先生があなたに伝えたいこと
【増田 和浩】患者さんに笑顔になってもらえる治療を目指しています。
地方独立行政法人東京都立病院機構
東京都立多摩総合医療センター
ますだ かずひろ
増田 和浩 先生
専門:脊椎脊髄
増田先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
子供と遊んだりテレビでスポーツ観戦をすることが多いです。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 本日は脊柱管狭窄症についてくわしくお伺いしたいと思います。多摩総合医療センターでは脊椎疾患に悩む多くの患者さんの治療をされていると思いますが、来院される方の特徴はありますか?
A. 当院は多摩地域の中核病院ですので、変性疾患だけでなく、外傷や腫瘍などほぼ全ての病態の患者さんが来院されます。当院を受診される患者さんの脊椎疾患で最も多いのはリウマチや膠原病ですが、既往症を複数持った方が多いのが特徴です。
Q. 脊柱管狭窄症とはどんな疾患ですか?
A. 背骨には脊柱管(せきちゅうかん)という神経の通り道があり、その中で神経を支える黄色靭帯(おうしょくじんたい)が肥厚(ひこう:分厚くなること)して神経を圧迫し、下肢の痛みや痺れ、運動障害などを引き起こす疾患です。お尻から脚の裏側にかけて痛みや痺れを訴える患者さんが多いです。症状が進行すると、休み休みでないと長く歩けなくなる間欠性跛行(かんけつせいはこう)という症状や膀胱直腸障害を引き起こすこともあります。
Q. 脊柱管狭窄症になる原因はありますか? どんな人がかかりやすいのでしょうか?
A. 靱帯が肥厚する原因は色々ありますが、最も多いのは加齢性の変化によるものとされています。患者さんは男女問わず圧倒的に70代以上の方が多く、若い年齢層では工事現場などで振動を伴う機械を使う人や重量物を扱う人に多く見られる印象です。
Q. 診断はどのように行われますか?
A. 骨粗鬆症が潜んでいる場合もあるため、CTで骨質や骨の壊れ方を確認し、MRIで神経の圧迫の程度を確認します。
Q. どのような治療法がありますか?
A. まずは投薬で症状の緩和を試みます。神経性の痛みや痺れを感じる部分を遮断してしまう神経障害性疼痛治療薬や神経の血流を改善する薬を組み合わせたり、徐々に量を増やしたりすることで症状の改善をはかります。骨粗鬆症の場合、骨密度を増やす薬も併せて投与します。
投薬で効果が乏しい場合には、痛む部位の神経近くに疼痛薬を注射するブロック治療を行います。それでも効果がみられない場合は、最後の手段として手術を検討します。
Q. 手術のプロセスについて教えてください。
A. 脊椎の手術は、傷んだ箇所を人工物に置き換える人工関節の手術とは異なり、手術すれば100%治るという保障はありません。先ほど脊柱管狭窄症の典型的症状として間欠性跛行を挙げましたが、1時間歩ける人が45分程度しか歩けなくなったというレベルなら、むしろ手術はしないほうがよいでしょう。MRIで圧迫の程度は把握できても、神経の回復力には個人差があって予知するのは難しく、稀ですが手術で却って症状が増えてしまうこともあるためです。ただ、5~10分程度しか歩けず、生活に支障を来たしている場合や、脚の痛みや痺れ以外に排尿・排便機能障害が起こっているようであれば、早急に手術を勧めます。
Q. どのような手術があるのでしょうか?
A. 肥厚した靭帯を切除して神経の圧迫を取る除圧手術が基本となります。骨の並びがずれている"すべり症"の方や、圧迫を解除したら"すべり症"が出現する恐れのある方には、スクリューで脊椎を固定する固定術を併用することもあります。
Q. 手術時に工夫されていることがあれば教えてください。
A. まずは既往症を確認し、糖尿病の場合、血糖値が高いと傷口が膿むなどの感染が起きやすく、血管が脆いため出血が増える傾向にあるので、血糖値をコントロールしてから手術に臨むようにしています。
当院がモットーとしているのは、"確実な除圧と組織の温存"です。確実に除圧を行いつつ、脊柱を支える構造物は温存する、という一見相反する事柄を両立させるため、当院では"還納式椎弓形成術"(かんのうしきついきゅうけいせいじゅつ)という術式を採り入れています。一旦椎弓を切り離し、十分に視野を確保して確実な除圧操作を行ったうえで、最後に外した椎弓を還納(かんのう:元に戻す)し、脊椎の構造物を温存するというものです。
Q. 還納式椎弓形成術のメリットについて教えてください。
A. 一旦骨を外すので、術者にとっては神経周囲の視野が良く安全に除圧操作ができます。また、ブラインドでの操作がほとんど無いため不用意に血管を傷つけるリスクが下がります。そのため出血量も少なくて済み、患者さんの安全を確保できるのが一番のメリットです。さらに、複数個所で狭窄を起こしている患者さんにも問題なく対応することができます。ただ、このやり方は通常の椎弓切除術よりも術者の手間がかかることや、外した骨を戻してから固まるまでに時間がかかるという側面もあります。
Q. 先ほど、固定術についてのお話がありましたが、骨にネジを挿入する固定術は、骨粗鬆症やリウマチの薬の使用で骨が脆くなっている患者さんにも有効ですか?
A. はい。骨が脆くなっている方には、手術前に骨質をよくする薬を投与して骨を補強しながらの固定術になります。近年は、スクリューから骨セメントが注入されて骨が強化される脊椎スクリューも開発されています。
ただ、骨質の悪い患者さんが固定術で問題を生じやすくなることは事実です。固定後にスクリューに負担が集中して緩みを生じやすくなり、隣接する椎体に圧迫骨折や狭窄を生じやすくなるためです。ですので、当院ではそれを少しでも防ぐために "制動術"という術式を導入しています。
Q. 制動術とは、通常の固定術とどう違うのでしょうか?
A. 固定術では椎体に挿入したスクリューをロッドと呼ばれる金属で完全に固定しますが、制動術では全てを固定せずに、一部が動くようにして応力が固定部分に集中しないようにします。完全に強く止めると隣接する部分に負担がかかりますが、あえて動きにゆとりを持たせて負荷を分散させることが狙いです。ビルの地震対策にたとえれば、耐震構造に対し、建物に柔軟性を持たせて揺れを吸収する免震構造といったところでしょうか。
Q. 先生が普段の診療で心がけていらっしゃることはありますか?
A. 患者さんに少しでも笑顔になってもらえるように治療にあたっています。脊椎の疾患は人工関節の手術と異なり、機能再建は望めず、脊椎外科医が手術で患者さんにできることは非常に限られています。極端に言えば、神経を圧迫する脊椎の構造物の一部を取り除き、脊椎の不安定な動きを金具で固定して動かなくすることだけです。その場ではよくなったかに見えても、長い目で見れば、手術後、患者さんの身体に支障が出てくることがあります。ですから、患者さんの持っている機能をできるだけ残すことを第一に考え、患者さんの持っている機能を阻害しないように治療することを心がけています。また、手術後もずっと責任を持って診させていただくことをモットーとしています。
Q. 脊柱管狭窄症を防ぐために、日常生活で気を付けるべきことがあれば教えてください。
A. 明確な科学的根拠があるとまでは言えませんが、脊椎周囲のインナーマッスルを鍛えることで脊椎の中を通る神経への負担が減らせると考えられています。
Q. 脊椎疾患に悩まれている患者さんにメッセージをお願いします。
A. 脊椎疾患の治療は一筋縄では行かないことが多いのですが、症状に困っている場合は、早めにお近くの医療機関を受診していただきたいと思います。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2023.8.10
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
患者さんに笑顔になってもらえる治療を目指しています。