先生があなたに伝えたいこと
【川前 恵一】関節の状態に応じて、治療法や手術法にはいくつかの選択肢が用意されています。まずは専門医を受診して、ご自分の関節の状態をきちんと把握しましょう。
肩~腱板断裂と変形性肩関節症~
Q. 関節が痛いと悩まれている方はとても多いと思います。こちらに来院される患者さんの傾向があれば教えてください。
A. 土地柄、農家の方が多いものですから、やはり腰痛の方はとても多いですね。手術ということですと私の専門である肩関節の疾患、あとは股関節と膝関節ですが、膝関節のほうが症例が多いですね。
Q. 先生はあらゆる治療に当たっておられますけれども、ご専門の肩で、手術に至る疾患にはどのようなものがあるのでしょうか? また、あまり聞きませんが人工肩関節というものもあるのですか?
A. 手術の適応となる可能性がある疾患で、一番多いのは腱板断裂(けんばんだんれつ)です。年間150例ほど行っています。人工肩関節もありますよ。肩は荷重関節ではありませんから症例数としては多くありませんが、腱板断裂が進行して末期症状になったり、あるいは外傷によって変形性肩関節症に至ったりするケースもありますし、関節リウマチの患者さんに人工肩関節手術を行うこともあります。関節リウマチの患者さんは、別の施設からの紹介で来られることが多いですね。また、全身性の変形性関節症というのがありまして、肩の変形は実はそこからきていることが少なからずあります。
Q. 全身性の変形性関節症というのは初めて聞きました。
A. はっきりとした理由がわからなくて、体質としかいえないのが現実なんです。研究もなされていますが、関節リウマチにおける生物学的製剤のような治療薬もまだ開発されていません。
Q. 全身性の場合、症状の出方などに特徴はありますか?
A. 関節リウマチと誤解されやすいですが、レントゲンですぐに判別できます。症状としては、たとえばわかりやすいのは手の指で、リウマチでは第二関節や第三関節、親指ですと付け根からこわばったり痛んだりすることから始まります。全身性では先端から発症します。こういう方は長い年月をかけて肩に限らず膝も股関節もいろいろな関節が変形してしまいます。女性で中年期、40、50代で発症されることが多く、疲労やその部位の使い過ぎで急激に進行することがあります。関節リウマチでは軟骨がすり減るとそのままですが、変形性関節症では、すり減った軟骨の周囲に骨の増殖がみられます。
Q. レントゲンでそのような違いが出るのですね。では、最も多いという腱板断裂の原因とは何でしょうか?
A. 一番多いのは使い過ぎです。外傷によってブチッと切れることもありますが、大体は肩を酷使して、使っているうちに腱がすれて少しずつ切れていきます。初期には腫れがでて、断裂が進行すると炎症を起こしたり水が溜まったりします。ある日突然、強い痛みが出ることもあります。
Q. 手術以外の方法もあるのですか?
A. 初期ですと、腱をできるだけ使わないようにするなど、安静によって改善することが多いです。それより少し進行して腱が固くなっている状態になると、鎮痛剤、ヒアルロン酸の注射、症状によってステロイド剤の注射となります。それにリハビリも有効です。保存療法が効かないくらい断裂が進行している場合は腱を縫う手術をします。最終段階で関節が変形してしまうと人工肩関節の適応となります。
Q. なるほど。肩関節が変形してしまうと、生活上不便なことも多そうですね。
A. 肩が上がらないとか動かせないので、顔や髪が洗えない、食事がとれない、着替えが辛いなど、生活に必要な動作がかなり制限されます。痛みも、肩関節の疾患で困るのが夜間痛で、安静時に痛みが強く出るんです。ですから日常生活が本当に不自由になります。
Q. 人工肩関節置換術にも種類があるのですか?
A. 人工肩関節は、上腕側にボール(人工骨頭)を入れ受け皿となる肩甲骨の関節窩(かんせつか:関節の窪んだほうの面)にソケットを置換する「人工肩関節全置換術(じんこうかたかんせつぜんちかんじゅつ)」と、骨頭だけを置換する「人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)」があります。変形は軟骨がすり減ることで起こりますが、関節窩の軟骨の状態がまだ比較的良好な場合などは、人工骨頭置換術を採用することもあります。
Q. それぞれ耐用年数はどれくらいですか?
A. 人工骨頭置換術では20年、30年持つことが多いですが、全置換術ですと10年くらいということも。何故かというと、肩は大きな動きを獲得するために受け皿が小さくできていて、膝や股関節に比べて人工関節がゆるみやすいからです。耐用年数もどうしても少し短くなりますね。ただ、生活への支障などを鑑みて、痛みがほぼ取れることを最優先にし、基本的には全置換を行うことが多いだろうと思います。
Q. 患者さんのほうで少しでも長持ちさせる方法はないものでしょうか?
A. 農作業や重労働などでの使い過ぎは控えていただきたいですね。弛みますと脱臼のおそれもありますので。酷使しないで上手に使っていただければと思います。
Q. 人工肩関節の進化についてはいかがですか?
A. 新しい情報としては、従来の人工肩関節は腱板のない方に置換した場合、痛みは取れても肩が上がらないということがありましたが、今年(2014年)から、骨頭とソケットを逆に入れるリバース型といわれる人工肩関節が厚生労働省に認可されたことがあります。鍵板断裂を伴う場合は腱板の修復が可能であれば従来型の人工肩関節にする、修復が不可能な場合にはリバース型の人工肩関節という風に使い分けることになってくるのだろうと思います。
変形性膝関節症について
Q. 次に膝関節についてお伺いします。膝関節の手術の症例数はどれくらいですか?
A. 当院では年間100例くらいで、主には変形性膝関節症に対して行われます。
Q. 変形性膝関節症の原因とは何でしょう?
A. 膝の場合は一次性の変形性膝関節症が多いです。一次性とは、これといった特別な原因はなく、老化に伴って筋力が落ちたり、体重が増えて膝への負荷が大きくなったりした方に起こりやすくなります。比較的重労働をされる方が多く、一般的には50代くらいから始まって一番多いのは60代、70代、早ければ40代から始まることもあります。
Q. なりやすい方というのはあるのですか?
A. 内反膝(ないはんしつ:膝の内側が傷んで内反変形している状態)、いわゆるO脚の方ですね。そういう方は意識的に筋力を鍛えるとか早い時期に矯正するといったことが、変形性膝関節症にならないためのひとつの有効な方法だと思います。
Q. 変形性膝関節症でも、手術以外の選択肢があるのでしょうか?
A. ごく初期ですと、筋力トレーニングや体重コントロールで進行を抑えることができます。ただ、病院に来られるときには少し進行していることが多いので、鎮痛剤の投与やヒアルロン酸の注射を行います。ヒアルロン酸を使うと、硝子軟骨(しょうしなんこつ)という固い軟骨がすり減った部分を覆う効果が期待できます。それで進行が抑えられると痛みも治まりますね。変形性膝関節症の痛みは変形するから痛いのではなく、軟骨がはがれるときが一番痛い。それを抑えることができれば、変形していても痛くないという状態にすることが可能なんです。
Q. なるほど。早期ですと保存療法で痛みや進行が抑えられるのですね。
A. ええ、そうです。人工膝関節手術を避けることもできます。手術は変形が進行して薬では痛みが抑えられず、日常生活に対する支障が大きいというときに踏み切るケースが多いです。
Q. 手術イコール人工膝関節手術なのですか?
A. いえ、手術にも段階があります。初期ですと関節鏡を使って半月板をきれいにする関節鏡視下郭清術(かんせつきょうしかかくせいじゅつ)や、はがれかけている軟骨の形成などの治療法の選択になります。進行期であっても、比較的外側の軟骨が残っている場合には、O脚なのを外反(がいはん)にする高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)という選択肢があります。これは骨を切りますから入院期間が長くなりますし、骨のもろい高齢者には向きませんが、比較的若い方が人工物を入れなくて済むのがメリットです。骨切り術も新しい手術手技によって、リハビリを始められるまでの期間はずいぶん短くなりました。
Q. 高位脛骨骨切り術の新しい手技とは?
A. 内側の軟骨がすり減ることが圧倒的に多いのですが、その場合、以前は、関節の外側をくさび型に開いてくっつけ、脛骨を外側に向け、プレートで留めていました。
でも、そのプレートがあまりしっかりしていないこともあって、固定して荷重できるまで6週間から7週間が必要でした。今は、逆に内側を開いてそこに人工骨を移植する方法で、1週間ほどで立てるようになりました。もちろん外側だけ悪い方にも行えます。
Q. 骨切り術の条件を満たさない場合には、どのような手術方法があるのですか?
A. 内側だけを人工膝関節にする人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ:UKA)という片側型の部分置換の手術です。人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ:TKA)と同じで翌日から立つことができますし、全置換術に比べて傷は小さく出血が少ない、正座もできるというようなメリットも期待できます。入院期間は全置換した場合には3週間、片側型で2週間が目安です。
Q. 人工膝関節全置換術では、耐用年数は20年とも30年ともいわれていますが、片側型はどうなのでしょうか?
A. 以前は10年くらいといわれていましたが、膝蓋骨(しつがいこつ:膝関節のお皿の部分)に問題がなければ全置換と遜色ないくらいに保つだろうと思います。ただ手術前にしっかりと検査することが大事で、外側の軟骨の状態が良いこと、靭帯が正常であることが手術の条件になります。片側だけの変形であっても、もし靭帯がすり切れていれば全置換の適応になります。
Q. それぞれ条件があるなかで、人工膝関節全置換術は幅広い患者さんに行える手術なのですね。全置換術の手技にも進歩はあるのですか?
A. はい。手術器具の進化もあって、低侵襲(ていしんしゅう:切開をなるべく小さくすること)で、かつ大腿四頭筋(だいたいしとうきん)へのダメージを最小限に抑えることができるようになっています。このことが術後の筋力の回復が早く、痛みを抑え、自然な動きを獲得することにつながっています。
Q. 人工膝関節の患者さんが日常生活で気をつけられたほうがいいことはありますか?
A. 正座はできる構造にはなっていますが、あまり無理せず、膝を曲げ過ぎないようにすること、膝で立つことも避けていただきたいですね。ゲートボールやグランドゴルフ、水泳、自転車など趣味程度のスポーツはどんどんやっていただいて、筋力の強化と維持を図っていただきたいと思います。
Q. ありがとうございました。最後に、人工関節手術において先生が最も大切にされていることを教えてください。
A. 正確な手術を大前提に合併症を起こさないこと。特に感染です。人工関節の手術は、一度感染を起こしてしまうと人工関節を抜去(ばっきょ)しないと治まりません。せっかく入れたものを全部抜かないといけないですから、患者さんの負担も非常に大きくなります。また、今は手術後の早い時期から動けるようになったので血栓症は減りましたが、これも起こしてしまって肺の血管に梗塞を起こすと命に関わってきます。合併症対策は、やらないといけないことをきちんと徹底してやるということが何よりも大事ですね。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2014.9.4
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
関節の状態に応じて、治療法や手術法にはいくつかの選択肢が用意されています。
まずは専門医を受診して、ご自分の関節の状態をきちんと把握しましょう。