先生があなたに伝えたいこと
【天野 敏夫】家族のように一生を通して見守り続けることが、小児整形外科医の大事な役割です。
天野整形外科
あまの としお
天野 敏夫 先生
専門:小児整形外科・人工股関節
天野先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
ジム通いをしていまして、ウェイトリフティングの記録向上を目指しています。どこまでいけるか気になりますね(笑)。
2.休日には何をして過ごしますか?
孫と遊んでいます。公園へ連れて行ったり。あとは本屋さん巡りが好きですね。日本では専門外の本、外国では専門書が充実していますのでそちらを探すことが多いです。旅行も好きです。
小児の股関節疾患は、ほとんどが予防できます。
Q. 先生は小児医療に大変力を入れておられますが、子どもの股関節疾患にはどのような種類や特徴があるのでしょうか。
A. 圧倒的に多いのが発育性股関節脱臼です。昔は先天性といいましたが、大部分が生まれてから新生児のときに発症することがわかり、今は発育性、あるいは発達性と呼ばれる赤ちゃんの股関節脱臼ですね。また発育性臼蓋形成不全も大変多いです。これも大きな意味で股関節脱臼に入れますが、関節が抜けているのではなく、普通は脚の骨が骨盤の受け皿にきっちり入っているのですが、それが十分に入っていない状態です。これらの病気は、実はかなりの割合で予防することができますので、私は予防の啓発にも全力で取り組んでいます。
Q. そうなんですね。ぜひ、発育性股関節脱臼と臼蓋形成不全の予防法を教えてください。
A. 非常にやさしいことなのですが、抱っこの仕方やおむつのあて方なんです。股関節がちゃんと開いて両足が自由になるように抱っこしてあげること。おむつをあてるときも、股関節がまっすぐになってしまうあて方はやめること。これで激減するんですよ。私の経験からも、来院されてから抱き方を変え、正常に戻ったということがずいぶんあります。
Q. 産婦人科や小児科で指導してもらえればいいのですけど...
A. ご専門ではありませんからね。子どもの股関節について関心を持たれているケースは多いとはいえません。やはり我々整形外科医がそれをしっかりケアしていかないと。それは以前からわかっているはずなのですが、現実的にはそういう環境がなかなかなくて、成人してから、あるいは体重が増えたりお年を召されてから、変形性股関節症を発症されるケースが多いんです。
Q. 大人の変形性股関節症は、もとをたどれば発育性股関節脱臼ということが多いと・・・。
A. そうなんですよ。多過ぎるくらいに多い。子どもと大人はつながっているんです。だからこそ予防が大切。病気は何でも予防と早期発見ですね。そのままにしておくことで痛みが出て、結果として骨切り術ですとか人工股関節置換術の適用となることがほとんだと思います。
Q. まずは予防できることを、お母さん方に知っていただきたいですね。
A. おっしゃる通り。専門医レベルでは啓発活動に取り組んでいるのですが、一般のお母さん方、妊婦さん、産婦人科や小児科の先生などに広く知っていただく必要があります。啓発しやすい分野だとは思うのですが...。私個人としてもテレビ番組を買い取ってキャンペーンなどしておりますけれど、なかなか減りませんね。将来的には予防するのが一般的、という風に持っていきたいと思っています。
Q. そうなれば本当にいいですね。ところで、お母さん方はどのようなタイミングで、病院にお子さんを連れて来られるのでしょうか。
A. 音がするとか左右の足の長さが違うようだといって連れてこられることが多いです。それもかすかなサインなんですが、ほとんどの場合は正常です。私達が診る場合も、おむつがあてにくい、足の開きが悪い、右足と左足の形や動きが違うなど、まず見ることから始め、赤ちゃんのクリックサインで正常かそうでないかをチェックします。クリックサイン(※)は、お母さん方が気にされる、たとえば足を動かして筋肉がすれるときに鳴る音とは違うものなんです。比較的簡単にわかりますから、少しでも気になられる場合は、生まれてから一週間とか一カ月とか、なるべく早くに専門医にお診せになることをおすすめします。ことに臼蓋形成不全の場合は、足の長さが同じで小さい間は痛みがないものですから、見逃されがち。実際には股関節脱臼の10倍、20倍の患者さんがおられます。
※クリックサイン(Click sign):股関節脱臼がある新生児の股を、大きく開くときに聞こえる独特の音。
Q. よくわかりました。では、ほかの股関節疾患についても教えてください。
A. 男の子の場合、ペルテス病や大腿骨頭すべり症も多いですね。
Q. ぺルテス病や大腿骨頭すべり症になると、どのような症状が出るのでしょうか。
A. 股関節だけではなく、股関節の付近、膝、お尻、腰などに痛みや違和感が出ますので、そのようなときはまず、私はぺルテス病や大腿骨頭すべり症を疑います。いわゆる"隣近所"に痛みが出ることがあるんです。膝が痛いというと、そこだけ診察して異常なしということもありますから、油断しないようにしていただきたいです。
もちろんほかにも股関節の病気にはいろいろありまして、一過性の股関節炎、私は股関節の風邪と説明しますが、急に痛くなってかなり痛む場合も、数日の安静で治まります。また稀には悪性腫瘍、細菌感染、麻痺性の股関節脱臼もあります。それぞれに対処法が変わりますし、子どもの股関節疾患は医師にとってとても難しい分野です。
Q. だからこそ、やはり専門医に行くことが大切なのですね。
A. そうなんですよ。学会では小児整形と一般整形は分かれておりますし、やはり専門のトレーニングを積んだ医師に一度は診てもらうことをおすすめします。今はインターネットなどで比較的簡単に探せますし、小児科の先生に尋ねるのもいいですね。専門医に相談し、納得いかなかったら次の診察の際に尋ねてみる。それでも納得いかなければセカンドオピニオン、サードオピニオンを求めればいいわけですから。
Q. では、専門医と上手につきあうためのアドバイスをお願いします。
A. 子どもはすぐに成長して大きくなり、体重が増え、活動域が広がって大人になります。ですから一貫して診てもらうこと。一生ですね。一生診てもらえる医者を持つことです。小さいときは体重が掛からないから症状が出ないということもありますから。継続してスペシャリストに診てもらうこと。そしてできるだけ軽いうちに治すということ。
Q. なるほど。継続的に診てもらうことが、軽いうちに治すことにもつながりますね。基本的なことですが、いつ頃までが小児整形外科の範疇なのでしょうか。また、治療や手術については小児向けのものになるのですか?
A. 私は、成長している間は小児と考えています。成長期が終われば一般。多少の個人差はありますね。
また小児には独特の手術法がありますし、成長を終えた大人と成長期の子どもでは手術も変われば治療の考え方も変わります。小児、すなわち子どもの場合、股関節が正常に戻るかどうかを見守るということが基本になります。正常に戻る(整復)、あるいは治療として整復を行い正常になれば、ずっと見守っていく。元の状態に戻ったから安心というのが危ないのであって、継続的に診ることは非常に重要です。そして、どうしても悪くなっていくということであれば、骨切り術を行います。それともうひとつの特徴は、子どもの場合、股関節だけではなく膝、足、腰などを巻き込んだ病気も多いものですから、並行して検査や治療を進めていきます。
Q. 子どもに人工股関節置換術を行うことはあるのですか?
A. そういうこともチラホラ聞きますが、私は、もうこれしかないというときにしか行いません。人工股関節置換術を行うのは50歳、60歳以上ですね。どうしても具合が悪い人には40歳前後でもやると思いますが、できる限り保存治療で持たせるというのが原則だろうと思います。のちほど、そのことについてもお話しします。
Q. ありがとうございます。先生は小児医療に、どのような思いで立ち向かっておられるのでしょうか。
A. 「根気よく治療をすれば治る、いい状態を実現できる」という信念を持っています。けれど医者だけが頑張ってもだめなんですね。ご家族にきちんと説明をして、ご家族と医師と二人三脚で、時にご家族の方の気持ちが前向きになるよう計らいながら進めていくということです。
股関節疾患の子どもは、どの家庭にも産まれ得ます。ですが、昔でしたら車いすになってしまうようなケースも、今では自分で歩けるか杖をついて歩けるか、仕事をしたり車に乗ったり、そういうことができるようになるのがほとんどです。結婚されてお産の相談に乗ることもありますよ。その子にとって最もいい状態を目指して、ご家族とともに治療に取り組むことが大事。私たちも自然とご家族の一員のような気持ちになります。
Q. なるほど。ご家族の協力は不可欠ですよね。
A. 意思決定はご家族がやりますから。話し合いをしてよく理解してもらい、納得の上で治療を進めましょうと。お互いが納得いかないとうまくいきません。気持ちをひとつにしないといけませんね。
成人への骨切り術について。
Q. 一般の患者さんの場合ですが、先生は骨切り術について、とても有意義な手術だと常々いっておられます。
A. 状態のひどい場合、人工股関節置換術は大変有効でよい手術です。ただ寿命が20年から30年といわれています。30年と仮定しましても40歳なら70歳。こうなるともう一回やり直すことになりますが、再置換は難しい手術になってしまうんですね。また骨を削るわけですから骨の残りが少なくなって、しっかりと人工関節を入れるのも難しくなります。人工関節自体や手術の補助をする道具はずいぶんよくなっていますので、しっかり入れることができれば、耐用年数も確保できますけれど。
ですから若い方であれば、私はまず骨切り術を行います。骨切り術は技術的に難しく、出血などのリスクがあり入院期間も長くなりますが、患者さんの将来を考えたとき、取り入れるべき手術だと思うんですね。骨切りにもいろいろな方法があり、臼蓋形成不全を含めて変形性股関節症に属する病気でいいますと、大腿骨を触るか骨盤の臼蓋を触るか、あるいは両方を触るかの3つです。
Q. 可能であれば骨切り術を行い、段階を踏んで人工股関節置換術ということですね。
A. そうです。骨切り術で具合がよくなれば幸せですよ。異物ではなく自分の骨ですから。軽い間に、予定通りの手術ができれば、それで一生大丈夫な方もいらっしゃいます。最終的に人工股関節置換術になったとしても、すでに受ける側の骨盤の整復ができているので手術しやすいです。ただ患者さんの希望も大事です。早く職場復帰しなくてはいけないとか、スポーツなどをあきらめたくないとか。そういう方には、患者さんの希望により最初から人工股関節置換術を行うこともあります。リスクも全部お伝えして、小児医療同様にお互いの気持ちをわかって、手術に向かうことが大切です。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
インタビューを終えて
診察室の机や壁には、先生の治療を受けた子ども達からのたくさんの写真や手紙が飾られていました。なかには、「先生のようなお医者さんになる」と書いているお子さんも。小児医療に全力を捧げる先生への、何よりのプレゼントです。
取材日:2012.5.9
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
家族のように一生を通して見守り続けることが、小児整形外科医の大事な役割です。