先生があなたに伝えたいこと
【嶌村 将志】股関節の疾患は患者さんの年齢や生活状況に合わせて治療法を選択します。
独立行政法人 国立病院機構 四国こどもとおとなの医療センター
しまむら まさし
嶌村 将志 先生
専門:股関節
嶌村先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
地球温暖化です。私は日本海側の雪国生まれで、雪景色を見るのが好きです。けれど最近は、温暖化のせいで積雪量が少なくなり、昔ほど雪景色を見られなくなったのが残念です。
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもと過ごすことが多いです。子どもが習っている剣道に付き添ったり、一緒にサイクリングをして美味しいものを食べに行ったり、ゲームをしたりなど、楽しく過ごしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤側にある臼蓋(きゅうがい)と、大腿骨側にある骨頭(こっとう)が組み合わさった関節です。関節の表面は、軟骨というクッションで覆われ、それによって股関節を滑らかに動かすことができます。
股関節の周囲には、中殿筋(ちゅうでんきん)、短外旋筋群(たんがいせんきんぐん)、大腿直筋(だいたいちょっきん)、腸腰筋(ちょうようきん)などの筋肉や靭帯があり、股関節の屈曲・伸展、外転・内転、外旋・内旋の動きをサポートしています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 代表的な疾患は、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)で、国内の患者数は100万人以上と推定されています。股関節の軟骨がすり減って炎症が起きることで、股関節に痛みや動かしにくさ、歩行障害などを引き起こします。
変形性股関節症の原因として、日本人に最も多くみられるのが寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)です。これは、骨頭の屋根となる臼蓋(寛骨臼)の"かぶり"がもともと浅く、そのせいで体重の負担が臼蓋の一部にかかり続けることで、将来的に股関節が損傷していく可能性が高くなる病態です。
変形性股関節症の約8割は、この寛骨臼形成不全が原因だといわれています。ほかに、体重が重かったり臼蓋に外傷があったりする方が、加齢に伴って変形性股関節症を発症するといったケースもあります。
このほかの疾患には大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)や、全身の関節に起こる炎症性の慢性関節リウマチ、負荷がかかることで骨頭に小さな骨折が生じる大腿骨頭軟骨下脆弱性骨折(だいたいこっとうなんこつかぜいじゃくせいこっせつ)などがあげられます。
Q. 変形性股関節症の症状について教えてください。
A. 「脚の付け根が痛い」という主訴で病院を受診される方が多いですが、腰の痛みを伴う変形性股関節症の方もおられるので、腰椎(ようつい)疾患との見分けが重要になります。また、変形性股関節症と診断された方の中に、股関節から離れた太ももの前側や膝の周辺、下腿に痛みを訴えられる方もおられ、変形性股関節症の手術をしたことで脛の痛みが取れたということもありました。
診断は、症状を詳しくお聞きしてレントゲン検査によって行いますが、股関節専門医や腰椎専門医でなければ、腰痛疾患と判別がつきにくいケースもあります。そうした場合は、MRI検査を行うほか、最終手段として局所麻酔で確かめることもあります。股関節に局所麻酔を打って股関節の痛みが取れた場合は、股関節疾患である可能性が高いと考えられます。
Q. 変形性股関節症の治療法を教えてください。
A. 運動療法や薬物療法といった保存療法と、手術療法に分けられます。変形性股関節症は、前期、初期、進行期、末期の4段階に分けられ、病期が進んでいなければ、まずは保存療法を行います。適切な痛み止めを処方し、激しい運動や重労働などは控えて安静にしていただき、痛みが少し落ち着いたら、股関節周囲の筋力強化やストレッチなどで筋肉の拘縮の改善をはかります。
股関節はまわりの筋肉が緩んでくると、グラグラと不安定になって炎症が起きやすくなります。そのため、まわりの筋肉を鍛えて股関節の安定性を高めることが大切です。股関節まわりの筋力アップが期待できる運動として、当院でよく指導しているのは、ジグリング(俗に言う貧乏ゆすり)です。ジグリングのほか、自転車こぎや、水泳や水中でのウォーキングも効果が期待できます。患者さんができる範囲で、それぞれに合わせて指導を行っています。
Q. どのような場合に手術になりますか?
A. 保存療法で効果が不十分な場合や、股関節に痛みがあって日常生活に支障が出ている場合は手術が必要となります。50歳未満の方で、寛骨臼形成不全や初期の変形性股関節症の場合は、寛骨臼骨切り術(かんこつきゅうこつきりじゅつ)という関節温存手術の適応となることが多いです。変形性股関節症が進行している末期などの場合は、人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)の適応となります。
患者さんの状態を丁寧に把握し、適切な治療法が提供出来るよう心がけています。
Q. それぞれ、どのような手術なのですか?
A. 寛骨臼骨切り術は、臼蓋のかぶりを深くするために、骨盤の骨を切って角度を変える手術です。しかしこの手術は入院が2~3カ月に及ぶことも多いため、患者さんの生活状況を考慮して行う必要があります。子育てや仕事などの関係で、長く入院できないという方もおられるので、そうした方にはなるべく保存療法を続け、将来的に人工股関節置換術を検討していく場合もあります。
一方、人工股関節置換術は、傷んでいる関節を切除して金属製の人工物に取り換える手術です。一番のメリットは早期に除痛ができ、運動機能が回復することです。手術によって、痛みを感じる前の生活を取り戻すことができます。
Q. 人工股関節には、いろいろな種類があるのですか?
A. 固定方法の違いによって、アクリル樹脂の一種である骨セメントを使って固定するセメントタイプと、骨に直接インプラントを固定するセメントレスタイプの2パターンがあります。
人工関節は患者さんにとって一生ものです。人工股関節は機種によって成績の良し悪しがあるのですが、私は20年以上の良好な機能が保てる可能性が高い機種を選択しています。
Q. 人工股関節は以前に比べて進歩してきていますか?
A. 関節軟骨の役割を果たすポリエチレンの技術革新が2000年頃にあり、それまでと比べて、人工関節のゆるみがおこりにくくなりました。以前は、ポリエチレンが摩耗してしまい、その摩耗粉によってまわりの骨や組織が反応を起こし、人工股関節がゆるんできていました。しかし、ポリエチレンが摩耗しにくくなったのです。以前と比べてゆるみなどで破綻する確率が大きく減り、10年程度の長期成績が改善しています。技術革新以前のものと比較し、更に長期期間の耐用が可能である可能性が高いです。
しかし、若年の患者さんが人工関節手術を受けられた場合は活動性が高齢者の方に比べ高いため、比較的高率に人工股関節の破綻が起こることもよく知られています。
Q. 人工関節の耐用年数はどのくらいですか?
現在機種によっては「20年以上問題なく機能します」と言えます。
しかし最新の機種が必ずしも良い成績をだすわけではないため、当院では、長期の良好な成績が既に示されているか、強く期待できる機種を選択し手術を行っています。
現在、大腿骨側で最も良好な長期成績が出ているのがセメントタイプによる人工股関節で、最長で35年の良好な成績が出ています。
患者さんの年齢や、生活、股関節の状態に合わせ最適な治療法を提案させて頂くようにしています。
Q. 手術のやり方(手技)も進歩していますか?
A. 人工股関節置換術の手技は、皮膚を切開する位置によって身体の前側から切開する方法(前方アプローチ法)と後ろ側から切開する方法(後方アプローチ法)があります。どちらにもメリットとデメリットがあるので、私は患者さんの状態によって使い分けています。
一般的には、後方よりも術後早期の回復が早いといわれている前方で行うケースも最近は増えてきています。前方は侵襲(しんしゅう:身体へのダメージ)が少ないといわれていますが、人工股関節を正確に設置するには後方からのほうが適しているケースもあります。
Q. 手術の合併症についても教えてください。
A. 常に合併症を起こさせない意識を持ち、当たり前の対策を当たり前に行って、予防と早期発見を心がけています。特に注意しているものに、いわゆるエコノミークラス症候群と呼ばれる下肢深部静脈血栓症(かししんぶじょうみゃくけっせんしょう)と、それによる肺塞栓症(はいそくせんしょう)があります。たとえば、入院前の血液検査や下肢静脈エコー検査で、すべての患者さんのリスクを詳しく調べることで予防します。その他の対策としては、入院中に弾性ストッキングの着用や抗血栓薬の内服していただいています。
また、感染については、クリーンルームにて手術を行い、感染予防目的の抗菌薬をガイドラインに従って投与します。ほかにも人工股関節特有の合併症として、脱臼があります。これを防ぐためには、股関節まわりの組織や靭帯が修復される術後3カ月までは、脱臼しやすい姿勢を避けていただくよう気をつけてもらっています。
Q. どのように気をつけるのですか?
A. 例えば、股関節を屈曲し内側にひねるといった姿勢や、脚を後ろ側に投げ出して外側にひねる姿勢は脱臼しやすいため、避けていただいています。3カ月が経過すると筋肉が修復されてくるので、それ以降は基本的には姿勢の制限は行っていません。
また手術後は、定期的なレントゲン検査で人工股関節の状態を確認させていただいています。手術後の骨や関節の状態は経年的に変化していき、大腿骨が痩せていくことも少なくありません。特に、人工股関節のゆるみにおいては、患者さんご本人が気付かないこともあるため、変化を感じなくても年に一度は定期検査を受けていただくことが大切です。
Q. 先生が人工股関節の手術を行うにあたって、心がけていることを教えてください。
A. 当たり前のことですが、20年後の患者さんの股関節の状態に責任を持って手術を行うこと、また患者さんの年齢や生活状況に合った治療法を考えていることです。
特に手術法や人工関節の機種については、20年以上の長期の耐用が期待できる機種を選択し手術を行っています。また、私はセメントタイプの手術を行うことが多いですが、患者さんのご希望に合わせ体力の回復の早い前方法での手術も行っています。
基本的に、成績の良い手術法で、長期成績の良い人工関節の機種を使い、人工関節手術を受けられた患者さんの状態を責任持って診させてもらう、という当たり前のことを常に心がけています。
20年後に万一、患者さんの股関節の調子が悪くなったら自分が責任を持って再手術させていただくぐらいの覚悟で手術に臨んでいます。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.9.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節の疾患は患者さんの年齢や生活状況に合わせて治療法を選択します。