先生があなたに伝えたいこと
【西山 隆之】手術後の生活をぜひとも楽しんでいただきたい。そのための人工股関節手術であり、そのための我々専門医です。
地方独立行政法人 加古川市民病院機構 加古川中央市民病院
にしやま たかゆき
西山 隆之 先生
専門:股関節外科
西山先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
子どもが3人います。学会や研究会で忙しいですが、なるべく家族と過ごす時間を作っています。
2.最近気になることは何ですか?
学生時代からずっとラグビーをしていて今もクラブに所属していますが、実戦は何年もご無沙汰しています。そのせいか体力的にも体型的にも変化が出てきたこと(笑)。ジョギングしたり山に登ったり、時々体をちゃんと動かすようにしています。
Q. 人工股関節全置換術とはどのような手術なのでしょうか?
A. 主に変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)に対して行われ、骨頭の内部が壊死する大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)でも適応となる場合があります。股関節というのは体の中で一番大きな荷重関節なんですね。変形性股関節症というのは、その股関節の軟骨がすり減ってしまい、やがて変形をきたし、本来の動きができなくなったり、進行しますと痛みもかなり強くなったりしてしまいます。このような障害が生じた股関節を人工のものに換えて、痛みのない正常に動く関節を作るというのが人工股関節全置換術です。
人工股関節の材質としては金属とセラミック、ポリエチレンなどがありますが、現在はほとんどの患者さんに、ポリエチレンの受け皿(ライナー)とセラミックの骨頭ボールという組み合わせの人工股関節を使っています。ポリエチレンが進化したことで、現在では、安定した長期成績が得られるようになりました。
Q. ポリエチレンの進化とは?
A. ポリエチレンは人工関節に適した素材ですが、摩耗により発生する摩耗粉が悪さをして、骨が溶けるというリスクがありました。人の体の中には摩耗粉を食べる細胞があって、その細胞が活性化すると、骨を潰す破骨(はこつ)細胞も活性化し、骨がどんどん溶けてしまう。このリスクを低減させるためクロスリンクという加工を施した超高分子量ポリエチレンが使われるようになり、摩耗しづらくなったのです。最近はこのクロスリンクも更に改良され、MPCポリマーのコーティングや、ビタミンEを添加するなどの工夫もなされています。摩耗リスクが減ると人工股関節の耐用年数も延びますね。
Q. なるほど。では、人工股関節にすることで痛みは取れると考えてよいのでしょうか?
A. そうですね。私は患者さんには、「100%とは言えないけどほとんどの痛みは99%取れますよ」と話をしています。なぜ100%と言えないのかと言えば、術後の傷の痛みに、しばらく違和感を覚える方もおられますので。術後の傷の痛みは、たいていは時間が経てば治まりますが、傷の治りには個人差がありますから、なかには少し長引く方もおられます。
Q. 何にしても、痛みから開放されるのはうれしいことですね。
A. ええ。痛みが取れると思えば、手術を受けるモチベーションも上がりますよね。それに痛みが取れて活動できるようになれば、精神面でも内科的な病気の改善にも大きくプラスになります。そういうトータルの意味で、動けるということはすごく大事なこと。そのような関節を作るのが専門医の役割ですし、やり甲斐だと感じています。
Q. それでは、手術に際して先生が大切にされていることは何ですか?
A. これはもう、安全に正確に人工股関節を設置するということに尽きます。 たとえばMIS(エムアイエス:最小侵襲手術)は、切開の傷を小さく筋肉も温存する手術のことを言いますが、あくまで私個人としては、傷は極端に小さくする必要はないと思っているんです。大体10cmくらいの傷で、安全性、確実性を高めることを最優先にしています。
Q. 手術のための切開にも適切な大きさがあるということですね。
A. はい。患者さんによって無理なく手術できる傷のサイズがあると思いますね。小柄で細身の方ですと8cm程度で十分ですし、大柄で筋肉質の男性なら10cm、あるいはもう少しということもあります。手術のアプローチ(切開方法)にしても、自分自身がより自信を持って行える方法を採用しています。
Q. 先生が採用されているアプローチはどのようなものなのですか?
A. 大腿骨の前側方側から入る側方アプローチです。自信を持って行え、どの症例にもほぼ対応できるアプローチ法ということで採用しています。大腿骨にひっついているここ(中殿筋:下図参照)の部分の筋肉を一部分はがして、股関節に到達、人工関節を設置し、最後にしっかり縫いつけるんです。この方法ですと一時的に筋力が落ちますけれども、術後1~2ヶ月にはほぼ元に戻りますので、私は問題ないだろうと認識しています。
Q. 筋力が回復するまでの間にやっておく方がいいことはありますか?
A. 入院中に筋力トレーニングをしっかり行いますし、自宅に戻られてからのリハビリも指導しますので、それを続けていただくこと。加えて、水中歩行や自転車こぎなどもされたらさらにいいと思います。無理な負担をせずに動かしていれば、日々の生活の中で少しずつ筋力は回復してきますよ。
Q. 筋力回復の経過は定期検診でも確認を?
A. もちろんそうです。定期検診は退院後1ヵ月、そして半年。そこで大きな問題がなければ1年ごとというのが基本ですが、半年後に診るときには、みなさん、本当にいろいろなことができるようになっています。ですから1ヵ月の検診のとき、患者さんには、「今は怖い怖いと思っていても、半年経ったら見違えるようにいろいろできますよ」と言っています。しかしそうは言っても、2ヵ月、3ヵ月経ってもあんまり回復が進んでいない、あるいはまだ不安だという患者さんもおられますし、脱臼の話なんかを聞いて、手術後、かえって動かなくなったという方も......。そういった方には半年までの間に一度診察に来ていただき、チェックやアドバイスを行うようにしています。
Q. せっかく人工股関節を入れたのだから大事に大事に、という気持ちもわからないではないですね。
A. 本当にそうなんですよね。我々としては、いろいろなことができるのだから生活を楽しんでほしいと願っているのですが。だからいつも思うことは、手術だけでは治療は終わらない。手術、リハビリ、その後のフォロー(経過観察)との合わせ技でいい関節ができ上がるということです。
実際、今の人工股関節は正座もできますし。飛んだり跳ねたりという激しいことをしなければ日常の生活に支障はなくなります。逆に動かさずにいれば筋力が低下してしまい、脱臼のリスクも高まるんですね。
Q. 万一、脱臼するとどうなるのですか? またその治療法は?
A. 脱臼してしまうと立ったり、歩いたりできなくなり、痛みが出てきます。治療法としては足を引っ張るだけでいいこともあれば、麻酔をかけてはめないといけないこともあります。さらには、クセにならないように装具を付けていただくこともありますね。クセになると摩耗の原因にもなります。そのようなことにならないためにも、筋力を保つため股関節を動かしてほしいわけです。
Q. 怖がり過ぎないように、ですね。その上で、気をつけておいた方がいいことはありますか?
A. 高齢の方の場合、やはり転倒ですね。転んでしまって人工股関節の周囲が骨折するケースが多くなっています。人工股関節が入っている箇所での骨折は手術も非常に難しくなりますし、人工股関節を入れ換えないといけないこともあります。
Q. よくわかりました。ところで、脱臼などのトラブルがない場合、現在、人工股関節の耐用年数はどれくらいなのでしょうか?
A. 20年は持つだろうと言われています。これが30年、40年と持つようになれば、若い方にも躊躇(ちゅうちょ)なく手術できるようになっていくでしょう。私の場合、再置換(さいちかん)のことも考えて、人工股関節しか方法がない場合を除けば、できれば50歳以上で人工股関節手術を行いたいと考えています。
Q. 人工股関節全置換術に至るまでの治療法もあるということですか?
A. はい、当院においては骨切り術(こつきりじゅつ)を行っています。日本人の変形性股関節症のほとんどが、先天的に骨頭の覆いとなる臼蓋(きゅうがい)が浅いケースで、この場合は、臼蓋の屋根を大きくするような手術を行います。それで一生いける方もおられますし、人工股関節手術までの時間を延ばすには大変有効な手術です。30代、40代で、すぐには人工股関節にする必要はないだろうという場合や、患者さんが人工股関節はまだイヤだとおっしゃる場合などに、「将来的には人工股関節手術になりますよ」ということを説明して、骨切り術を選択しています。また大腿骨頭壊死の場合は、壊死している部分を回転させるという手術法もあり、この手術も行っています。
人工股関節全置換術も骨切り術もそれぞれに長所ばかりではありませんし、体験者の例などもあげて、時間をかけてきちんとお話をし、患者さんとともに考え選択してもらっています。
Q. ありがとうございました。最後に、先生は難しい症例の再置換術にも多く取り組まれているとお聞きしていますが。
A. はい。全身的な合併症をお持ちの患者さんに対する再置換のほか、先ほど言いましたが骨が溶ける骨溶解(こつようかい)を起こしているケースですね。骨が溶けてなくなってしまった部分に同種骨(どうしゅこつ)を補完する手術などを行っています。
Q. 同種骨というのは聞き慣れない言葉ですが、どういうものなのですか?
A. 人工股関節の手術では、ステムを入れるために大腿骨の骨頭部分の骨を切ります。通常はそれを捨ててしまいますが、骨がすごくしっかりしている場合、患者さんの同意を得て骨をいただき保管しておくんです。これが同種骨。骨バンクのようなものですね。
今後もシビアなケースの再置換術には積極的に取り組みたいと考えています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.1.9
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
手術後の生活をぜひとも楽しんでいただきたい。そのための人工股関節手術であり、そのための我々専門医です。