先生があなたに伝えたいこと
【武富 雅則】 地域連携パスを通して、真に患者さんのためになる地域医療を根付かせるのが夢です。
Q.先生は神戸地区において、地域連携クリティカルパス(以下、地域連携パス)を導入されたと伺っています。この地域連携パスとはどういったものなのでしょうか。
A.わかりやすく説明しますと、ひとつの病気や疾患に対して、患者さんの状態や治療経過などの情報を地域で共有しながら、手術やリハビリなど病院の役割ごとに、切れ目なく標準化された医療を提供することを主眼に置いたものです。現在、神戸地区では、4箇所の急性期病院と15箇所の回復期病院が同じ情報シートを使うことで情報伝達を簡便にし、必要な情報が効率的に伝わるようにしています。
Q.地域連携パスは、医師側、患者側にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。
A.私たちにとっては、病院同士、顔の見える連携ができるようになったことが一番の利点です。今までは、ともすれば急性期病院から回復期病院への一方通行的な紹介になりがちでしたが、地域連携パスを作成する段階や運用する中で問題点を話し合うことにより、情報伝達が双方向となりました。さらには情報を定型化することにより、病院間での情報格差がなくなりました。それはすなわち、患者さんが格差のない治療を受けられることにつながります。今は、大腿骨頸部骨折に関して地域連携パスが運用されていますが、全体が共通する情報を持つことで広がりが生まれ、人工関節手術をした患者さんに対しても連携がとれるようになってきました。
またシステムが構築されたことで、ここ2年ほどの間に急性期病院での在院日数が短縮(※神鋼病院のデータでは30.6日から23.7日)されたことも、患者さんにとっては大きなメリットですね。手術後早期に、スタッフや設備の充実した回復期病院でのリハビリ加療を本格的に受けられるようになりました。
Q.なるほど、わかりました。ところで、先生が神戸地区に地域連携パスを導入しようと思われたきっかけは何だったのですか?
A.以前、大阪の岸和田地区で、地域連携パスを立ち上げる際の一員でした。それまでは地域連携パスのことはあまり詳しくは知らなかったのですが、これは大変良いシステムだと実感したわけです。患者さんから、「リハビリをするのに病院を移ってよかった」との声も聞きましたし、いい意味で無理がきくようになったんですね。たとえば先ほど人工関節の患者さんにも、という話をしましたが、岸和田の例では認知症の患者さんを受け入れてくれる回復期病院と連携が組めたことで、その方への手術が可能になったということもありました。それで、3年半ほど前にこちらへ来たとき、ぜひ導入したいと思ったんです。
Q.実用化に当たって、どのようなご苦労がありましたか?
A.材料費もかかりますし、人手もかかるし。それから、機材もインフラも必要ということで、どこでもできるというわけではありませんでした。それでも厚生労働省と粘り強く交渉し、先進医療として認めていただきました。先ほども述べましたが、患者様にとっても大きなメリットになっていると思いますので、多くの病院にこの新しい技術が普及すれば良いですね。
Q.導入までにはご苦労もあったのでしょうね。
A.それはもう、いろいろありましたね。何でもそうですが、物事を決めるときは往々にして、総論賛成、各論反対ということがありますから。
まず、連携パスの会を立ち上げたとき、回復期病院の中には「地域連携パスって何?」という病院もありましたので、その説明から入りました。また連携病院には、療養型、一般病院などがあり医療コストの算定などが異なります。違いが大きいことから統一したフォーマットを作るのは厳しいかなと思ったこともありました。逆に急性期病院では、それぞれの病院がオリジナルのパスを持ち、特定の回復期病院と連携を組んでいました。それらをすり合わせ、妥協すべきは妥協をして、という試行錯誤を繰り返した結果、1年をかけて、「情報シート」「治療計画書」「日常生活の基準」を統一しました。
Q.現在は地域連携パスがスムーズに運用されているようですが、さらに改善すべき点はあるとお考えですか?
A.年に少なくとも3回は定例会を開いて問題点などを修正し、ほぼ出尽くしたかな、と思っています。その中でも、今、私が考えているのは、患者さんへの満足度アンケートです。システム自体を本当に理解してくださっているのか、転院することを押し付けと捉えられていないかなどが気になりますので。本心としては転院したくないという方もいらっしゃるものですから。また、連携病院に対する不満もあるかもしれません。患者さんの満足度が低ければ、病院としては改善の余地があるということです。実際のところを、きちんと数として把握しておく必要があると感じています。
Q.地域連携パスの今後の目標を教えてください。
A.これは私個人の夢なのですが、患者さんが、病院の大小に関わらず、開業医などを含めて地域のどの医療機関で受診しても同じレベルの診療が受けられるようにすること。手術は当然、設備のある病院でということになりますが、それ以外の診療については、差のない診療が受けられるようにすることです。
私は定期的にセミナーを開いていますが、本当は開業医さんにも入ってほしいと思っています。大病院=高度医療という認識があって、どうしてもそこに患者さんが殺到してしまうのですが、普段からセミナーなどを通して連携しているということがわかれば、患者さんも安心して近くの開業医へ行けると思うんです。そういう地域に根付いた医療を行いたいですね!
Q.そのセミナーですが、先生は実に精力的に行い、一般の方々に関節痛の予防法や治療などについて啓発されています。具体的にはいつ、どこで開催されているのですか?
A.1年に4~5回のペースで開催しています。人数の少ないときは当院の講堂を利用し、人工関節教室などは100人規模になりますので近くの会館で開催します。ご家族の方にも聞いていただきたいので土曜日の午後に設定しています。告知は、希望者に案内状を郵送したり、院内や連携病院でのアナウンス、私鉄の情報誌にも載せてもらっています。
おかげさまで何度も来てくださる方があり、あまり内容が重複するのもよくありませんから、必ず何か新しいことを加えて話しています。ネタ切れになることが目下の悩みですね(笑)。
Q.内容に関しては初めての方にも常連の方にも配慮する必要があるわけですね。
A.はい。ですので、教室の最後にアンケートを取ったり、外来の患者さんにも意見を聞いて、次に反映するようにしています。「来てよかったです」の一言がうれしくて頑張っています。
Q.最近、よくMIS(最小侵襲手術)のことを耳にしますが、セミナーでも関心は高いのではありませんか?
A.MISに関しては、世間でいうほど患者さんの関心は高くないと思いますよ。それよりも「ちゃんと手術をして直してほしい」という素直な気持ちを持っておられる方が多い。実際、手術に際しても、傷口の大きさを気にされる方は多くはないという印象です。特に人工関節の場合は比較的高齢の患者さんが多いので、傷口15cmが10cmになっても、その方の生活に大きく影響するわけではありませんから。個人的に私は、MISは傷口を小さくするというよりは、そのことで筋肉へのダメージを極力少なくし、できるだけ早くリハビリを受けられるようにするためのもの、と患者さんに説明しています。
Q.では、みなさんの関心が高いテーマとは何でしょうか。
A.リハビリ、保存的療法、運動療法、サプリメント(薬)のことですね。手術は最終手段でできれば避けたいと、みなさん、お考えになりますし、手術するとなれば「先生にお任せします」という姿勢の方がほとんどですから。関心事の上位にくるリハビリについては専門の先生に話をしてもらうのですが、私としては少々寂しい気がするときもあります(笑)。
Q.最後に、先生がセミナーなどの啓発活動をされる上で特に大切にされていることを教えてください。
A.当たり前のことですが、患者さんとは、きちんと人として向き合いたいと思っています。患者さんへの説明にしても、本当は時間をかけてゆっくり行いたいのですが、外来の時間は短くなかなか難しい。そのこともあってセミナーを開いているんですね。
また最近は、情報が氾濫し過ぎている気がします。特に、"手術件数の多い病院"とか"いい病院"とかいうテーマで多くの本が出てマスコミにも取り上げられていますが、これには非常に疑問を感じます。たとえば手術件数が多いことは確かに優れている面もありますが、ともすれば手術に追われ、日常診療の中で患者さんと接する時間が制約される面もあるように思うのです。ほかにも"手術時間が短い"とか、ある意味わかりやすい形で評価されるのですが、本来は、「リハビリへの取り組み方」や、「いかに患者さんと密に接しているか」「社会保障制度についてきちんと説明しているか」といったことが、とても重要なはず。そういうことが評価の対象にならないのは、どこか間違っていると思うんですよ。私は地域に根付いた医療の一環として啓発活動をし、患者さんに真に必要な情報をお届けしたいと考えて
います。
Q.最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2010.9.22
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
地域連携パスを通して、真に患者さんのためになる地域医療を根付かせるのが夢です。