先生があなたに伝えたいこと
【星野 瑞】「合併症のリスクを抑えた安全」な手術がモットー。患者さんに、より適した手術法を選択することが重要だと考えます。
手術において最も大切にされていること
Q. 先生は人工股関節・膝関節手術において、多くの症例を担当してこられました。手術の際、先生が最も大切にされていることは何でしょうか?
A. 何より「合併症のリスクを抑える」、ということです。これは、患者さんにとってできるだけ安全な手術をするということですね。僕は合併症についてはうるさいのですが、うるさいくらいにしないといけないと思っています。手術を受けられるのは高齢者の方が多いですから、もともと合併症のある方の割合が高いんですね。糖尿病、呼吸器や循環器の疾患、脂質異常症(高脂血症)、心筋梗塞などの成人病で薬を服用されている方が多いですから、十分に気をつけなければなりません。特にリウマチで生物学的製剤を使われている方は、手術での合併症のリスクがぐっと跳ね上がります。当院は幸いにして総合病院ですので、さまざまな内科的疾患に対し、それをコントロールして手術に臨むことができます。内科的疾患とそれに伴う合併症については、手術をする病院でコントロールするのが一番いいと思います。そのほかにも、下肢静脈エコーや呼吸機能、血液の検査などもしっかりと行います。
Q. 特に既往症のない方も、やはり手術における合併症はあるのでしょうか?
A. 一番気をつけないといけないのは感染です。感染予防のためにバイオクリーンルームを使い、専用の手術服やヘルメットを装着して手術に臨みます。また当院では、手術前に患者さんの鼻腔や咽頭などの培養検査をし、菌が見つかれば除菌をして、また検査をし、ということをしつこいくらいに実践しています。さらには皮膚の血流の悪そうな患者さんには、血流を測ってしかるべき対処をして、皮膚壊死からの感染を防いでいます。ほかに発疹やアトピー性皮膚炎、陥入爪(かんにゅうそう:爪の角が軟部組織に刺さって炎症を起こした状態)、白癬(はくせん:細菌による皮膚感染症の一種)、水虫なども感染のリスクがありますから、医師は患者さんの体もよく見る必要があると思います。
Q. 人工関節置換術を受けて退院してからの感染ということもあるのでしょうか?
A. 術後、何ヵ月、何年経っていても、感染のリスクはゼロではありません。水虫や歯槽膿漏、血糖値が高くなることで感染することもありますので、そのような体のケアやコントロールは大切です。
Q. ほかに、術後、患者さんが気をつけられた方がいいことは?
A. 膝や股関節を酷使しないようにしてほしいです。人工関節を入れて、本格的なスポーツは難しいです。ゲートボール、水泳、ジョギング、自転車で無理のない範囲をサイクリングする程度でしたら大丈夫ですが、摩耗のリスクを考えれば膝関節も股関節も余計な衝撃を与えないことが大事ではないかと思います。せっかく手術をしたのだから「日常生活を楽しんで、その延長線上くらいのことはしてもいいですよ」、ということになりますね。
手術の具体的な方法とリハビリについて
Q. 人工股関節・膝関節手術の具体的なことについて、少しお伺いします。まず人工股関節置換術において、先生はアプローチ(切開)方法を使い分けておられるとお聞きしていますが、このことについて教えていただけますか?
A. 人工股関節置換術では、PL(後方アプローチ)、OCM(前側方アプローチ)、ALS(仰臥位前側方アプローチ)、DAA(前方アプローチ)という4つのアプローチ方法があり、最近は、筋肉を切らないOCM、ALS、DAAの症例が増えています。筋肉を切らないことで手術後の痛みも少ないですし、リハビリも早めにスムーズに進められ、麻酔のリスクも低減します。手術後は脱臼のリスクも低くなりますね。
特にALSの手術は色々な可能性を秘めています。例えば、同時に両脚の人工股関節置換術ができますし、一方の脚は人工股関節置換術をして、もう一方を人工膝関節置換術、あるいは人工股関節置換術と反対側の脚は膝の関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)など、変則的な両脚の手術が可能になります。何度も入院や手術をしなくて済むというメリットがあり、両脚の長さも正確に評価できます。PL手術の経験しかない医師が、急にALSの手術ができるかといえば、やはりそれなりの時間と経験、技術が必要になりますけれども、習得することで享受できるメリットは大きいですね。
Q. DAAは、両脚の関節手術が必要な方以外には、主にどのような患者さんに有効なのですか?
A. 両脚の場合も含めて大腿骨頸部骨折や、まだあまり変形の進んでいない骨頭壊死の方にはかなり有効かと思いますし、認知症の方、脚が脱臼しやすい人にも有効ですね。手術後に「こういう姿勢を取ってはいけませんよ」というような注意事項がなかなか守れないということもありますので、DAAにすることで脱臼のリスクを減らすことができます。
Q. それでは、PLの意義とは?
A. OCMやDAAの話をしますと、ならばPLはやらなければいいじゃないかと。でも、そうではないんです。高度肥満の方、骨移植しなくちゃいけないとか、高位関節脱臼の場合は、PLでないとできないケースもあるんです。そして何よりも、PLは術野が広くてよく見える。どんな場合でもよく見えます。だからPLがなくなることはないですね。
どっちがいい、悪いじゃない。だからこそ当院では、「4つのアプローチ法を患者さんの症状・状態によって使い分ける」ようにしています。
Q. 人工膝関節手術についてはどうなのでしょうか。やはり選択肢はありますか?
A. まず、人工膝関節の適応となるのは、変形性膝関節症、リウマチ、骨壊死(こつえし)です。ですが、私の考えとしては症例により手術法を選択するのがいいと思っています。例えば関節鏡視下手術だけでいい人もいれば、HTO(High Tibial Osteotomy:高位脛骨骨切り術)、これにモザイクプラスティー(骨軟骨移植術)を組み合わせた手術、UKA(人工膝関節単顆置換術:じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)など。UKAは個人的には、大腿骨下部の骨壊死で内反(ないはん:足首が内向きになり、足のつま先側が内側に入り込むこと)の強くない人にはいいと思っています。
HTOは人工膝関節に押されがちですが、本来は可動域や年齢に左右されない方法だと思っていて、実際には40代などの若い世代で内反の強い人によく行っています。新しくて性能のよいインプラント(プレート)ができたりして術後の回復も早くなり、膝関節手術としてHTOは今再び、盛り返してきている手術法なんです。みなさんには、「人工膝関節手術(UKA・TKA(全人工膝関節置換術))だけではなくHTOという選択もありますよ」ということを、ぜひ強調して申し上げたいです。医師とよく相談し、話を聞いて、選んでいただきたいですね。
Q. 人工股関節手術にも人工膝関節手術にも、改めて色々な方法があることがわかりました。
A. 人工股関節には4つのアプローチ、人工膝関節手術には主に3つの手術法、HTOを入れると4つの手術法があるということです。当院で共通しているのは、股関節も膝関節もLIS(Less Invasive Surgery:ほどほどに小さい切開で行う手術)であるということ。目安としてはどちらも10cm程度の皮膚切開です。傷はできるだけ小さく、でも手術のしやすい大きさで、ということですね。
Q. ありがとうございました。最後に、手術後のリハビリについて、先生のお考えをお聞かせください。
A. 膝関節の場合も股関節の場合も、ベッドの上にいるのは2日くらいで、1週間後には立位歩行の練習をするのが一般的ですが、急ぐことはない、ゆっくりでいいんじゃないかと私は思ってるんです。当院の場合なら急性期病棟へ行って、次に亜急性期病棟へ行ってと、来年(2014年)には回復期病棟もオープンする予定ですが、急性期、亜急性期から回復期へ移って、1ヵ月でも2ヵ月でもゆっくり、十分に階段の上り下りの練習をやって、自信をつけて帰られればいいのではないかと考えます。もちろん早期退院を望まれ、それが可能な患者さんはそうしていただくわけで、特にそうでない、例えばかなりご高齢の方は何も慌てることはないと思います。入院期間も患者さんに合わせてでいいのでは、というのが私の考え方です。退院してからのリハビリも患者さんのご希望や状態に合わせて考えます。人工膝関節の場合は、可動域の確保が大切ですし、術後、人工股関節に比べて違和感が残る方もおられるので、通院のリハビリも大事だと思います。
何でも無理はしない...関節症の治療は患者さんに合わせて考えるのが必要だと思っています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2013.9.9
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
「合併症のリスクを抑えた安全」な手術がモットー。患者さんに、より適した手術法を選択することが重要だと考えます。