先生があなたに伝えたいこと
【滝田 泰人】人工膝関節手術の目的は、痛みとともにグラつきを取り、安定した膝関節を作ること。そのために1mm単位の正確な手術を実践しています。
膝関節の主な疾患と治療法について
Q. 膝の関節が歩けないくらい痛くなるのは、主にどのような疾患が考えられますか?
A. 変形性膝関節症、関節リウマチ、中高年の方では半月板損傷でも、歩行困難な痛みを生じることがあります。
Q. 歩くことが辛いと生活も暗くなってしまいますよね。なかなか病院へ足が向かない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
A. 実際には、痛くてたまらないとなれば躊躇せず病院へ行かれると思いますが、実際は痛みが軽度の場合には後回しにされる方が多いのではないでしょうか。中高年では患者さんの数が最も多い変形性膝関節症にしても、早期に受診して正しい診断と治療を行うことでかなり症状が楽になります。気持ちを前向きに持って、膝の専門医を受診されるのがよいと思います。受診が早期であればあるほど、治療の選択肢も増えます。
Q. 治療イコール手術ではないということでしょうか?
A. 手術は最終手段ですから、治療イコール手術ということはありません。まず注射やリハビリ、減量など日常生活の改善といった保存療法を試すことからスタートします。もちろん、他の施設で運動療法や物理療法を行ってきたけれども痛みが改善しないという理由で、最初から手術を目的に来院される方もいます。しかしそれでも、明らかに手術しかないだろうという場合を除き、まずは何度か診察をさせていただいています。これは、患者さんの生活や仕事などの背景をできる限り理解した上で、最も適した治療法・手術法を選択するためです。「今から教える筋力トレーニングを頑張ってみて」とご提案して、それを続けていただくと、次に外来に来られたときに改善しているケースも少なくありません。実際、それで半年、1年経つと、そのまま手術をしなくても痛みが楽になることも多いのです。このように膝関節の治療においては、試しにやってみるということにも重要な意味があることがあります。
Q. 変形がかなり強くても手術に至らないケースがあるのですか?
A. はい。最終的に手術になるかもしれないけれども、現時点では手術を回避できるかもしれません。といいますのも、変形性膝関節症は軟骨がすり減ることで痛みや変形が出るのですが、膝関節の場合、軟骨が消滅したからといってすべての人に強い痛みが出るわけではないのです。股関節は軟骨が完全になくなると生活困難な痛みが出るのですが、ちょっと違うんです。
Q. 軟骨がないと骨と骨が直接あたってかなりの痛みがありそうですが、そうではない方もおられるとは意外ですね。
A. 膝関節の軟骨がなくなっても、スタスタ歩いている人はいますよ。これは、すべての痛みの原因が、軟骨がなくなって骨と骨がゴツンゴツンとあたることによるものではないということです。実際には骨の周りの靭帯組織とか関節を包んでいる袋とかの軟部組織に痛みが出ていることが多いのです。軟骨がないために膝が不安定になって、軟らかい組織に負担がかかり刺激されて痛みが発せられるのです。そういうところの痛みは手術に頼らなくても対処できることもあるのです。ただし、関節のグラつきが大きいと、そのグラつきを取るために手術が必要になります。
Q. どこが最も痛いのかは診察でわかるのものなのですか?
A. 診察で、関節の裂隙(れつげき:ここでは大腿骨と脛骨の間のすき間)を指で押します。軟骨でない部分を押して痛いときは、骨と骨が当たって発する痛みよりも軟部組織の痛みだろうということになります。
Q. 膝のグラつきを取る手術というのは人工膝関節手術のことなのでしょうか?
A. そうとも限りません。痛みの原因が半月板損傷の場合は、内視鏡による半月板切除術などを行います。また、変形が比較的軽度の場合には、O脚をまっすぐな脚にして内側にかかる負担を軽減するための骨切り術があります。ご高齢の方で前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)が残っている場合には、軟骨のすり減った部分をかさ上げするために人工物を入れる人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)を採用することもあります。この方法ですと皮膚切開が5cm程度と小さいので、術後の痛みが少なくて回復も早く、手術翌日から杖なしで歩ける方もいます。いずれの場合も、骨棘(こつきょく:骨の周囲部分に刺激を与え続けることにより新生される骨)が軟部組織を刺激して痛むときには、手術でその骨棘を除去します。その上で、本来の靭帯の長さや関節の隙間のスペースを獲得し、足をまっすぐにして安定させます。
Q. そういった治療の選択肢があって、最終的な手段が人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ)だということですね。
A. はい。変形や痛みで日常生活が困難な場合、それに保存療法をやっても改善しない場合には、軟骨や痛みの関節の状態などとともに先ほどの治療の選択肢も含めて総合的に判断し、最終的に人工膝関節全置換術を選択することになります。いずれにしても、手術を必要以上に怖がることはありません。手術は痛みを伴うイメージが強いですが、麻酔や術後の投薬により、最も辛い術後早期の痛みをかなり軽減することができます。私の経験上、手術を受けた患者さんのほとんどが、手術前の痛みから解放されています。
Q. そうおっしゃっていただけますと、手術に対する不安が軽減されます。高齢化とともに膝関節手術を受けられる患者さんはますます増えそうですが、手術に対する先生の考え方を教えていただけますか?
A. まず考え方というのでしょうか、患者さんのメリットとしては、人工膝関節全置換術も人工膝関節単顆置換術も骨切り術も同じだと思っています。どの方法でも、なぜ手術をするのかといえば、一番の目的は「痛みを取りグラグラしない安定した膝にすること」によって患者さんに元の生活を取り戻していただきたいということです。
Q. では人工膝関節全置換術に絞って、実際の手術の際に特に注意されていることはありますか?
A. 「全置換」といっても、骨の表面に人工物を被せるのであって、決して膝すべてをロボットのようにしてしまうわけではありません。ですから当然、膝関節を構成する、たとえば靭帯や筋肉、皮膚などの組織が良好なコンディションであることが大切です。スムーズな膝の動きを獲得するためにもそれらに「余計な損傷を与えずに手術する」ことが重要なのです。さらに、人工膝関節にしたとしてもグラつきがあると膝の動きが悪くなるし、人工膝関節の寿命にも悪影響を与える可能性があります。人工膝関節の寿命を左右するものにゆるみの問題がありますが、骨と人工関節はセメントを使って固着させますので、正確な手術を行えば壊れるとかゆるむということはまずありません。靭帯のバランスや患者さんの持っている筋力によって、入れた人工膝関節そのものが安定していると長もちします。その安定性を獲得するために、正確にきれいに人工膝関節を入れることと靭帯を整えて膝に余計なストレスがかからないように手術することが重要だと考えています。
Q. よくわかりました。ところで、人工膝関節の曲がる角度についてはいかがでしょう。問題なく深く曲げることができるのでしょうか?
A. これは手術前の変形の度合いなどで個人差が出ます。さらに、「どの人工膝関節をどういう角度で骨を何mm削って設置するか」で曲がり方が変わりますから、執刀する術者の最も頑張らなければならないところです。
人工膝関節全置換術における正確な手術とは~チーム一丸の医療~
Q. ここからは人工膝関節全置換術について、具体的なお話を伺いたいと思います。まず、「正確な設置」のために取り組んでおられることはありますか? 正確に設置した場合、人工膝関節の耐用年数はどれくらいになるのでしょうか?
A. 先ほど骨を削ると申しましたが、当院ではその削る量を1mm単位で刻み、設置角度を1度単位で調整しています。まずは、人工膝関節を患者さんにぴったりと合わせるために、術前にCTの3D画像を用いた詳細な術前計画を行います。次にその術前計画の通りに手術を行うのです。もちろん、手術中に術前計画から修正を加えたほうがよいと判断した場合はそうします。正確に入れることができれば、特別な原因がない限り、人工膝関節は20年以上保つと思いますよ。
Q. なるほど。術前計画の際には、どんな人工膝関節を選ぶのかということも重要なのでしょうか?
A. 私はそう思います。既存の人工膝関節の形状は解剖学的なデータの平均値を採ったものです。患者さん個々に合わせたオーダーメイドではありません。実際の骨の形状には個人差がありますので。術前計画を厳密に行うことの意味は、「既存の人工関節の中でもその方に合う人工膝関節の種類とサイズを選択する」、「最も適合する角度で設置する」という両方にあると思います。
Q. できる限りオーダーメイドに近付けるということですね。
A. ええ。服を選ぶときにテーラーメイドとはいかないけれども、いろいろ試着して最も合う服をチョイスするのに似ています。ただし、人工膝関節手術では、事前にせっかくぴったりのものを選んでも、手術中に骨を切ったり削ったりする量や設置する角度で違いが生じてしまいます。それを解決するためにナビゲーションシステムがあります。これは、あたかも車のナビゲーションのように、画面の指示に従って手術を行うことができるものです。しかし、高価な上に大がかりな機械ですので、よりコンパクトなシステムの開発に現在取り組んでいます。
Q. 人工膝関節の種類についても教えてください。
A. 人工膝関節の形状から、大きく分けて前十字靭帯を切除して設置するCR型と、前十字靭帯と後十字靭帯を両方切除して設置するPS型があります。CR型は後十字靭帯を温存できるタイプなので、私はほとんどのケースでこれを使っています。日本では全置換術の6割以上がPS型といわれていますが、後十字靭帯は強大な靭帯で、膝の前後上下の安定性に大きく寄与し、内外反方向(ないがいはんほうこう:体の正面から見て膝関節が外側、内側に反った方向)の安定性にも影響します。そして変形が高度でも残存していることが多いんです。私は、CR型の人工関節を、その方の本来の骨の形状になるべく一致させて設置することで、より自然な膝の動きが再現できると思っています。
Q. 残せる組織や機能はなるべく残すことが重要なのですね。
A. その通りです。もちろん、手術中に後十字靭帯が良好に機能していないと判断したなら、躊躇なく切除してPS型に変更します。
Q. 手術では合併症、特に感染には注意が必要と聞くのですが。
A. 感染してしまうと、その治療も大変になりますし、患者さんも我々も辛い思いをすることになります。だから感染防止には常に細心の注意を払っています。幸いにして私自身は深刻な感染を経験したことはありません。
Q. たとえばどのような対策をされているのでしょうか?
A. 細菌は目に見えませんから、手術室に入るすべてのスタッフが清潔操作を徹底することはもちろん、清潔領域の区別や不潔領域でも人の出入りなどに十分注意しています。バイオクリーンルームを使っても、宇宙服のような装備をしても感染する可能性がゼロにはならない一方で、通常の滅菌ガウンで手術をしている施設で感染がほぼゼロのところもあります。ですから、やはり人なんですよね。手袋は2枚重ねてはめますが、その前の手洗いのひとつをとっても、手術中に手袋が破れることまでを想定して手洗いをします。スタッフ全員が感染防止の意識を持って、丁寧過ぎるほど丁寧にひとつひとつのことを実践しています。
Q. わかりました。最後にリハビリについてですが、リハビリもまた術後の成績を左右するのではないでしょうか?
A. 術後の筋力回復、関節可動域の改善、バランス能力の獲得などのすべてがリハビリによって大きく変わってきます。入院期間中は理学療法士の指導のもと、しっかりとしたカリキュラムでのリハビリをしていただき、ご希望があれば退院後も通院でのリハビリが可能です。私としては術後2ヵ月目くらいまでは、やらないよりはやったほうがいいだろうと思います。ただ、通常の生活がそのままリハビリになりますので、疲れの出ない程度にせいぜい歩いていただくとか、日々リハビリであるという意識を持って毎日を過ごしていただければと思います。
Q. ありがとうございました。術前計画から正確な手術、リハビリとすべての要素がいい状態でそろってこそ安定性のある膝になるのですね。
A. そうなんです。手術は医者ひとりで何とかできるものではありません。関わるスタッフすべてが患者さんの情報や手術内容、リハビリメニューについて共有することが大事です。いわゆるチーム一丸ですが、このチームには実は患者さんも含まれているのです。患者さんと我々スタッフが力を合わせてこそ、よりよい結果が生まれます。いいチームを作ることは私の使命だと考えています。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.11.10
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工膝関節手術の目的は、痛みとともにグラつきを取り、安定した膝関節を作ること。そのために1mm単位の正確な手術を実践しています。