先生があなたに伝えたいこと
【石井 政次】 「一緒になって予防するんだよ」ということを十分に理解していただきます。
深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう:Deep Venous Thrombosis 以下DVT)...脚の深部静脈に血栓(けっせん:血のかたまり)が形成される病気。脚の静脈の血液は心臓から肺へと流れていくため、脚の静脈でできた血栓が心臓を通過して肺の動脈につまると、肺塞栓症(はいそくせんしょう)になることがあります。小さな血栓がつまった場合は、無症状なことが多いですが、大きな血栓がつまると、急死してしまうことがあります。
社会福祉法人 恩賜財団 済生会 山形済生病院
いしい まさじ
石井 政次 先生
専門:人工股関節
石井先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
自分の体のことです。メタボの体型をしていますし、患者さんにも「やせなさい」と言っておりますので、まず自分でダイエットをしています。ダイエット方法は運動と食事制限で、家では自転車をこいだり、鉄アレーで腕を鍛えたり、腹筋をしたり。ヘルスメーターにのるのが楽しみなのです。がんばれば1日200g、1週間で1.4kg、1ヵ月で4kg以上なんですよ!そして、本を読んだのですが、1日に食べたものを手帳に書いて、カロリーを計算する、というものもやりました。最初の1ヵ月はがんばったけど、面倒くさくてやめましたね。あんまり無理はしないであと5、6kgは落としたいと思います。
2.休日には何をして過ごしますか?
以前は夏場にゴルフをしていたのですが、最近はちょっと忙しくて...。冬場はよくスキーをします。あとは温泉めぐりなどですね。お風呂が大好きで、露天風呂に入りに蔵王へ行ったり、普通の銭湯・サウナに行ったりします。
3.手品がお上手だとお聞きしました。 ぜひ得意技を見せていただけますでしょうか。
→動画を見る(メッセージのあとに手品が始まります)
Q.なぜ人工関節の手術を行うとDVTがおこることがあるのでしょうか。DVTは一般的にはエコノミークラス症候群ともいわれていますが、起こる仕組みは同じなのでしょうか?
A.DVTがおこる3つの要因というものがあります。
(1)血液凝固の亢進
(2)血流の障害
(3)血管の内皮細胞の障害
です。
人工関節置換術に限ったわけではありませんが、手術をすれば必ず出血を止めようという体の反応がおきます。まず(1)です。そして、人工関節置換術中は、脚をひねったり上げたりする体位や操作が多いため、(2)(3)が非常におきやすい状態になります。人工膝関節置換術であれば、ターニケット(止血帯:太ももに巻きつけ、空気圧で圧迫。血流をとめて、手術部分の出血量をおさえる)をしますのでそういったことも、危険な因子のひとつになります。こうして(2)(3)の要因がそろい、DVTの発生率が高くなるのです。
エコノミークラス症候群...飛行機に乗っていて血栓ができるというのは、手術で血栓ができるしくみとは少し違います。飛行機で上空に行くと気圧が下がります。すると血管が少しひらくのですが、そうすると血流が遅くなります。くわえて機内の空気は乾燥しているため脱水状態になりやすい。すると血液のねばりけが上昇し、さらにせまい席でじっとしているため、血栓ができやすくなるのです。血栓ができやすい状態になるというところは手術と同じですし、DVTがおきてしまうと同じような症状になります。
Q.DVTがおこるリスクの高い手術にはどのようなものがありますか?
A.手術すると必ず血液凝固が亢進するので手術全般にリスクがあります。しかし肺血栓塞栓症というのは、その90パーセントが下肢の血栓からおこるといわれていますので、整形外科の手術はリスクが高いと考えてよいのではないかと思います。その他有名なのは、大腿骨近位部骨折(だいたいこつきんいぶこっせつ)で、骨折したときからすでに血栓ができる外傷として代表的です。
Q.DVTが起こるのは術後のどの時期なのでしょうか?
A.人工関節置換術の術中から、すでに血栓ができている場合がかなりある、といわれています。人工膝関節置換術では、ターニケットをはずした瞬間に血栓がとんで、苦しくなることもある、という報告もありますので、術中からおきていると考えるべきです。また術後、ベッドで安静にしている間もできやすい状態にあります。手術がおわってからも、体が血を一生懸命止めようとする機能は高まっており、そこで脱水になったりベッドで安静にしていると、おきやすいということです。なので、できるだけ早くベッドから離れて歩くということが大事だと思います。
Q.それではリスクが回避されたと考えられるのはどの時期くらいになりますか?
A.正常に歩けるようになるまで、とよくいわれていますしそのように考えていただいてよいと思います。一方、アメリカでは人工股関節置換術後であれば35日間はDVTを注意した方がよいという新しいガイドラインがあり、今後は日本もそれにあわせていくことが予想されます。
Q.突然おこるのですか?もしおこった時、どのような状態になるのでしょうか。
A.血栓ができていると"脚がむくむ・はれる"という症状がでてくるのですが、そういった、血流を阻害する血栓は案外とびにくい。逆にプカプカういているような血栓は周りに血流があるため、血栓が流れていく可能性があり危ない。そして突然おこるのです。そのうえ脚に血栓ができている時は、症状を感じない無症候状態が多いので、いろいろ調べてみないとわかりません。予防のために検査をしたほうがよいのですが、マンパワーと費用の問題もあり、今後の課題だと思っています。
肺へ血栓がとんで発作がおきた場合には、1/3の方が死亡するといわれています。しかもある報告ではその中の約40パーセントは1時間以内に亡くなられる、ともいわれています。ということは"症状がおきてからでは手遅れ"となるケースが度々あるということなのです。だから予防が大切なのです。
Q.DVTの予防については先生、看護師さん、患者さんとが一体となった取り組みが大切だときいたことがあります。こちらでは具体的にどのような取り組みをされておられるのでしょうか?
A.予防法には、理学的予防法と薬物療法というものがあります。医療スタッフ(医師、看護師、リハビリ)と患者さんが一体になって予防するのは、理学的予防法になります。例えば、足首を動かす、というのは、患者さんができる大事な理学的予防法です。看護師さんが見回りをした時には「やってますか?」と一声かけ、リハビリにいった時にも同じく声をかける。要するに"一緒になって予防するんだ"という一体感を通して、予防を進めたいと思っています。それと、よく行われているのが、"間欠的空気圧迫法"(かんけつてきくうきあっぱくほう)です。器械を使って、つちふまずのあたりや下腿(すね)をギュッと空気でしめて、そこの血液を送りだして血の流れを速くします(*1)。また、"弾性ストッキング"(*2)もよく使われます。そして少しでも早く離床する。こういったことをよく理解いただいて、一緒に予防していくことが大切です。
もう一方の薬物療法ですが、こちらは2年前から非常によいお薬がではじめ、全国的に使われていっています。日本人での使用実績のデータがあり、その効果が認められての発売でした。ただ、出血による副作用がありますので、そのあたりは十分に様子を見ながら使っていきたいと思っています。副作用とは、術後に血が止まらない、止まらなくて貧血になる、などです。胃潰瘍(かいよう)、十二指腸潰瘍、痔での出血がある人はちょっと注意が必要です。
Q.予防のための足首を動かす運動は、1日にどの程度おこなうのがよいのでしょうか?
A.やればやるほどよい、というようなことをいっていますが、あまり続けて一生懸命やると流れる血液がなくなって、効果がなくなりますので、少し間をおきながら一生懸命動かしていただきたいです。足首を動かすことによって、脚の筋肉が動き、ポンプのように血を押しだします。なので、やりすぎるとポンプの空くみのようになってしまうので、効果が少なくなります。
Q.特にリスクが高い人はどのような人ですか?そのような人には特別な予防策をされるのでしょうか。
A.当院では1998年より、術後3日目に血栓ができているかどうかを超音波(エコー)で調べています。学会でも発表させていただきましたが、700人の患者さんの中のどれくらいの人に発生しているか、というデータ結果からみると、太った人(BMIが25以上)、不整脈がある人がリスクの高い人となりました。また、その他にも避妊薬をのんでいると非常にリスクは高く、高血圧、糖尿病、ステロイドの使用、なども一般的にはあげられています。遺伝的に血栓ができやすい人もいます。ですが残念ながら、手術前にそこまですべてを調べることはできません。
一番の予防は、さきほど申しましたように理学的予防法と薬物療法になります。最もリスクが高い人には、薬物治療を中心に行い、理学的予防法は補助的に行う、というのが、ガイドラインでの予防法です。くわえて、これまでのデータと経験をもって、注意深くみています。
Q.少なからず手術にはリスクがあります。DVTの可能性は怖いですが、どのように前向きに考えればよいでしょうか。
A.患者さんには手術前に必ずこのことをお話して、「一緒になって予防するんだよ」ということを十分に理解していただきます。そうすると「足首の運動に一生懸命取り組むんだ、一緒にがんばるんだ」という気持ちになります。そして予防に対するモチベーションをあげていただきたいと思います。
Q.最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2009.11.17
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
「一緒になって予防するんだよ」ということを十分に理解していただきます。