先生があなたに伝えたいこと
【大湾 一郎】人工股関節置換術は整形外科医が自信を持ってお勧めできる手術です。患者さんが一生自分の足で歩けるように、一人ひとりに合った治療を考えています。
沖縄赤十字病院
おおわん いちろう
大湾 一郎 先生
専門:股関節
大湾先生の一面
1.休日には何をして過ごしますか?
ロードバイクが趣味で、レースにも出場していますが、最近首を痛めてしまってあまり乗れていません。あとはカフェに行って読書をすること。某有名チェーンのカフェに週3回は通っています。
2.最近気になることは何ですか?
日常の忙しさに追われるのではなく、理想を追いかける毎日を過ごしたいと思っています。沖縄の高齢者を元気にするために、五つ星病棟を目指して、熱い言葉でスタッフの気持ちを一つにしたい、そして常に新しい技術を現場に採り入れていきたいです。
Q. 股関節の疾患でお悩みの方には、どのような疾患が多いのでしょうか?
A. 私の外来に通院されている患者さんでは、変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)が最も多く、次に大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)や大腿骨頭軟骨下脆弱性骨折(だいたいこっとうなんこつかぜいじゃくせいこっせつ)などの患者さんになります。変形性股関節症の多くは、生まれつき股関節の寛骨臼(かんこつきゅう)のつくりが浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が原因で起こります。股関節の屋根の部分にあたる寛骨臼が小さいと、狭い面積で体重を支えることになり、軟骨が傷みやすくなります(前期~初期)。軟骨が徐々に摩耗して薄くなり(進行期)、最終的に軟骨が消失して骨と骨がゴリゴリぶつかる状態となりますが、これが末期の状態です。
Q. どのような治療を行うのでしょうか?
A. 前医で手術を勧められ、初診時にすでに手術を決心して受診される方もいますが、治療法に関して専門医の意見を聞きたくて受診する人が多いようです。股関節は痛いけど、手術の決心がつかない、手術以外の方法で良くなる可能性はないかとの考えです。そのような場合には保存療法から始めます。
私の外来を受診する進行期から末期の変形性股関節症の患者さんのうち、数ヵ月以内に手術になるのが半数、残り半数は保存療法で経過観察になります。
Q. 保存療法ではどのようなことを行うのでしょうか?
A. まず、痛みに対する正しい考えを持ってもらいます。痛みがあるとき、できるだけ安静にして過ごすべきか、できる範囲で動くべきか、どちらだと思いますか。痛みのいうことばかり聞いていては、痛みに左右される生活になってしまいます。痛みがきついときには鎮痛剤を服用し、痛みを軽減させ、できるだけ動いていた方が痛みのコントロールが可能になります。このとき、痛みをゼロにすることを考えてはいけません。痛みがあっても予定の行動ができたかどうかで評価します。
動けないと体重も増加しがちになり、筋力も衰えてきます。できるだけ動くということが治療の原則になります。患者さんのなかには、鎮痛剤は服用しません、杖はつきたくありませんとおっしゃる方がいますが、これは間違った考え方です。
Q. 末期の患者さんでも、すぐに人工股関節になるわけではないんですね?
A. レントゲン写真で、変形が高度で末期の変形性股関節症と診断されても、「私は、この痛みに慣れているから」と積極的な治療(手術)を希望されないこともあるし、逆に変形が高度でなくても「早く痛みを取って痛みのない生活を楽しみたい」と、早期の手術を希望される患者さんもいます。患者さんが治療に何を期待しているのか、問診をしっかり行って、患者さん一人ひとりに合った治療法を考えなければいけません。レントゲンを撮影し、その所見によって医師が手術するかどうかを決めるのではなく、患者さんの気持ちが最優先されます。
Q. 先生のところでは、人工股関節以外の手術も可能ですか?
A. 初期の変形性股関節症では、股関節の屋根の部分を広げる寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)を行って、できるだけ軟骨が摩耗しないようにします。大腿骨頭壊死症では、体重を支える部分の骨が死んでしまっていることが多く、健康な骨が体重を支える部分にくるように、大腿骨頭を回転させる骨切り術を行います。末期の変形性股関節症でも、人工股関節にはしたくないとおっしゃる方には大腿骨や骨盤の骨切り術を行うこともあります。ただし、最近では人工股関節の材質や機能が進歩しているので、骨切り術を行うことは少なくなりました。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 人工股関節は、カップにはめ込んだポリエチレンライナーと骨頭ボールとの間で動きます。この動く部分が人工股関節で最も重要な部分で、摩耗が生じないように、できるだけツルツルにしないといけません。当院では、この部分に「Aquala(アクアラ)」と呼ばれる特殊表面処理を施したポリエチレンライナーを使用しています。この処理により、通常のポリエチレンライナーよりも摩耗が起こりにくいことが期待できます。
こうした技術の進歩があり、以前の人工股関節の寿命は15~20年といわれていましたが、最近の人工股関節の寿命は30年程度に延びているだろうと思います。
Q. 人工股関節置換術の手術手技も進歩しているのでしょうか?
A. 人工股関節置換術では、患者さんの骨の形態に最も合った人工股関節を選択すること、術前計画通りに正しい位置に人工股関節を設置すること、筋肉を傷つけずに低侵襲(ていしんしゅう:ダメージ、負担が少ない)手術を目指すことが大切です。当院では、人工股関節を選択する際に詳細な設計図を作成することができる3次元テンプレーティングソフトを用い、仰臥位(ぎょうがい:あおむけの姿勢)前方アプローチと呼ばれる低侵襲な方法で手術を行っています。人工股関節の手術は仰臥位か側臥位(そくがい:横向きの姿勢)かのどちらかで手術を行いますが、仰臥位の方がより正確に人工股関節を設置しやすいといわれています。当院でも特殊な例では側臥位で手術をすることもありますが、その場合にはナビゲーションシステムと呼ばれる手術支援装置を使用し、より正確な手術を目指しています。手術の翌日から立位、歩行訓練を開始し、入院の期間は約2週間です。
Q. 手術の合併症について教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策を取られているのでしょうか?
A. 手術の合併症として、感染、脱臼、静脈血栓塞栓症、骨折、神経麻痺、人工股関節のゆるみ、摩耗、破損、人工股関節に対するアレルギー、軽度の疼痛(とうつう)の残存、予想を上回る出血などがあります。感染を予防するために、クリーン・ルームと呼ばれる手術室で手術を行います。通常の手術では手術着に帽子とマスクだけですが、人工股関節の手術ではさらにヘルメットを被り、宇宙服のような格好で手術を行っています。脱臼を予防するために、前述した3次元テンプレーティングソフトを用いて、しっかりとした手術計画を立て、人工股関節のカップの傾きや方向などが術前計画通りになるようレントゲン透視画像を見ながら設置しています。静脈血栓塞栓症を予防するために、手術翌日から立位、歩行訓練を開始し、術後4日目に超音波装置を用いて血栓の有無を確認しています。
また、患者さんの骨が弱ければ骨折のリスクもありますので、手術前に必ず骨密度をチェックしています。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が原因で股関節の変形が急速に進むこともあり、骨密度の強化も平行して行います。股関節の治療にあたっては、常に骨と筋肉の健康を総合的に考えることが大切です。
Q. なるほど。改めてお尋ねしますが、股関節の役割とは何でしょうか?
A. 人間が二本足で立って歩くようになったのは、股関節が発達したことによるものです。運動器の衰えで、立って、歩く機能が低下した状態をロコモと呼んでいます。ロコモを予防するためには、股関節を丈夫に保つことが必要です。関節の状態が悪くなると隣接する関節にも影響が及びますが、股関節は体幹と下肢を連結する部位に存在し、股関節が悪くなるとさまざまな部位に影響が及びます。腰や膝まで悪くなるし、背骨が曲がったり、肩こりなどが生じたりすることもあります。私は股関節の専門医として、一人ひとりの方が健康に過ごすお手伝いをしていきたいと思っています。
Q. 股関節を健康に保つにはどうすればよいですか?
A. 股関節に限らず健康を維持するために大切なのは、できるだけ歩くことです。股関節の違和感が続く場合には、早めに股関節を専門にしている医師に相談してください。日本股関節学会や日本人工股関節学会に所属している医師を探すとよいでしょう。
変形性股関節症の主要な原因である寛骨臼形成不全は、実は幼いときからの変化です。もし、お母さんが寛骨臼形成不全で治療した経験がある場合には、お子さんのレントゲン写真を一度は撮影しておいた方がよいかもしれません。
股関節は、転倒して骨折することが多い部位でもあります。日本における高齢者股関節骨折の発生件数は年間15万人以上に達します。発生率を都道府県別に比較すると、実は沖縄県が日本一なんです。沖縄には電車がなく、成人すればほとんどの人が車を所有し、近くのコンビニも車で行きます。典型的な車社会で、日本有数の歩かない県になってしまいました。骨を丈夫にするためにも、歩くことを奨励しています。
Q. 先生が医師として目指していることについて教えて下さい。
A. 股関節の患者さんに関しては、痛みがなくなり、手術したことも忘れて生活できるようになっていただくことが目標です。当院で手術を受けていただいた患者さんとは一生のつき合いだと思っています。
また、病棟改革にも取り組んでいて、「この病院で治療してよかった」と思ってもらえるような病棟にしたいと思っています。スタッフ間でのキャッチフレーズを"五つ星病棟"にしています。
*「Aquala」(アクアラ)は京セラ株式会社の登録商標です。
取材日:2018.8.30
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工股関節置換術は整形外科医が自信を持ってお勧めできる手術です。患者さんが一生自分の足で歩けるように、一人ひとりに合った治療を考えています。