戻すことができます。
Q. では少し具体的にお聞きします。たとえば一番多いという前十字靭帯損傷では靭帯はどのように再建されるのでしょうか?
A. まず十字靭帯について説明しましょう。十字靭帯は太ももの骨(大腿骨)とすねの骨(脛骨)をつないでいるもので、関節の内部で前十字靭帯と後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)がクロスしています。ですから確率は高くないですが、前と後ろの両方を損傷される方もいます。前十字靭帯は、脛骨が前に飛び出すのを抑えるために後方へ引っ張り、後十字靭帯はその逆で、骨が後ろにいかないよう前方に引っ張っています。両方が正常に機能しているときは、ジャンプしても着地でぐらつくことなく踏ん張れますが、切れてしまうと、ぐらっときてとても踏ん張れません。
Q. なるほど。靭帯は体の動きを支えているのですね。
A. 内視鏡では、ハムストリングという筋肉のなかの半腱様筋腱(はんけんようきんけん)を採取し、再建靭帯を作ります。次に、膝の内側に空けた穴からドリルで骨にトンネルを作り、再建靭帯を4重折りくらいにして通し、大腿骨側は小さなチタン製のボタン、脛骨側は体内で溶けるネジを用いて固定します。チタン製のボタンは体内に一生の間あっても害がありません。また、チタンは非磁性合金なので、将来CTやMRIを撮るにしても問題がないですし、ネジは一年もすれば自然と自分の骨に置き換わります。
Q. それらがすべて内視鏡下で行われるとは驚きですが、特に先生の手術手技には大きな特長があるそうですね。
A. ええ、それは「靭帯の温存」です。実は日本においては、靭帯を移植する位置を正確に把握するために、残された靭帯までもすべて取り払うのがポピュラーです。ところが靭帯には位置覚(いちかく)を司る重要な知覚神経があるんです。位置覚とは、今、膝が何度曲がっているか、視覚的に判断しなくてもわかることです。けれど、位置覚を司る知覚神経が奪われてしまいますと、サッカー選手であるならばボールを蹴ろうとしても膝がどれくらい曲がっているかわからないために、ボールを思うように制御できなくなります。靭帯を取り払ってしまったあとに知覚神経が戻るのは1割程度だといわれていますので、スポーツ選手には致命的といえます。
そこで当院では、切れた靭帯を残したまま、靭帯の中心に這わせるように新しい靭帯を移植します。これにより10人が10人とも靭帯が温存できます。また、残された靭帯にわずかでも自分の血流が残るので治癒も早いのです。
Q. 特にスポーツ選手には朗報ですが、靭帯を温存する手技はまだまだ一般的ではないということでしょうか?
A. やられているのは全国でも2、3施設でしょうか。当院ではすでに2,000例を超えています。
Q. まさに「元通り」を目指して、ということですね。
A. そうですね。知覚神経も動きも元通りを目指しています。
Q. 腱板縫合ができない事もあるのですか?
A. 付け根でただ切れただけなら内視鏡で縫合できるのですが、放置しますと、切れた腱板は関節外まで縮んでしまいます。退縮してしまうと元の位置に引っ張り上げることができず縫合できません。腱板断裂はMRIには写りますがレントゲンには写らないので、ちょっと様子を見ましょうという間に退縮することもあります。
Q. 先生は腱板断裂の手術もお得意とお聞きしています。
A. 腱板の付け根の部分で断裂することが多く、整復できるものであれば縫合すればいいのですが、当院へは、縫合が困難と思われる方が紹介で来られます。そのような方々に人工腱板手術を行っています。腱板は筋肉の束のようなもので、腕を持ち上げたり回転させたりするときに働きます。
Q. そこで人工腱板を? それも関節鏡視下手術ですか?
A. はい、内視鏡で行います。退縮した腱板と人工の腱板を縫い合わせます。その後肩の付け根部分からチタン製のピンを何本か入れ、そこにはあらかじめ糸が付いていますので、人工腱板と腕の骨を縫い合わせます。人工腱板を介して腕の骨を引っ張ることで、縫合不可能な方も元のように腕が上がるようになるわけです。腱板というのは前に1つ、上に1つ、後ろに2つの合計4本あります。患者さんのほとんどが3つ4つ切れて縮まっていて、それでどこへ行ってもどうしようもないといわれてここへ来られるんです。4本も切れますとね、人工腱板は幅7~8㎝、長さ5.5㎝くらい必要になり、それを4つ折り、5つ折りにして入れますので、その分、少し切開が大きくなります。それでも3㎝ほどでしょうか。
自家培養軟骨移植について
Q. こちらの病院は、四国で初めて、「自家培養軟骨移植」において保険医療制度の認定を受けておられますね。これはどういう手術なのでしょうか?
A. 適応となるのは膝の軟骨欠損です。例えば軟骨骨折や軟骨がはがれるという場合ですね。荷重のかからない部分から0.3gほどの少量の軟骨組織を採取し、3週間かけて3㎝×3㎝程度の大きさに培養します。さらに大きいものが必要な場合はいくつか作製して、それを約4週間あとに欠損部に移植します。患者さんご本人の軟骨を使いますので拒否反応を起こしませんし、定着すればそれで一生大丈夫です。
Q. 軟骨骨折や軟骨がはがれた場合は、すべてこの自家培養軟骨移植の適応となるのですか?
A. いいえ。軟骨を培養する必要がない場合には、当院では「元通りの形にして元通りの位置に固定」する手術を行います。そちらが主流ですね。最近ではこんな例があります。中学生が軟骨骨折を起こして、その軟骨が関節の中に遊離していたんですね。成長期のお子さんだったので、その軟骨を一旦取り出して冷凍保存し、成長が止まる頃に軟骨を元の位置に戻しました。その間も学校の体育レベルまではできていましたが、今では激しい運動も問題なくできるようになっています。
Q. ご自分の軟骨が生かせない場合に、自家培養軟骨移植という方法があるということですね。
A. その通りです。他に治療法がない場合の選択肢といえるでしょう。半月板や腱板の自家培養の時代が来るかもしれません。実用化されれば、さらにたくさんの患者さんが救われますね。
Q. 「元通り」を目指してさまざまな先進的な治療を実践されていますが、特に先生の記憶に残る患者さんはいらっしゃいますか?
A. 香川県の競輪選手で、落車して腱板断裂してしまったケースがありました。腕が上がらないし、レースではダッシュのときに風圧を避けるように肩をぐっと前傾させて漕ぐそうですが、その姿勢が取れなくなったと訴えられていました。S級の選手でしたが、当然、成績が伸びなくなってしまいました。それが鏡視下腱板縫合の手術をして、6週後にレースに出て、8週目で優勝されました。元通りどころか手術前より成績がよくなられたんです(笑)。そういう例はいくつもあります。まずは元通りが可能かどうか、ご相談に来ていただければと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.5.27
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
スポーツ外来において私が目指すのは、「関節鏡視下(かんせつきょうしか)手術で元通り」にすることです。