先生があなたに伝えたいこと
【武田 康志】スポーツ外傷や障害に対して、できるだけ早く症状を改善し、本来のパフォーマンスを取り戻すために、保存治療の手段としてPRP療法という再生治療を取り入れています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 膝関節の痛みはどのようにして起こるのですか?
A. 当院は、私がスポーツ整形外科医として活動しながらJリーグのチームドクターとして務めてきた経験から、競技選手やスポーツをされる若い患者さんが多く来院されます。
スポーツによる膝の痛みは、外傷による痛みとスポーツ特有の使いすぎによる慢性痛に分かれますが、外傷においては打撲、骨折のほか膝内側側副靭帯損傷、前十字靭帯損傷などがあります。
慢性のものは膝関節の周囲の腱の炎症、例えば膝蓋靭帯炎、腸脛靭帯炎、が足炎、腓腹筋内側頭炎などが多くみられます。
Q. 膝関節の内側から生じる痛みもありますか?
A. スポーツをされる膝で膝内側痛を訴える場合には、半月板損傷、たな障害、が足炎、変形性膝関節症が多いです。
Q. 変形性膝関節症について詳しく教えてください。
A. 変形性膝関節症の患者さんは国内に約2400万人いるといわれ、その約1/3の方が痛みを抱えていると報告されています(東京大学 医学部22世紀医療センター・吉村典子氏ら)。
40歳代以降の年代で、女性に多くみられる疾患です。遺伝的な素因や肥満が一因となるほか、先に説明したような半月板損傷や、もともと軟骨の病気を持っている方が、二次的に発症するケースもあります。
変形性膝関節症の症状は、初期は立ち上がりの動作時に膝が痛んだり、歩き始めに痛みが出たりすることから始まります。
膝を構成するのは大腿骨と脛骨(けいこつ)です、その骨の間には、クッションの役割を果たす半月板があり、これが経年変化や激しい動きによって損傷することがあります。半月板のクッション機能が低下し、膝に引っかかりを感じたり、急に伸ばせなくなったり、体重をかけると痛くなったり、水が溜まったりという症状が出ます。こうした状態で年月が経つと、膝関節の軟骨の表面同士が直接こすれて摩耗し、さらに痛みが出てきます。
Q. どのような治療になりますか?
A. 薬や注射、運動などの保存療法が中心となります。消炎鎮痛薬のセレコキシブ錠剤などを用いて、痛みや炎症の出方の変化を観察し、改善がなければヒアルロン酸を注射することが多いです。ヒアルロン酸はもともと膝関節内にある成分なのですが、加齢に伴って減少します。変形性膝関節症の場合は、軟骨が摩耗して骨同士がこすれ合うことで痛みを生じるので、膝関節の摩耗を防ぐ潤滑油として、また骨同士がこすれる刺激を取って炎症を抑えるためにヒアルロン酸を補充します。世界で長年行われている治療法で、スポーツ障害によるものも保存治療で症状が落ち着くケースが少なくありません。
Q. 運動療法も効果があるのですか?
A. 変形性膝関節症の中等症の初期ぐらいまでなら、効果が出ることが多いです。従来のリハビリは、膝関節周囲を中心に行われていましたが、今は全身を動かして体幹筋、股関節周囲筋、そして膝の周囲筋の筋力を強化します。膝以外の体幹と股関節周囲筋もトレーニングする意義としては、下にあるものを取ったり、靴を履いたりなど、日常のさまざまな動作において、身体がふらつくと膝関節に大きな負担がかかります。全身の骨格筋を鍛えて、身体のバランスが整えば、膝関節への負担は大きく軽減されるのです。
また、運動すると減量にもつながります。歩行時において、膝関節には体重の3倍の荷重がかかるといわれます。そのため私は、「体重を1kg減らせば、3倍の効果ですよ!」と患者さんを鼓舞しています。筋力がついて日常の動きに自信が持てると、高齢になっても自分で身の回りのことができ、認知症や生活習慣病の予防にもつながります。
Q. こちらの病院では、再生医療も取り入れられているとお聞きしました。
A. 薬やヒアルロン酸注射、運動でも改善がみられず、手術は回避したいという方で、希望される方には自由診療(保険適用外)になりますがPRP療法(ピー・アール・ピーりょうほう)を行っています。
PRPとは、多血小板血漿(たけっしょうばんけっしょう:Platelet-Rich Plasma)のことで、組織の修復や抗炎症作用を促すといわれる修復因子を出す血小板の成分を高濃度に凝縮し、活性化させたものです。
患者さん自身の血液を採取し、それを遠心分離機で分離して血小板を4倍程度に濃縮し、患部に投与する療法です。現在はPRPにもさまざまなタイプがあり、白血球量の多いPRPや逆に少ないPRP、幹細胞が入ったPRPもあります。
変形性膝関節症におけるPRP療法は、あくまでも進行を抑えるための治療となりますが、継続することで軟骨が増えたという報告もあります。
Q. PRP療法は安全な治療法なのでしょうか?
A. 自分の血液を使うので、副作用の心配が少なくて済みますし、何度も受けられる患者さんもおられます。欧米では20年以上前から普及しており、スペインではプロスポーツ選手を対象にPRP療法だけを行う専門のクリニックもあります。日本でもスポーツ業界においては、かなり浸透しています。
Q. 整形外科のみで行われているのでしょうか?
A. もともとは口腔外科領域の再生治療として注目されました。歯科インプラントを設置する際に、顎の骨が弱いとインプラントを埋め込めないため、骨の状態を改善してインプラントとの骨癒合(こつゆごう:骨がくっつくこと)を助けるためにPRP療法が行われています。
皮膚科や形成外科領域で褥瘡(じょくそう:床ずれ)などの難治性皮膚潰瘍の治療にも取り入れられ、その後、肌や頭皮を再生する美容整形領域にも広がりました。高い安全性と効果が期待されることから、多領域に広がっています。
Q. スポーツ障害にも有効なのですね?
A. 当院ではスポーツ選手の競技復帰を目標に、肉離れのほか、膝蓋靭帯炎やアキレス腱の炎症などに対してPRP療法を行うことが多いです。スポーツ選手は、激しい動きによって身体のあらゆる場所に炎症が起きることがありますが、中でも膝関節や足首に痛みがあると、十分なパフォーマンスを発揮できません。
当院では、手術を回避して保存治療に頼ることも少なくないのですが、保存治療の期間をただ安静に過ごすだけでなく、少しでも早く元の動きを取り戻すためにPRP療法に希望を託される方がおられます。そのケースでは、多くの場合、PRP注射によって痛みが軽減し、それまでできなかった動きが可能になるため、リピートを希望される患者さんも少なくありません。
Q. PRP療法にデメリットはありますか?
A. 自費診療なので治療に費用がかかり、それ以降の治療が保険適用になりません。そのため当院では、あらゆる治療法で改善されなかった場合の最終手段としています。それに加え、中にはこの療法が効きにくいタイプの人が存在することがわかっています。現在、その研究が進められていますが、どのような方に効果が出にくいのかはまだ明らかになっていません。また、注射を打つ場所によっては痛みがあります。膝関節の内側ならほとんど痛みはありませんが、損傷した足首の靱帯などに注射する際は痛みがあります。
Q. 先生がPRP療法を取り入れられたきっかけを教えてください。
A. スポーツ障害の中で最もやっかいなのが肉離れです。私自身もJリーグのドクターを長年していて、肉離れには海外ではソルコセリル※という胃潰瘍の薬剤を適応するなど、様々な患部への働きかけが行われていることを見てきました。しかしどれも画期的な進歩はなく、そんな中で自分の血液成分から分離したPRP治療が開始されて、肉離れの早期回復にいいのではないか、とすぐに注目しました。
また、スポーツ障害でアスリートのパフオーマンス低下の原因につながるものに、アキレス腱炎と膝蓋靭帯炎(ジャンパー膝)があります。
これらの治療は電気的な治療のほか、炎症の治療にステロイドを局所注入することが多いのですが、私はステロイドによる靭帯や腱の脆弱化を懸念して可能な限り使わないと決めて診療していましたから、非常に苦労しました。PRP注射なら腱や靭帯を傷める副作用も非常に少ないので、スポーツをする患者さんの早期の競技復帰を支援するために取り入れました。
※ 東菱薬品工業株式会社の登録商標
Q. 先生が治療において心がけていることを教えてください。
A. 整形外科の治療は通院期間が長くなるイメージがあるかもしれませんが、当院ではできるだけ短期間で治療を終わらせることを心がけています。
治療効果があれば続けますし、治療効果がなければ診断の見直しやセカンドオピニオンをします。とにかく毎回の治療の効果があがっているかどうかをモニターしながら、いたずらに余計な時間を使わないようにリードしています。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2021.8.30
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
スポーツ外傷や障害に対して、できるだけ早く症状を改善し、本来のパフォーマンスを取り戻すために、保存治療の手段としてPRP療法という再生治療を取り入れています。