先生があなたに伝えたいこと
【岩澤 三康】関節リウマチにおける薬物療法の劇的な進歩や、人工関節手術をはじめとする手術療法が洗練されてきたことによって笑顔を取り戻された患者さんが大勢います。笑顔になれる治療を共に考えて実践しましょう。【大橋 暁】変形性関節症や関節リウマチの治療は日進月歩で進んでいます。リハビリも患者さんの安心のために地域連携に取り組み成果が上がりつつあります。
Q. 股関節、膝関節の疾患と関節リウマチの治療について教えていただきます。まず、進行すると人工関節の適応となる股関節、膝関節の主な疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
大橋先生:股関節も膝関節も、高齢化にともなって変形性関節症の患者さんがとても多くなっています。これは軟骨がすり減って、進行すると痛みや変形を起こす疾患です。それぞれ、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)、変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)という疾患です。また当院の場合では関節リウマチの患者さんも大勢いらっしゃいます。
Q. 変形性股関節症の原因は何でしょうか? またほかに代表的な疾患はありますか?
大橋先生:日本人の場合、もともと臼蓋が十分に成長せず大腿骨頭(だいたいこっとう)の被りが浅い、臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)によるものが大部分を占めます。人工関節になる可能性のある他の疾患としては、大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)も代表的なもののひとつでしょう。
岩澤先生:最近、FAI(エフ・エー・アイ:大腿骨寛骨臼インピンジメント)という病態も注目されています。臼蓋の縁のところを関節唇(かんせつしん)と呼びますが、そこに傷ができて痛みがでる疾患です。レントゲンでは発見は難しいので、股関節に変形が認められない場合でもMRIなどでしっかり診断する必要があります。
Q. では膝関節についてはどうでしょうか?
大橋先生:変形性膝関節症は大きな原因がなく発症することが多く、日本人の場合は関節の内側を傷めてO脚になってしまう状態が多く見られます。関節リウマチでは関節の内側、外側の両方が悪くなってしまいます。大腿骨内顆骨壊死(だいたいこつないかこつえし)という疾患もあります。
Q. 参考までに大腿骨頭壊死と大腿骨内顆骨壊死について少し説明していただけますか。
大橋先生:どちらも血流が悪くなることで大腿骨頭あるいは大腿骨顆部が壊死してしまう疾患です。大腿骨頭壊死の原因はステロイドによる薬剤性が1/3、アルコール性が1/3、特発性(とくはつせい:はっきり原因のわからないもの)が1/3といわれていますが、当院では、関節リウマチでステロイドを服用されている方、すなわち薬剤性の症例が圧倒的に多いです。大腿骨顆部の壊死は明らかな原因がわかっていないのが現状です。
Q. 関節リウマチのメカニズムについて教えてください。
岩澤先生:関節リウマチは、滑膜(かつまく)から強い炎症を起こしたり軟骨を破壊したりする炎症性サイトカインという物質が産生されます。サイトカインができると破骨細胞(はこつさいぼう)が増加します。破骨細胞が関節の中で骨を食べてしまうというイメージです。
Q. だから関節全体が悪くなるのですね。
岩澤先生:ただ、今のリウマチとかつてのリウマチでは破壊形態が全然違うのです。私たちが医師になりたての頃はリウマチの良い薬物がなく、そういう時代を経てきたリウマチ患者さんは関節の壊れ方も非常に激しくて、崩れて関節自体がなくなった状態の患者さんも多くいました。それが2000年前後からリウマチの薬が非常に進歩して、昔のようにどんどん破壊されるというよりは、関節辺縁部分の一部が破壊される変形性関節症に似た状態が多く見られます。
Q. 関節リウマチで膝関節や股関節に影響が出ることは多いのですか?
岩澤先生:初期に症状が出るのは指先など四肢の末端のことが多いです。しかし膝や肩から症状が出始める方もたくさんいらっしゃいます。股関節は早期に影響を受けることはないのですが、一旦壊れ始めると大腿骨が骨盤に食い込んでしまうような状態になることもあります。しかし、今では薬が良くなってそういう症例は年に一例あるかないかになりました。
Q. 変形性関節症について、人工関節に至らない場合はどのような治療が行われるのですか?
大橋先生:膝に関しては外科的な治療ではなく、ご自身で取り組んでいただく治療がかなり有効です。初期なら膝周囲の筋肉を強化するトレーニングや、肥満傾向の方は減量していただきます。内反型(ないはんがた)の膝の場合には足底板(そくていばん)を装着し、荷重が内側にかかるのを外側に矯正します。関節が不安定になってしまっている場合は、サポーターを使用することで痛みを抑えます。痛み止めや神経系に働きかける薬もいろいろ出てきていますし、ヒアルロン酸の注射や水腫のある場合は少量のステロイドの注射を行うなど治療の選択肢は広いです。例外を除いて、このような保存治療に取り組むことなく手術をお勧めすることはありません。痛みや可動域(かどういき:関節を動かすことができる角度)などについて患者さんそれぞれに目標を設定して、それに向かってお薬や治療を選択します。将来的には軟骨を再生したり保護したりするような薬剤が出てくることを期待しています。
Q. 手術となれば、すなわち人工関節手術ですか?
大橋先生:それは病態によります。たとえば変形性膝関節症は軟骨とともに半月板が傷みますが、軟骨はまださほど傷んでいなくて半月板が痛みの主因である場合は、関節鏡手術で半月板の損傷部分を切除する手術も選択肢となります。ただし、半月板切除によって軟骨のすり減りが進んでしまうこともあるので、症例を選んで行います。ほかには、患者さんの年齢が比較的若い場合には高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)が選択肢の一つとなります。骨を切って内側にかかっている荷重を外側に移動させてあげることで痛みを軽減します。骨切り術は患者さんの希望を聞いて行いますが、しかし今では人工膝関節の寿命が延びたこともあり、昔に比べて人工関節を希望されるケースが増えました。その人工膝関節も、関節すべてを人工物に置き換えるタイプと、関節の内側など一部のみを入れ換えるタイプなどの選択肢があります。患者さんの病態とご希望で最善の方法を選びます。
Q. 股関節の場合はどうでしょうか?
岩澤先生:やはりまずは保存療法で、体重コントロールが重要になります。それから股関節周囲の筋力を鍛えることも大切です。筋力が弱いと手術後に人工股関節の脱臼のリスクがあり、活動性がなかなか戻らないこともあります。薬物療法は保存療法の一翼を担うのは確かですが、膝に比べると人工関節に至る率は高いので、痛みによって日常生活に支障をきたしていないかどうか、保存療法の効果と手術の適切なタイミングを見極める目が大事だと思っています。
Q. 膝関節と同じようにほかの手術法もあるのですか?
岩澤先生:膝の場合ほど手術法がないのが、股関節の難しいところです。ただし、若い患者さんで臼蓋形成不全があり、変形性股関節症の程度が進行期に至るか至らないかくらいの場合は、臼蓋の被りを増やして荷重を分散させる寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)が適応となる場合があります。人工股関節になるまでの時間を延ばす、うまくいけば置換せずに生涯を全うできる手術です。ちなみに大腿骨頭壊死でも、壊死していない健全な場所に荷重がかかるよう、骨頭の位置を変える骨切り術があります。
Q. それほど長期成績が良くなった要因はどこにあるのでしょうか?
岩澤先生:人工膝関節も股関節も、大きく変わったのは金属の間に挟まっているポリエチレンの材質です。以前は、ポリエチレンの摩耗によって人工関節が弛むリスクがありましたが、今は摩耗しにくい加工がされています。この恩恵は長寿命化だけではなく、人工股関節の場合では摩耗を考慮しなくて良くなったのでポリエチレンを薄くすることができ、より大きい骨頭ボールを入れられるようになりました。それによって脱臼のリスクを低減できました。さらに股関節では、いろいろな形状のステムが実用化されています。患者さんの骨の質や年齢、関節の形態に合わせて選択肢が広がったことも成績に影響しています。
Q. それでは手術手技の進歩についてお聞かせください。
岩澤先生:人工股関節手術では後ろから進入する後方アプローチ(切開法)が一般的ですが、どうしても筋肉を大きく切る必要があります。そこで切る筋肉の量が圧倒的に少なくてすむ前方アプローチが考えられました。ただし股関節の状態によっては、安全性に考慮して後方アプローチを選択する場合もあります。アプローチも患者さんに合わせて行っています。
Q. 手術といえば合併症が心配です。
大橋先生:私たちが一番危惧するのは感染症です。クリーンルームや抗生剤の的確な投与などはもちろんですが、その兆候を調べるために当院の研究センターで「CD64定量検査法」を開発しました。開発の背景には採血で異常な数値が出ても、それが炎症から起因するものなのか感染症なのかの見極めが大変難しいということがありました。特にリウマチの患者さんはもともと炎症がありますからその判断が難しいのです。感染症の場合にのみ上昇するCD64という数値を測って、早期発見を可能にする独自の方法です。万一の場合でも早急に対処できるのが大きなメリットです。
Q. では人工関節手術の入院期間はどれくらいですか?
大橋先生:当院では比較的長く入院が可能なんです(笑)。もちろん患者さんの希望があってですが、リハビリに十分取り組むために3週間の入院も可能です。患者さんに寄り添う姿勢がとれる環境というのが当院の特色でしょうか。
Q. リハビリでの独自の取り組みは何かあるのですか?
大橋先生:退院したあとも通院でのリハビリを継続したいという患者さんが多くいらっしゃいますから、地域のクリニックと連携をとって実施しています。しっかりと連携をとって、納得するまでリハビリに取り組んでいただけるネットワーク作りをしています。
岩澤先生:筋力トレーニングは本当に大事なのです。通院しなくてもご自宅で、テレビ見ながらでもぜひ続けてほしいです。翌朝に痛みが残らない程度に地道に取り組んでいただきたい。
Q. ありがとうございました。最後に先生方が心に残っているエピソードなどおありですか?
岩澤先生:関節リウマチで15年間歩けなくて家の中で閉じこもっている患者さんがおられました。私が引き継いで最初の診察のとき車いすで入ってこられて、笑顔もなくつぶやくような声でお話しされて。ある意味あきらめておられました。実際非常に厳しい状態でしたが1年をかけて説得し、人工膝関節手術によって両膝が動かせるようになり、歩けるようになりました。診察室に入ってくるときは私に見せるためにいつも笑顔で歩いて来られるのです。 "人工関節はその人の人生を変えることができる"と改めて実感した出来事でした。だからこそどのタイミングでどんな手術をすれば患者さんが笑顔を取り戻せるか、それを整形外科医として常に考えたいと思っています。
大橋先生:先天性の股関節脱臼で、それが高位脱臼し大腿骨頭が大きくずれて、幼い頃から左右の脚の長さが5cmくらい違うという患者さんです。希望により手術をして、人工股関節だけではなく大腿骨を切る骨切り術を併用しました。その結果、痛みが取れただけではなく脚の長さが揃ってきれいな容姿で歩けるようになり、とても喜ばれました。「外に出るのが楽しくなった」とか「旅行に行けた」とか「できなかったことができた」というお話を聞くことが一番うれしいです。"患者さんの人生が再び始まった"そういう感じがしますね。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2017.6.6
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
関節リウマチにおける薬物療法の劇的な進歩や、人工関節手術をはじめとする手術療法が洗練されてきたことによって笑顔を取り戻された患者さんが大勢います。笑顔になれる治療を共に考えて実践しましょう。(岩澤先生)
変形性関節症や関節リウマチの治療は日進月歩で進んでいます。リハビリも患者さんの安心のために地域連携に取り組み成果が上がりつつあります。(大橋先生)