先生があなたに伝えたいこと
【吉谷 純哉】変形性股関節症の痛みで日常生活にもお困りなら、痛みの緩和と可動域の拡大が期待できる人工股関節置換術も一つの選択肢です。手技が進歩して、術後の満足度は高く、「もっと早く手術すればよかった」との声も多いです。
医療法人社団 藤聖会 富山西総合病院
よしたに じゅんや
吉谷 純哉 先生
専門:股関節
吉谷先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
一時期は糖質制限で10キロ減らしたんですが、外出をしなくなって食べる量が増え、戻りつつあるのが気になります(笑)。
2.休日には何をして過ごしますか?
コロナ前はゴルフやキャンプに出かけることが多かったのですが、最近は近所をサイクリングしたり、家で過ごしたりすることが増えました。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は骨盤と大腿骨から成り、骨盤側にある寛骨臼(かんこつきゅう)というお椀状の骨に大腿骨頭(だいたいこっとう)という丸い骨がはまり込んでいます。その形状から球関節と呼ばれ、可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)が非常に広いのが特長です。骨と骨がぶつかり合わないように関節の表面は軟骨という組織で覆われ、寛骨臼の縁に関節唇(かんせつしん)という組織がゴムパッキンのような役目をしていて、大腿骨頭が寛骨臼に吸い付く仕組みになっています。股関節は関節包(かんせつほう)で全体が包み込まれ周囲には筋肉や腱があり関節を安定させています。
Q. 股関節の疾患にはどのようなものがありますか?
A. 外来で最も多いのは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)という病気です。その他にはステロイドやアルコールが原因となる大腿骨頭が壊死する大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)や股関節唇損傷などがあります。様々な原因により軟骨が損傷し、関節が徐々に破壊されていきます。
Q. 変形性股関節症になる原因は何でしょうか?
A. 加齢による変化もありますが、日本人には寛骨臼の被り(かぶり)が浅く、大腿骨頭が寛骨臼の外にはみ出ている寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)の方が多いことが一因です。人工股関節の手術になる方の多くが寛骨臼形成不全に起因した変形性股関節症です。また小児期に発育性股関節形成不全(はついくせいこかんせつけいせいふぜん)の治療がある方も変形性股関節症へ進行しやすいといわれています。他には遺伝的要因も指摘されています。
一方、近年は大腿骨の被りが深くなり過ぎて股関節を動かすたびに骨と骨がぶつかる大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI:エフエーアイ)という骨の形態異常が原因のケースも増えつつあります。FAIの方は股関節唇が損傷され軟骨がはがれるように損傷された結果、変形性股関節症へ進行していくといわれています。
Q. FAIになる原因は何ですか?
A. はっきりとわかっているわけではありませんが、幼少期に大腿骨頭が正常な位置からずれてしまう大腿骨頭すべり症にかかったことのある方や、激しいスポーツをしていた方がなりやすいと考えられています。たとえば、アイスホッケーのキーパーにFAIが原因で大腿骨側の異常なふくらみが見られることが多いのですが、これは股関節を動かしながらトレーニングを続けるためではないかとみられています。また、プロサッカーチームでは画像診断でFAIが認められる選手が全体の6割近くに及ぶことから、スポーツ歴は何らかの影響があるとみています。
Q. 変形性股関節症になると、どのような症状があらわれるのでしょうか?
A. 立ち上がるときや歩き始めに痛みを感じることが多いです。また、股関節の可動域が狭くなって曲げ伸ばしがスムーズにできなくなり、靴下を履くのが難しいと訴える患者さんもいらっしゃいます。FAIが原因の場合では、車を乗り降りするときに股関節が曲げにくく、痛みが起こることがあります。症状が進行すると、体を左右に揺らしながら歩く跛行(はこう)が出現したり、安静にしていても痛みが出現することがあります。
Q. その治療法について教えてください。
A. 股関節の痛みの原因が腰椎に由来する場合もあるので、画像診断で痛みの原因が股関節にあることを確認したうえで、痛み止めの薬を併用して運動を行うなどの保存療法から始めます。中殿筋(ちゅうでんきん)を鍛えると股関節の動きが安定して可動域拡大が期待できるので、寝転がって脚を上げ下げする運動や股関節周りのストレッチを指導しています。また、杖を使うことで股関節にかかる負荷がかなり減らせるので、高齢の方にはその方法を勧めています。
Q. 保存療法で症状がおさまることはありますか?
A. 股関節の変形が軽度で、投薬で痛みがおさまっているのであればそのまま様子を見ますが、残念ながら関節の変形や破壊自体が改善することはありません。
Q. 関節鏡で手術することはできますか?
A. 進行した変形性股関節症では関節鏡での治療は困難です。関節唇損傷があるFAIの方で軟骨が傷んでいない方であれば、股関節周辺の2ヵ所に1cm程度の皮膚切開を行い、一方に鉛筆くらいの細いカメラを入れ、もう片方から鉗子を入れて大腿骨を削ったり、関節唇を縫合したりする関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)という手術が可能です。特に大腿骨に余剰な骨がある方は変形性股関節症へ進行しやすいのでより適応と考えます。
Q. 重度の変形性股関節症の場合は人工股関節になるのでしょうか?
A. 保存療法で1〜3ヵ月程度様子を見て、痛みが改善しないようであれば、傷んだ箇所を人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)も治療の選択肢になります。変形も痛みも強く、改善が見込めない場合には早めに手術を提案させていただくこともありますが、痛くてもなんとか生活できるので手術はしたくないとおっしゃる患者さんは多く、手術に踏み切るかどうかは、患者さんの意思を尊重します。
私としては、趣味を楽しみたいなど、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上を求める方には、痛みが和らいで可動域が広がることが期待できるので、手術をお勧めしたいと思っています。術後にリハビリをがんばっていただく必要はありますが、股関節の動きが悪かった方がしゃがめるようになったり、片方の足を引きずるようにして歩いていた方が、周囲の人に「歩き方がきれいになった」とほめられたりするなど患者さんの術後の満足度はとても高く、「もっと早く手術すればよかった」とおっしゃる方が多いです。ちなみに、私が手術した最高齢の患者さんは93歳でした。認知症もなく、身の回りのことはご自分でされ、治療にも意欲的で、合併症のリスクも十分納得いただいたうえで手術され、退院後は歩いて帰宅されました。
Q. それはすごいですね! ちなみに、人工股関節とは、どんな構造になっているのでしょうか?
A. 人工股関節は骨盤側に設置するポリエチレンライナーとカップまたはポリエチレンカップ、大腿骨につけるステムと骨頭ボールから成り、大腿骨頭の役目を果たす骨頭ボールがなめらかに動くようになっています。カップとステムを骨に固定する際に、骨セメントを使って固定するセメントタイプと、セメントを使わずに固定するセメントレスタイプとがあり、当院ではセメントレスタイプをメインに使い、例えば高齢で骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が強い場合にセメントタイプを使うなど、症例によって使い分けています。
Q. 人工股関節自体は以前に比べて進歩していますか?
A. 様々な素材や形状の人工股関節が開発され、患者さんに適したものを選べるようになっています。人工股関節自体も、以前のポリエチレン素材では摩耗により発生したポリエチレンの摩耗粉の影響で周りの骨が溶けて人工股関節がゆるむことがありましたが、クロスリンクポリエチレンという摩耗しにくい素材が開発されたことでポリエチレンライナーの耐久性が向上し、人工股関節の耐用年数が延びました。また、ポリエチレン自体の厚みを薄くすることにもつながり、より大きな骨頭ボールを使用できるようになったことで可動域が広がり、脱臼リスクも減りました。
Q. 手術も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 従来はお尻から大きく切開し、筋肉を切りながら股関節に到達する後方アプローチ法が主流でしたが、近年は、小さな傷で股関節の前方から侵入して筋肉と筋肉の間から股関節に到達する前方アプローチ法が主流となり、侵襲(しんしゅう:身体へのダメージ)が少なくなりました。筋肉を温存できるので脱臼しにくくなり、術後の回復が早くなったのも前方アプローチ法のメリットです。当院でも前方アプローチ法を採用しています。
Q. 手術の合併症と対策について教えてください。
A. 手術で起こりうる合併症として、脱臼、細菌感染、深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)などがあります。股関節の可動域を広げ、術後の脱臼を防ぐには、カップとステムを適切な角度で設置することが何よりも大切ですから、当院では3Dテンプレートソフトというコンピューターを利用した計測ソフトを使って患者さんに最適なサイズの人工股関節を選び、ナビゲーションシステムを使って、術前計画通り、正確に設置しています。また、感染予防として手術はクリーンルームで行い、血液をサラサラにする薬を使って深部静脈血栓症を防いでいます。血栓症は血流が悪くなることで起きますから、血流をよくするために弾性ストッキングやフットポンプも使い、手術翌日から動いていただきます。
Q. 最後に、先生が医師を志されたきっかけがありましたら教えてください。
A. 野球少年で、高校時代にケガで整形外科のお世話になることが多く、スポーツドクターになりたいという気持ちが芽生えました。研修で人工股関節の手術に接し、高齢で日常生活の動作に困っていた方が手術を受けたことで元気になる姿を見て感銘を受け、股関節を治す整形外科医になろうと決意しました。
リモート取材日:2021.10.29
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
変形性股関節症の痛みで日常生活にもお困りなら、痛みの緩和と可動域の拡大が期待できる人工股関節置換術も一つの選択肢です。手技が進歩して、術後の満足度は高く、「もっと早く手術すればよかった」との声も多いです。