先生があなたに伝えたいこと
【池内 昌彦】手術後の痛みを効果的に軽減させることはもちろん、痛みに対する精神的ケアもとても大切です。
高知大学医学部附属病院(高知大学医学部整形外科教授)
いけうち まさひこ
池内 昌彦 先生
専門:膝関節・スポーツ医学
池内先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
子育てですね。下の子が6歳で女の子ですので、今のうちに一緒に遊んでおかないと思って(笑)。あと趣味が音楽で、休日といわず毎日のようにギターを弾いています。自宅に防音室も作ったんですよ。
2.最近気になることは何ですか?
できるだけ子供と一緒にいたいと思うのですが、なかなか思うように時間が取れないことでしょうか。もうひとつは、ストレス社会ですから心の健康を保つのが大変だなと感じています。心を鍛えるために、毎朝ジョギングをしています。
Q. 人工膝(ひざ)関節置換術における術後の痛みとそのコントロールについて、教えていただきたいと思います。最初に、手術、リハビリのあとにも痛みが残るということはあるのでしょうか?
A. 通常、退院時にはまだ痛みが残っていますし、その後も3ヵ月ほどは多少痛んだり、患部が焼けるような感じがしたり、あるいは熱を持ったりということがあります。その中で10~20%の方には、それ以降も痛みが残るといわれているんですね。これは外国の統計ですけれども、おそらく日本でも同じくらいだろうと思います。痛みが残るというのは、まったく痛みが取れないというのではなく、「期待していたほどは取れなかった」ということで、したがって手術に対して必ずしも満足されていないということなんですね。しかしこの痛みも、普通は半年、1年と時間が経過するごとに少しずつ取れてきます。痛みの取れないときには検査をして、必要な場合は治療を行うということになりますが、何か異常を起こしているケースは稀といえるでしょう。
Q. 悪い部分に人工物を入れ、異常が起こっているわけでもないのに、なぜ痛むのでしょうか?
A. 痛みの要因は実にさまざまです。人工膝関節置換術は、主に変形性膝関節症の患者さんに対して行います。変形性膝関節症は、膝の軟骨がすり減るなどして摺動面(しゅうどうめん)の神経が露出し痛みや炎症が起き、やがて変形をきたしてしまう病気で、人工物を入れることで膝関節の上下をカバーして神経のすれ合わない状態にして痛みを取る、あるいは感じにくくするものです。ですが、どうしても手術のあとの傷が痛んだり、病気により筋力自体が低下していることが要因だったり、今まで使ってこなかった筋肉を急に使うことで炎症を起こしたり、ということなどが痛みの要因になると考えられます。
Q. 痛みの残りやすい方というのはあるのですか?
A. よくいわれるのが手術前の痛みがひどい方、女性、40代あるいは50代といった若い方。それに不安の強い方やマイナス思考の方など、精神的、心理的な要素も影響することがわかっています。女性や若い方の場合、家事や仕事、趣味やスポーツなど、高い活動性を求められる傾向があり、その意味ではなかなか満足を得られないということで、痛みにも敏感になってしまうという理由もあると思います。
Q. 心理的な要素も大きいのですね...。先生は痛みを客観的に把握する取り組みをされているそうですが?
A. ええ。昔からやられているのは、患者さんご本人に、痛みを10段階で評価してもらったり、笑顔から泣き顔までのイラストがあって、それを指し示してもらったりという方法です。研究的なことでいえば、MRIを利用して、痛みが出たときに脳のどの部位が反応しているかという脳の機能検査が行われています。興味深いことに、脳は、患部を押したときの痛みに反応する部位と、寝ているときなど安静時にズキズキ痛むときに反応する部位が異なります。それによりわかってきたのは、後者の痛みは不安で、情動も大きく関係しているということなんです。我々としては、この安静にしているときの痛みは取りたいと思うわけです。動いていないのに痛いというのは、精神的ダメージも大きいですから。
Q. なるほど。痛みのメカニズムは複雑なのですね。では具体的に、痛みのコントロールにはどのような方法があるのですか?
A. まず取るべきは術後2、3日の痛みです。このときにうまく痛みをコントロールできないと、そのあとも不安感が強く残ってしまいますし、何より痛みを取ることでリハビリがスムーズに進み、回復を早めるという効果が期待できるからです。このために、手術においては、切開や剥離する組織をできるだけ小さくする最小侵襲術(MIS)を行い、手術直前に" 神経ブロック "といって、痛みを伝える神経をブロックする処置をしておきます。また最近では、手術中にカクテルといって、局所麻酔薬だとか消炎鎮痛剤などいろいろな薬剤を混ぜ合わせた薬を膝の中にいっぱい入れて、洪水のようにするんです。こうすると痛みの信号の入力がなくなりますし、仮に入力されたとしても、先ほど申し上げたように神経ブロックされているので痛みが抑えられます。このような方法をとることで、術後3日間ほどの痛みは半減するんです。そして手術後は座薬や飲み薬、あるいは過剰投与にならないように管理しながら、モルヒネの静脈注射なども組み合わせて痛みを取ります。
Q. いろいろな方法があるのですね。
A. はい。患者さんが手術に満足し前向きになっていただくため、それらの方法を駆使して、疼痛(とうつう)管理を行うことは本当に重要だと私は考えています。
Q. 心理的、精神的ケアについてはいかがでしょうか?
A. これもものすごく大事で、当院の場合ですと、手術前の外来診察のときから患者さんとよく会話をして、何をどれくらい不安に思っておられるかを把握し、正しい知識をきちんとお伝えすることを重要視しています。ほかにも同じ手術をした患者さんとお話をされる機会を設けたり、人工膝関節に関する本をお貸ししたりするなど、できるだけ不安のない状態で手術に臨んでいたただけるように配慮しています。もちろん外来、入院、手術の担当看護師も同じような取り組みを行ってくれています。手術のあとの疼痛についても、予め「痛みが多少あってもリハビリを頑張ればあとが楽になりますよ」というようなお話をさせていただきます。退院後、長く痛みが残ってしまい、不安をお持ちの患者さんについては、とにかくしっかりお話をお聞きするようにしています。その際、患者さんにもよくいうのですが、痛みには個人差があり、みなさんが同じ経緯をたどるわけではありません。私達はケースバイケースで個々の患者さんに対応しますので、ご自身があまり神経質になられないことが大切です。
Q. ありがとうございました。手術のあとの痛みについてよくわかりました。最後に、退院後の患者さんが気をつけられたほうがいいことについて教えてください。
A. あまり厳しく制限していないんですよ。繰り返しジャンプをするとか、そういった膝に極端に負担をかける動作を除けば、軽いスポーツくらいはしていただけます。あとはできるだけ和式の生活を避けるということ。膝に負担をかけないように気をつけていれば、日常生活に支障はほぼありません。一言添えさせていただきますと、人工関節手術をして最も早く改善するのが歩くときの痛みで、曲げるときや寝ているときの痛みは、それよりも改善が遅れることが多いんです。このことはぜひ知っておいていただいたほうがいいでしょう。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2013.2.19
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
手術後の痛みを効果的に軽減させることはもちろん、痛みに対する精神的ケアもとても大切です。