先生があなたに伝えたいこと
【塩野 雄太】モットーは「患者さんの立場から治療を考える」ことです。自分だったら、自分の両親だったらどんな治療を受けたいかを常に考えながら、患者さんとともに治療に向かう気持ちを大切にしています。
医療法人社団 敬和慶友会 調布くびと腰の整形外科クリニック 副院長
しおの ゆうた
塩野 雄太 先生
専門:脊椎・脊髄外科
塩野先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
体力です。仕事でも、これまでは年上の先生とご一緒することが多かったのですが、最近は若い先生と一緒にすることが多くなって、「体力あるなぁ」と(笑)。負けてられませんから意識して運動するようになりました。
2.休日には何をして過ごしますか?
家族で過ごす時間が何よりも楽しみです。子どもの成長には日々驚かされます。
Q. 今回は先生のご専門である最小侵襲脊椎手術(さいしょうしんしゅうせきついしゅじゅつ:Minimally Invasive Spine Surgery (MISS))について教えていただきます。まず、どのような訴えで来院される方が多いのですか? またどのような症状が出たら受診するのが良いのでしょうか?
A. 手足のしびれや痛み、腰の痛みで来院される方が多いです。なかには痛みが強くて歩けないとか、手足が麻痺してからいらっしゃる方もいます。症状が重いほど、治療の選択肢が少なくなるので、まずは近くの病院を受診されるのが一番です。
Q. 病態や症状によって治療の選択肢があるのですね。
A. 最も体に負担をかけないのは手術をしないことですから、第一選択は投薬、リハビリ、装具、ブロック注射などの保存治療です。最近は効果の高い内服薬が多く開発されており、投薬だけで症状が安定し、手術を回避できる方も増えています。特にヘルニアは、以前ならすぐに手術というケースでも、薬で痛みがコントロールできているうちに自然と吸収されて治るということも多く見られるようになりました。
Q. 必ずしも手術というものではないのですね。
A. 敵と闘うためには敵のことをよく知らなければなりません。そのためにしっかりと診断をし、痛みや麻痺の原因を突き止めることがとても大切なのです。麻痺している筋肉への触診など身体所見の見極めだけでなく、MRIなどの精密な画像検査も必要です。また特定の神経にブロック注射を打ち、その痛みが取れるかどうかを確認する方法も有効です。こうして総合的に神経の状態を評価して、手術をしないと治らないと判断される場合のみ、手術をおすすめするようにしています。
Q. 手術を考えたほうが良いタイミングというのはいつでしょうか?
A. 日常生活に大きな支障をきたすようになったら手術を検討すべきでしょう。すなわち、保存治療を行っても、ひどい痛みが改善しない、または手足の力が入りにくい、動かせないなどの麻痺が出てきた場合です。腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)なら、連続で200~300mも歩けなくなれば手術の適応と考えています。歩いてはしゃがみこみを繰り返すようになると、もう買い物にも行けなくなります。痛みについては人それぞれですが、「痛みがない状態を0点、人生の中で最も痛いと思われる痛みを100点としたら、今の痛みは何点くらいですか?」と聞くと、手術になる方は、70~80点以上とお答えになることが多いように感じます。
Q. では最小侵襲脊椎手術(MISS)とはどのような手術なのでしょうか?
A. 背骨の疾患は、神経が圧迫されているか背骨がグラグラしているかの2つが大きな要素です。ですから、脊椎外科手術は神経の圧迫をとる「除圧」と、脊椎の不安定性を改善する「固定」をして治療することになります。しかしかつては、原因となる患部に到達するために傷つけなくてもいい組織を傷つけてしまっていました。それを"ピンポイント"で治療しようというのがMISSの考え方です。つまり、傷つけなくていい組織を傷つけることのないように、できるだけ「メスで切る範囲を小さくして原因に到達する」という考え方です。筋肉や隣接する脊椎への侵襲を減らすことで患者さんの体への負担が少なくなります。しかし、患者さんがきちんと治ることが最も優先されることです。患者さんから、「最小侵襲で手術してください」とお願いされることもありますが、病態によってリスクが高かったり、ピンポイントでは原因を取り除き切れなかったりする場合などは、迷うことなく大きく切開する手術を行います。
Q. MISSの主な症例は?
A. 腰部脊柱管狭窄症、腰椎変性すべり症、腰椎椎間板ヘルニア、側弯症(そくわんしょう)などの変性疾患のほかに、圧迫骨折などの脊椎外傷、ガンの転移による転移性脊椎腫瘍などにも適応があります。
Q. それではMISSの手術手技について少し具体的に教えてください。
A. 圧迫を取る手術で行うのが内視鏡を用いた手術で、特にヘルニアでは内視鏡を使ってヘルニアを切除する内視鏡椎間板切除術(Micro Endoscopic Discectomy(MED))という手術が広まってきています。
圧迫骨折や腫瘍などで支持性が落ちている場合には、経皮的椎体形成術(けいひてきついたいけいせいじゅつ:Baloon Kypoplasty(BKP))手術が効果的です。圧迫骨折は安静にしていても完全に治り切らない方がいて、昔は背中を大きく開いて金具で留めていました。BKPでは7mm程度の皮切(ひせつ:切開のこと)に筒を入れて、筒の先のバルーン(風船)を膨らませ押し上げます。風船の圧力で雪を踏み固めるように押し固めるわけです。そして風船を抜いたあとの空間には骨セメントを注入して固めます。
MISSのなかでも、インプラントやセメントを使ってグラグラしている背骨を制動したり、安定化させたりする手術を最小侵襲脊椎安定化術(Minimally Invasive Spine Stabilization(MISt))といいます。そのうちの一つが最小侵襲経椎間孔的椎体間固定術(さいしょうしんしゅうけいついかんこうてきついたいかんこていじゅつ:MIS-TLIF)です。変性すべり症や、大きく曲がってしまっている側弯症では、間にある椎間板が傷んでいるケースがほとんどですから、まず椎間板の掃除をします。そのあと椎間板の間を固定して、2個の背骨をつなげて1個にする「固定術」を行います。以前は背中を大きく切開していました。今では皮切は4cmほどで、ご自身の骨を砕いて入れた「ケージ」というカゴを間に入れて、最後にスクリューを入れてしっかり固定します(「MIS-TLIF」)。カゴの中の骨に上下の骨がくっ付くまでには、3ヵ月から半年という時間が必要です。
さらに、グラグラしている背骨を制動する方法で最も新しい手術法では、側方椎体固定術(そくほうついたいこていじゅつ: Lateral Interbody Fusion(LIF))があります。背中側ではなく、身体の横側から手術する方法です。こうするとケージを入れる際に大きい神経を避けてアプローチできます。ケージもより大きなものが入れられるので、より安定し優れた手術方法といえるでしょう。
Q. こうした手術は高齢の方にもできるのですか?
A. MISSは皮切が小さいので出血が少なく術後の回復も早いため、ご高齢の方にも適応が広がっています。特に固定術はご高齢になると骨がつかないおそれがあるので、私が医師になった頃は75歳以上には手術を行わないというのが一般的な考え方でした。それが今では骨を作る良い薬が開発され、高齢の方でも手術できるようになりました。骨がもろくなる骨粗鬆症の治療が進歩したことも福音です。
Q. 手術手技の進歩だけではなく、それを支える治療や技術も進歩しているのですね。
A. 手術手技の進歩はもちろん大事ですが、それだけではなくて骨粗鬆症治療、麻酔科の技術向上、ナビゲーションシステムや、手術が安全に行われているかを検証するための装置である脊髄モニタリング技術の進歩などがあってこそのMISSです。
Q. MISSはやはり難しい手術なのですか?
A. 確かに難しいといえますが、すでに導入されている先生に師事して研鑽を積めば、習得できるものです。私も師匠の先生に3年間ほど学びました。だから若手の先生には、患者さんのためにもぜひ学んでほしいと期待しています。ちなみに、私は医療従事者の垣根を越えたMISSに関する研究会に参加しています。そこでは新しい手術手技や医師の体験談など共有すべき情報が発表され、高い技術をスタンダードに提供する糧となる研究会なのです。こういう機会を上手に利用する医師が増えれば、もっとMISSも広まると思います。
Q. MISSは他の手術に比べ入院期間はどれくらいでしょうか?
A. 内視鏡の手術なら1週間以内、脊椎固定術で1椎間なら1週間から10日で退院です。でも患者さんから先に「帰りたい」とおっしゃられますよ(笑)。私は「何日くらいで退院できますよ」というのですが、「帰りなさい」とはいいません。しっかりリハビリして、ご自宅でちゃんと生活できるという自信がついてから退院していただきたいと思っています。だから長く入院されている方もいます。
Q. 最小侵襲手術では他にメリットはありますか?
A. 切開が小さいので感染症などの合併症のリスクが低い、筋肉へのダメージも少ない、傷跡も目立ちにくいので術後の精神的なストレスも小さいと思います。
Q. 手術のあと、日常生活で気を付けることはありますか?
A. 自覚症状としての回復が早いので、知らない間につい頑張り過ぎてしまう方がいますが無理は禁物です。一定期間は外来で診察と指導をさせていただきます。しかし、半年から1年もするとさまざまな運動も可能になります。生活の質を上げるために、やりたいことをやるために手術をするのですから、ご自分のペースでいろいろなことを楽しんでほしいと思いますね。
Q. 最後に先生が医師を志されたきっかけ、治療にあたってのモットーをお聞かせください。
A. 父も整形外科医なんです。その背中を見て医師を志しました。医師がいかにやりがいのある仕事かを自然と教えてくれたような気がします。モットーは「患者さんの立場から治療を考える」ことです。自分だったら、自分の両親だったらどんな治療を受けたいかを常に考えながら、患者さんとともに治療に向かう気持ちを大切にしています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2017.8.7
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
モットーは「患者さんの立場から治療を考える」ことです。自分だったら、自分の両親だったらどんな治療を受けたいかを常に考えながら、患者さんとともに治療に向かう気持ちを大切にしています。