先生があなたに伝えたいこと
【渋谷 高明】 医師・理学療法士・看護師のしっかりとした結束が、良い治療へとつながります。
今回は理学療法士の青木利彦さん、看護師の加藤園子さんにも参加していただいてインタビューしました。
【モットー】
情報を正しく共有することが大切です
Q.人工関節手術において、医師・理学療法士・看護師が一枚岩の体制となることに努力されていると聞いています。具体的にはどのようなことなのでしょうか。
A.渋谷:まず、一人一人の患者さんに対して、医師・理学療法士・看護師の三者が正確に情報を共有することを徹底しています。患者さんに十分な説明をして、良い手術をする医師がいて、手術後の機能回復をしっかりと担う理学療法士がいて、患者さんと接する時間が一番長い看護師がいて、この三者全員が人工関節について豊かな知識や経験を持ち、患者さんをよくしようという強い信念のもとで、実際には情報を共有して患者さんの治療にあたるわけです。そのようなチームワークが、良い治療を行う上では絶対不可欠だと思っています。
Q.情報を共有するために取り組んでおられることはありますか?
A.渋谷:特別なことをしているわけではないのですよ。一例では、回診のときには理学療法士も参加し、一人の患者さんについて必ずミーティングを行います。またリハビリテーションにも整形外科医が関わり、手術をやりっぱなしということは決してありません。患者さんがよくなる過程にみんなが参加します。
青木:理学療法士としては、患者さんの話をよく聞くことを心がけています。私たちは1日20分~40分間毎日患者さんとマンツーマンで、人工関節手術の場合はそれが3週間、4週間続くわけですから、それだけ話を聞けるんですね。いいことも悪いことも。その中で、例えば足が痛いというような情報を医師、看護師に伝えて共有しながら、機能回復とより良い形での社会復帰に向けて進めていく。そういうことを意識しています。医師には「今日、こういう風に歩けるようになりましたよ」とか「ここが痛くなりましたよ」、病棟の看護師には「一人でトイレへ行けるようになりましたよ」というようなことを伝え、医師からの一方通行ではなく、相互で話し合いながら進めています。またそうすべきであると考えています。
加藤:看護師の役割として調整役が上げられます。医師は病棟と外来を掛け持ちされており患者さんと接する時間は限られますので、入院中にどういった不安があるのかを私たちができる限り吸い上げなければなりません。病院内だけのことではなくて、家の構造や家族構成、退院後の不安はないかという情報を集めて、ささいなことでも心配なことがあればお聞きし、それを医師や理学療法士に伝える。またその返事を患者さんに間違いなくお伝えするという役割は、とても重要だと思っています。その上で理学療法士がリハビリを通して、直接、患者さんのご自宅での生活の話に結び付けていくということですね。
渋谷:私も手術前には必ず、患者さんがどのようなところに誰と住んでいるのかなど、手術前の時点でどんな暮らしをされておられるのかをお聞きします。そして手術後に変えたほうがいいところがあれば早めにお伝えするようにしています。急に変えられないこともありますから。たとえば布団で寝ていた方に、退院直前に「実はべッドのほうがいいですよ」といってもなかなかすぐには用意できませんよね。また最近、ご自宅で和式トイレという方は少ないですが、職場で和式という方が時々おられます。そういう時、情報をある程度前から、患者さんの耳に入れておくほうが対応しやすいですし。「突然そんなこといわれても...」、と患者さんが困られることのないようにしています。
Q.それぞれがしっかり情報をキャッチし、みんなで共有されるのですね。
A.渋谷:はい。情報が伝わっていないとか、手術した医師が来てくれないということはあり得ませんし、そのあとのリハビリもみんなで関わっていくのが私たちの考え方です。
【手術・リハビリ】
正確な手術と患者さんに応じたリハビリプログラム
Q.次に手術についてお伺いしたいと思います。人工関節手術をすることで、患者さんにはどのようなことが期待できるのでしょうか。
A.渋谷:痛みは消失し、機能が大きく回復しますので、生活の質を上げてもらって、人生をエンジョイしてほしいと思います。それが可能になる手術だということです。
Q.人工関節手術が必要になる疾患と患者さんの割合について教えてください。
A.渋谷:代表的な疾患は変形性股関節症。あとはリウマチ、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)、症例的には少ないですが急速破壊型股関節症もあります。膝に関しては9割以上が変形性膝関節症。これは老化による膝の障害です。あとこれも少ないですが、特発性大腿骨内顆部骨壊死症(とくはつせいだいたいこつないかぶこつえししょう)という骨が壊死する疾患もあります。手術を受けられる方は、股関節の場合、60代が多く女性が7割程度。膝は70代前半が中心で、こちらも7~8割は女性ですね。
Q.目指されている人工関節手術とは?
A.渋谷:「正確な手術を最小の侵襲で」。最小の侵襲というのは、MIS(エム・アイ・エス)という言葉で聞かれたことがあるかもしれません。これは、できるだけ小さな切開、具体的には10cm以内の切開で手術を行います。正確な手術ということでは、当院では人工股関節・膝関節ともにコンピュータを使ったナビゲーション手術を行っています。正確な手術によりすぐれた長期成績が期待できますし、股関節の場合は脱臼しにくくなります。
Q.MISは誰にでも行えるものなのですか?
A.渋谷:一部、小さい切開では行いにくいことがあります。たとえば筋肉の発達した方、肥満の方、それから手術前の関節の状態がすごく悪くて、ガチガチで動かないような場合。そういう方には、術後、動きをよくしてあげるためにもある程度切ったほうがいいというケースがあり、場合によっては12cm、14cmと切開します。ただ昔のように20cm切るということはなくなりましたね。
Q.患者さんにとってMISの利点は?
A.渋谷:皮膚を切る量も筋肉を割く量も少ないので、手術後の痛みも少なくて済みます。さらに早期リハビリ、早期退院、早期社会復帰を目指せるのが利点。また特に女性の場合ですと、傷が小さいということで美容的な利点もありますよね。
でも人工関節手術で一番大切なのは傷の大きさではなくて、人工関節を正確に入れるということなんです。傷を小さくということにとらわれ過ぎてしまうと、場合によっては人工関節がうまく入らないという可能性もゼロではありません。一番大切な正確性を実現するために、先にも触れたナビゲーション手術が非常に有力な武器になると思っています。人間の目だけでは正確な手術ができない場合がやはりある。そういった面でも、コンピュータを使うことにより、すべての人に正確な手術が可能になるということです。
Q.人工股関節手術と人工膝関節手術には、それぞれどのような方法があるのですか?
A.渋谷:股関節の場合、全人工股関節置換術と人工骨頭置換術がありますが、後者はほとんど行われていません。大腿骨頸部骨折という、高齢者が転んで骨折をしてしまったときに行うくらいです。先ほど代表的な股関節の病気をいいましたが、そのような場合はほぼ全例、全置換を選択します。膝の場合、全置換術と部分置換手術があって、部分置換は膝の片側、ほとんど内側ですが、そこだけが痛んでいる場合はこれで対応できます。しかし全体が変形してきたら全置換術になります。また内側だけが痛んでいるように見えても全体が痛んでいる場合もあったり、内側だけが少し変形している程度では痛みが強くないことが多く、部分置換の適応は比較的少ないです。
Q.手術の内容や疾患によってリハビリの期間や方法は変わるのでしょうか?
A.青木:まず期間ですが、クリニカルパスという治療計画に基づいた期間でご自宅に帰っていただけるよう、リハビリプランを組みます。人工関節の場合、リハビリ期間は約3週間です。
リハビリの中身はそれぞれ異なりますが、股関節手術の場合は特に歩き方に留意します。膝関節手術に比べて若い方がおられますので、趣味とか仕事、家事などの活動面から、ただ単に日常生活ができればよしとするのではなく、それ以上の質の高いものに戻してあげたいと考えています。あと、きれいに歩きたいという女性もかなり多いので、そういうことを意識して進めています。膝関節手術に関しては、手術後に痛みのある場合がありますが、早く歩けるようになってトイレに行きたいという患者さんがおられます。できる限り患者さんの希望に沿った形で進めつつも、痛みが目立つときには膝を冷やしてあげたり、あるいは今後のために負担のかからない歩き方や起き方を指導するということに配慮しながら進めるようにしています。
Q.標準的なリハビリのスケジュールを教えてください。
A.渋谷:関節も膝関節も、手術翌日には座って立ってというリハビリを始めます。松葉杖や歩行器などの補助具を使って歩く練習を行い、手術後1週間から10日間で杖歩行が可能になります。手術後3週間くらいになれば、杖をついて自分の足でしっかり歩いたり、室内・屋内を歩くくらいなら杖を使わなくてもいい状態になって退院となります。退院後は、積極的に日常生活を送ってもらうことがリハビリになります。術後1ヵ月、2ヵ月、3ヵ月という経過の中で、杖を使わなくても、格好良く普通の速さで、気持ちの上でも不安なく歩けるようになったら杖とサヨウナラですね。退院後、外来のリハビリについてはほとんどの方は必要がありませんし、順調に回復してゴルフや水泳などを楽しまれている方も多いですよ。手術前の状態が悪い場合は、リハビリが長く必要になる場合があり、入院期間を延長し長めにリハビリを行います。また通院リハビリも必要に応じて行ないます。
Q.リハビリの開始時に使う補助具は、患者さんにより変わるのですか?
A.渋谷:はい。松葉杖を使ったほうがいいのか歩行器を使ったほうがいいのか、理学療法士が患者さんによって判断します。
青木:そのために、手術前にリハビリ診察を行ないます。手術の2日前に入院されますから、その時に股関節や膝関節がどの程度傷んでいるか、あるいは歩き方などを見て、手術前から、この患者さんには歩行器、別の患者さんには松葉杖と計画をします。リハビリ計画は基本的にこれに沿って進めていきます。こういった術前の計画がしっかりしているからこそ、できるだけ早くから歩いてトイレへ行く、というのが可能になります。
渋谷:理学療法士による、手術前の診察は重要です。手術前・手術後の患者さんの状態はさまざまですから、個々に応じたリハビリが必要です。大きなリハビリメニューは同じであっても、味付けの仕方は違うべきなんですね。手術前に患者さんの状態を知っておくことによって、術後のリハビリにいろいろな味付けができます。それで、手術前のリハビリを受けてもらっています。その間、看護師は病棟で、日常生活の指導を含めた手術前の説明をしてくれています。
加藤:「手術から帰ってきたら、ここから管が入って...」というような細かい説明を前日にします。「こういう形で部屋から出て行って、帰って来たら酸素が付いてて」と、手術前からの流れを具体的にお話して、最後に聞きたいことがないかを確認し、翌日の手術に備えます。
Q.手術前、かなり不安になる患者さんもおられるのでは?
A.加藤:そうですね、不安の内容が手術に関することなら医師に伝えますし、そうではなくて精神的なことの場合は、そばに寄り添って話を聞くことを大切にしています。
Q.患者さんからすれば、人工物が体の中に入ることへの心配もあるでしょうね。
A.加藤:確かに。この間、患者さんから手術に対する痛みと、自分の骨を一部取ってしまうというのが不安という声を聞きました。でも一番はやはり痛みのことが心配のようです。
渋谷:人工関節って見たら怖いですから(笑)。持ったら重いですし。患者さんは持つ機会はなかなかないんですけど、公開講座などで触れて、ちょっと怖いなと思われる方もあるかもしれません。ですが実際手術をすれば、人工関節自体の重みや違和感を覚えることはないですし、そういうことも言葉を尽くして説明することが大事だと思っています。
加藤:そういえば、公開講座で医師の話を聞いてから、手術が怖いという先入観がなくなりましたという患者さんも多いですね。
Q.患者さんに向き合いきちんと話すということが重要なのでしょうね。
A.加藤:渋谷医師がよく夕方になったら病棟へふらっと来て、患者さんと立ち話をしたり、結構長いことお話されています。患者さんにはそれがとてもうれしいようです。
【手術後のケア・退院後】
喜びは、患者さんの見違えるような明るい笑顔
Q.人工関節手術における手術後のケアで、特に注意されていることは?
A.加藤:リハビリの際に痛みがないかということですね。痛いけど薬を使いたくないという方もおられますが、リハビリをきちんと受けていただけるよう、痛みを早期に取り除く必要があります。ですから、「リハビリに合わせてこんな風に使いましょう」と提案するようにしています。もちろん治療方針に沿ってということですが、例えば痛み止め薬を、毎食後飲むのを嫌がれられる方には就寝前に飲んでもらいしっかり寝ていただく。あるいはリハビリ前に飲んでしっかりリハビリしていただく、そういう工夫をしています。
青木:リハビリに関していえば、できるだけ苦痛を減らしてあげたいという部分と、医師が掲げている目標に沿った到達点を獲得するということでの折り合いを、どうつけるかということでしょうか。たとえば当初、痛みがつきまとう場合ですと、医師と相談して、それを緩和する処置はないのかとか、異常な症状が出てきたらすぐに医師とお話をして、その日のうちにすぐ対応してもらいます。そして進めるべきなのか、少し立ち止まるのかということを相談します。さっきも話が出ましたが、渋谷医師がリハビリをよく見に来られます。患者さんにとっては、自分がリハビリをしている途中をちゃんと見てもらったり、また応援してもらったりというのが安心できると思うので、こちらとしてもそういう機会を利用しながら目標とする期間で何とか歩けるように、それもできる限り苦痛が少ない形で取り組もうと思っています。
渋谷:患者さんに聞いてみると、「思いのほか大変じゃなかった」と。手術前は不安だし、どうなるかわからないし、手術後も痛くて大変だろうというイメージが大きいのでしょうね。でも、実際手術をした後に、「意外に大したことなかった」という患者さんは多いですね。
Q.人工関節手術をされた患者さんが、退院後に気をつけたほうがいいことはありますか
A.青木:人工股関節の場合、動きによっては脱臼しやすくなります。ただ実際に脱臼の起こる割合は、人工関節手術を受けられた方の1%くらいです。
渋谷:病院によっては、脱臼を防ぐため、生活動作の制限をきつく指導するところもありますが、当院では、「ダメですよ!」というような指導は最小限にしています。
青木:もちろん、「こういう動きは避けましょう」という指導はします。ですが、これはダメだ!というのではなくて、「こうやればできるんですよ」、「このほうがやりやすいですよ」と。ダメではなく、「こうしたほうが選択肢としていいでしょう」というアドバイスをするようにしています。
渋谷:そうできるのも正確な手術があってこそ。人工関節をナビゲーション手術で正確に入れるから、術後、広い可動域が得られるという面があります。良い手術があってこそ前向きな指導が可能になります。
Q.今までのお話から、渋谷先生をはじめみなさんが、患者さんとの触れ合いをとても大事にされていることがよく わかりました。
A.渋谷:本当に大事なことだと思います。ですから1日1回は様子を見ようと思っていますが、リハビリをやられているときに見られるときもあれば、夕方以降になるときもありますね。
Q.最後に、患者さんからの言葉で印象に残っていること、あるいは出来事などはありますか?
A.渋谷:やはり、「人生が変わった」とか、「やってよかった、どうしてもっと早くしなかったんだろう」という言葉を聞くとうれしいですよね。
青木:それに加えて、リハビリのことを、「思っていたより痛くなかった、楽だった」といってもらえるとホッとします。実際、そういう声が多いのもうれしいですね。
渋谷:それから、患者さんの見た目がまったく変わります。手術前はきれいに着飾るという気持ちにはなれないと思うのですが、そういう方も手術後は、きれいな服を着て化粧して。外見、特に表情がパッと明るく晴れやかになって。
青木:退院されて1回目の外来のとき、「誰?」っていうぐらい変わる方も(笑)。
加藤:手術前は緊張しておられて表情の少し暗い方も、退院されるときはもちろんですが、病棟に顔を見せてくださると本当に見違えることがありますよね。
青木:家に帰って、安心して暮らせる実感を持ち、気持ちが前向きに明るくなられるのでしょうね。そういえば、ズボンをはけるようになったという方がおられました。子どものときから股関節が悪くて、大人になってもずっと長いスカートはいておられた方が、生まれて初めてジーパンをはいてうれしかったと・・・。
渋谷:そういう患者さんの声を聞き、明るい顔を見ることが、私たちのやり甲斐であり喜びなのだとつくづく実感しています。
Q.最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2010.6.10
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
医師・理学療法士・看護師のしっかりとした結束が、良い治療へとつながります。