先生があなたに伝えたいこと
【林 信実】早めに受診して股関節や膝関節の状態を確認しておくことが大切です。そうすれば、手術含めた治療が最適なタイミングで受けられる可能性が高まります。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は、骨盤側の臼蓋(きゅうがい)に太もも側にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込んだ構造になっています。骨の表面は軟骨で覆われているため、スムーズに動かせます。股関節のまわりには、関節唇(かんせつしん)や関節包(かんせつほう)という組織があり、これらに包まれていることで安定した動きが可能になります。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 骨の表面を覆っている軟骨がすり減り、骨まで削られて変形する変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)が代表的です。股関節が不安定な状態になって痛みが出てくるほか、動かせる範囲が狭くなっていきます。
日本人を含めたアジア人には、股関節の受け皿となる臼蓋の"かぶり"がもともと浅い臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)が多くみられ、変形性股関節症の素因になっている傾向があります。ただ最近では生活習慣の変化もあり、かぶりは浅くないけれど、体重の増加や加齢によって股関節が酷使されて軟骨がすり減るケースが増えてきている印象があります。また、大腿骨頭の骨折の既往がある場合も変形性股関節症になりやすいです。
ほかにも、骨の一部が壊死して潰れていく大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)という疾患もあります。まだ原因がわからない面もありますが、喫煙、アルコール多飲やステロイド治療歴が原因で発生することがあります。
Q. どのように治療するのですか?
A. まずは痛み止めの投薬や運動療法を行います。患者さんの中には、「歩けなくなったら手術する」と考えておられる方が多く、重度になるまで受診されないケースがあります。特に年齢を重ねた方は痛みを我慢しがちですが、治療で痛みを抑えることが大切です。
というのも、歩けなくなるまで放置すると股関節の変形が進み、左右の脚の長さが極端に違ってくると手術での調整も難しくなります。定期的に状態を確認して診断を受けておくと、適切なタイミングで手術を受けることができます。
変形性股関節症が初期の段階であれば、なるべく体重がかからない状態で体幹のトレーニングや水中歩行などを行って股関節まわりの筋肉を鍛えることもでき、痛みの軽減につながります。
Q. 手術にはどのようなものがありますか?
A. 50歳までの方で、臼蓋形成不全から変形性股関節症に進みそうなケースや、人工股関節にするのを回避したい場合は、骨を切って回転させる骨切り術(こつきりじゅつ)があります。50歳以上の方には、人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)をご提案することが多いです。
人工股関節置換術の場合は比較的速やかに痛みが軽減され、手術翌日から歩行訓練ができますが、骨切り術の場合は痛みが十分に取れない可能性があり、術後に安静期間が必要でリハビリが長期となるため、ご高齢の方には負担が大きくなります。また、30~40歳代の方でも、仕事や育児によって骨切り術に必要な長期間の入院ができないことも少なくないため、人工股関節置換術を選択されることもあります。
Q. 人工股関節置換術とはどのようなものですか?
A. まずは大腿骨の頸部を切って股関節をあらわにし、臼蓋の変形している部分や軟骨などを削り、術前計画に基づいて金属製のインプラントを設置していきます。術中に痛み止めの注射を股関節まわりに行うことで、術後の痛みを軽減するよう努めています。
Q. 人工股関節には種類があるのですか?
A. 様々な種類があり、術前計画時に患者さんに合わせて選択します。例えば、腰の手術をされたことのある方や背骨に自然な弯曲がない方、関節リウマチのある方などは脱臼しやすいため、臼蓋インプラントは従来のものではなくデュアルモビリティタイプの人工股関節を使用して脱臼を予防します。
また、骨粗しょう症の方は骨折や人工股関節のゆるみを生じることがあるため、大腿骨ステムはセメントで固定するタイプを使用します。ほかに、ご高齢の方の大腿骨頸部骨折例や臼蓋損傷を伴わない大腿骨頭壊死例では、人工骨頭(じんこうこっとう)を選択することがあります。
Q. 人工股関節置換術の進歩について教えてください。
A. 以前は、軟骨の役割を果たすポリエチレンライナーの摩耗が原因で再置換術(さいちかんじゅつ:人工関節を入れ換える手術)をすることが多かったです。しかし最近は、素材の改良によってポリエチレンライナー摩耗による再置換術は減少しています。また、金属の加工技術も発達したことから、セメントを使わずに骨に直接固定するインプラントの長期成績が期待できます。
手技に関しては、以前は横向きの体勢で後方から進入するやり方が一般的でしたが、当院では仰向けのまま手術を行う前側方アプローチ法を取り入れています。筋腱を切開せずに筋肉の間を分け入って進入するため、術後の回復が早いです。
また、仰向けであれば容易に透視装置を使うことができるので、直視・ポータブルナビゲーション・透視の3本立てで確認しながら手術ができるため、より正確に人工股関節が設置できるようになりました。
Q. よくわかりました。続いて、膝関節の構造についても教えてください。
A. 膝関節は、大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)、膝のお皿といわれる膝蓋骨(しつがいこつ)から構成されています。股関節と同様、骨の表面は軟骨で覆われているほか、骨同士がぶつかるのを防ぐクッション材の役割を果たす半月板(はんげつばん)があります。さらに、大腿骨と脛骨をつなぐ靱帯(じんたい)が外側と内側、中央に十字靱帯があり、安定してスムーズに動かせるようになっています。
Q. 膝関節にはどのような疾患が多いですか?
A. 半月板が加齢やケガなどによってすり減ったり、切れたりするなどで、膝関節のバランスが崩れて変形する変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)が多いです。特に内側の半月板後方根元部分が傷むと、早期に変形性膝関節症に移行してしまうことがあることが最近わかってきました。
Q. 治療法について教えてください。
A. 痛み止めの投薬と運動療法からスタートします。膝に痛みのある方は歩行が難しいため、座位や仰向けの姿勢で膝に体重がかからない状態で脚を上げ下げする運動などを行っていただきます。太ももの前の筋肉である大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛えることで、膝関節に負担がかかるのを抑えます。また、痛みが強い場合は膝関節の滑りをよくするヒアルロン酸注射で症状を緩和させることもあります。
手術をしたほうがよいかどうかは、変形の度合いだけで判断することはありません。どの程度の痛みがあるか、どの程度歩行ができるか、例えば就寝中も痛むなど、生活にどこまで支障が出ているかによって検討します。5分程度の歩行が限界といった場合は、手術を勧めることが多いです。
Q. 膝関節の手術には、どのようなものがありますか?
A. 変形性膝関節症は、O脚によって膝関節の内側に偏って負担がかかり、内側の骨や軟骨が傷んでくるケースが多くあります。そこで若い方の場合は、X脚に形状を変えるような骨切り術(こつきりじゅつ)を行うことで膝関節のバランスを整え、人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)を先延ばしにする手術があります。
人工膝関節置換術には、膝関節すべてを人工物に置き換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ)に対して、部分的に人工物に置き換える人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)があります。50歳代以降の方で膝関節の内側だけが傷んでいる場合は、こちらをご提案しています。一般的に、骨切り術をした後に人工膝関節置換術を行う場合はより難しい手術になるため、年齢と生活様式を踏まえて手術をご提案しています。
Q. 人工膝関節置換術も進歩していますか?
A. 人工膝関節のクッション材となるポリエチレン素材の質が向上しているため、長期の成績が見込めるようになっています。
手技においても以前のように膝関節を大きく剥離して手術を行うことはなくなり、侵襲(しんしゅう:身体にかかる負担)の少ないMIS(エムアイエス:最小侵襲手術)に代表されるような手技が主流になっています。股関節に比べて膝関節の手術は、術後の痛みが強い傾向がありますが、術中の痛み止め注射などで痛みをコントロールしています。また、骨を切る際にも事前に患者さんの膝関節に応じて作成したカットガイドやポータブルナビゲーションシステムを使うことによって、より精度の高い手術ができるようになっています。
Q. 手術の合併症についても教えてください。
A. 合併症が起こらないよう慎重に手術をしていますが、通常は無菌状態の関節内にメスを入れることになるため、数パーセント以下の確率で感染が起こる可能性があります。それを防ぐために術者は宇宙服のような手術着を着て、無菌のクリーンルームで衛生的に手術を行い、抗生剤の投与も行っています。万一、感染が起こっても早期に対応することで人工関節を温存することもできます。
また、長時間体を動かさないことで起こる深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)においては、血栓が生じないように術後は一時的にふくらはぎにフットポンプを装着するほか、血液が固まらないように内服薬や注射で防いでいます。一番大切なのは脚を動かすことなので、手術の翌日から動いていただいています。変形性股関節症の合併症には脱臼もありますが、正確な術前計画で前側方アプローチ法を取り入れることで予防しています。
Q. ありがとうございました。では、先生が治療において心がけていることを教えてください。
A. 多くの患者さんは手術を避けたいとお考えだと思います。そのため手術の選択肢をお伝えしたうえで、それぞれの生活様式や生活背景、ご家族との関係などを踏まえ、手術をするかどうかは患者さんご自身に決めていただきます。もちろんすぐに決断できるものではないため、納得いくまでご家族と相談されるなどして、患者さんのペースで決めていただいています。手術を決心された場合は、綿密な治療計画を立ててご提案しています。
また、手術に不安を抱えておられる場合は、手術後の痛みが心配なのか、入院中または手術後の生活が気がかりなのか、患者さんによって異なるためしっかりとお話をお聞きして不安を解消できるように努めています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2024.6.18
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
早めに受診して股関節や膝関節の状態を確認しておくことが大切です。そうすれば、手術含めた治療が最適なタイミングで受けられる可能性が高まります。