先生があなたに伝えたいこと
【北村 信人】人工膝関節置換術を通して、膝の痛みで困っている方の生活改善を含めたサポートをしていきたいと思っています。
聖路加国際病院
きたむら のぶと
北村 信人 先生
専門:人工膝関節・スポーツ医学
Q. 膝関節はどのような構造になっているのでしょうか? その代表的な部位とその働きについて教えてください。
A. 膝関節はご存知のように太ももとすねの継ぎ目にあって、大腿骨遠位部分(だいたいこつえんいぶぶん)と脛骨近位部分(けいこつきんいぶぶん)、そしてお皿といわれる膝蓋骨(しつがいこつ)で構成されています。体重は、その大腿骨から膝関節、脛骨へと伝達されます。また脛骨の外側には腓骨(ひこつ)があって、膝関節にかかるショックを吸収するなどの働きをしています。さらに大腿骨の前面には、大腿四頭筋(だいたいしとうきん)という膝関節を伸ばす大きな筋肉、後面にはハムストリング筋という膝関節を曲げる筋肉があって、膝蓋骨は、大腿四頭筋を効果的に働かせる重要な支点として機能しています。
膝関節を構成するその他の重要なものには、関節軟骨、半月板、靭帯、骨と筋肉をつなぐ腱などがあります。このうち関節軟骨は硝子軟骨(しょうしなんこつ)とも呼ばれ、骨の表面を覆うようにして存在し、あらゆる動きの衝撃を吸収したり、潤滑油としての役目を担ったりしています。半月板は同じ軟骨でも線維軟骨(せんいなんこつ)で、膝の内側と外側にあって、荷重を伝達分散したり関節を安定させたり、潤滑の補助などの役割があります。靭帯には前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)、後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)、後外側支持機構(こうがいそくしじきこう)があり、それぞれ膝関節の安定性に大きく寄与しています。
Q. さすがによくできているのですね。患者さんの数がとても多いという変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)は、どこの部分がどう悪くなるのですか?
A. 変形性膝関節症は、膝関節の構成体のなかの「関節軟骨」が変性したりすり減ったりすることで、軟骨が徐々に消失してしまう病気です。脛骨側には半月板の下に軟骨がありますから、半月板も傷んでしまうということになります。そのなかでも日本人は内側型の変形性膝関節症が多く、いわゆるO脚を生じます。
特徴的なのは、症状が進行すると骨棘(こつきょく)というものが出てきて、膝が大きくなったように見え、変形を自分でも自覚するようになります。同時に水が溜まったり、痛みが増したり、膝を伸ばしたり曲げられなくなったりして、日常生活に支障をきたします。
Q. さまざまな症状が表れるのですね。では変形性膝関節症の原因とは何でしょうか?
A. 原因としてはまだはっきりとはわかっていませんが、高齢者に多いということで年齢が重要な要素であることは、はっきりしています。また男性よりも女性に圧倒的に多いので、女性であることも危険因子のひとつと考えられます。
Q. いわゆる老化現象という側面もあるのでしょうか?
A. 老化現象の定義というのは難しいのですが、「これまでどれくらい活動してきたか」という「活動量」が影響します。活動量が多いということはその分膝に負担がかかっているということで、年齢とともに変形性膝関節症のリスクは、少し高まるとご理解していただくのが良いのではないかと思います。実際に、元トップアスリートの方が変形性膝関節症になっている例はかなり多いですよ。農業など重労働でも関節が傷みやすく、変形性膝関節症の原因になってきます。
Q. 遺伝というのも考えられますか?
A. ある調査によると、一定の地域単位や家族性の発症ということが着目されています。何らかの遺伝子が関連しているといわれていますが、それがどのように影響しているのかなど、細かなことまではまだわかっていません。
Q. 次に治療法についてですが、変形性膝関節症と診断されればすぐに人工膝関節手術になるのでしょうか?
A. いいえ、いくつか段階があって、初期でそれほど軟骨がすり減っていない状態ならば、まずは生活習慣の改善です。体重を減らすこと、重い物は持たないこと、無理な姿勢は避けるなど、関節に余計な負担をかけないようにして、併せて筋力強化やストレッチなどの適度な運動を行うことで、症状が良くなることもあります。それでも改善しない場合には、症状に応じて足底板(そくていばん)、サポーターなどの装具療法、痛み止めや湿布などの薬物療法、ヒアルロン酸の関節内注射などを行います。それでも痛みが取れない、進行が抑えられない場合に手術を検討します。変形性膝関節症では、高位脛骨骨切り術と人工膝関節置換術が一般的な手術になります。
Q. 高位脛骨骨切り術と人工膝関節置換術はどのように選択するのですか?
A. これはまったく違う手術ですから、一概に、こうだからこう、とはいえないんですね。年齢、活動性、ご本人の希望やライフスタイルなど、患者さんに関わることを総合的に判断して手術を決定します。ただし、高位脛骨骨切り術は適応となる症例が限られます。
Q. 高位脛骨骨切り術の適応となる患者さんとは? またそれはどのような手術なのですか?
A. 限局性(げんきょくせい:発症している部分が狭い範囲に限定されていること)ですね。たとえば内側だけが悪くて外側の軟骨の状態が正常に近い方しか適応になりません。といいますのも、わかりやすくいえば、荷重線を調整して、体重のかかるところを正常なほうへ変える、という手術なんです。内側だけ悪い場合は、脛骨の近位部分を切って荷重のかかるところを痛みのない外側へ持っていく。こうすることで痛みの軽減を図ります。
Q. 人工膝関節にも種類があるのでしょうか?
A. これはいろいろな種類があって、現在の人工膝関節は技術革新や医学の進歩で大変優れた製品が多いと思います。大きくは、膝の後十字靭帯を切除するタイプ(PS型)と温存するタイプ(CR型)に分かれます。私は通常、CR型は正常な後十字靭帯が残っている患者さんに、PS型は変形がひどくて後十字靭帯が断裂し機能していない患者さんに用いています。
いずれのタイプも手術後の機能や成績に大きな差異はなく、患者さんの膝に合わせて手術法と機種を選ぶのが良いと考えています。ごく限られた症例になりますが、膝関節の悪いところのみを変える部分置換術に用いる小さな人工関節もあります。
Q. たとえば内側だけが悪い限局性の場合でも、高位脛骨骨切り術ではなく人工膝関節部分置換術を選択するケースもあるのですか?
A. まったく別の手術ですので適応となる方も別なんですね。骨切り術は荷重のかかるところを変えますが、部分置換では膝の向きを変えるわけではなく、荷重のかかるのは置換したその場所ですから、比較はできないわけです。一般的には高齢の方ですと、骨切り術は骨を切って入院期間も長くなりますから部分置換を選択することが多いのですが、患者さんのご希望もありますし、やはりこれも総合的な判断で、ということになります。
Q. わかりました。ところで人工関節は金属製ですが、金属アレルギーの方にも手術できるのでしょうか?
A. 確かに最近、食べ物もそうですがいろいろなアレルギーの方が増えていますよね。当院では事前の検査で金属アレルギーと分かった方には、セラミック製の人工膝関節を用いています。これまで5年以上に渡って追跡調査をしていますが、アレルギーの障害を起こした患者さんは現在のところ一人もなく、みなさん元気に生活しておられます。
Q. 金属アレルギーの方には朗報ですね。参考までに、人工膝関節の寿命はどれくらいなのでしょうか?
A. 世界的に長期成績のデータが蓄積されていて、95%以上の人は10年を越えて元気に人工膝関節を使っておられます。これは10年以上前の人工膝関節を用いた手術の実績ですので、現在の人工膝関節ならば、15年~20年は大丈夫といえると思います。
Q. それでは、先生が人工膝関節置換術の手術をする際に、一番注意されていることを教えてください。
A. 何のための手術かといえば、それは手術後に「痛みなく歩ける膝にする」ためであり、できれば「一生保つような安定した膝を作る」ことです。この2点が非常に重要だと考えています。そのためには手術前の精緻な計画も当然大切ですが、何よりも手術中に人工膝関節を正確に設置することと、靭帯や筋肉とのバランスを整えることで、膝を滑らかに動かせるようにすることが最も重要だと思います。
Q. 膝の形も変形の度合いも個人差があるのでしょうね。
A. ひとりひとり顔や体型が違うように膝の形状もさまざまです。対して、人工膝関節は一定のデザイン、サイズのバリエーションです。患者さんに合わせて術前の計画通りに正確に設置するのですが、実際に膝を開いてみると変形の程度が予想以上に進んでいてバランスが取りにくいなどということもあります。その時の状況に応じて適切な修正を加えていくことが大事なのです。
Q. 両膝とも悪い方も多いと思いますが、手術は同時にされるものなのですか?
A. 私は基本的には、両脚同時の手術はお勧めしていません。関節リウマチで他の関節も悪い方だと同時にすることもありますが、変形性膝関節症の方は膝だけ、あるいは膝と腰が悪いという方がほとんどです。何とか生活ができるようなら、片方ずつのほうがいろいろな面で安全だと思っています。同時にやると、どうしても出血量が増えてしまいますし、リハビリがスムーズに進まなかったりすることもあります。片側だけなら入院期間も3週間程度です。
Q. 病院のホームページに「人間のQuality of Life(QOL)の支援」とありますが、このことについて、先生のお考えをお聞かせください。
A. Quality of Life、いわゆる「生活の質」は、心身の健康をはじめ、やりがいのある仕事、快適な住環境、スポーツやレジャー活動などさまざまな観点から計測されます。病気やケガをすると、それまでしてきたことができなくなったり、しても楽しくなかったりというような状態になります。それをQOLが損なわれた状態といいます。特に膝関節というのは体の中でも大きな関節で、そこが傷んだり壊れたりすると生活に多大な支障をきたすため、QOLを大きく損なうことになりかねません。欧米では人工膝関節のことを「新しい膝関節」と呼ぶこともあります。これは、人工膝関節手術によって痛みのない生活を取り戻すことにより、多くの場合、QOLが改善するからなんです。私はこのことに深く共感し、「人工膝関節置換術を通して、膝の痛みで困っている方の生活改善を含めたサポートをしていきたい」と考えています。
Q. 実際にはどの程度まで膝関節を動かすことができるようになりますか? たとえば運動などはどうでしょうか?
A. 日常生活の動作はほぼ大丈夫ですよ。ただ、中にはできる方もいらっしゃいますが、正座のような膝にとって不自然な姿勢というのは避けていただいたほうが良いですね。スポーツについては、どこまでできるかというのは学会でもよく話題にのぼりますが、やはり本格的な激しいスポーツは難しいと思います。一方で、ウォーキング、水中歩行、自転車など軽めの運動は、ご自身の楽しみのひとつとしてもお勧めできます。せっかく手術をしたのですから、ぜひ人生を楽しんでいただきたいと思います。
Q. ありがとうございました。最後に、先生が医師を目指された理由、整形外科医を選ばれた理由がありましたら教えてください。
A. 小さい頃からしょっちゅうケガをしていまして...。小学校に入る前には、スキーの板で耳を大きく切って、緊急手術を受けたこともありました。小学校に入ると何度も骨折して病院の世話になっていましたし、良いのか悪いのか医師というものに縁があったんですね(笑)。特に、小さい頃からしているサッカーでのケガが多く、整形外科医とは縁深かったような気がします。整形外科医を目指したのは医学部を卒業してからです。整形外科は、診断から治療まで一貫して自分で診療できるので、自分の治療がそのまま患者さんに反映されます。それにやりがいを感じたのが大きな理由です。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2015.3.12
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工膝関節置換術を通して、膝の痛みで困っている方の生活改善を含めたサポートをしていきたいと思っています。