先生があなたに伝えたいこと
【阪上 彰彦】無理に頑張らなくていいですよ。マイペースで人工股関節と付き合っていきましょう。
姫路赤十字病院
さかがみ あきひこ
阪上 彰彦 先生
専門:股関節
阪上先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
小学生の息子2人がフルコンタクト空手をやっていまして、その試合の応援に行くのが今は一番の楽しみです。
2.最近気になることは何ですか?
息子達がいつまで空手を好きでいてくれるかなぁと。先日私、車上荒らしを捕まえまして、体も心も鍛えておいた方がいいと、つくづく実感したものですから。
Q. 人工股関節全置換術についてお伺いしたいと思います。まずは最新の人工股関節について教えてください。
A. 人工股関節は、2000年を過ぎた頃から劇的に進化したと思います。実際、人工股関節が壊れたりゆるんだりして再置換(さいちかん:人工関節を入れ換えること)手術を行っているのは、それ以前の人工股関節がほとんどなんです。このような進化が可能になった大きな要因のひとつが、素材であるポリエチレンの革新。ポリエチレンは人工股関節の摺動面(しゅうどうめん)に使われるもので、それがすり減り摩耗粉(まもうふん)が発生することが股関節のゆるみの原因となっていました。現在ではクロスリンクポリエチレンという摩耗しにくい素材が実用化され、さらにその表面に水の膜のようなものを作ることによって摩耗を防ぐことが期待できる、Aquala(アクアラ)という技術が登場しました。この新しい技術で人工関節の摩耗のリスクを下げることができるのではないかと思っています。ステムの形にしても日本人に合うものが出てきましたし、全体的に固定性が増しました。またステムのネック部分が細くなって脱臼のリスクも低減しました。
※Aquala(アクアラ)は京セラ株式会社の登録商標です。
Q. ステムのネックが細いと脱臼しにくくなるのですか?
A. 脱臼というのは、こんな風にソケットから骨頭が抜けてしまうんです。したがって細い方が可動域(かどういき)が広がるので脱臼しづらいんですね。また、脱臼のリスク低減に関しては、手術のアプローチ(切開方法)の進歩も大きく関係しています。
Q. 具体的にそのアプローチ法とは?
A. 前方アプローチ、前側方アプローチなどがありますが、私が採用しているのは側方アプローチといって、大腿骨の横から前へ侵入する方法。脱臼の主なものは後方脱臼ですので、その確率が格段に下がりました。
Q. 筋肉を切らないアプローチ法もあるようですが、側方アプローチもそうなのですか?
A. 側方アプローチでは3cmほど切りますね。そうすることで、展開といって患部が見やすくなります。助手の先生もみんなが見やすいわけですから安心感がありますね。私が彼らに手術してもらうことになるかもしれないし、見ていてほしいなと(笑)。後進を育てる意味も大きいということです。脱臼のリスクが低いことは患者さんには当然のことですし、我々医師にとってもストレスがなくなります。手術すればするほど脱臼の患者さんも増えるというのは、なかなか辛い状況ですから。
Q. なるほど、そうですよね。お話のような人工股関節の進化、手術手技の進歩、それによる脱臼のリスクの低減などもあって、人工股関節の耐用年数も延びたのではないでしょうか?
A. これはもう大幅に延びたといえます。では何年くらい? と聞かれれば、明言は難しいですが、少なくとも10年以上、先ほども触れた2000年以降の人工股関節なら20年は持つだろうと考えられます。耐用年数については歯をイメージしていただいたらわかりやすいと思うのですが、差し歯も、一体何年持つのかということはわかりませんね。だから「長持ちするように大事に使ってね」、と患者さんにはお話ししています。
Q. 確かに、歯に例えるとわかりやすいですね。
A. ええ、人工股関節は差し歯と同じなんですね(笑)。むし歯になって歯を抜かなければならないと落ち込みますが、それは仕方のないことで、差し歯なら差し歯なりの生活をすればいいわけです。差し歯になれば氷をガリガリ食べてはいけないですよね。けれど普通に食事ができますよね。それと同じで人工股関節になれば股関節周囲を不用意に不自然にさえ動かさなければ普通に生活していただいていいんです。
Q. 人工股関節と上手に付き合えばいいのですね。
A. そうなんです。たとえば筋力をつけるために運動をすることは大事ですが、やればやるほどいいかといえばそうではありません。歩いたり、自転車を漕いだり、水中歩行など股関節に負担をかけない運動がおすすめですし、目安としては、「疲れが翌日にまで持ち越さない」程度が、その方にとっての最適な運動量だと思います。
Q. 逆に避けたほうがいい動きというのは?
A. 人工股関節は、骨という筒の中に棒が入っている状態ですから、不自然にねじってしまうと骨がかわいそうです。通常の昇り降りは問題ありませんが、階段の昇り降りにもねじれの動作が加わりますから、リハビリだと意気込んで行ったり来たりしたり、必要もないのに急な坂道を使ったりすると痛みが出ることもあります。手術をしたのに痛くなってはもったいないですよね。特に手術後、半年ほどは少し気をつけていただきたいです。
Q. 半年ほどで、ある程度のことはできるようになるのですか?
A. はい。個人差はあっても、大抵のことはしていただけます。なかには趣味の山登りに復帰された方もありました。半年ほど経てば人工股関節が骨になじんでしっかりとしてくるんですね。最初は、異物が入ってきて骨がびっくりするんですよ。でも人工関節が骨に悪ささえしなければ、骨も人工関節をくっつけてやろう、支えてやろうという気になってくれて、それが全面に行き届いて、骨と人工関節が密接になっていく。そうなれば、ある程度は好きなことをしていただけます。ただし、何年経ったとしても、走ったり飛んだり跳ねたりといった、両足が地面から離れるような動きはやめていただきたいですが。
Q. 人工股関節全置換術も近年、変化してきたわけですけれども、手術を受けられる患者さんの年齢層にも変化はあるのでしょうか?
A. 高齢の方が多くなりました。90歳を超えている患者さんもそう珍しくなくなりましたね。以前は、先天的に臼蓋(きゅうがい)の発育が不完全で変形性股関節症になり、手術に至るケースが主で、50歳代の患者さんが多かったのですが、年齢層は上がってきています。
Q. 老化も変形性股関節症の原因になるのですか?
A. 老化によって軟骨がすり減り、変形性股関節症となる場合があります。あと、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が一因ともいわれていますが、軟骨下骨の骨折が起こったり骨頭が急に潰れたりする急速破壊型股関節症(半年ぐらいで急速に関節が破壊する病気)の方が目立つようになってきました。
Q. 高齢であっても手術の合併症などは心配ないのでしょうか?
A. 特に90歳を超えるような超高齢の方は、それまで体も頭も元気に過ごしておられた"人間のエリート"、つまり肉体的に優秀なんですね。そこまで行かなくても、高齢の方はお元気な方が多いので、高齢だからという心配はあまりしなくてよいと思います。もちろん年齢に関係なく、合併症については、術前の検査から手術中、術後とできる限りの対策を取っています。
Q. 最後に、リハビリにおいて、特に取り組まれていることがあれば教えてください。
A. 独自の取り組みではないかもしれませんが、みなさん退院後のことが心配ですよね。そのため、リハビリをして2週間ほど経ったところで、入院中に一度ご自宅で一泊していただいています。そうでなくても、「これはしていいのか」「あれはできるのか」と不安なものですが、実際に自宅に戻ると、もっと現実的に問題点や心配点が見えてくるんです。病院はバリアフリーですが、家には段差などの障害がたくさんあります。それで、その不安な点を退院までの間に解決し、安心して帰っていただけるようにしています。
Q. ありがとうございました。先生のお話を聞いていますと、手術に対して前向きになれる気がします。
A. そうであればうれしいです。本当にね、必要以上に心配することはないですよ。今がよければよし。頑張り過ぎず、疲れを残さないなら、無理なくできることは何でもやって生活を楽しんでいただきたいです。頑張らないで、マイペースで、日々を過ごしていただきたいと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.1.16
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
無理に頑張らなくていいですよ。マイペースで人工股関節と付き合っていきましょう。