先生があなたに伝えたいこと
【金澤 憲治】放っておかれている肩の痛みには治療が必要なものがあり、早期に治療すれば痛みを短期間で最小限に抑え、病気の進行を防ぐことができます。満足に腕を上げることができない方にも、リバース型の人工肩関節置換術など、治療の選択肢は増えています。早めの受診をお勧めします。
仙台みやぎ整形外科クリニック 院長
かなざわ けんじ
金澤 憲治 先生
専門:肩関節
金澤先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
ソロキャンプが気になっています。子どももいるのでなかなかできませんが、いつか、こぢんまりと優雅な時間を過ごしてみたいものです。
2.休日には何をして過ごしますか?
家族で登山を始めました。下の子はまだ5歳なので月山を手始めに、いずれは東北の百名山を制覇したいです。ほかには、冬の薪ストーブ用に薪割りもしています。丸太を積むためのピックアップトラップにも乗り始めました。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
肩関節の仕組みと疾患
Q. 肩関節はどんな構造になっているのでしょうか? それぞれの部位や働きを簡単に教えてください。
A. 肩関節は上腕骨と肩甲骨から成り、上腕骨の先端の骨頭が肩甲骨のくぼみにはまり込む構造になっています。可動域が広いぶん安定性が悪いのが特徴で、腱板や筋肉、靭帯といった軟部組織が動きを安定させる役割を果たしています。
Q. 肩の痛みでお困りの方はたくさんいらっしゃると思いますが、患者さんはどのような痛みで来院されますか?
A. 痛みにも色々ありますが、決まった動作をすると痛くなる、動かしたときに引っかかるような鋭い痛みを感じる、あるいは、動かしにくい、力が入りにくいといったことがあります。ひどくなると、動かさなくても痛い、眠っていても痛いということがあります。
Q. 肩の関節の主な疾患について教えてください。
A. 代表的なものとしては、肩関節周囲炎、腱板断裂、変形性肩関節症(へんけいせいかたかんせつしょう)があります。肩関節周囲炎というのは、痛みと可動域の制限が起こる様々な病態を含む、いわゆる五十肩と呼ばれるものです。通常は時間とともに痛みがやわらぐことが多いのですが、その頃には重度の可動域制限が残る場合があります。五十肩と思われる疾患の中には腱板断裂や変形性肩関節症など他の疾患が含まれ、治療が必要になることが多いのですが、放っておけば治ると思われているために、治療の介入が遅れることが多いのです。
Q. 騙しだまし過ごしているうちに症状が悪化してしまうことがあるのですね?
A. そうです。炎症期という痛みを伴う初期の段階を過ぎると拘縮期(こうしゅくき)に移行して関節が固くなり、痛みがおさまっても動きに制限が出て日常生活にも支障を来たす場合があり、そうなれば治療にも時間がかかります。『五十肩』という呼び方は江戸時代にはすでにあったようですが、正式な病名ではなく、患者さんに放っておいてもよくなるイメージを与えてしまうことから、学会では、最近は五十肩という言葉は使わなくなりつつあります。
Q. 腱板断裂、変形性肩関節症とはどのような疾患ですか?
A. 腱板断裂は、腱の老化をベースに腱板が切れてしまう疾患です。40代以降に発症することが多く、転んだときに手や肘をつく、あるいは脱臼などのケガがきっかけで切れる場合もあります。農業や漁業などで肩を酷使しておられる方が、肩に力が入らなくなって来院され、腱板断裂が明らかになることも多いです。
変形性肩関節症は、加齢とともに軟骨がすり減り、変形していく疾患です。原因がはっきりとわからない一次性のものと、関節リウマチや腱板断裂といった疾患や、アルコールを大量に飲む方やステロイドを服用している方に多く見られる上腕骨頭壊死が原因で起こる二次性のものとがあります。
Q. それぞれの疾患の治療方法について教えてください。
A. 肩関節周囲炎の場合、炎症期に関しては痛み止めやステロイドの注射などを使って、痛みや炎症をコントロールします。拘縮期まで症状が進んでしまった場合には、リハビリで症状の改善をはかりますが、それでも症状が改善されない場合には手術も検討します。その際には、関節鏡を使って腱板の下にある関節を包む組織・関節包(かんせつほう)を切離する肩関節授動術(かたかんせつじゅどうじゅつ)を行います。
長い時間をかけて徐々に腱がすり減っていった腱板断裂の場合にはリハビリを行い、安静時、就寝時にも痛む場合には薬や注射などの痛み止めを使って様子を見ます。それでも症状が改善しないようであれば手術になります。
一方、ケガが原因で起こった腱板断裂の場合には、肩の機能が急激に落ちるため、早めの手術を勧めることがあります。腱板断裂が原因で変形性肩関節症になっている場合には、人工肩関節置換術(じんこうかたかんせつちかんじゅつ)を選択することもあります。
Q. 人工肩関節置換術にも種類があるのでしょうか?
A. 腱板の機能が残っているかどうかで手術の内容が異なります。変形性肩関節症でも腱板が残っている場合は、変形した部分を取り除いて人工物に置き換える通常の人工肩関節置換術を行います。一方、腱板が断裂して機能の改善が見込めない場合には、そのまま関節を置き換えても肩が上がるようにはならないので、肩関節の骨が噛み合う面を逆さにすることで、三角筋の力を応用して肩を上げられるようにするリバース型の人工肩関節置換術を行います。
リバース型の人工肩関節置換術は1980年代にフランスで考案され、欧米では長期成績のある人工肩関節ですが、日本では2014年にようやく厚労省により認可されました。痛みがひどく、満足に腕を上げる動作もできなかった患者さんのための最終兵器として、患者さんの術後満足度も高い手術です。
Q. 従来の人工肩関節の逆転の発想ですね。それにしても、なぜ逆さに設置するのでしょうか?
A. 肩甲骨側にボールを設置することにより、腕の回旋の中心が通常より内側、そして下側になります。そうなることで、三角筋のレバーアーム(テコの原理で支点から作用点までの長さのこと。下図のF1-L1間、F2-L2間の長さ。)が長くなり、外側の筋肉の力が腕に伝わりやすくなるのです。
FとLの長さが長いほど筋肉の力が伝わりやすい。
Q. なるほど、確かに画期的な技術ですね! 肩の手術の最終兵器とのことですが、リバース型の人工肩関節でも適用が難しい場合はありますか?
A. リバース型の人工肩関節の適用は原則70歳以上の方で、三角筋の機能が残っていることが条件です。当院ではさらに、変形していて取り除いたときに出た患者さんご自身の骨を、骨頭の受け皿側に移植して厚みを出し、安定性を高めて三角筋を張らせて力を伝わりやすくするBIO(Bony Increased Offset)リバース型人工肩関節置換術という手技も導入しています。
Q. こちらの病院では、地域医療に熱心に取り組まれていると伺いました。詳しく教えてください。
A. 当院は地域の中核病院として、これまでは外傷を中心とした治療に取り組んできましたが、2018年に関節鏡を導入して以来、変性疾患の治療にも力を入れるようになりました。地域の開業医の方が集まる会や講演会などで当院の最新の肩関節治療技術や診療体制、リハビリについてアピールし、地域の患者さんに対して満足のいく医療を提供することを目指しています。
Q. 先生が医師を志された理由やエピソードがありましたら教えてください。
A. 小さいころからモノづくりが好きで、子どものころの夢は大工になることでした。中学の頃に友人が亡くなったことをきっかけに医師を目指すようになり、整形外科医という天職に出会えました。大学時代にアメリカンフットボールをやっていたことが縁で、いまは東北学生アメフトリーグのスポーツドクターとして、学生スポーツを支えています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2020.8.25
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
放っておかれている肩の痛みには治療が必要なものがあり、早期に治療すれば痛みを短期間で最小限に抑え、病気の進行を防ぐことができます。満足に腕を上げることができない方にも、リバース型の人工肩関節置換術など、治療の選択肢は増えています。早めの受診をお勧めします。