先生があなたに伝えたいこと
【伊藤 康夫】高齢化社会を迎え、骨粗しょう症性椎体骨折が増加し、一部治療に難渋する場合があります。
日本赤十字社 神戸赤十字病院
いとう やすお
伊藤 康夫 先生
専門:脊椎脊髄
伊藤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
この先、どのようにして歳をとっていくべきかが気になっています。寿命と健康寿命の差は10年あるといわれているので、できるだけ健康寿命を延ばせるように取り組んでいきたいです。
2.休日には何をして過ごしますか?
あまり動き回るほうではないので、休日は自宅で読書を楽しむなど、ゆったりと過ごすことが多いです。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 脊椎の骨折には、どのような種類がありますか?
A. 救命センターに来られる方は、労災事故や交通事故、転落事故などによる大きな外傷として、脊椎骨折を起こしている場合があります。一方、高齢者人口が多い今、注目されているのは、骨粗しょう症性椎体骨折(こつしょしょうしょうせいついたいこっせつ)です。骨粗しょう症によって骨がもろくなったご高齢の方が、転倒したり、しりもちをついたりしただけで、あるいは知らず知らずのうちに骨折を起こし、背中が曲がっていく疾患です。胸椎(きょうつい)から腰椎(ようつい)にかけて脊椎のカーブが変わる部位で起きやすい骨折です。
Q. 「いつのまにか骨折」「圧迫骨折」などと呼ばれている骨折でしょうか?
A. 急に背中や腰に痛みが生じ、病院で受診してレントゲン検査をすると、脊椎の椎体骨折が判明するというパターンが多く、ご本人はいつ外傷があったかわからないことから「いつのまにか骨折」という呼び方で周知されています。「圧迫骨折」は、医学用語としては数ある椎体骨折の中の種類の一つを指します。
骨粗しょう症性椎体骨折は、コルセット等の装着や、骨粗鬆症に対する投薬治療などの保存的な治療によって、骨癒合(こつゆごう:骨がくっつくこと)するケースが大半です。一部の場合を除いて、診断や初期治療でそれほど問題になることはありません。
Q. どのような場合に問題になるのですか?
A. 一般的に骨折は、癒合(骨折部位が癒合して骨組織の連続性が完成する事)しますが、一部の例では、癒合が遷延、または癒合が起こらず、不安定な動きを起こす場合があります。これを遷延癒合、あるいは偽関節といいます。脊椎で、この状態になると、体幹の支持性が損なわれ、脊椎が抱合する神経組織を圧迫、障害することがあります。このような場合には脊椎を再建する治療(手術)が必要となることがあります。
また、骨粗鬆症による椎体骨折のなかで、近年、治療に難渋する例が多く報告されています。脊椎に強直(きょうちょく:可動性が失われた状態)がある場合、脊椎骨折を起こすと、治療に難渋します。そもそも脊椎は、椎骨(ついこつ)という複数の骨が椎間板(ついかんばん)で連結されて連なっています。頚椎は7個、胸椎は12個、腰椎は5個の椎骨で構成されています。椎骨と椎骨の間にある椎間板は可動性があり、それによって背中を曲げ伸ばしができます。
ところが、脊椎に強直があると、本来は可動性のある関節のまわりに骨組織ができてしまい、椎間板の可動性が奪われてしまいます。この脊椎強直の一種に、DISH(ディッシュ)と呼ばれる、びまん性特発性骨増殖症(びまんせいとくはつせいこつぞうしょくしょう:Diffuse Idiopathic Skeletal Hyperostosis)という病態があります。
通常の骨粗しょう症性椎体骨折であれば、骨が潰れたり変形したりしながらも、時間とともに骨がくっつくのですが、DISHなどの強直傾向がある場合は骨癒合しにくいため、手術治療が必要になります。こうした強直傾向は高齢で、男性や肥満体型の方に比較的多くみられます。
Q. なぜ骨がくっつきにくいのですか?
A. そもそも骨折の治療というのは、骨折部位を固定して動かないようにすることが原則です。そうすることで、骨が自然に癒合していきます。本来であれば、脊椎の椎骨の一つが折れて、コルセット、ギプス、手術などで骨折部位を固定した場合、身体を動かす程度であれば、固定されている骨折部位はあまり影響を受けません。
ところが、強直傾向がある骨折の場合は、背骨が一本の骨のように固まった状態で折れているため、身体を動かすと、骨折部位に集中して力がかかります。そのため、骨折部位を確実に固定することが難しいのです。固定できなければ、骨折は癒合しにくくなり、治りにくく、痛みが遷延し、次第に脊椎の機能も果たせなくなっていきます。
Q. 脊椎の機能とは、どのような機能ですか?
A. 脊椎には、身体を支える機能、動かす機能、そして脊髄などの重要な神経を保護するという3つの機能があります。骨折して、本来の機能を損なった脊椎では、身体を支えることはもちろん、思うように動かすこともできません。逆に骨が不安定な動きをすることで、中に通っている神経が障害を起こすこともあります。そうなると、脊椎が持つ3つの機能が果たせなくなります。
レントゲン診断で骨粗しょう症性椎体骨折が判明した際に、脊椎に強直があるかどうかが同時にわかればよいのですが、レントゲン上で強直がわかりにくい場所で骨折が起きているケースが少なからずあります。そのため、いつまで経っても骨癒合が起こらず、神経障害を起こしてはじめて診断がつくこともあり、診断の遅れが問題視されています。
Q. 骨粗しょう症性椎体骨折の患者さんで強直傾向がある場合は、手術になるのですか?
A. 通常の骨粗しょう症性椎体骨折であれば、コルセット装着などの装具や、投薬による保存的な治療で済むことが一般的です。疼痛が続く場合は、BKP(Baloon Kypoplasty:経皮的椎体形成術(けいひてきついたいけいせいじゅつ)という、椎体にセメントを入れる手術を行うこともあります。先に述べた、遷延癒合や偽関節の場合も、手術を行うことがあります。
しかし、強直を伴っている方の脊椎骨折の場合は、神経がマヒを起こしてくる可能性が高いため、骨折部位を固定して再建する手術が必要になります。
Q. どのような手術ですか?
A. 一般的に、長管骨(ちょうかんこつ:四肢の骨にみられる長く伸びた管状の骨)を骨折した場合は、骨折部位に金属を入れて整復して固定する手術を行います。強直を伴っている方の骨粗しょう症性椎体骨折では、それと同様に、スクリューとロッドで椎体を固定する手術になります。
以前は、背中を大きく縦に切開し、背骨を展開して手術を行っていましたが、患者さんはご高齢の方が多いため、現在はできるだけ侵襲(しんしゅう:身体にかかる負担)の少ない手術が主流になっています。2~3cm程度の切開を、複数ヵ所に行い、スクリューを挿入してロッドでつなぐ経皮的な手術で、患者さんの身体にかかる負担を軽減しています。
Q. 時代とともに手術のやり方が進歩しているのですね?
A. 手術のあとが小さくなっているだけでなく、以前のように筋肉を剝ぐことも少ないため、軟部組織の損傷も抑えられています。また、脊椎の中には神経組織や大きな血管が走っているため、それらを傷めないように正確に金属を設置しなければなりません。そのため現在は、コンピュータによるナビゲーション手術が多くの施設で行われています。経皮的に行う低侵襲な手術で安全性が高まり、ナビゲーション手術で正確性も高まっています。
Q. そうなのですね。できるだけ骨粗しょう症性椎体骨折を予防したいものですが、どのようなことに注意すればよいですか?
A. まずは、転倒しても骨折しない身体をつくることです。とはいっても、多くの場合、加齢に伴って骨粗しょう症は進んでしまうため、その検査と治療をきちんと行うことが大切です。また、転倒しにくい身体をつくることも大切です。運動機能を上げるロコモ体操や、それに準じた体操で運動能力を維持することが大切です。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.9.12
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
高齢化社会を迎え、骨粗しょう症性椎体骨折が増加し、一部治療に難渋する場合があります。