先生があなたに伝えたいこと
【福田 良嗣】一つの関節のトラブルも、放っておくと他の関節のトラブルにつながる恐れがあります。運動機能をできるだけ保つことが、健康寿命の延伸につながって行きます。そのための治療は進歩し、選択肢も増えています。
医療法人財団 荻窪病院(現 国立成育医療研究センター)
ふくだ よしつぐ
福田 良嗣 先生
専門:股関節・膝関節・足関節
福田先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
子供から中年世代までにスマホ依存症の人が増え、最終的に整形外科受診に至ってしまう方がいることです。周囲への注意が散漫になり大怪我をしたり、「スマホ首」と呼ばれるような肩こりや首の痛み、体幹の歪みが生じたりと身体的な問題を引き起こしてしまっている方が増えている印象です。またSNS等による休まらないコミュニケーションから気疲れし、不調に輪をかけている場合もあります。便利ですがスマホの取り扱いは十分な注意が必要だと思います。
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもと過ごす時間を大切にしています。また時折大学の研究室で再生医療の基礎研究を行っています。運動器の医療をより良いものにできるような、新しい治療の可能性に挑戦し、これからの医療に貢献していきたいと思っています。
Q. こちらでは患者さんが痛みを訴える箇所が多いのはどの関節でしょうか? また、その病名についても教えてください。
A. 厚生労働省の統計で、変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)の患者さんは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)の5~10倍というデータにもあるように、圧倒的に膝周囲の痛みを訴える患者さんが多いです。当院に来院される患者さんで最も多い症例は、加齢とともに膝関節のクッションの役割を果たす軟骨が摩耗して痛みが生じる変形性膝関節症で、70歳以上の女性が多いです。
ただし膝周囲が痛いと訴える患者さんでも、変形性股関節症からの放散痛(ほうさんつう:痛みの原因となっている部位から離れたところに痛みを発すること)であったり、腰椎(ようつい)由来であったりする事もあるので注意が必要です。やはり総合的な運動器診療が不可欠です。
また患者数の違いは、疾患背景に由来します。変形性膝関節症は、一次性と呼ばれるいわゆる特に素因などは関係なく加齢に伴って変形を来たすケースが多いのに対し、変形性股関節症は、二次性と呼ばれる、元々変形しやすくなるような背景があるケースが多数を占めています。
股関節は大腿骨の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)が骨盤側の受け皿となる寛骨臼(かんこつきゅう)にはまり込む構造になっているのですが、日本人の女性には生まれつき寛骨臼のつくりが浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)の方が多く、軟骨の一部分に負荷が集中しやすく、その部分の軟骨がすり減って変形が生じていきます。
Q. 関節と骨と筋腱は相互に影響しあっているということですね? 関節同士も同様なのでしょうか?
A. そうです。「隣接関節障害(りんせつかんせつしょうがい)」といって、どこか一部の関節が悪くなっても、その部分をかばうことで隣接するほかの関節にも影響を及ぼす恐れがあります。
海外では1980年代から脊椎が変形することで股関節への負荷が増え、股関節に痛みを生じるようになる「ヒップ・スパイン・シンドローム」という考えが提唱されています。当院では近年の考え方の流れを汲み取り、膝関節も多大な影響を及ぼすと考え、「ヒップ・スパイン・ニー・シンドローム」として捉えています。
そのため、外来診療の際は、痛みが出ている部分だけでなく、体全体のバランスを診るようにしています。そうする事で患者さんもより納得していただけるので、診療上より良い相乗効果が生まれています。
例えば膝痛・膝の変形でこられた方の中にも、先に変形性股関節症があり、かばっているうちに変形性膝関節症を生じてしまった方などは、股関節治療も同時並行で行ないます。その治療内容は、病状の重さや患者さんの背景により、多彩なケースが考えられ、それぞれのニーズに合うよう計画していきます。私自身が経験したほんの一例になりますが、80歳代でウォーキングが趣味で股関節の変形が重度ではない方でしたら、膝痛に対しては人工膝関節手術、股関節はリハビリを中心に対応したところ、ウォーキングを継続できるようになり満足されていました。また、60歳代で股関節・膝共に変形・疼痛(とうつう)がかなり強い方は、人工股関節手術を先に行って、膝の痛みに対しては注射療法で対応し、改善しなければ骨切り術(こつきりじゅつ)を検討するといった対応を行いました。現状では注射療法だけで、以前より歩行能力が向上したため満足されています。
このように患者さんによりケース・バイ・ケースになりますが、それぞれの部位の治療法を組み合わせて、個人個人の日常生活動作やQOLの改善を目指すことが、高い満足度に繋がっていると考えています。
Q. 運動器を総合的に診断することが大事だということなのですね?
A. はい。その通りです。まず始めに私たちが永く健康で快適な日常生活を送るためには、土台である足腰の状態を良好に保つことが不可欠になります。歩行・階段昇降・トイレ動作など、多くの日常生活動作は脊椎や下肢(かし:股関節からつま先まで)の運動器機能に依存します。患者さん一人ひとりの悩みになるべく多く対応できるように日々心掛けています。
また、運動器診療というものは大きく分けて考えると、神経系を除いて①関節、②骨、③筋腱といった3つの枠組みで捉えることができます。それら3本柱はお互いに相互関係にあるので、例えば膝の痛みで来院された方には、病状の程度にもよりますが、痛み止めや注射だけではなく、大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛える運動も必ず指導し、筋力増強訓練の大切さを説明します。そうする事で関節の負荷が減り、疼痛が減ると、薬の副作用で困らなくなったり、手術にまで至らずに済んだりするケースがたくさんあります。手術だけではなく、あらゆる保存療法も大事な治療選択肢として考え、それらを駆使して、少しでも来院された患者さんのQOL(Quality Of Life:生活の質)を上げる事ができれば幸いと思っていますし、それが運動器診療医の醍醐味であると考えています。
また近年は運動器エコー(超音波画像診断)が普及し、原因もより細かく診断できるようになってきました。特に股関節領域の進歩は目まぐるしく、一言に股関節痛といっても、軟骨の変性や関節唇(かんせつしん)損傷といった関節内の問題だけではなく、周辺の筋腱の炎症なども指摘されるようになってきました。そのような場合、注射やリハビリも効果的ですので、レントゲン所見で関節が悪いからすぐ手術とならないように、やはり総合的な運動器診療が大事であると考えています。
Q. 先生は股関節、膝関節、足関節とさまざまな関節の専門でいらっしゃいますが、今回は膝関節の治療について詳しくお伺いしたいと思います。もし、変形性膝関節症となった場合、すぐ手術をしなくてはいけませんか?
A. 決してそんなことはありません。膝関節痛は、変形性膝関節症の兆候がみられる場合、関節の内側を覆っている滑膜(かつまく)の炎症から痛みを発していることが多く、膝に水が溜まっているようであれば除去し、痛み止めを内服しながらしばらく安静に過ごしてもらった後、膝周辺の筋力を強化する運動療法を行っていきます。その後も、ヒアルロン酸注射を定期的に行いながら経過を観察します。
Q. それでも痛みがおさまらないようであれば、手術になるのでしょうか?
A. 滑膜炎の場合には、関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)が可能です。関節の周囲に小さな穴を開け、関節鏡を入れて痛みの原因である関節軟骨のカケラを取り除いたり、関節軟骨を削ったりして処置を行います。膝の手術の中では最も体に負担が少ない手術といえるでしょう。
また、変形が進行してしまった場合でも、関節の内側か外側のいずれかに軟骨が残っている場合では、骨が向き合う角度を整えて膝関節にかかる負荷を減らす高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)という方法があります。
いずれも、自分の関節が温存できることがメリットです。75歳くらいまでの方で、スポーツも楽しみたい方、農作業などの重労働をされる方なら、骨切り術で対応することをお勧めします。
軟骨が内側も外側も損傷している場合には、傷んでいる箇所を人工膝関節に置き換える人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)が適用になります。
Q. 人工膝関節置換術にも種類があるのでしょうか?
A. 膝関節のすべてを人工物に置き換える全人工膝関節置換術(ぜんじんこうひざかんせつちかんじゅつ)と悪くなっている箇所だけを人工物に置き換える単顆人工膝関節置換術(たんかじんこうひざかんせつちかんじゅつ)とがあります。
Q. 人工膝関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 様々な形状やサイズのものがあり、素材や表面加工が進歩して骨と癒合しやすくなっています。また、関節が摺動(しゅうどう)する部分に用いられているポリエチレン部品が進歩して摩耗しにくくなり、人工膝関節の寿命は大幅に延びました。
Q. ありがとうございました。治療方法が進歩しているだけでなく、総合的な診断も重要なことがよくわかりました。患者さん側の気を付ける点として、やはり、痛みを感じたら早めに受診すべきですか?
A. 痛みをかばい続けることで他の関節にも影響が及ぶ恐れがありますし、初期であればそれだけ治療の選択肢が増えますから、できるだけ早めに受診していただいたほうがよいです。
Q. 最後に、先生が、患者さんを診る際に意識しておられることについて、あらためておまとめいただけますでしょうか。
A. 関節を診るということは、その周辺の骨や軟骨、筋腱、靭帯を診るということでもあります。一部分の関節だけにとらわれるのではなく、患者さんの悩みを聞いて運動器の機能を総合的に診断し、その方に合った治療法をコーディネートするのが私たち整形外科医、運動器診療医の役割だと考えています。
人間も動物ですから、健康を維持するために一定の運動量をこなせるライフスタイルが必要で、楽しく毎日を送るためには、運動器の機能を保つことが大切です。痛みをなくして健康寿命を延ばし、スポーツなど、その方にとってモチベーションが生まれる余生の過ごし方ができるようになってほしいと願っています。
運動器の悩みは一生の悩みにつながるかもしれません。気になる症状があれば、些細なことでも医療機関にご相談ください。医療は日々着実に進歩しています。一つの関節のトラブルが他の関節のトラブルにつながることもありますので、早期に対応することが肝心です。健康寿命を延ばすために、一緒にがんばりましょう。
取材日:2020.2.3
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
一つの関節のトラブルも、放っておくと他の関節のトラブルにつながる恐れがあります。運動機能をできるだけ保つことが、健康寿命の延伸につながって行きます。そのための治療は進歩し、選択肢も増えています。