先生があなたに伝えたいこと
【岩浅 徳洋】近年は素材が進化して人工股関節の耐用年数が延び、人工股関節置換術の長期成績も良好です。患者さんの悩みに寄り添い、豊富な選択肢の中から最適な治療を通じて満足な日常生活が送れるようサポートしていきたいと考えています。
医療法人 同愛会 熊谷外科病院
いわさ のりひろ
岩浅 徳洋 先生
専門:股関節
岩浅先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
やはり新型コロナウイルスです。友人と会う機会は減ってしまいましたが、自分を見つめ直すきっかけにもなり、これまでの医師生活で培った手術手技や診断能力をリハビリスタッフや看護師さん、後輩と共有し、患者さんにとってより良い治療を提供していきたいと思うようになりました。
2.休日には何をして過ごしますか?
愛犬を公園に散歩に連れていってリフレッシュしています。ほかには、学生時代に吹いていたトランペットを3年前に再開しました。市民オーケストラに所属していているのですが、コロナが落ち着いたら地元のイベントでまた仲間と一緒に演奏したいと考えています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節はどのような構造になっているのでしょうか? それぞれの部位や働きについて簡単に教えてください。
A. 股関節というのは人体最大の関節で、大腿骨の先端にある大腿骨頭が、骨盤側の受け皿となる臼蓋(きゅうがい)にはまり込む構造になっています。周囲の靭帯で補強され、可動域が広く、歩いたり立ったりする際に体重がかかっても安定した構造を保てることが特徴です。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 最も多いのは骨と骨の間でクッションの役目を果たす軟骨がすり減ってくることで痛みが生じる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。加齢が原因で60代以降に症状があらわれることが多いのですが、生まれつき大腿骨と臼蓋のかみ合わせが悪く、軟骨がすり減りやすい臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)が原因で起こることもあります。
アジア人には臼蓋形成不全が多く、40歳前後で発症して日常生活にも影響を及ぼすことがありますが、近年は小児科の先生と連携して乳幼児期の健診で早期に発見できるようになっており、臼蓋形成不全が原因の変形性股関節症は減少しています。変形性股関節症の患者さんは女性に多い傾向がありますが、女性ホルモンとの因果性はとくに指摘されていません。
ほかには、大腿骨頭部の血流が阻害されることによって起こる大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)があります。8割は原因不明ですが、大量にアルコールを摂取する人や、喘息などでステロイド治療薬を使っている人に比較的多く見られます。
Q. それぞれの疾患に現れる痛みはどのようなものでしょうか?
A. 股の付け根が痛む、太腿の前面、あるいは太腿全体が痛むという特徴があります。太腿が痛むのは、股関節に接する大腿四頭筋や内転筋が炎症を起こして太腿全体に痛みが広がるためです。疾患の進行具合にもよりますが、歩いたり、立ち上がったりするとき、あるいは正座をするときに痛むというものから、かなり進行してくるとじっとしていても、寝ていても痛みが出てくることがあります。
Q. その治療法について教えてください。
A. まずは痛み止めの薬を使い、運動療法も行う保存療法で様子を見ます。肥満気味の方はダイエットをして股関節にかかる負荷を減らしていただきます。運動療法では、股関節に負荷をかけずに筋力をつける水中歩行やエアロバイクがお勧めです。痛い方の関節に負担がかからないように杖を使っていただくこともあります。
一度すり減ってしまった軟骨が元に戻ることはありませんが、痛み止めを使いながら運動療法を行うことで症状が落ち着く場合があります。
Q. 保存療法でも症状が改善しない場合には人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)になるのでしょうか?
A. あらゆる保存療法を試してみて、数ヵ月様子を見ても症状が改善しない場合には、患者さんの意志も尊重しながら、傷んだ股関節を人工股関節に置き換える人工股関節置換術について説明させていただきます。問診では生活習慣についても伺い、痛みがあり、移動能力が下がっていても、「近所に買い物に出る程度のことができれば十分」という方には無理に手術を勧めることはありません。逆に、痛みがひどく、これまで楽しんできた趣味やスポーツができなくなり、「痛みを取って好きだった趣味を楽しめるようになりたい」という方には手術をお勧めしています。
Q. 人工股関節について教えてください。人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 昔は人工股関節の各パーツの間で軟骨の役割を果たすポリエチレン素材の耐用年数が短く、10~15年程度で入れ替える必要がありましたが、いまでは放射線照射によって耐摩耗性が強化されたポリエチレン素材が開発されたりしたことから、人工股関節の耐用年数は大幅に延びています。また、患者さんの体格によって骨の太さや形は異なりますが、各メーカーで様々な形状や太さの人工股関節が開発され、どのような体格であっても、きめ細かく対応できるようになっています。
Q. 手術の方法も進歩しているのでしょうか?
A. 治療する部位の切開をなるべく小さくして、体への負担を減らす低侵襲手術が一般的になっています。術式としては、お尻の方から切開する、従来からの「後方アプローチ」法に対し、近年は、体の前側から切開する「前方アプローチ」法が採用されるようになるなど、医療機関によって様々な試みがなされています。当院では、手術の視野がしっかり確保できる最も安全な術式として、後方アプローチ法を採用しています。
合併症についてなど
Q. 手術の合併症についても教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策をされているのでしょうか?
A. 人工股関節置換術で最も危惧されるのは術後の脱臼ですので、手術ではカップを設置する前に脱臼しにくい角度を事前に確認してから設置しています。高齢の患者さんには糖尿病や心疾患など持病のある方も多いので、内科と連携して数値を改善させてから手術に臨みます。また、ガンなどの治療で特定の薬を使っている方は感染しやすいため、手術時間を短くする、あるいは抗生剤を使った感染症対策を行っています。
Q. 手術後のリハビリは実際にはどのようなことをするのでしょうか? また、その期間はどれくらいでしょうか?
A. 当院では手術後2日目から歩行訓練を開始しています。最近では手術後3~4日で退院させる病院もありますが、当院では術後感染症の検査を行ったり、脱臼をさせないように日常生活での体の使い方を指導したりするため、3週間程度のリハビリ期間を設けています。患者さんの中には、股関節の痛みを他の部分でカバーしようとして無理な膝や腰の使い方をして関節を痛めてしまう方がいるので、股関節だけではなく、膝や腰などとともに、トータルに術後の体とうまく付き合っていけるようにリハビリメニューを考えています。
Q. じっくりリハビリに取り組めるなら帰宅してからも安心ですね。実際に手術された患者さんからはどのような声が届いていますか?
A. 「歩いても痛みを感じなくなった」「動きが軽くなった」「気分が良くなり、あきらめていたスポーツにまた挑戦してみたいという意欲が出てきた」といった声をいただいています。
Q. 先生が患者さんに特に伝えたいことがあれば教えてください。
A. 自分の人工股関節置換術の総執刀数は200例ほどです。これは決して特筆すべきはど多い数ではありませんが、200例も執刀していれば色々なタイプの患者さんの手術を経験させていただくことができました。体重が100kg近い患者さんもいれば、逆に40kgにも満たず、極めて骨がもろい患者さんもいました。生まれつき股関節が脱臼していて30代の若さで手術に至った男性もいれば、80代後半でまだまだゴルフがしたいというので、両脚を人工股関節にした患者さんもいます。その他、股関節の変形がひどくて関節がほとんど動かず(拘縮(こうしゅく)といいます)、ロボットみたいな歩き方しかできず階段を使用できない患者さん、股関節の変形が非常に高度のために足の長さが左右で5cmも違う患者さん、また他に大病をしている患者さん(例:人工透析、心臓手術、進行期のがんなど)も、麻酔科医や他科の医師と協力して多数手術してきました。これらの手術を受けた患者さんからは概ね満足のいく結果を得られています。ですので、股関節の痛みでお悩みの患者さんがおられたら、是非とも股関節の専門医に一度相談してみることをお勧めします。
Q. 先生がふだんから患者さんと接するうえで、特に心がけていることがあれば教えてください。
A. そうですね...
患者さんが今何に困っていて、何ができたらいいと思っているのかを伺い、その願いを叶えてあげられるようにしたいと思っています。そのために、
①患者さんが話しやすい雰囲気をつくってあげて、お話をじっくり聞くこと。
②患者さんへの説明は平易な言葉で、ゆっくりと、患者さんの目を見ながら、理解度を確かめること。
を心がけています。そのほか、
③股関節学会、人工関節学会など股関節関係の学会で発表することや聴講することを毎年欠かさず行って、股関節疾患に対する経験値を増やしています。
④学会活動などを通して自分が師と仰ぐ高名な先生と懇意にさせていただき、自分では執刀が困難と思われる症例の患者さんがおられたら、その方の利益のためにそれらの先生に御紹介しています。
⑤手術の際に自分の力になってくれる仲間(同僚の医師や手術看護師など)と仲良くし、チーム全体の総合力を上げるように努めています。
...このようなことでしょうか。中でも、①と②はとても大切なことだと思います。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2020.10.5
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
近年は素材が進化して人工股関節の耐用年数が延び、人工股関節置換術の長期成績も良好です。患者さんの悩みに寄り添い、豊富な選択肢の中から最適な治療を通じて満足な日常生活が送れるようサポートしていきたいと考えています。