先生があなたに伝えたいこと
【谷川 英徳】いまは再生医療など治療の選択肢が増えていますし、身体に負担の少ない手術も普及しています。つらい痛みを我慢せず気力も体力もあるうちに治療しましょう。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は寛骨臼(かんこつきゅう)というお椀のような形をした骨に、大腿骨(だいたいこつ)の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)というボール状の骨がはまり込む構造になっている球関節で、色々な方向に動かせるのが特徴です。関節の表面には軟骨というクッションがあり、周囲の靭帯や筋肉が関節の動きをサポートしています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 圧倒的に多いのは、加齢とともに軟骨がすり減って関節が傷み、骨と骨がぶつかって痛みを感じるようになる変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)です。歩行時に股関節には体重の約10倍もの力が加わるとされ、それに耐えうるよう寛骨臼はお椀状に深く凹んでいて大腿骨頭をしっかり受け止められるようになっていますが、生まれつきお椀のつくりが浅い、あるいは成長過程で寛骨臼が十分に育ちきらなかった寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)の方がいます。寛骨臼形成不全の方は、大腿骨頭を支えきれず、一部の骨に負荷がかかり、変形性股関節症に進行しやすくなります。
大腿骨頭への血流が悪くなってしまい、骨が壊死してしまう大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)という病気もあります。
これはステロイド治療や大量のアルコール摂取が原因となりますが、特に明らかな原因がなく発症することもあります。
また、骨粗鬆症の患者に起こりやすいとされていますが、軽い負担がかかっただけで大腿骨頭に小さい骨折が生じる、大腿骨頭軟骨下脆弱性骨折(だいたいこっとうなんこつかぜいじゃくせいこっせつ)という病気もあります。
Q. 変形性股関節症にはどんな症状がありますか? 患者さんの傾向や予防法についても教えてください。
A. 下り坂や階段を歩くとき、和式トイレや靴下を履くなど股関節を深く曲げる動作をしたときに痛みを感じるようになります。女性に多く、40代から痛み始め、50〜60代にかけて進行することが多いです。予防するには、足腰の筋力をつけること、体重を増やしすぎないこと、ヒールの高い靴はなるべく避け、クッション性の良い靴を履くことなどに気をつけると良いでしょう。
Q. 治療法について教えてください。
A. まず初めに大切なのは身体作りです。 股関節周りには重要な筋肉があるので、リハビリやホームトレーニングで筋力をつけてゆきます。
また身体の柔軟性も大切で、骨盤や腰が固いと股関節への負担が増えますから、ストレッチも合わせて行なってゆきます。体重を5kg減らせば股関節にかかる負荷を約50kg減らせるので、適度な範囲で減量も行います。痛みが強ければ痛み止めを使い、クッション性の良い靴を履いたり、杖を使ったりしながら症状を抑えます。症状が強ければ、関節を保護するヒアルロン酸と痛み止めが混ざっている薬を股関節に注射する治療もあります。2021年から膝関節や肩関節向けだけでなく、股関節の治療に対しても使用できる薬が保険適用されました。お薬へのアレルギー反応などに注意は必要ですが、年々治療が進歩してゆくのは良いことだと思います。
また、変形性股関節症が進行すると悪い方の脚の骨がすり減り、左右の脚の長さが変わってきてしまうことがあります。その場合は靴の中敷きを調整して脚のバランスを整えます。
Q. こちらの病院では再生医療も行っていると伺いました。
A. はい、私たちには生まれつき痛んだ組織を修復する力が備わっています。例えば、指先を切ってしまっても時間が経つと自然に傷は治ってしまいますよね。再生医療はこの自己治癒力を利用した比較的新しい治療方法です。最近ではスポーツ選手のニュースで再生医療を知った方も多いと思います。再生医療には、患者さんご自身の血液から組織の修復を促す血小板成分を抽出し、濃縮して得られる多血小板血漿(たけっしょうばんけっしょう)(Platelet Rich Plasma)を用いるPRP療法をはじめ、様々な種類があります。
ただ、再生医療は保険適用外のため、治療費の負担が大きくなります。当院では、他の病院で手術が必要ですと言われた患者が、手術前に一度試してみたいと希望して来院されることが多いです。残念ながら効果の見られない場合もありますが、痛みの軽減する方も一定数いらっしゃいます。自分の血液を利用した治療ですから副作用がほとんどないというのも良い点だと思います。
Q. こうした治療でも症状が改善しない場合には、人工股関節になりますか?
A. 生命にかかわる病気ではありませんが、自分のやりたい趣味(ハイキング、ゴルフ、テニスなど)が股関節の痛みのためできなくなったり、近所への買い物など日常生活に支障を来たすようになると、関節の傷んだ部分を人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)を受ける方が多いです。
Q. 人工股関節の手術で進歩したところはありますか?
A. まず、人工股関節のインプラントが骨に固着しやすくなるように金属の加工技術が年々進歩しています。とくに軟骨の役割を果たすライナーのポリエチレン素材の進歩は目覚ましく、人工股関節の動きに伴って発生するポリエチレンの摩耗もかつてより少なくなったことで人工股関節の耐用年数も延びています。
また、形状も患者さんの骨の形状や骨質に合わせて様々なタイプのものがつくられています。
手術も、20年前は20cmほど皮膚を切開して筋肉や腱も切って行っていましたが、近年は小さな切開で筋肉や腱を温存できるようになり、術後の回復が早くなっています。また、かつては術者の感覚に頼る部分も多かったですが、いまはナビゲーションやイメージガイドなどの技術が進歩し、術中にインプラントの位置を確認できるようになったため、より確実な手術が可能となりました。
膝関節の仕組みと疾患
Q. 次に、膝関節の構造についても教えてください。
A. 膝関節は大腿骨、脛骨(けいこつ)、膝蓋骨(しつがいこつ)から成り、動くときに体重の約3倍の負荷がかかるとされ、大腿骨と脛骨の間にある半月板(はんげつばん)というクッションが衝撃をやわらげています。そして、前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)、後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)、外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)という前後左右にある丈夫な靭帯が膝の複雑な動きを支えています。
半月板は一生かけて使う膝関節の重要なクッションで、若いときは弾力があってみずみずしいのですが、加齢とともに水分が失われ、傷めると軟骨が摩耗しやすくなり、ふとした衝撃で断裂することがあります。
Q. 膝関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 代表的な疾患として、加齢とともに軟骨がすり減り、痛みを感じるようになる変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)があります。若いときにスポーツで膝を酷使していたことが原因で関節のすり減りが起きてくることもありますし、50〜60代でウォーキングをしていて小さな段差でつまずいたことがきっかけで半月板が傷み、変形性膝関節症になることもあります。
ほかには、膝関節の骨が壊死してしまう、特発性膝関節骨壊死(とくはつせいひざかんせつこつえし)があります。膝関節に急に強い痛みが出現し、時には寝ている時にも痛むことがあります。股関節の大腿骨頭壊死に対して原因不明であることが多く、50代以降の女性によくみられます。
Q. 治療法について教えてください。
A. 基本的な治療は股関節の場合と同様で、身体作りです。足腰の筋力トレーニングや下肢のストレッチをまずは行なってゆきます。ホームトレーニングを指導しますが、自分ではなかなか継続できないという場合には、理学療法士にリハビリテーションを行なってもらいます。膝の痛みが強いときは、痛み止めを処方したり、ヒアルロン酸の注射を行います。膝が曲がっている場合(O脚と言います)には装具士に足の形を計測してもらい、オーダーメイドの靴の中敷きを作成する(保険適応です)ことで痛みが軽減することもあります。股関節のところでお話ししましたが、最近では再生医療という新しい治療法も選べるようになりました。
半月板損傷に対しては、膝に1cm程度の傷を2ヵ所つけ、ボールペン大のカメラを挿入して傷んだ箇所を縫合する関節鏡視下手術で対応できることが多いです。いまは断裂した半月板でも専用の器具で簡単に縫合でき、手術の所要時間も30分程度で済みます。半月板はゴムパッキンのようなもので1箇所でも切れてしまうと関節を守るクッションの機能はかなり低下します。放置すると将来的に変形性膝関節症になる一因にもなりますので、膝の痛みや引っかかり感などの症状が出ている場合は、処置しておくほうが良いでしょう。
Q. それでも症状が悪化するようであれば、人工膝関節になりますか?
A. 傷んだ関節を根本的に治療する方法としては、膝関節の一部を金属に置き換える人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)が良い選択肢になります。人工膝関節置換術を行うことで、膝の痛みをとることも、膝の変形を治すこともできます。変形性膝関節症は癌などと違い生命に関わる病気ではありません。しかし、膝の痛みを抱えながらずっと生きてゆくのは辛い人生となります。旅行やスポーツが生きがいの人であれば、自分の趣味が膝痛で楽しめなくなった時に手術するのが良いと思いますし、遠出はあまりしないよという方であれば膝痛のため日常生活に支障をきたすようになった時に手術を行うのが良いと思います。
股関節と同様に、人工膝関節の技術も進歩しており、昔よりも小さな皮膚切開で手術できるようになリ、術後の入院期間も2週間前後と短くなりました。また、人工膝関節置換術にもさまざまな種類があり、膝関節の内側だけを部分的に置換する人工膝関節単顆置換術や、お皿の骨だけを置換する膝蓋大腿関節置換術など、傷んだ部分だけをピンポイントで置換する人工膝関節を行うことがあります。
Q. 股関節、膝関節の疾患の治療には様々な治療法があるのですね。健康寿命を延ばすために気をつけるべきことがあれば教えてください。
A. 健康寿命を延ばす秘訣は、骨と筋肉を強くし、身体の柔らかさを維持していくことです。何歳になっても、しっかり食べてしっかり運動すれば身体は必ず変化してくれます。自分の身体をメンテナンスできるのは自分しかいないんだよということを意識して、生活してゆくことが大切です。
Q. 先生は、どのような想いで日々診療にあたっていらっしゃいますか?
A. 再生医療など治療の選択肢が増えていて、手術せずに済むならそれに越したことはありませんが、手術すべきタイミングもあります。手術が嫌で、70歳で「もう少しがんばりたい」と痛みを我慢して10年後に手術してせっかく痛みが治まっても、そのときには気力も体力も衰えてしまっていることがあります。
いまは人工関節の性能が向上して耐用年数が延びているので、手術は70歳で行っても80歳で行っても耐用年数という意味ではリスクは大して変わりません。それよりも、痛みのために楽しむ気力までなくしてしまうのは本当にもったいないことです。やりたいことをやめてまで手術を延ばす意味はありません。私は患者さんに人生を楽しんでいただきたくて手術をしています。やりたいことがあるなら、楽しめる気力と体力があるうちに手術したほうがいいのでは、とお伝えしています。
Q. 手術を受けた方からはどのような声が届いていますか?
A. 「こんなに痛みが治まるのだったら、もっと早くやっておけばよかった」とおっしゃる方が多いです。皆さん明るい表情で、「ハイキングや旅行に行けるようになった」と写真を見せてくれたり、手紙をくださったりするので、私も励みになっています。
Q. 先生が整形外科を志されたきっかけがあれば教えてください。
A. 「歩けなくなっていた患者さんが治療で歩けるようになったらとても嬉しいよな」と思い、整形外科を選びました。「見えない人が見えるようになったら嬉しいよな」とも思ったので、眼科と整形外科で悩みました。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.2.24
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
いまは再生医療など治療の選択肢が増えていますし、身体に負担の少ない手術も普及しています。つらい痛みを我慢せず気力も体力もあるうちに治療しましょう。