先生があなたに伝えたいこと
【西脇 聖一】股関節の治療を行うとき、私が大切にしているのは、「患者さんの満足」です。患者さんに「手術して良かった」と思ってもらえるように、的確な治療、手術を行うように心がけています。
Q. 日本人に一番多い股関節疾患は変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)だといわれていますが、なぜ日本人に多いのでしょうか?
A. 変形性股関節症は、骨盤と大腿骨の間の軟骨がすり減り、骨と骨がぶつかることによって痛みが発生する病気です。日本人に多い理由は、臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)といって、生まれつき骨盤が小さい方が多いからです。臼蓋とは、骨盤側にある大腿骨上部の大腿骨頭を受ける部分のことです。痛みが出るようになるまで、ほとんどの方がご自身が臼蓋形成不全であることに気づきません。
臼蓋形成不全の原因のひとつに、先天性股関節脱臼(せんてんせいこかんせつだっきゅう)があります。生まれつき股関節が脱臼している状態のことです。乳幼児期検診の普及により、先天性股関節脱臼の早期発見が進んだことで、臼蓋形成不全から変形性股関節症になる方は以前より減りましたが、最近は高齢化に伴い、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)による変形性股関節症(急速破壊型股関節症)が増えています。なお、変形性股関節症は女性に多いのが特徴で、ほとんどは50〜60代くらいから痛みが出始めて症状が進行していきます。
Q. ほかにも代表的な股関節疾患はありますか?
A. 大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)です。変形性股関節症に次いで多い病気です。骨盤内の血行が悪くなることで、大腿骨の骨頭が壊死してつぶれてしまいます。アルコールやステロイド薬が原因となる場合が多く、40代くらいの若い世代に多くみられます。
関節リウマチから股関節疾患になる方もいますが、リウマチは手指や足などの小さな関節から起こることがほとんどで、サイズが大きい股関節が破壊されるのはかなり進んでからとなります。有効なリウマチ治療薬が出てきたこともあり、股関節疾患が重症化する人は稀になりました。
Q. 股関節疾患の治療には、やはり手術が必要なのでしょうか?
A. 主な治療法は、傷んだ股関節を人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)という手術です。でも、よほど変形が進んでいる人を除き、すぐに手術を行うわけではなく、まずは保存療法で様子を見ます。保存療法とは、体重のコントロールや痛み止め治療、また運動療法などのことです。
中でも大切なのが体重のコントロールです。人間の股関節には、歩くときに体重の6倍もの負担がかかります。その負荷が大きいほど痛みは強くなるので、肥満の解消は重要です。
次に運動療法。股関節の外転筋(がいてんきん)と呼ばれる筋肉を鍛えることが大切です。医師が指導する簡単な筋肉トレーニングや、プールでの水中歩行などが効果的です。
しかし、こういった保存療法は疾患を根本的に治すものではありません。すり減った軟骨や変形した骨が元に戻ることはないので、病状が進行した場合は手術が必要になります。
Q. では、人工股関節の手術を考えるタイミングとは?
A. 痛みが強くて歩行障害が出ている場合は、手術を考えたほうが良いでしょう。その際に大切なのは、レントゲンで股関節の破壊の進行度を確認することです。痛みがあってもあまり変形が進んでいない間は、保存療法で様子をみます。患者さんによって痛みの感じ方は違うので、少ない変形でもとても痛がられる方もいますし、逆に明らかに変形が進んでいるのに「大丈夫です」とおっしゃる方もいます。痛みだけで病状を判断せず、関節の破壊度などを慎重に確認するようにしています。
また、股関節の変形による歩行困難などで、膝や腰などに変形が進みそうな患者さんにも手術を勧めます。
Q. 人工股関節以外の手術はありますか?
A. 50歳くらいまでの若い方であれば、関節の向きを矯正するために骨を切る骨切り術(こつきりじゅつ)という選択肢があります。これは、関節近くの骨を切って大腿骨頭の位置を正常に戻す手術で、変形がひどくない場合にはとても有効な治療法です。骨切り術を行うには、骨自体がある程度丈夫であることが必要ですので、比較的年齢の若い方を対象にしています。この手術を行うことで、変形性股関節症の進行を防ぐことができます。
一方、高齢の方の場合は、骨粗鬆症が原因で変形性股関節症になっているケースが多く、骨自体がもろくなっています。ですから、骨切り術ではなく、人工股関節手術を行うことになります。
Q. 手術に対して消極的な患者さんもいらっしゃると思いますが、手術を受けるメリットについて、先生はどのようにお話しされるのでしょうか?
A. 「ひどい痛みであきらめていたゴルフを再開できた」など、手術を受けた方の症状が劇的に改善し、大変満足されているという例をお伝えしています。「手術をすれば車椅子生活になるのではないか」など、なぜか誤解されている患者さんがいらっしゃいますが、手術をするのは、痛みを取ること、股関節の動きを良くすることが主な目的なので、手術で症状が悪化することはまずありません。股関節疾患によって軟骨がすり減ったり、骨が破壊されていたりする場合は、脚長差(きゃくちょうさ)といって、左右の脚の長さが変わってしまうことがあります。手術によって短くなった足の長さを戻すこともできますし、また、筋肉の萎縮が改善されるなど、多くのメリットがあるということを患者さんには事前に十分に説明しています。
Q. 人工股関節置換術の種類や、以前と比べて進歩した点について教えてください。
A. 大きくわけて、セメントを使うタイプと使わないタイプとがあります。セメントというのは、人工股関節をしっかり固定するためのものです。最近は手術時間の短縮のため、セメントを使わない手術が増えています。人工股関節の形状やサイズが豊富になり、セメントなしで固定できるものが増えたのも理由のひとつです。しかし、セメントを使わない手術が最良というわけではありません。股関節周囲の骨も弱くなっていることがあるので、むしろセメントできっちり固定する方が安心なケースも多いのです。
ちなみに、人工関節で一番進歩したのは、クッション(軟骨部分)になるポリエチレンの性能です。従来はクッション性を長く保つため、厚めのものを使う必要がありましたが、最近はポリエチレンの性能が良くなり、摩耗しにくくなったために薄くてもクッション性を保てるようになりました。ポリエチレンを薄くした分、人工股関節の骨頭を大きなサイズにすることができ、ジャンピングディスタンスを大きく取れますので(下図参照)、脱臼も起こしにくくなりました。
Q. 手術の方法は以前と変わってきていますか?
A. はい。以前は体の後ろ側から切開していましたが、最近は前側から切開するようになりました。その方が筋肉を切る量が少なくて済むのです。筋肉を多く切ってしまうと手術時間も長くなるし、術後のリハビリにも時間がかかってしまいます。なるべく患者さんの体の負担を減らし、回復を早めるようにしています。手術時間は1時間半くらいです。セメントを使わなければ1時間でできることもあります。ただ、筋肉を切る量を減らすことで、術野(手術中に目で確認できる範囲)は狭くなります。その分手術は難しくなりますが、きちんと人工股関節を設置することが何よりも大切だと考えているので、正確な手術を行うように日々努めています。
Q. 手術で起こり得る合併症と、その対策について教えてください。
A. 主な合併症の一つは創部感染といって、傷口から細菌などに感染してしまうことです。これが起こるのは全国で1%ほどだといわれていますが、予防を徹底することでほぼ防ぐことが可能です。
もう一つは、血の塊ができる深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)、いわゆるエコノミークラス症候群です。予防しなければ30%の確率で起こるとされます。予防法は弾性ストッキング、間欠的空気加圧装置(フットポンプ)という機械の使用、血をさらさらにする薬を服用することなどです。
また、術後の脱臼も1〜2%くらいの確率で起こります。私が担当した方にも、帰宅後に転倒した際に脱臼してしまい、引っ張って整復した方がいました。一度抜けてしまうとクセになることがあるので、再手術が必要な場合もありますが、件数的にはそれほど多くありません。
Q. 先生が手術をされた患者さんで、とくに印象に残るエピソードはありますか?
A. 変形性股関節症が進行して歩行障害が出ていた、ある患者さんの事例です。その方は人工股関節置換術を受けられたあと、すっかり良くなられ、なんとグランドゴルフの大会で優勝されました。「先生のおかげです」といっていただけたときは嬉しかったですね。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2016.6.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節の治療を行うとき、私が大切にしているのは、「患者さんの満足」です。患者さんに「手術して良かった」と思ってもらえるように、的確な治療、手術を行うように心がけています。