先生があなたに伝えたいこと
【高橋 知幹】痛みが取れたその先に、患者さんが何を求めておられるのかを少しでも理解したい。そこを大事にしてこそ、その方その方の目指すゴールに向かうことができる。すなわち、最適の治療、手術が行えるのではないでしょうか。
Q. 股関節と膝関節の疾患、治療法についてお伺いします。まず、股関節の構造と仕組みについて簡単に教えてください。
A. 股関節はボール(大腿骨頭:だいたいこっとう)がソケット(寛骨臼:かんこつきゅう)にはまり込む形をしています。周囲には筋肉がたくさん集まっていて、可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)が大変広く、体重を支えながら前後左右に自在に動かすことができる、日常生活の動作を支える要となる関節です。
Q. 代表的な疾患にはどのようなものがあるのですか?
A. 圧倒的に多いのが変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)ですね。患者さんの9割程度はこの疾患が占めています。ほかに大腿骨骨頭壊死症(だいたいこつこっとうえししょう)、関節リウマチなどがあります。
Q. 最も患者さんが多い変形性股関節症の原因とは何なのでしょうか?
A. 膝もそうですが、変形性関節症は軟骨がすり減ることで痛みや変形が生じる疾患で、股関節では、日本人の場合、ほとんどが先天性の臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)から引き起こされます。生まれつき臼蓋の被りが浅くて、ボール部分の体重を支える面積が少ないために股関節に負担がかかり、半月板が傷んだり軟骨がすり減ったりすることで変形に至るケースです。また最近は、「大腿臼蓋インピンジメント(FAI:エフエーアイ)」という疾患も、変形性股関節症の原因だと考えられています。FAIはわかりやすくいうと、ボールとソケットのどちらかが大き過ぎ、たとえば大腿骨頸部がえぐれていなくて、動く度に臼蓋の縁と衝突したり、寛骨臼の覆いが深過ぎることで関節唇(かんせつしん)が挟まれたりして関節が傷んできます。
Q. それらの疾患はいずれも人工股関節の適応となるのでしょうか?
A. 最終的に、人工股関節が適応であるということができますが、当然、その手前で変形の進行を食い止めるための治療もあります。変形性股関節症でしたら、筋力トレーニングとともに消炎鎮痛剤など薬物を併用する保存療法がまずあって、関節リウマチであれば、良い薬も出ていますので早期にリウマチの治療をする、臼蓋形成不全や大腿骨頭壊死症なら骨切り術で痛みを取り、変形や関節面の破壊を防ぐことを考えます。FAIなら出っ張っているところを削るというような治療があります。そういったことで効果がみられなければ人工股関節手術の適応となります。
Q. わかりました。次に膝関節について、構造と主な疾患を教えてください。
A. 股関節とは違って蝶番のようになっている関節で、いろいろな方向に動かせるのではなく曲げる、伸ばすというのが主な動きで、関節の周りの筋肉も少ないのが特徴です。疾患に関しては股関節とほぼ同じで変形性膝関節症が最も多く、関節リウマチ、骨壊死などがあります。
Q. 変形性膝関節症の原因は何でしょうか?
A. 正常な形態でも加齢的変化で起こることが特徴ですが、なりやすいのはO脚形態の方です。体重がかかる位置が内側に偏ってしまいますので、内側の軟骨がすり減って変形を起こします。日常的に膝を酷使するとか、肥満気味であるなどの生活因子も大きく影響します。
Q. 治療法にはやはり選択肢があるのですか?
A. はい。これも股関節と同じでまずは保存療法です。手術として代表的なものは、O脚をX脚気味にして荷重のかかる場所を分散する高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)があります。またスタンダードな手術として、痛みの主な原因が半月板の損傷にある場合、関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)により、傷んでいる部分を除去したり断裂によってバサバサしたところをきれいに掃除するなど症状に応じた処置をして、傷みを改善させる方法もあります。
Q. 股関節、膝関節とも、保存療法で一生大丈夫なこともあるのですか?
A. ええ、十分にあります。なぜかといえば関節は変形するなどして痛みが出るとそこを使わなくなる。使わなくなると筋力が落ち、その状態で動くとそこへ余計な負担がかかるという悪循環が起こります。そして痛みが増し、ますます動かさなくなって関節自体が固くなり、可動域が狭くなる... そういう悪循環が起こります。股関節、膝関節とも体重を支える役割もありますが、一番の役割は動かすことです。だから使わない環境になると退化します。保存療法はこの悪循環を断ち切り、関節を退化させないために行うものなんです。これがうまくいくと痛みが改善して、長期間関節を維持する可能性が十分にあります。まずは動かして筋力を落とさないようにし、それを維持することが重要です。
Q. なるほど。動かさなくなることで悪循環が生まれるわけですね。
A. そうなんです。何もしなくて痛む方もいらっしゃいますけど、なによりも体重がかかることで痛みが強くなりますので、体重をかけることを避けてしまうんです。せめて歩くということさえすれば、関節の機能はある程度維持できるんです。しかし、いよいよ関節が悪くなると、体重をかけるのは難しく逆効果になりますので、必要以上に歩いて負担をかけないようにする、杖を使う、痛むときには安静にするということが必要です。筋力トレーニングを継続して関節の機能を維持回復する、というのが保存療法の基本的な考え方なのです。
Q. トレーニングは自宅で継続するのでしょうか?
A. はい。たとえば膝関節では大腿四頭筋などを鍛える運動をお教えしています。できるだけご自身で動かしていただくことをお勧めしています。ご自身でされるのであれば、時間の縛りがなく、回数も多くでき、日課にしやすいですから。もちろんリハビリ施設を使われるのも良いですが、ご自身で動かす意識を持つことは、とても大事だと思います。プールでの水中歩行も有効です。
Q. 変形性股関節症、変形性膝関節症において、人工関節手術を選択する基準や目安はありますか?
A. これは本当に一概にはいえません。基本的にはどれくらい痛くて、どれくらい生活に支障をきたしているかということを基準にしています。それでも、たとえば、急に痛みが強くなって歩くのも辛い方と、徐々に痛くなって最近それが強くなったという方なら、前者が手術適応のように思いますけれども、後者のほうが今まで保存療法をやってきたということなら、もうそれで改善する余地がないわけですので、「手術しましょう」ということになります。また、年齢や人生観、価値観も左右します。40歳、50歳の比較的若い方、あるいはスポーツなどをしていて活動性の高い方と、高齢で活動性が低く、家のことができれば良いという方では、治療法や選択する手術も変わります。それらを総合的に考えて、私たちは「疾患がどういうものでどういう予後なのか」「どんな治療法や手術法があるのか、そのメリット、デメリットについて」などの情報と「お勧めする方法」を示して、患者さんとともにより良い方法を選び取っていくことになります。押し付けるのではなく、患者さんがご理解をして治療に臨むことが満足度にもつながります。
Q. 人工関節手術に種類はあるのでしょうか?
A. 膝関節には、変則している片側だけを換える人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ)と全部を換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ)がありますが、当院では90%以上は全置換の適応です。
Q. 圧倒的に人工膝関節全置換術が多いのはどうしてですか?
A. 保存療法などをやって効かなくなった状態、変形が進んだ状態の方が大多数ですので、その時点で単顆置換術の適応ではなくなります。また変形性膝関節症は膝関節全体が悪くなる疾患です。内側から傷むことが多いのですが、外側の軟骨は本当に大丈夫なのか、いずれ傷んでしまうことはないのか、そこの線引きは実はとても難しいのです。外側が悪くなると思われる方に内側だけ人工関節を入れても意味がありません。ですから、片側だけを換えるだけで、まず大丈夫と見込まれる方にだけ単顆置換術を行っています。一方で全置換術は歴史のあるスタンダードな手術であり、最近では靭帯や半月板も大部分を残せますから、膝のほぼ正常な動きを再現できるので、可能な方には積極的に行って良い手術だと考えます。
Q. 現時点で、人工股関節、人工膝関節の耐用年数はどれくらいですか?
A. 一般的にいわれているのは10年以上保つ確率が95%以上、20年でも85%以上です。
Q. 長期成績に優れているといえますね。人工関節も進歩しているのでしょうか?
A. 進歩といえば、著しいのは股関節ですね。骨との固着力を高めるため、ステムの表面に特殊な処理をすることにより骨と化学的に結合させたり、表面に凹凸を作って骨が付きやすくしたりするなど、さまざまな工夫がなされています。中でも大きい進歩は、ボールとソケットの摺動面(しゅうどうめん:こすれあう面)の摩擦が低下して、摩耗しにくくなったこと。これまでは、摩耗すると摩耗粉(まもうふん)によって人工関節が弛むということがありました。今では、摩耗しにくいクロスリンクポリエチレンをはじめ、セラミックなどの材料を使うことにより、そのリスクは大幅に低減しています。摩耗の低減は人工膝関節についても同じです。
Q. 手術手技の進化についてはいかがでしょうか?
A. 当院においてはナビゲーションシステムの導入により、正確な設置に対する精度が増したことが大きいですね。股関節なら脱臼しにくい設置角度、膝関節ならよりスムーズに曲げられる設置角度がわかっています。患者さんの関節の3D画像を用いて、その角度に設置できるように術前計画をして、手術で正確に再現します。もしナビゲーションシステムがなかったとしても、医師の技術や経験、目視によって99%は設計図通りに入るかも知れません。しかし、1%は誤差が生じてしまいます。その1%に当たった患者さんは不幸ですよね。さらに股関節では、両脚の脚長差をなくすことも重要で、正確な設置とは別々の作業になり、誤差の可能性も高くなるわけです。手術で痛みを取るだけではなくて、合併症のリスクを下げ、人工関節をより長期的に良い状態で使っていただく、反対に、「何のために手術をしたのだろう」というようなことをなくすために、ナビゲーションシステムのようなサポートツールを利用することは大変有意義だと思います。精度を高くすればゴールは必ず良くなります。
Q. 入院期間と退院後の生活で、気をつけるべき点を教えてください。
A. 入院期間は4週間前後の方が多いです。早期に退院できることはもちろんですが、患者さんの生活環境を考えた入院期間を設定することも大事だと思っています。たとえば、家の中に段差が多い、買い物する場所が遠い、坂道が多いとか、患者さん一人ひとりにいろいろな環境がありますので、生活に困らない程度にまで機能を確保してから帰っていただく、そのために4週間程度の入院期間を設定しています。
退院後については、股関節では脱臼の問題がありますので、患者さんに注意していただく姿勢がありますが、人工関節の設置角度が正確であれば、それについての大きな制限なしで大丈夫だと思います。ただし、手術後の数ヵ月間だけは、脱臼肢位(しい)を避けてもらうことは必要です。膝にはそういったことはありませんが、可動域はどうしても悪くなります。家に戻られたら、たとえば洋式の生活なら100度ちょっと曲がれば事足りますが、その可動域の範囲しか動かさなくなると、高いステップを上がるとか、別の場面でうまく対応できないことがあるんですね。そうらならいように普段から筋力トレーニングなど動かすことを継続してやっていただきたいと思います。膝関節、股関節とも術後早期はハレや痛みが残りますので、その様子をみながら、少しずつ生活レベルをアップさせていくのが良いでしょう。
Q. ありがとうございました。最後に、先生が治療をされる上で大切にされていることを教えてください。
A. 痛みが取れたその先に、患者さんが何を求めておられるのかを少しでも理解したい。ご自分の機能やライフスタイルをどう考えておられるのか、旅行に行きたいのか、仕事をどうするのかなど、それにより治療の選択肢が変わることもありますし、無理なことはきちんと説明をしてご理解してもらう必要もあります。そこを大事にしてこそ、その方その方の目指すゴールに向かえる、最適の治療、手術が行えるのではないでしょうか。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2015.11.13
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
痛みが取れたその先に、患者さんが何を求めておられるのかを少しでも理解したい。そこを大事にしてこそ、その方その方の目指すゴールに向かうことができる。すなわち、最適の治療、手術が行えるのではないでしょうか。