先生があなたに伝えたいこと
【福井 智一】我々としては1mmも1度も違わず設置する、いわゆる100点を目指して人工股関節の手術を目指すのです。無理だといわれてもあきらめずに。
医療法人社団 西宮回生病院
ふくい ともかず
福井 智一 先生
専門:人工股関節
福井先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
阪神タイガースの成績。それと体重が増えてしまい、ヘルニアの古傷が出てきて......。私も患者さんと同じように健康寿命を全うできるよう、病院まで1時間かけて歩いて通っています。頑張って続けたいです!
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもが3人いますので、公園で遊んだり、甲子園へ行ったりします。家族全員、阪神タイガースファンクラブにも入ってるんですよ。
Q. 進行すれば人工股関節へ至る疾患にはどのようなものがありますか?
A. 代表的な疾患は、日本人の、特に女性特有といえる発育性股関節形成不全(はついくせいこかんせつけいせいふぜん)に伴う変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。股関節の被りが浅いために関節の寿命を全うできず、40代から70代くらいの間で股関節が機能破綻してしまうことが多いのです。
Q. 関節が機能破綻してしまうことが、すなわち変形性股関節症なのでしょうか。
A. はい、そうです。臼蓋の被りが浅いので大腿骨頭(だいたいこっとう)の小さな面積にしか荷重がかからなくなります。すると、ツルツルとなめらかであったはずの軟骨が徐々にすり減ってしまいます。軟骨がなくなってしまって奥にある骨と骨が露出してしまうと、でこぼこどうしがぶつかって炎症を起こしやすくなります。炎症がおこると股関節に痛みが出るのです。炎症が長引くと痛みのせいで日常生活動作が困難になり、手術の適応となります。なかには外傷が要因となる変形性股関節症もありますが、その症例は多くはありません。
Q. ほかにはどのような疾患が?
A. 関節リウマチに伴う股関節の障害や、特発性(とくはつせい)の大腿骨頭壊死症があります。大腿骨頭壊死症は、大腿骨頭の血流が悪くなり壊死してしまう疾患ですが、原因ははっきりしていません。ただしその要因として、ステロイドを大量投与する治療やアルコールの過剰摂取があげられます。また、最近目につくのが大腿骨頭の軟骨下骨(なんこつかこつ)の脆弱性骨折(ぜいじゃくせいこっせつ)です。
Q. その軟骨下骨脆弱性骨折とはどういうものなのですか?
A. 軟骨のすぐ下にあって、軟骨を支えている骨の骨折です。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)がベースにあるともいわれています。また加齢によって骨盤が後傾すると、相対的に大腿骨頭の被りが浅くなり、負担の集中によって骨折を起こすこともあります。特徴的なのは、発症後2、3ヵ月ですさまじい骨破壊に至ってしまうことです。ですから、レントゲンやMRIで検査し、そうとわかれば、以降はこまめに検診に来ていただき、破壊が起こらないような方策を立てることが重要です。
Q. それらの疾患では、手術しか治療法はないのでしょうか?
A. まず前提として、患者さんは病院へ来られるとき、痛みだけを訴えられるのか、痛みのせいで動きづらさも訴えられるのか、そのどちらかです。後者の場合、手術を考える目安となりますが、私たち整形外科医の使命は、できるだけ早く痛みを取ってあげることです。取った上で、動いてもらわないと下肢機能は再建されませんので、動かせる股関節にすること。その両方を目指すことができる状態の場合は、まずは保存的治療を行います。
Q. 保存的治療とはどういうことをするのですか? また疾患によってその方法は変わるのでしょうか?
A. 基本的には同じです。痛みが出るときは、関節の適合性が悪くて炎症が起きています。関節リウマチは別で、関節を取り囲む関節包(かんせつほう)から炎症細胞が出てきます。いずれにしても炎症を抑える目的の治療をします。大腿骨頭壊死症や軟骨下骨脆弱性骨折は進行が早いですから、保存的治療が追い付かないというケースもありますが、それでも炎症が治まれば骨破壊も抑制されるのではないかという期待もできます。
具体的には、炎症を起こして痛いときに松葉づえや車いすを利用していただいたり、安静目的の入院、また湿布や痛み止めのお薬などを処方したりして様子をみます。よく頑張って筋力トレーニングをする方がありますが、これは痛みのない状態で行わないと筋肉が萎縮するといわれています。ですから何よりも痛みを取ることが大事なんです。逆説的ですけれど、筋力トレーニングをするために手術をするといっても過言ではありません。それをするために手術も湿布も痛み止めの内服もその目的は同じなのです。
Q. なるほど。炎症を抑えて痛みを取り、筋力トレーニングのできる股関節にするために、保存的治療も手術もあるわけですね。
A. その通りです。整形外科医は、手術をするだけでは患者さんの生活の質(QOL)を上げられないのだと、はっきりと認識していなくてはなりません。手術をして痛みが取れたあと、運動ができて初めて、患者さんの一生を救うことにつながるんです。
Q. 痛みが取れたらしっかり動かすことが大事なのですね。
A. 患者さんによっては、手術をしたのだから大切に大切に、と思われる方がいるかもしれませんが、関節に関していえば、痛みがなくなったらどんどん使ってしっかり動かしてほしいのです。痛かった間、それは患者さんによっては何十年にもわたるかもしれませんが、弱ってしまった筋肉を、若い頃のようにしなやかで伸びのある筋肉にすることで、初めて治癒という言葉も使えると思っています。「そこを一緒に目指しましょう」ということで、患者さんへの啓蒙も大事だと考えています。
Q. 患者さんへの啓蒙として、たとえばどういうことをされているのですか?
A. 患者さんに対しては、「これは病気じゃないよ、体に起こった故障だから修理とメンテナンスをしましょう」と。修理は私たちがしますので患者さんはメンテナンスをしてまだまだ長く使いましょう、と前向きに捉えてもらえるようにお話しします。実際、手術をしないと治らないとは、私は少しも思っていません。筋力トレーニングができる状態で、かつ日常生活に支障がないのなら、それで良いと考えています。故障具合によっては手術をする必要もありますが、でもそのあとにもちゃんとメンテナンスをして、「良い股関節で長く過ごしましょう」とお話しします。
Q. 手術としてはイコール人工股関節手術なのですか?
A. 人工股関節手術のほかに、骨温存手術もあります。臼蓋だったり大腿骨を切って、臼蓋の被りを深くしたり、関節面の触れ合う部分を、軟骨の傷んでいないところへ変えたりして、適合性を再建します。こうした骨切り術(こつきりじゅつ)は、軟骨がまだそれほどすり減っていない場合に有効ですが、人工股関節手術までのタイムセービングという意味合いが強いですね。ですから若い方で、50代前後まででしょうか、骨切り術でたとえば10年間痛みなく過ごせて、もし人工股関節になったとしても1回の手術で済めば良いな、という考え方です。なかには一生大丈夫な方もいらっしゃいます。
Q. では、人工股関節の寿命はどれくらいなのでしょうか?
A. 人工股関節のゆるみが原因で再置換術(さいちかんじゅつ:人工股関節を入れ換える手術)を受けないといけない人もいます。もしも将来、人工股関節が"ゆるみ"という合併症を完全にクリアできたならば、どんなに若くても人工股関節にするほうが良いと思います。
Q. それでも人工股関節は昔に比べてずいぶん進歩し、耐用年数も延びたと聞いています。
A. そうですね、昔は10年ぐらいといわれていました。大きく進歩したのは、人工股関節には臼蓋側に軟骨の役割をするポリエチレンライナーを入れますが、このポリエチレンの摩耗がかなり低減されたことです。摩耗による弛みのリスクも併せて低減したことが大きいです。
Q. 手術手技の進歩についてはいかがでしょうか?
A. 股関節の中心に正確に設置すること、設置角度と設置位置の正確性ですね、その精度が高まりました。
実は、股関節は体の奥にありますので、皮膚をたとえ大きく切開したとしても術野は狭いんです。一昔前は匠の技術を持つ医師がやる手術でした。それでも残念ながら、術後の結果にばらつきがあったのも事実です。目標の設置範囲というのが実は非常に小さい。だからこそいろいろな工夫を凝らして手術を行います。我々としては1mmも1度も違わず設置する、いわゆる100点を目指して人工股関節の手術を目指すのです。無理だといわれてもあきらめずに。
Q. 100点を目指して、先生が行っている手術の工夫とは?
A. 私の場合、ナビゲーションシステムをかなり早い時期から導入し、昔に比べてかなり高い精度で手術ができるようになりました。デメリットをあげるとすれば、手術の傷以外に、赤外線マーカーを付けたアンテナを立てるために太ももと骨盤に2ヵ所傷がつくことぐらいでしょうか。それによってコンピュータ画面でリアルタイムに角度や位置を確認しながら、手術計画通りに人工股関節を設置します。
ほかの医師らも、たとえば手術中に必ずレントゲンを撮って評価するとか、設置位置・角度の指標となる器具を開発されるとか、いろいろ試されています。
Q. やはり設置位置・角度の正確性が最重要なのですね。
A. はい。それもあって皮膚切開を小さくするという見た目だけのMIS(エムアイエス:最小侵襲術)は捨て去りました。それよりも正確な手術、筋肉を切る量を最小に抑え、関節を取り巻く関節包を的確に再建する。そういったことを通して長期耐用や、術後早期の合併症である脱臼のリスクを下げることを目指しています。
Q. ナビゲーションシステムのメリットは大きいといえそうですね。
A. かなりの精度で、きれいな関節を再建できます。それは、使いやすい脚になる可能性を大いに秘めているということなんです。その可能性を引き出すために、手術のあとは行きたいとこへ行って、ほどよい運動をして、どんどん使ってほしい。今、私の関心はそちらに向いています。
Q. それが、さきほどの患者さんへの啓蒙につながるわけですね。
A. そうなんです。人生を全うするその寸前まで自分の足で歩ける、生活ができる。そしておおいに人生を楽しむ。高齢の女性の俳優が、舞台や映画に挑戦されているように... そのようになってほしいのです。
Q. 治療に対する先生の思いが大変よくわかりました。退院後の患者さんに何かアドバイスはありますか?
A. 調子よくいっておられる方ほど病院から離れがちになります。それは良いことなのかもしれませんが、ゆるみが起こりかけている初期の状態は症状がありません。知らない間にゆるみが進行して、足をひねったときに体の中のインプラントが骨を傷つけて骨折するという方もいました。そうなると高齢となっていますし怪我も負っていますし、大きな手術が必要になります。ですから「修理した関節のアフターケアとして定期検診は必ず受けてください」と申し上げたいのです。実際、病院から遠退いておられる方には、こちらから電話して検診に来てもらえるようにすることも考えています。
Q. ありがとうございました。最後に、先生が患者さんと向き合う上で大切にされていることは何でしょうか?
A. 股関節を治したあと、「こういう風に過ごすぞ」、「こういうことをやってみたい」という目標や前向きな気持ちをぜひ持っていただけるよう、お話しをして情報を提供することです。そして、「よし、手術をして一生自分の脚で歩くぞ」と思ってもらえたときが、本当に理想的な手術の時期だと考えています。最終目標は健康寿命を全うすることですから、「痛みが取れたからちょっと運動してみようかな」、「運動したら気持ち良かった」という風に、患者さんご自身が、若い頃の脚を再び取り戻す意欲を持てるように、時には激励しながら寄り添っていきたいと思っています。
「故障を修理しにきました、また動くように」。そういう気持ちで、まずは病院の窓口へ行かれたらいかがでしょうか。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2016.6.8
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
我々としては1mmも1度も違わず設置する、いわゆる100点を目指して人工股関節の手術を目指すのです。無理だといわれてもあきらめずに。