先生があなたに伝えたいこと
【武田 健太郎】治療や手術について、患者さんとくわしくお話して不安を取り除いてあげたいと思っています。
さいたま市立病院
たけだ けんたろう
武田 健太郎 先生
専門:股関節
武田先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
3年ほど前から、スパイスカレーづくりに熱中しています。本やインターネットで世界のカレーのレシピを調べ、おいしいカレーを研究中。いつかカレー専門店を開くことを夢見ています。
2.休日には何をして過ごしますか?
もちろん、カレーづくりです。専門店でスパイスを探したり、ココナッツミルクやシナモンの原木などを使って、インドカレーやタイカレーを作ったりしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. これまで武田先生が治療されてきた股関節疾患で、印象に残られている患者さんについて教えください。
A. 68歳の女性患者さんで、両手で杖をつきながら初診で来られたケースがありました。その方は、58歳で股関節に痛みを感じるようになってから、別の病院に通院されていたそうです。そこの主治医は、「人工関節の手術は高齢になってから行うべき」というお考えだったようで、そこから約10年間にわたってリハビリ治療を続けられたとのことでした。しかし、寝ているときにも痛みを感じるようになり、手術を目的に当院へ来られました。
Q. その患者さんの病状についてもう少し詳しく教えてください。
A. 左右両側とも股関節の変形がかなり進み、腰も曲がっておられました。ご本人は人工関節手術という選択肢があることは知っておられたようですが、リハビリ治療を続けて人工関節はなるべく先延ばしにした方が良いと思い込んでいたようです。同じようにリハビリ通院する仲間もでき、通い続けていたけれど、だんだん痛みがひどくなってきたとのことでした。
Q. 手術とリハビリを経て、その患者さんはどのようになられましたか?
A. 左右両側とも一度に手術を行い、特に問題なく終えましたが、術後のリハビリはかなり難航しました。というのは、長年の間に痛みが出にくい身体の動かし方や、股関節を傷めている方特有の左右に身体を揺らしながら歩く癖などが身体にしみついていて、その癖を直すのに時間がかかったからです。手術後2年半をかけて、ようやく杖をつかずに歩けるまでに改善しました。現在は70歳を超えておられますが、遠出のお出かけや旅行も楽しまれ、人生が変わったとおっしゃっています。かつて一緒にリハビリ通院されていたお仲間も、続々と手術に踏み切られたそうです。
Q. 治療の選択肢はひとつではないのですね。そもそも股関節の痛みは、どのような方に多くみられますか?
A. 基本的に股関節は安定性のある関節なので、問題が生じる方はそう多くはありません。ただし、生まれつき骨の形状に異常のある方には、加齢に伴って股関節の骨が変形していく変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)を患う方もいます。50歳代以降の女性に多くみられ、閉経前後から発症するケースが多いです。
Q. 骨の形状の異常とは、どのようなものですか?
A. 本来、股関節は大腿骨(だいたいこつ)の上端にある球状の骨頭(こっとう)が、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)にはまり込む形になっています。しかし、臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)といって、生まれつき大腿骨頭の受け皿となる寛骨臼の"被り(かぶり)"が浅い場合があります。若い頃は特に問題なく過ごされている方が多いのですが、長年の間に骨にかかる負担が積み重なり、痛みが出てくることがあります。
Q. どのようにして病状を診断されるのでしょうか?
A. レントゲンで診断します。股関節の骨と骨の間には軟骨があり、軟骨自体はレントゲンでは写らないのですが、隙間として確認できます。その隙間があまりなければ、変形性股関節症だと診断できるので、CTやMRIまで必要になるケースは比較的少ないです。
変形性股関節は、関節の隙間の程度から病期(病気の進行度)を判断します。痛みはあるが軟骨は比較的残っている状態が初期、軟骨のすり減りが進んでいるのが進行期、レントゲン上で骨と骨が完全にくっついている状態、あるいは軟骨が完全になくなっているのが末期となります。最初にお伝えした患者さんは、末期まで進行していました。
Q. 病期の段階に応じた治療を行っていくのですね?
A. 病期と痛みの度合いに合わせて、治療法を選択します。初期や進行期の初めであれば、運動療法としてストレッチや筋肉トレーニングを行います。筋力が低下していると、ちょっとしたつまずきや振り向いたときに腰をひねったりすることで、股関節に負担がかかって痛みが出ることがあります。しかし筋力があれば、股関節が支えられて安定するため痛みが出にくくなります。
Q. 痛みの度合いは、病期に関連しますか?
A. 実はそうとも限らず、末期でもあまり痛みを感じない方もおられます。ただ、歩行などにそれほど問題を感じていない場合でも、実は痛みが出ないようにかばって歩いているのが常態化しているケースもあります。寝ている時に痛みを感じるようになって初めて、病院に通院される方もおられます。
痛みがある場合は、運動療法に加え、鎮痛薬を用いて痛みをコントロールします。痛みがコントロールしきれない場合や、病期が進んでいる場合は人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を提案することもあります。
Q. 人工股関節についてもう少し教えていただけますか?
A. 傷んだ股関節の骨を取り除いて、代わりに金属やセラミック、ポリエチレンなどでできた人工物に置き換えます。変形性関節症の痛みは骨の表面で感じるので、痛みの感じないものに置き換えることで除痛効果が期待できます。切開の方法も筋肉の間を分け入りながら手術を行うので、筋肉を温存することができ、自分の関節のように人工股関節を動かすことができます。
Q. 患者さんひとり一人の手術前のプランニングと人工股関節の選択はどのようにされているのですか?
A. 患者さんの骨の大きさや髄腔(ずいくう)の形状を計測し、それに合ったインプラントを選んで手術を行います。専用の機械で大腿骨の中を削って、くさびのような形のステムを挿入し、固定させます。現在のステムは大腿骨にフィットする形状になっており、骨とステムをくっつけるためのセメントを用いなくても固着できるタイプがあります。当院では、基本的にそちらを使用していますが、骨が極度に弱い場合はセメントを使って固着させることもあります。セメントを使うか使わないかは、医師によって判断がいろいろですが、どちらの場合も成績は良好です。一方、骨盤側は寛骨臼を丸く削り、そこに受け皿となるカップを埋め込んで、ステムに取り付けた骨頭ボールが自在に動かせるように設置します。
Q. 手術をする際の切開方法について筋肉を切らないとのことでしたが、その方法を少し詳しく教えてください。
A. 術者が股関節に至るアプローチ法(切開法)は複数あり、当院では前側方(ぜんそくほう)アプローチと後方アプローチを取り入れています。前側方アプローチはMIS(エム・アイ・エス 最小侵襲手術)といわれ、できるだけ小さい皮膚切開で手術を行う、この15年間で普及した術式です。一方、後方アプローチは古くから世界的に行われているもので、術野(目で見える部分)がしっかりと確保できます。学会では各アプローチの長所が発表されていますが、私はどれも大差はないと捉えていて、症例に合わせて使い分けています。アプローチによっては筋肉を一部切除することもありますが、大半の機能は温存されるので、患者さんの日常動作に大きな支障が出ることはありません。
Q. もう少し詳しく、手術前と後についての流れについて教えてください。
A. 手術の1カ月前に術前検査を行い、問題がなければ手術前日から10日間~2週間程度の入院となります。手術は感染を防ぐために、クリーンルームにて3人体制で宇宙服のような手術着を装着して塵やホコリが出ないように行います。所要時間は1時間弱程度です。人工股関節の手術は、術後すぐに体重をかけても問題がないのですが、当院では全身麻酔と下半身麻酔を行うので、念のためにリハビリは手術翌日から行っています。
リハビリの内容は、歩行器や杖などを用いながら、段階を踏んで歩行訓練を行うとともに、脚を曲げ伸ばしするなどの筋力訓練も行います。また、合併症として脱臼の可能性があるため、その注意を促すための作業療法と理学療法を行います。退院後3カ月間は脱臼に留意していただきながら、通院やご自宅でのリハビリを続け、3カ月後、6カ月後、1年後に検診を行い、それ以降は半年ごとに受診していただいています。
Q. 武田先生から、股関節の痛みに悩まれている患者さんへメッセージをお願いします。
A. 最初にお話した症例のように、手術をすると痛みからの解放が期待できます。自分の足で行きたい場所に行けるようになるなど、以前の生活を取り戻すことができる方も多くおられます。もちろん、手術に対して抵抗のある方もおられますので、最終的に判断されるのは患者さんです。しかし、手術した方の中には、「もっと早く手術をすればよかった」とおっしゃられる方も少なくありません。医師としては、手術をするとどのように生活が改善するかを詳しくご説明し、患者さんの手術に対する不安を解消することが大切だと考えています。
リモート取材日:2021.11.12
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
治療や手術について、患者さんとくわしくお話して不安を取り除いてあげたいと思っています。