先生があなたに伝えたいこと
【金村 卓】大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折をして歩けなくなる不自由さは相当なものです。
千春会病院 副院長
かなむら まさし
金村 卓 先生
専門:関節外科・外傷(骨折治療)・骨粗鬆症
金村先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
新型コロナウイルス感染症の状況は気になりますね。早期終息で日常生活に制限なく活動できる日が来ることを願います。またウクライナ情勢も大変気になり、ウクライナに平和が早期に訪れることを願っております。
2.休日は何をして過ごしますか?
できるだけ体を動かすようにしています。近くの川や公園でウォーキングやランニング、サイクリングをしたり、軽い筋トレも行うようにしたりしています。
Q. 今回は骨折治療がご専門の先生に、大腿骨(だいたいこつ)の頸部骨折(けいぶこっせつ)・転子部骨折(てんしぶこっせつ)についてお話しを伺いたいと思います。まず、大腿骨頸部、大腿骨転子部とはどの部分ですか?
A. 大腿骨頸部とは、大腿骨のうち股関節に近い部分(大腿骨近位部)にあります。詳しくご説明すると、大腿骨の頭を大腿骨頭(だいたいこっとう)といいますが、その下の部分で骨折するのを大腿骨頸部骨折、さらにその下の大転子(だいてんし)と小転子(しょうてんし)のある部分のことを大腿骨転子部と呼ばれ、この部分での骨折を大腿骨転子部骨折と呼ばれています。
Q. 大腿骨は太くて丈夫そうですが、骨折の患者さん数はとても多いのですね。
A. 大腿骨は人間の身体でも長く太くそして強いので、若いうちは転んだりしただけで、まず骨折することはありません。
しかし年とともに骨が弱くなると、転倒や尻もち、バランスを崩して太ももを捻って倒れたりするだけで大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折を起こす方が数多くおられます。
その数は年々増加傾向であり、国内で2020年では年間約22万人の方が大腿骨頸部・転子部骨折を起こしたと推測されています。すごく多い数だと考えます。
そして今後の予想としてさらに増加傾向であり、2040年ごろにかけて年間30万人の方が大腿骨頸部骨折・転子部骨折を起こすとされています。
Q. 大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折を起こしやすい方の傾向はありますか?
A. 骨が弱く、脆く(もろく)なっている骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の状態であることが一番の原因と考えられています。
骨粗鬆症は「骨折のリスクが増大しやすくなる病気」と定義されています。
骨の状態が健康で正常なら、転んだくらいで骨折は起こしませんが、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の方はただ、転んだだけでも骨折に至ってしまいます。
そして骨粗鬆症は、特に女性の方に注意が必要です。女性の方は、もともと骨の量が男性より少ない上に閉経後に骨密度がぐっと下がるので、骨の減少スピードが早くなります。
そのために、男性に比べて、女性の方の方が骨粗鬆症になりやすいと言われています。
ただし、男性でも年齢とともに、骨密度が下がる傾向になるので、骨を強く、健康に保つような生活習慣が必要と考えます。
年齢は男女ともに70歳以上で増加傾向になりますので、高齢になっても骨折しない体作りが必要だと考えます。
大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折は、外出先ではなく自宅内などの屋内での発生が多い傾向なので、日常から自宅内の整理整頓、掃除、段差や滑りやすい場所は注意して移動することが大切です。住み慣れた場所だからといって油断せずに、つまずきやすい所の改修やなどを行うことも転倒防止の対策になります。
Q. 身近なところに骨折の危険があるのですね。では次に治療について教えてください。やはり手術が必要なのでしょうか?
A. 可能な限り手術治療が望ましいと考えます。大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折を起こされた方の9割以上が手術治療を受けられています。
骨折によって座れない、立てない、歩けないという状態になれば筋力低下が進行するだけでなく、そのまま寝たきり状態となってしまうリスクがあるからです。手術をすれば早ければ翌日からリハビリによる歩行練習が可能となり、経過がよければ骨折する前の状態にほぼ近いレベルまで改善される患者さんも多くいらっしゃいます。
しかし、手術治療の難しい状態の患者さんもいます。たとえば心臓の機能が非常に低下している方などの場合では手術はできません。手術をしない保存療法の場合は、骨折部の癒合を待つ間はベッドで安静にし、その後、痛みに応じて車椅子移動などで経過をみることになります。
Q. 手術は、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
A.
まず「大腿骨転子部骨折」の場合は、γ(ガンマ)ネイルという髄内釘(ずいないてい)を挿入して固定する手術が一般的です。一般的に手術時間は30〜45分程度と考えられます。皮膚切開は約5cm程度が1箇所、2−3cm程度が2箇所と小さな切開で手術が可能と考えます。
「大腿骨頸部骨折」の場合は、骨折部に大きなズレ(転位)がなければ、その患部をCCHS(キャニュレイテッド・キャンセラス・ヒップ・スクリュー)というスクリューで固定する方法をとります。骨折で転位のある場合には人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)が選択肢となります。
人工骨頭置換術には金属をセメントで固定するセメント人工骨頭置換術と、金属のみで固定するセメントレス人工骨頭置換術があり、それぞれのメリット、デメリットがあります。
当院では基本的にセメント人工骨頭置換術にて、大腿骨頸部骨折の手術治療をしています。
Q. 手術後にどのようなリハビリを行うのでしょうか。またリハビリの期間はどれくらいですか?
A.
大腿骨転子部骨折の手術後では手術翌日からベッドでの座位や車椅子移乗などの練習をし、固定が良好なら立位や歩く練習も開始可能となります。約1ヶ月〜1ヶ月半もあれば、杖歩行により退院可能と考えられます。
大腿骨頸部骨折の手術で、転位がなく(ズレがなく)スクリュー固定の手術の場合も同様に骨折した部分の固定性が良ければ、翌日から体重をかけてのリハビリが可能となります。しかし固定性が不十分な場合には、少しずつ体重を掛けながらのリハビリになるために、リハビリ期間が長くなる場合があります。
人工骨頭置換術の手術後のリハビリも同様に、術翌日から歩行練習も可能となりますが、手術後のリハビリには注意点が必要となります。足の動かし方をしっかり覚えていただく必要があるからなのと、人工骨頭置換術の合併症の1つである脱臼(だっきゅう)を起こす場合があるからです。
大腿骨頸部骨折、大腿骨転子部骨折の手術後リハビリについて簡単にご説明いたしました。
一般的には、約1ヶ月あれば杖や歩行器などを使いながら歩行可能な状態となり、退院や退院調整が可能となります。また元々活動性が高い場合は1ヶ月もかからないうちに退院される患者様もおられます。
Q. 手術では合併症も心配ですが。
A. まずこの大腿骨頸部骨折、大腿骨転子部骨折の合併症として主なものが深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)や骨折による貧血があります。そして寝たきりになることで、誤嚥性肺炎(ごえんせい肺炎)、尿路感染症、そして心不全が考えられます。
深部静脈血栓症は、いわゆるエコノミー症候群と呼ばれるものです。たとえば下肢の血流が滞って血の塊(血栓)ができて、その塊が肺に運ばれて肺塞栓症という命に関わる合併症になることがあり、大変怖い合併症です。当院では、フットポンプの使用や弾性ストッキングの着用そして早期離床、抗凝固薬の使用などを駆使して予防に当たっています。
骨折による貧血に対しては、貧血が進行すれば輸血が必要となることがあります。
また合併症の中でも誤嚥性肺炎によって、命に関わる場合があるために、早期の手術治療により座ることができる状態を確保することが大切であると考えられています。
手術治療の合併症としては、感染症が主なものと考えます。
感染症は、体内に入るスクリューやプレートなどが異物であるために、細菌が繁殖してしまうことがあるのです。それを防ぐために、手術前と手術後に抗生剤を使ったり、手術時間をできるだけ短くしたり、術後の創部を衛生的に保ったりするなどしています。
しかし、それでも感染症がおきてしまうと再手術が必要となる場合があります。感染症をおこしやすい患者さんの状態として、糖尿病、ステロイドや免疫抑制剤を使用している場合が考えられます。
そして人工骨頭置換術の場合には、脱臼の合併症があります。無理な姿勢や転倒によって脱臼する場合があるので、手術後のリハビリをしっかり行うことが大切ですし、しっかりと股関節周りの筋肉をつけて、弱くしないようにすることが大切です。
Q. 先ほど、大腿骨頸部骨折、転子部骨折の原因に骨粗鬆症があるとご説明していただきましたが、そもそもどうして骨粗鬆症になるのでしょう?
A. 私たちの骨は「骨代謝(こつたいしゃ)」といって、骨を壊して、その部分に新しい骨を作るという作業を繰り返しているんです。高齢になるとこの骨代謝のバランスが崩れ、新しい骨を作る作業が追いつかなくなり、骨量が減ってしまいます。さらに女性の場合は、閉経に伴いエストロゲンというホルモン分泌が低下することにより、同様に骨量が減ってしまうといわれています。
また最近では、糖尿病などの生活習慣病が骨粗鬆症と関連しているということが報告されているので、糖尿病などをお持ちの方はご自身が骨粗鬆症になっていないか確認する必要があります。その場合は、骨密度とともに骨の質が劣化すると言われていますので注意が必要です。
Q. 有効な予防法や治療法は?
A. 骨を強くする、骨密度を減らさないようにすることが予防ですから、まずは3食バランスよく食べることが大切です。骨の量は二十歳頃がピークでそこでしっかり保っておきたいので、若いころの過激なダイエットは避けましょう。運動は有酸素運動、背筋強化、筋力やバランス訓練が有効です。時間に余裕のない方も多いと思いますが、難しく考えず、できるだけ歩く、エスカレーターではなく階段を使う、テレビを見ながら背筋をするなど、日常生活の中で少し意識して続けていただくことが大事だと思います。
治療は、骨密度の数値、血液検査、骨折の既往歴などを総合的に判断しながら、主に薬物療法での治療となります。
Q. 自分の足で歩ける"ことが骨や体を丈夫に保つ基本といえますね。
A. その通りです。整形外科外来で日常診療していると、自分の足で歩く大切さを本当に痛感します。腰や膝が痛いというのも歩行しづらくなる原因ですが、大腿骨頸部骨折・転子部骨折は歩行自体ができなくなるので、ぜひとも気をつけていただきたいと思います。
歩けなくなる不自由さは相当なものです。だからこそ普段から一生涯自分の足で歩くことができるよう準備をしておく事が大切となってくるのではないでしょうか。
Q. 最後に、先生が整形外科医を志された理由を教えてください。
A. 学生時代、ラグビーやアメリカンフットボールなど怪我と隣り合わせのスポーツをしていましたので、骨折や外傷などでスポーツにも関われる診療科に興味がありました。
整形外科には高齢の患者さんから、小さなお子さんまで受診されます。幅広い世代に対して診療が可能な科ということでとてもやり甲斐を感じています。
取材日:2022.4.18
*本ページは個人の意見であり、必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折をして歩けなくなる不自由さは相当なものです。