先生があなたに伝えたいこと
【平澤 直之】人工股関節にする一番のメリットは、運動機能が回復し、痛みを感じる前の生活に戻れることです。術後の日常生活動作の制限がほとんどなく、正座ができるようになる方も少なくありません。私たち整形外科医の目標は、患者様が、痛みも違和感も感じず、手術したことを忘れて、日々の生活を楽しんでいただけるようにすることなのです。
医療法人社団 北水会 北水会記念病院
ひらさわ なおゆき
平澤 直之 先生
専門:股関節
平澤先生の一言
父が転勤族だったため、これまで同じ場所に長くて5年くらいしか住んだことがなかったのですが、当院での勤務が10年目を迎え、生まれて初めて自分の地元ができたような気がしています。最近、自分がチームドクターを務める地元バスケットボールチームが1部リーグに昇格しました。少しでもこの地域を盛り上げていきたいと思っています。
休日の過ごし方ですが、スパルタンレース※にエントリーしているので、完走を目指して、ウエイトトレーニングなどで体を鍛えています。
※ 腕力と脚力を使って重りを持ち上げたり、立ちはだかる大きな壁を乗り越えたり、有刺鉄線の下をほふく前進で潜り抜けたりと、身体能力を高める要素を取り入れた障害物レースのこと。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. 社会の高齢化が進み、股関節の痛みに悩んでいる方が増える一方で、正確な診断を受けられず、痛みを我慢している方も多いと聞きます。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
A. 股関節は体全体を支える関節ですので、膝や腰、肩の痛みを訴える患者様であっても、痛みの原因が股関節にあることが後になってわかることがあります。ですから、当院では腰が痛いと訴える患者様でも、必ず股関節を疑うようにしております。
Q. それだけ股関節は重要な関節ということなのですね? そもそも、股関節はどんな構造になっているのでしょうか? それぞれの部位や働きについて教えてください。
A. 股関節は骨盤と大腿骨が組み合わさった関節で、関節の表面は軟骨というクッションで覆われ、周囲の靭帯や筋肉が関節の動きをサポートしています。大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)が骨盤にすっぽりとはまり込むことで股関節の安定性が保たれていますが、成長段階で骨盤が育ちきらない寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)である場合、股関節の"被り"が浅く、大腿骨頭が半分くらい骨盤の外側にはみ出てしまうことがあります。そうなると正常な関節に比べて少ない面積で荷重を受けることになるため、寛骨臼に過度に負荷がかかり、将来的に障害を起こす確率が上がるのです。
日本整形外科学会の統計によれば、日本人女性の約3割が寛骨臼形成不全とされ、50~60代になって初めてそのことを知らされる方も珍しくありません。股関節が痛むといって受診される方の約8割が、寛骨臼形成不全という統計もあります。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 軟骨がすり減り、痛みを感じるようになる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)があります。患者様は女性が多く、40代後半から90代まで、幅広い年代の方が痛みを訴えて来院されています。
変形性股関節症の患者様が女性に多いのは、前述の通り、女性に寛骨臼形成不全が多く、加齢などに伴い、過度に股関節に負荷がかかり、関節が変形しやすいためと考えられます。
Q. 変形性股関節症になりやすい生活習慣などはありますか?
A. 変形性股関節症はデスクワークの方でも発症しますので、職業やスポーツ歴という患者様の活動性よりも、患者様の生まれつきの骨盤形態に大きく左右されると考えられます。
Q. 変形性股関節症では、具体的にはどのような痛みを感じるのでしょうか?
A. 股関節の付け根が、身体を動かそうとしたりスポーツをするとき、あるいは階段を昇り降りするときに痛むようになります。症状が進行すると歩行時に痛み、さらに悪化すれば歩くのもままならなくなります。
Q. その治療法について教えてください。
A. 医者にできることは、薬を使う、リハビリをする、手術をする...この3つしかありません。当院では、患者様の生活習慣や症状を考慮して最適な痛み止めを処方し、理学療法士や作業療法士がリハビリの指導にあたっています。具体的には、股関節周辺の筋肉を鍛えつつ、腰の柔軟性を高めるストレッチを行って股関節にかかる負担を減らし、痛みをやわらげることを目指します。
Q. 股関節の痛みをやわらげるには、腰の柔軟性が大切なのですか?
A. そうです。たとえば、人はしゃがみこむと、股関節を大きく曲げているように感じます。しかしながら、実は股関節自体は大して曲がっておらず、腰や背骨が一緒に曲がることでしゃがむ姿勢を保てているのです。若いうちは簡単にしゃがみこむことができても、歳を取ると難しくなるのは腰や背骨が固くなってくるためです。ですから、腰の柔軟性を高めることで股関節にかかる負担が減り、股関節の痛みをやわらげることが期待できるのです。
Q. こうした運動療法で症状が改善する患者様も多いのでしょうか?
A. 一時的には日常生活を不自由なく過ごせるようになりますが、骨の形が変わるわけではありませんので、何年か後に手術が必要になる場合もあります。
Q. 人工股関節にするとなれば、手術を決断するタイミングやプロセスはどのようなものになりますか? また、人工股関節にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
A. いまの痛みを我慢してこのまま様子を見るか、手術を決断するのか、最終的に決断を下すのは患者様ご自身です。私から手術を勧めるのは、患側の股関節が90度以上曲がらなくなってきた場合と、健側の股関節も痛むようになってきた場合です。股関節の動きが固くなって脚が曲がらない、開かないという状態になると、たとえ人工股関節の手術をしても柔軟性が戻らず、回復に時間がかかってしまうためです。手術はそうなる前に行うべきです。
人工股関節にする一番のメリットは、運動機能が回復し、痛みを感じる前の生活に戻れることです。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. いまでは患者様の症状に合った様々な材質や形状、サイズのステムが開発されています。また、人工股関節で軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーの質の向上が、人工股関節の耐久年数の伸長に大きく貢献し、いまでは20年もって当たり前の時代になっています。
Q. 人工股関節手術の方法も進歩しているのでしょうか?
A. 以前は、術前計画を立てる場合、レントゲンだけに頼っていましたが、いまでは患部の3次元立体画像をもとに、人工関節を設置する手順を綿密にシミュレーションできるようになりました。また、手術も皮膚の切開を少なく、筋肉を切らずに温存できる最小侵襲手術(MIS)が主流になり、術後の回復も早く、脱臼もしにくくなっています。昔は手術後にしゃがんだり、胡坐や正座をしたりしてはいけないといった禁忌事項がありましたが、今では、当院では原則として手術後の動作制限は一切設けていません。
Q. 手術の合併症について教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策をとられているのでしょうか?
A. 考えられる合併症として細菌感染と骨折があります。感染を防ぐために手術はクリーンルームで行い、患者様の細かな変化を見逃さずに、何かあれば適切なタイミングで抗生物質を投与しています。また、ごくまれですが、インプラントを骨に挿入する際に骨折することがあります。
Q. 骨折のリスクは、やはり高齢の患者様に多いのでしょうか?
A. 若くても手術による骨折のリスクは高齢の方と同じようにあります。インプラントには骨の強い方向け、弱い方向けなど様々な材質のものがありますので、患者様の症状に合わせた最適な素材や形状のものを使うことでリスクを防いでいます。
Q. 術後のリハビリのスケジュールと内容について教えてください。
A. 手術翌日から歩行練習を開始し、手術前の状態にもよりますが、3日~1週間程度で歩行器や杖から自立して、10日程度で階段の昇り降りが可能になります。
Q. 実際に人工股関節の手術をされた方からは、どのような声が届いていますか?
A. 「色々なことができるようになった」「昔できていたことがまたできるようになった」という声をよく聞きます。
Q. 先生が股関節の専門医になられたきっかけがあれば教えてください。
A. 股関節治療は患者様の満足度が高く、しっかりとした治療を行えば患者様の症状が必ず良くなるという点に魅力を感じました。
Q. 先生は日々どのような想いで診療に取り組んでいらっしゃるのでしょうか?
A. 股関節の痛みに困っている方の治療は決して断らない、治せる患者様はすべて治したい、という想いで患者様と向き合っています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2021.6.2
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工股関節にする一番のメリットは、運動機能が回復し、痛みを感じる前の生活に戻れることです。術後の日常生活動作の制限がほとんどなく、正座ができるようになる方も少なくありません。私たち整形外科医の目標は、患者様が、痛みも違和感も感じず、手術したことを忘れて、日々の生活を楽しんでいただけるようにすることなのです。