先生があなたに伝えたいこと
【船山 敦】いい手術とは、患者さんが手術をしたことを忘れるような手術だと思っています。
Q. 膝や股関節の痛みに悩まれている方は大変多いと聞いています。膝・股関節の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
A. 代表的なものは変形性股関節症、変形性膝関節症です。ほかに関節リウマチ、股関節においては、大腿骨頭の血流が悪くなることが要因で骨が死んでしまう大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)などがあります。
Q. まず、変形性股関節症の原因について教えてください。
A. 日本人に最も多いのが臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)。股関節は、大腿骨の骨頭が臼蓋側のソケットに入り込む形をしていますが、この臼蓋が生まれつき小さい方、いわゆる形成不全の方は、荷重が狭い範囲にかかるのでどうしても軟骨がすり減りやすいんですね。軟骨がすり減ることで骨と骨が直接こすれて痛みが出たり、関節が変形を起こしたりします。
変形が進行すると脚長差(きゃくちょうさ)といって、左右の足の長さが違ってくることもあります。また曲げたり外旋(がいせん)といった本来の動作が思うようにできなくなったりします。中高年期以降で症状の出る方が多いですね。
Q. 左右の足の長さはどれくらい差が出るものなのですか?
A. 症状により異なりますけれども、2cmほど差が出る方もおられます。
Q. 2cm違うと動作にもずいぶん影響するのでしょうか?
A. ええ。当然歩きにくくなりますし、片方の足や腰に負担がかかるという悪循環も生じますね。
Q. なるほど。それでは、変形性膝関節症の原因とは?
A. 股関節ほどはっきりとした理由がなく、老化が原因で軟骨や半月板(はんげつばん)がすり減って発症します。O脚の方は膝の内側に負担がかかりますので、年月とともに部分的に軟骨がすり減って、最終的に軟骨が消失し、骨が露出してしまいます。痛みの原因ですね。
Q. 変形性の股関節症・膝関節症とも女性の患者さんが多いそうですね?
A. 8、9割は女性です。これにはいろいろな要因が考えられますが、ひとつには、女性は男性に比べて関節が柔らかいことがあげられます。ほどよく柔らかい分にはいいのですが、柔らかすぎると関節に負担がかかりやすいんです。
Q. それは知りませんでした。変形が進んでしまうと、やはり人工関節手術の適応となるのですか?
A. そうなりますが、ただ、臼蓋形成不全の場合では、なかには20代、30代で変形性股関節症と診断される方もおられます。そのように若くて、関節がそれほど傷んでいないときには、骨切り術(こつきりじゅつ)といって、患者さんご本人の骨を削って正常な臼蓋を作る手術を行うことがあります。将来的に全人工股関節置換術の適応となるにしても、再置換のことを考えますと、それまでの時間を延ばすのも有意義なことだと思いますし、人工関節を入れるのは、骨の成長が止まってからのほうがいいということもあります。とはいえ、近年、人工股関節も膝関節も耐用年数が大幅に延びていて、昔に比べると若い方にも手術がしやすくなっていますね。
Q. 耐用年数は具体的にどれくらいなのでしょうか?
A. かつては10年といわれていましたが、今は、合併症などの問題が起きなければ20年、30年、条件次第では50年も保つことを期待できるようになっています。
Q. 50年とはすごいですね! ところで人工関節置換術と骨切り術では、手術時間や入院期間に違いがあるのでしょうか?
A. はい。骨切り術は手術時間が2時間ほどで入院期間はおよそ1ヵ月ですが、骨と骨がしっかりくっつくまで2週間程度は安静にしていただき、歩けるようになるまで約3ヵ月が目安となります。一方、人工関節置換術は手術時間が1時間ほどで、翌日から歩く練習をしていただき、入院期間は2週間程度です。
Q. てっきり入れ替えるほうが手術も入院も長くなると思っていました。
A. 人工関節全置換術は、適切な処置をして金属等を入れてしまえば、痛みもなく普通に噛むことができる虫歯治療のようなものです。
Q. そう考えればとてもわかりやすいです(笑)。股関節では、人工関節ではなく人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)というのもあるようですね。
A. 臼蓋側はそのままで大腿骨側の骨頭だけを金属に置き換える手術ですが、変形性股関節症ではおこなわず、主に高齢者の大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)の手術に対しておこなわれます。
Q. なぜ、高齢者のという条件が付くのですか?
A. 人工骨頭置換術は股関節の片側(大腿骨側)だけの手術ですから、患者さんへの負担が少ないのです。ただし、人工股関節に比べるとどうしても耐用年数が短くなるという欠点があります。15年ほどと考えていいでしょう。そのため、対象としては75歳以上かなと思います。
Q. わかりました。ありがとうございます。次に人工関節置換術のリスクについて教えていただきたいのですが。
A. まず、人工股関節においては脱臼を考慮にいれる必要があります、人工股関節手術を受けられた患者さんのうち1~2%に起こるといわれています。
Q. 脱臼のリスクを低減するために取り組まれていることはありますか?
A. 当院も採用していますが、筋肉を切らないアプローチ法(切開法)ですとリスクは限りなくゼロに近づきます。重要なことは、人工関節を正確な位置に設置することなんですね。そのために術前の計画を綿密に行うことを徹底しています。レントゲンやCT撮影したものをコンピュータで解析し、人工関節の最適な設置角度を導き出し、シミュレーションを行ってから手術で再現するということをしています。
Q. 手術中・手術直後の合併症についてはいかがでしょうか?
A. 股関節にも膝関節にもいえることですが、深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)の予防もとても重要です。手術後に血栓症は30%くらいの確率で発生し、主として、ふくらはぎのヒラメ筋静脈に血栓が形成され、そのうち症状が出現するのは1%以下です。発症しますと血栓が静脈を通って肺に詰まる肺梗塞(はいこうそく)を起こすことがあり、それがだいたい千人に一人。そうなると、まれに死に至ることもあるといわれていますので、それを防ぐためにさまざまことを行っています。
Q. 具体的にはどのようなことをするのですか?
A. 手術中や手術直後にふくらはぎをよくマッサージしたり、足関節を動かす運動をおこないます。そういうことがかなり効果的ですし、多くの研究がなされ、論文で発表されています。あとは感染も1%くらいの割合で起こることがありますので、これも注意していますね。
Q. 感染するとどうなってしまうのですか? また予防法は?
A. 皮膚の中まで感染してしまいますと、その部分を切って洗浄しなければなりません。それでも難しい場合は、一度人工関節を抜いて、抗生物質を混ぜたセメントで仮の人工関節を作り、1ヵ月くらい置いて、2ヶ月ほど様子をみます。そして感染が治まったところで入れ替えの手術をします。抗生物質を手術の30分前と開始3時間後に投与します。さらに、手術時間の短縮と局部に対する徹底した洗浄、最後は皮膚まで洗って清潔な状態で密閉させて終えることも大切です。
Q. 人工関節の手術を受けられるのも女性が多いわけですよね。傷跡のことも気になるのですが...。
A. 当院では、皮膚の切開をなるべく小さくするMIS(最小侵襲術)をいち早く取り入れており、傷跡がきれいで時間が経てばどこを切ったのかわからない程度にまでなりますよ。けれども実際は傷のことをいわれる患者さんはほとんどいらっしゃいません。手術後は普通に歩けるし、プールにも行けるし自転車も漕げます。知り合いに「私、手術したのよ」って傷跡を見せたりして...勲章のように思われているんですよ(笑)。
Q. みなさん、前向きなんですね。
A. そう、前向きになれる手術なんです。極端にいえば、傷が倍大きくても喜んでいただける手術だと思っています。私どもとしては患者さんが手術したのを忘れて、なんでも自由にできる生活を実現してほしいと願っています。
Q. 自由に生活を楽しむためには、リハビリも大事なのでしょうね。
A. その通りです。当院ではリハビリの方法がおそらく他とは少し違っていて、オールフリー(全く自由)なんです。昔は、特に股関節の手術ですと脱臼しないように、あまり曲げてはいけない、しゃがんではいけない、正座もだめ、と制約が多かったのですが、人工関節の研究が進み、その方に合う人工関節を選択して正確に設置することで、姿勢の制限はほぼなくなっています。ですから、リハビリでも退院後の生活のことを考えて、患者さんそれぞれにフリーに動いてもらっています。
Q. 動かすことはかえっていいのですね。
A. ええ。あまり過保護にしますと筋力も低下しますので。痛みを感じることなく、したいことのできる生活を、ぜひ取り戻してほしいと思っています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.3.4
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
いい手術とは、患者さんが手術をしたことを忘れるような手術だと思っています。