先生があなたに伝えたいこと
【城野 修】変形性関節症の原因や治療法への考え方は、日進月歩で変わってきています。新しい考え方を知り、納得のいく治療法を選ぶことが大切です。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. 変形性関節症はどのような疾患ですか?
A. 変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)や変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)は、一般的に関節の軟骨がすり減って起こるといわれている疾患です。
しかし最近では、単なる軟骨の消耗だけではなく、さまざまな病態が起因していることが明らかになってきています。例えば、骨壊死(こつえし)によって変形性関節症が起こるケースがあります。股関節における大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)は、大腿骨頭に血流障害が起こって骨の組織が死んでしまい、骨頭がつぶれていく疾患です。一方、膝関節における特発性骨壊死(とくはつせいこつえし)は血流障害によるものではなく、小さな骨折そのものが病態になっていると最近は考えられています。
また、膝関節の大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)の間には、膝にかかる体重の負担を分散し、膝の安定性を保つ半月板(はんげつばん)があります。これを傷める半月板損傷や、あるいは軟骨の下にある骨が骨折を起こす軟骨下脆弱性骨折(なんこつかぜいじゃくせいこっせつ)などによって変形性膝関節症を引き起こすこともあります。
Q. 半月板損傷や軟骨下脆弱性骨折は、どのようにして起こるのですか?
A. 半月板の損傷や変性断裂(へんせいだんれつ)は、スポーツ障害として若い方にも起こります。一方で、年齢が高くなると、組織酸化(組織を構成する分子がフリーラジカルや活性酸素に攻撃されてダメージや損傷を受ける現象)に関連して起こる場合が多いと考えられています。加齢に伴って誰しも、すべての組織が酸化し変性してくるのですが、そのスピードが速ければ、ちょっとした段差の踏み外しなどの衝撃で半月板が容易に切れてしまうことがあります。そうすると、膝関節にかかる体重の分散作用や安定性という半月板の機能が失われ、軟骨やその下にある軟骨下骨に体重の負荷がかかり、軟骨が傷んでいきます。
軟骨下脆弱性骨折は、「いつのまにか骨折」といわれる圧迫骨折などと同じように、レントゲンに写らないような小さな骨の骨構造が組織酸化によって破壊されるもので、骨がもろくなる骨粗しょう症とも関連します。以前は、変形性関節症は骨が硬くなる病気で、骨粗しょう症は骨が脆くなる病気だと、対照的に捉えられていました。しかし近年では、変形性関節症の発症因子として骨粗しょう症が注目されています。
Q. 変形性関節症の進行を防ぐには、関節を使いすぎない方がよいのでしょうか?
A. 患者さんからは、歩いたほうがよいのか、歩かないほうがよいのかというご質問をよく受けます。もちろん痛みが強い時期は、あまり歩かないほうがよいのですが、慢性期は運動をすることも大切です。歩いたり運動をしたりすることで、軟骨の損傷が拡大するリスクはありますが、身体を動かさないと徐々に筋力が落ち、内臓脂肪が増え、組織酸化のスピードが速くなります。組織酸化が関連して起こる変形性関節症においては、運動をすることも必要でメタボリック症候群の予防など内科的な側面に加え、精神的な健康維持のためにも運動は継続して行うように勧めています。特にプールでの水中歩行など、膝関節に負荷がかからない運動が理想です。ほかにも、膝を深く曲げないスクワットは継続可能な運動として推奨しています。
Q. 変形性関節症は、どのような場合に手術になるのですか?
A. 明らかな関節構造の破綻があり、保存治療(薬や運動、装具などを用いた手術以外の治療)で改善されない、あるいは改善する見込みのない方に適応となります。特に、日常生活や趣味活動などに支障をきたしている場合には、手術をご提案しています。たとえば「旅行に行きたいけれど、股関節が悪いから諦める」「ダンスや卓球を続けたいけど、膝が痛いからやめる」となったタイミングです。中には、「歩けなくなるほど病状が進行したら手術をする」という患者さんもおられますが、それまでの間に筋肉が萎縮したり、関節の動きが悪くなったりするほか、心身の状態も徐々に悪化していきます。術前の関節機能が落ちていると、その分、術後の機能成績もよくないことは明らかになっています。今やりたいことは今しかできないかもしれませんので、手術を先延ばしにするよりも、やりたいことのために優先してもらいたいです。
Q. 人工関節の手術は、人工関節自体の耐用年数に合わせた年齢で行うのですか?
A. 例えば、人工股関節は、20年ぐらいもつといわれてます。だからといって、寿命を85歳と仮定すると、65歳になるまでは手術ができない、あるいはそれ以前に行うと再置換(さいちかん:人工関節を入れ換える手術)をしなければならないということではありません。実際は20年で再置換が必要となる例は稀です。逆に、感染症や人工関節の不安定性、人工関節周囲の骨折などにより、数年で再手術を要するケースもあります。しかし、以前と比べて人工関節の長期成績がよくなっているため、現在は手術適応となる患者さんの低年齢化が進んでいます。
Q. 人工関節の手術において留意されていることを教えてください。
A. 人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)、人工股関節全置換術(じんこうこかんせつぜんちかんじゅつ:THA)のいずれにおいても、インプラントを正確に設置するために、一例ずつ入念に術前計画を行っています。骨の大きさや形状は患者さんごとに異なるため、事前にコンピュータで3次元の術前計画ソフトを用い、患者さんに合ったインプラントの種類やサイズを決めるほか、設置アライメント(設置位置・角度などのこと)を計画しています。
Q. 人工膝関節置換術はどのような手術なのですか?
A. 膝関節全体を人工関節に置き換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんぜんせつちかんじゅつ:TKA)に対して、部分的に置き換える人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ:UKA)があります。UKAは約10年前までは、75歳以上の方に対して侵襲(しんしゅう:身体へのダメージ)の少ない手術として行われてきたのですが、近年は年齢の適用範囲が拡大してきています。当院でも、UKAのメリットとデメリットを詳しく説明したうえで、患者さんが強く希望されれば50歳代でもUKAを行うこともあります。
Q. UKAはどのようなメリットとデメリットがあるのですか?
A. 通常、50歳代の変形性膝関節症の患者さんには、脛骨を切って骨の向きを変えて矯正する高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)を行うケースが多いです。しかし、骨切り術は社会復帰するまでの治療に時間がかかることから、働き盛りの年代の方は、治療が短期間で済むUKAを希望されることがあります。またUKAは、膝関節において重要な役割を果たす前十字靭帯が温存できるため、術後も膝関節本来の動きが獲得できることから、活動性の高い年代の方にも適した手術だと私は考えています。しかし、UKAは手術手技に高い技術が求められるうえ、場合によってはTKAほど長期成績がおよばず再置換が必要になる可能性があります。これらのメリットとデメリットをご説明し、手術をするか患者さんに判断していただいています。
Q. インプラントはどのような素材なのですか?
A. 一般的に、人工膝関節は、脛骨側にチタン合金、大腿骨側にはコバルトクロム合金が用いられていますが、当院では大腿骨側にセラミックを用いた人工膝関節を使用しています。セラミックは生体親和性に優れ、金属のようにアレルギー反応を起こしにくいうえ、表面が滑らかなので、軟骨部分にあたるポリエチレン製プレートとこすれた時のポリエチレンを摩耗させにくいのが特長です。
Q. 人工股関節全置換術(THA)において、特に留意されていることはありますか?
A. THAにおいては、股関節の可動域(動かせる範囲)を維持、拡大することに留意しています。THAは術後の痛みや違和感が残りにくく、患者さんの満足度が高い手術です。しかし、以前は術後に人工関節が脱臼しないようにするために、股関節可動域を拡大しないように指導する例が少なからずありました。昔と比べて、現在はインナーマッスル(身体の深いところに位置する筋肉)を切らない筋腱温存手術の普及や、インプラントの大腿骨頭の代わりとなる人工股関節のボール(骨頭ボール)のサイズが大きくなって骨盤側にしっかりとはまり込み、人工股関節の安定性が高まったことで、術後に人工股関節が脱臼することは少なくなりました。だからこそ、脱臼を回避する肢位(しい:姿勢のこと)の指導ばかりではなく、可動域訓練を拡充することが大切だと私は考えています。
ほかにも、術前の股関節の可動域が広い例においては、術後にインプラント同士(ステムとポリエチレンライナー)がぶつかって脱臼を引き起こすことを未然に避けるために、ステムとカップの設置角度を工夫しています。逆に、術前の可動域が狭い場合は、可動域を広げるために、場合によっては関節包靱帯(かんせつほうじんたい)と呼ばれる股関節を包み込んでいる靭帯を切離して拘束を解放することも必要なのではないかと考えています。
Q. 手術には合併症の可能性もありますが、どのように対策されていますか?
A. 手術によって血管内に血の塊ができ、血流が滞る深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)が起こる可能性があります。術後に抗血栓薬を用いれば対処できますが、術前から血栓が存在する場合は、重症化しやすいといわれているため、当院では事前にスクリーニングを行っています。下肢の血管エコー検査や造影CT検査で血栓が見つかれば、手術を延期して血栓を溶かす治療をしてから手術を行います。合併症を未然に防げるように、あらゆる面で対策を行っています。
Q. ありがとうございました。では最後に、先生が治療において心がけていることをお聞かせください。
A. 患者さんお一人おひとり、仕事や家事などを抱えておられ、旅行やスポーツなどの趣味を持っている方もおられます。そうしたそれぞれの患者さんに寄り添った治療をご提案することを心がけています。情報社会の今は、多くの患者さんが事前に治療や手術に関する情報、そのリスクなどを入手されています。数ある医療機関の中から当院に手術を託してくれた患者さんに対して、強い使命感を持って治療に臨んでいます。
リモート取材日:2021.8.25
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
変形性関節症の原因や治療法への考え方は、日進月歩で変わってきています。新しい考え方を知り、納得のいく治療法を選ぶことが大切です。