先生があなたに伝えたいこと
【萎沢 利行】手術後に「もっと早く手術を受けておけば良かった」という声をよく耳にします。これから先の人生を考え、相談しながらより良い治療法を共に見つけていきましょう。
Q. 膝関節の仕組みや特徴について教えてください。
A. まずは、膝関節が体全体の中で重要な運動器であることを知ってください。その特徴はなんといっても人体の中で最大の関節であること、屈曲・伸展・内反・外反・内旋・外旋などの動きを担い、可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)も極めて大きいことです。反面、球関節である股関節と違い、蝶番関節ですから安定性は決して良くないんですね。人体で一番長い大腿骨と二番目に長い脛骨をつなぐ関節でもあり、ストレスがかかりやすい上に、歩行中は体重の約7倍の荷重がかかるといわれています。そして膝関節が悪くなりますと、股関節や足関節、腰などさまざまなところに影響を与えてしまいます。
Q. 膝関節は大きな負担がかかる関節なのですね。どのような組織で支えられているのですか?
A. 後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)、前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)、外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)という4つの靭帯が膝関節を結合して動きを制御しています。また半月板にはクッションの役割があります。
Q. では、変形性膝関節症とはどのような病気なのでしょうか?
A. 症状には段階があります。まず始めに、徐々に軟骨の摩耗が始まり、周囲の組織が炎症を起こすなどして痛みが出ます。痛いと動かさなくなりますから筋が固くなったり筋力が弱くなったりしてどんどん進行します。軟骨も摩耗が進んで関節が変形をきたし、末期には軟骨が消滅して骨と骨とが直接ぶつかって痛みも変形も強くなります。筋力が弱くなると関節の後ろが伸びなくなります。膝が伸びないと体形が前かがみになって、腰にまで負担がかかりますし、歩行時、通常はかかとから着地しますが足底が同時に着地するようになって転倒の原因にもなります。転ぶと骨折にもつながりますので、高齢者で膝が伸びないというのは大変な問題なんです。
Q. 体全体に影響が出てしまうんですね。
A. はい。もともと日本人にO脚気味の人が多いというのもありますが、膝関節の内側のほうが軟骨がすり減りやすいんです。そうすると重心が内側により多くかかって内側の軟骨がさらに摩耗し、外側の靭帯が緩くなって、歩いていて体が揺れてしまうなどの症状も出てきます。つまりさまざまな「悪循環」が生じるわけです。
Q. そのような悪循環を生んでしまう変形性膝関節症の原因とは何なのでしょうか?
A. 実は原因がはっきりしない一次性と呼ばれるものが、わが国では、全体のおよそ90%といわれています。加齢とか体重過多が原因ではないかということですが、まだはっきりしていません。それ以外は、骨折や関節リウマチ、痛風などの病気によって引き起こされる二次性と呼ばれるものです。
Q. 変形性膝関節症の治療法にはどのようなものがあるのでしょうか?
A. まずは保存療法で様子をみます。保存療法では痛み止めの投与やヒアルロン酸の関節内注射なども併用しますが、「悪循環」を断ち切るためには運動療法が絶対に必要だと思います。その上で、私が最も大切だと思っているのは「フォローアップ」です。運動療法として大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛える体操やストレッチを指導した患者さんには、外来に来られたときに必ず「やっていますか?」と聞いてチェックします。やはり、さぼる方が多いんです(笑)。歯磨きは毎日やるんだから、それと同じようにやりなさいと繰り返し繰り返し指導しています。
Q. きちんと続けていただくためにはフォローアップが大切なのですね。
A. そう、フォローアップの一番の目的は患者さんのモチベーションを上げることです。痛みが緩和されたあと、再びぶり返さないようにするためにも、運動を続けてもらう必要がありますし、場合によってはダイエットの必要もあります。その場面に応じてのフォローアップこそが保存療法の原点だと思います。こうした取り組みのうちに、患者さんが自らの体を治すためにやるべきことが定着していくことが大事なんです。
Q. 痛みが緩和された状態でキープできれば、保存療法はずっと継続されるのでしょうか?
A. ご本人が痛みや生活への支障をそれほどに感じておられず、手術を希望されないのなら、フォローアップをしながら保存療法を続けていくことになります。変形の程度で手術を決めるのではなくて、手術はあくまでご本人も希望によって行うものです。もちろん「そろそろ手術したほうが良いのでは」というアドバイスはしますが、最終的に判断するのは患者さんご本人なんです。
Q. 変形性膝関節症における手術療法には選択肢はあるのですか?
A. 大きくは高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)か、人工膝関節手術があり、人工膝関節手術には膝関節全体を人工物に換える人工膝関節全置換術と、当院ではそれほど症例は多くありませんが、おもに内側だけを人工物に置き換える人工膝関節単顆置換術があります。高位脛骨骨切り術も単顆置換術と同じように、内側か外側のどちらかだけが悪い場合に適応となり、膝関節の近いところで脛骨を切り、その向きを変えて変形を矯正します。活動性の高い比較的若い方に有効です。高齢になると骨がくっつくまでの時間もかかりますので、単顆置換術のほうが良いでしょう。
Q. 膝関節全体の軟骨がすり減り、変形が顕著な場合には全置換術ということでしょうか?
A. 全体が悪ければ全置換ですね。目安としては、痛みがおさまらなくなり生活動作にも支障をきたすという状態であれば全置換術の適応だと思います。症例数としてもこの手術が最も多くなります。もちろん、ご本人が全置換術の手術を希望されていることが条件です。
Q. それでは人工膝関節全置換術にも種類があるのでしょうか?
A. 全置換術では前十字靭帯は切りますが、後十字靭帯についてはこれを残すタイプの人工膝関節と切除するタイプの人工膝関節があります。私は残せる組織は残した方が良いという主義ですので基本的には前者を使い、術中に、後十字靭帯が傷んでいて膝を十分に支えられないと判断すれば後者を使います。
Q. 耐用年数や機能などは変わらないのでしょうか?
A. 耐用年数としては一般には15年~20年といわれています。後十字靭帯の状態を適切に判断して選択すれば耐用年数や機能に大差はないと思います。
Q. 人工膝関節置換術で先生が最も重要視されていることは?
A. 私はしっかり術野を確保し、なにより正確に設置するということを最優先しています。適切な骨切りをし、人工膝関節を正確な位置に正確な角度で設置します。これはアライメントという、正常に近い荷重軸を確保することを目的とするためです。人工膝関節の機能が十分に発揮できるよう位置や角度を微調整することで、理想的なアライメントの獲得を目指すのです。さらに、靭帯バランスを整えて、不安定感のない膝を作るということを重視しています。
Q. 手術後、入院期間はどれくらいですか?
A. 4週間が目安です。階段昇降、床からの立ち上がり、入浴動作などの訓練をします。退院時に杖が必要となる方もいますのが、これは手術前の症状によって変わりますし、個人差もあります。
Q. 退院後、リハビリに通う必要はありますか?
A. リハビリとは少し違いますが、当院の特徴として「術前、術後の三項目測定」を実施しています。これは退院後、定期検診に来ていただく度にしているもので、「歩行測定評価」、「片脚立位時間」、さらに腰掛けた状態から立ち上がって歩き、折り返して再び着座する様子を確認する「Timed Up & Goテスト」の3項目からなります。「歩行測定評価」では、歩行速度、歩幅指数、ピッチの速さなどを測ります。膝関節だけではなくて体のバランスがどれくらい良くなっているか、また後退してしまっているかを数値として出すことでデータを集めますが、なんといっても患者さんのモチベーションをアップさせることができるのがメリットです。「頑張って筋力トレーニングしよう」とか「少し体重を減らそう」とか目標ができて、術後の良い成績につながります。これも重要なフォローアップですね。
Q. よくわかりました。ところで「転倒予防体操」というものを考案されたそうですね。
A. はい。リハビリや術後の指導の中に組み入れています。転倒による骨折や寝たきりを防ぐために、柔軟性、平衡機能、持久力、歩幅の4項目のデータを独自に蓄積して、それをもとに考案したものです。リズミカルな全身運動や、本を頭に載せて歩くなど楽しくできる運動になっています。患者さんには生活の中で実践していただくことをお勧めしています。
Q. ありがとうございました。最後にこれまで先生が治療された患者さんで、特に記憶に残っていることはありますか?
A. 3年ほど前に93歳の女性を手術しました。片脚の人工膝関手術ですが、今でもお元気に検診に来られます。おそらく100歳まで大丈夫でしょう(笑)。直接的な年齢よりも心身が健康であれば、高齢でも手術して元気に歩くことが可能です。
Q. 人工膝関節手術は前向きに生きていくための手段でもありそうですね。
A. 痛みが取れ、膝の機能が上がりますから。自分で移動できる喜び、特にこれは大きいと思います。正座や激しい動きは無理ですし感染予防も必要ですが、それまでできなかったことができ、行けなかったところへも行けます。手術後に「もっと早く手術を受けておけば良かった」という声をよく耳にします。これから先の人生を考え、相談しながらより良い治療法を共に見つけていきましょう。
取材日:2015.7.22
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
手術後に「もっと早く手術を受けておけば良かった」という声をよく耳にします。これから先の人生を考え、相談しながらより良い治療法を共に見つけていきましょう。