先生があなたに伝えたいこと / 【柁原 俊久】「人工股関節を入れた日がもうひとつの誕生日」。手術後、そんな風に表現された患者さんがおられました。医者冥利に尽きます。

先生があなたに伝えたいこと

【柁原 俊久】「人工股関節を入れた日がもうひとつの誕生日」。手術後、そんな風に表現された患者さんがおられました。医者冥利に尽きます。

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生

横浜南共済病院
かじわら としひさ
柁原 俊久 先生
専門:股関節

柁原先生の一面

1.最近気になることは何ですか?
 子どもがまだ小さいので、日本の子どもたちの将来ですね。より良い国になってほしいものです。

2.休日には何をして過ごしますか?
 子育てもしていますが(笑)、この夏からスタンドアップパドルサーフィンを始めました。板の上に立ってパドルで漕ぐのですが、若い頃はスキーやウィンドサーフィンもしていたのに、イメージほどは立っていられなくて。自分自身の股関節周囲の筋力の衰えを実感しています。これ、気になることでもありますね(笑)。

先生からのメッセージ

「人工股関節を入れた日がもうひとつの誕生日」。手術後、そんな風に表現された患者さんがおられました。医者冥利に尽きます。

Q. 今回は、人工股関節全置換術に対する最新の情報などを教えていただきたいと思います。まず、最終的に人工股関節を入れなければならなくなる疾患には、どのようなものがあるのでしょうか?

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生A. およそ8割は変形性股関節症です。ほかに大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)、骨折などの予後(よご:治療後の状態)が悪い場合などです。また、当院では関節リウマチの方に手術を行うことも、他施設に比べて多いと思います。

Q. 人工股関節の術後の成績はとても向上しているそうですね?

A. はい。長期成績が非常に安定してきており、患者さんの満足度もとても高い手術になっています。今のような普及型の人工股関節の手術が初めて世に出たのは1962年です。実は、人の体内に設置する人工物として、50年の成績が出ているのは極めて珍しいんです。人工股関節はこれまでに試行錯誤を繰り返してきましたが、成績が悪いものは淘汰され、良いものはさらに改良を重ね、改良したものの思うような結果が出ないものも淘汰され...ということを繰り返して、安定した成績を獲得するに至っているのです。

Q. 実際、現在の耐用年数はどれくらいですか?

A. 今のデータですと多くが20年もちます。ただし、これは20年前に入れたものに対してわかっていることであって、現在の人工股関節は20年前のものより確実に良い性能になっています。その長期成績が出るのは何年も後になりますが、我々としては最新の人工股関節を用いて、今後30年の耐用年数を目指しています。

Q. では、患者さんの満足度が高いというのは具体的にどういうことでしょうか?

脚長差A. 何といっても痛みが取れて動きが良くなることです。また見逃してはならないのが、脚の長さを揃えることができること。変形性股関節症によって脚長差(きゃくちょうさ:左右の脚の長さの違い)がでた脚の長さを揃えることで、見た目だけでなく、歩き方のバランス、ひいては体全体のバランスが改善します。当院ではそれを非常に重視しています。

Q. 人工股関節にすることによって、痛み、動きの改善と体全体の姿勢のバランスを改善することができるのですね。

A. 人工股関節は、「痛みの原因である股関節の摺動面(しゅうどうめん:関節のこすれ合う面)を人工物に置き換える」ことが第一義なのですが、「生来ある股関節の回転の中心を正しい位置に戻す」ことも、人工股関節の使命であると考えます。人工股関節はライナーとよばれる受け皿に骨頭ボールが収まる、ボール&ソケット構造で構成されていて、そのボールが回転する中心を正しい位置に戻すと、脚の長さもより揃えやすくなります。

人工股関節

Q. そもそもなぜ、変形性股関節症になると脚長差が出てしまうのでしょう?

A. 変形性股関節症の8割が女性なのですが、その原因として主に寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)といって股関節の屋根の被りが浅くなる状態があります。屋根が切り立った感じになっていて被りが浅いんですね。そうすると荷重が一点にかかります。若いうちはそれで何とか持ちこたえているのですが、筋肉が落ちてきますと持ちこたえられなくて、大腿骨の頭が外側に外れてきてしまうんです。それを耐えようとして余分な骨(骨棘:こつきょく)が出てきますが、ついには耐えられなくて外れます。そのように外側に外れると、その分、脚が短くなりますよね。

正常、寛骨臼形成不全

Q. そういうことなのですね、納得しました。

A. それともうひとつ、骨盤から股関節にかけて筋肉がついていますが、これも上にズレ上がっている状態ではたわんでしまい、いくら鍛えろといっても限界があります。正しい位置に戻すことで、高齢者でも3ヵ月から半年くらいでこのお尻の筋肉はちゃんとついてきます。

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生Q. 手術は両脚をされる方が多いのですか?

A. もちろん片方だけの方もいらっしゃいますが、もし別の方の股関節が少しでも変形していますと、片方を手術して痛みが取れることで、手術していない脚の痛みが気になってくることがあります。また、手術をしたことで活動性が上がるために、今までそうでもなかったもう片方の脚の痛みが強くなってくることもあります。私の気持ちとしては、人工股関節にしたら、「国内でも海外でもどこへでも行って楽しんでくださいね」といってあげたい。だって、そのために手術をしたのですから。「年齢なりの楽しい人生を送ってもらう」のが人工股関節なのに、逆の方が痛くなってそれが叶わないんだったら、両脚の手術をお勧めしたいと思います。

Q. 具体的にはどのような手術を行うのですか?

A. 変形した位置にカップを設置するのではなくて、変形する前の本来の位置(原臼位:げんきゅうい)に戻して、そこに骨を移植して屋根を作り、人工股関節を入れます。私は昭和62年から変わらず、ずっと同じやり方を続けています。

Q. 変わらぬやり方を続けておられるのは、やはりその手術法が優れているから、ということなのでしょうか?

A. 他のやり方として、骨を移植せずに、大腿骨の首の部分を伸ばしてある程度のところまで脚を下げるという手術法もあります。
我々のやり方については、一時期、移植した骨がいずれは潰れるか吸収されてしまうという海外からの報告がありました。しかし当院では、これまで悪い結果を出したことがありませんので、この方法をずっと続けています。そのメリットは、さっき申し上げたように脚を揃えて、障害のない自然な動きが獲得できること、そして、もし人工関節が摺動面の摩耗によって残念ながらゆるんでしまった場合でも、骨を作っておくと入れ換えの手術の際もその骨が残っているので、また同じ位置に設置できるということです。

Q. 人工股関節自体も進歩しているのでしょうか?

A. 人工股関節の摺動面が摩耗してゆるむというリスクが大幅に低減しました。これは摺動面に使われているポリエチレンを、摩耗しにくくさせる特殊加工をしたクロスリンクポリエチレンが開発されたことによります。摩耗だけを考えたなら金属対金属やセラミック対セラミックのような組み合わせもありますが、硬い物同士ではいろいろな問題があって、当院では一貫して、硬い物と軟らかい物、セラミックとポリエチレンですね、この組み合わせのものを使っています。

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生Q. 摺動面の素材としては、摩耗しにくい新しいポリエチレンが最適ということですね。

A. 人の関節は軟骨によって衝撃を和らげる作用があり、ポリエチレンもショックをある程度吸収しますからよく似ています。硬い物と硬い物ではショックを吸収する働きを排除していることになります。別の意見として、若い方に人工股関節するときは摩耗しない組み合わせが良いとおっしゃる先生もいらっしゃいます。けれど若い時期は、より激しい動きを要求されますので、ポリエチレンの緩衝作用は排除できないと私は考えています。最新の摺動面にはAquala(アクアラ)という、より摩耗の低減が期待できる技術も出てきました。ポリエチレンというショックを吸収する軟らかい素材としての特性を残して耐摩耗性を高める取り組みには、非常に期待しています。

※Aquala(アクアラ)は京セラ株式会社の登録商標です。

Q. よくわかりました。それでは手術手技の進歩についても伺います。先生がポリシーとしていらっしゃる、人工股関節を「生来の位置に正しく入れる」ことに対して何か取り組みをされているのでしょうか?

ナビゲーションシステムA. CTとナビゲーションシステム(カーナビのように人工関節や器具を適切な角度、位置に導くもの)の導入ですね。CTを活用して、三次元的に骨盤の状態を把握することによって、変形の程度やどのサイズのカップを使うのが適切か、さらに正しい原臼位がどこで、そこにはどれくらい骨があるのか、そこに設置した場合にはどこにどれだけの骨が必要になるのか、などを明確に把握して、綿密に術前計画を立てています。手術の際は、ナビゲーションシステムを使って術前計画の通りに人工股関節を設置します。このようにして、精度の高い手術を実施しています。

Q. 手術時の切開方法である、アプローチ法にも種類があると聞きましたが。

後方から切開した時に脱臼する、靴を履く動作の例A. はい。以前は後方からのアプローチ法、つまり、関節包(かんせつほう:関節を包む袋)の後方から切開して入る方法でしたが、今は前側方アプローチ法を採用しています。しゃがみ込みなどで屈曲する際、股関節には後方に外れようとする力が加わります。そのために術後に脱臼する可能性があります。前側方からのアプローチですと脱臼の頻度が極めて低くなります。

前側方アプローチ

Q. 患者さんには安心ですね。

A. 実は我々にとっても安心なんですよ。それは、脱臼のリスクが低いということは、リハビリも早期にスムーズに進められることにつながるからです。早期退院にもつながるので、通常の場合で入院期間は2週間程度で済みます。

Q. 退院後にリハビリに通う必要は?

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生A. 股関節の場合はほぼ必要ありません。ご自宅での日常生活がそのままリハビリになります。

Q. 入院中のリハビリでは、特別に試みておられることはありますか?

A. 注力しているのが、骨頭が外側に外れないようにするために、外転筋力(がいてんきんりょく)を鍛えていただくことです。横になって脚を伸ばしながら上げ、5秒間止めてからおろすというのを朝晩20回くらいやってもらっています。これは手術の前から始めていただき、退院後もやっていただきます。筋力をしっかりつけることは、人工股関節が安定して長期成績にも良い影響を与えます。また、リハビリの間に脱臼しやすい肢位(しい:脚の位置)を頭に叩き込んでいただき、生活の中でそのような動作を避けていただくことも重要です。

Q. では、手術における合併症とその対策についても教えていただけますか?

歩行訓練A. 感染に関しては手術をなるべく短時間で終わらせることと、適切な抗生剤の投与を行う対策をしています。退院後は患者さんご自身も、虫歯や歯周病などを放置しないで早めに治療していただく必要があります。ばい菌が血液を介して人工股関節の周囲で悪さをすれば、入れ換えということにもなります。血栓に関しては、術後の一時期は予防的に抗凝固剤を使いますが、一番有効なのは、なるべく早くベッドを離れて歩く練習をしてもらうことです。ですから翌日から車いすに乗って、2、3日後には歩いていただいています。

Q. ありがとうございました。人工股関節の適応年齢についてはどうでしょう? 超高齢者や若い方でも受けられるのでしょうか?

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生A. 当院では90歳以上の超高齢の方からお若い方の手術も幅広く実施しています。高齢の方であっても、股関節が痛くて手術をしたいとおっしゃる方は、基本的に元気なんですよ。それが歩けなくなると、寝たきりになる可能性も高くなり、何より脚を動かすことによるポンプ運動ができないことは逆に心臓へのリスクになってしまいます。歩くというのは健康の源なんですね。
とはいえ、ほとんどの方は高血圧、糖尿病、心臓や肺、あるいは他の関節など、どこかに問題を抱えておられます。手術前に検査に万全を期し、手術にあたって何が問題か、そのリスクをどう回避すれば良いのか、総合病院の強みを生かして各科の専門医らと連携しながら、患者さんにとって最も安全な方法を選択しています。
また、若い方に関しても、かつては耐用年数から逆算して人工股関節手術は65歳以上という考え方でしたが、手術手技が年々進歩して耐用年数も延びている今、痛くて日常生活も困難ならそれはナンセンスですよね。人生があまりにもったいない。そうではなくて、より良い人工股関節手術を受けて、手術をした病院で長期的な経過を見てもらって、何かあったら早めに対処する。それで痛みのない生き生きとした生活を送っていただくことのほうがずっと有意義だと私は思います。

Q. 定期検診は重要ですね。

定期検診A. ええ。もし摺動面が摩耗して傷んでしまった場合でも、対応が早ければ人工関節すべてを再置換するのではなく、中のポリエチレン部分だけ換えるという手術が可能です。先ほども申し上げました通り、万一、再置換になっても「屋根がある」ことで、正しい位置に再設置することができます。どんな状態になっても、正しい位置に戻すことを我々はあきらめません。もしも骨を移植して屋根を作ることを怠ってしまうと、ゆるんだ時に正しい位置に再設置する手術が難しいものになります。

横浜南共済病院 柁原 俊久 先生Q. 適切な人工股関節全置換術は、生活の質(QOL)を上げるための手術なのだということがよくわかりました。

A. そのことを多くの患者さんに知っていただければ幸いです。 そういえば、こんなことがありました。ある70代の患者さんが、定期検診に来られましてね、私が「手術して3年ほどになるかな?」と尋ねますと、「はい先生、○年○月○日に手術しました」とおっしゃるんです。「よく覚えていますね」というと、「先生、私はあの日に生まれ変わったんです。あの日は私のもうひとつの誕生日なんです。」と明るく答えられました。うれしかったです。医者冥利につきる、そんな一言でした。

Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。

柁原 俊久 先生からのメッセージ

※ムービーの上にマウスを持っていくと再生ボタンが表示されます。

取材日:2014.12.18

*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。

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