先生があなたに伝えたいこと
【常泉 吉一】人工膝関節手術には、綿密な術前計画が必要です。また、良好な予後のために出血や腫れ、痛みをできるだけ取り除くことに注力しています。
千葉県千葉リハビリテーションセンター
つねいずみ よしかず
常泉 吉一 先生
専門:膝関節
常泉先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
日本国内の政治状況や日本を取り巻く国際状況が気になっています。
2.休日は何をして過ごしますか?
普段は学会の準備をしたり、患者さんの様子を見に行ったりしていますが、できるだけ家族との時間も大切にしてます。この前の夏には小学生の息子と、雑木林でカブトムシを採りに行きました。
Q. 年を取ると膝の痛みを訴える方が多く見られますが、高齢者の膝の痛みの主な原因は何でしょうか?
A. 一番多いのは変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)です。 あとは骨壊死(こつえし)、偽痛風(ぎつうふう)、リウマチ などがあります。
Q. それぞれ、どういった疾患なのでしょうか?
A .変形性膝関節症は、骨と骨の間でクッションの役割をしている軟骨や半月板がすり減り、骨同士がぶつかって変形していく疾患です。骨がぶつかることで微細な骨折を繰り返したり、骨棘(こつきょく)という出っ張った骨ができたりして痛みが出ます。進行すると骨が陥没し、どんどんO脚になっていきます。
骨壊死は体重がかかる部分の骨の血流が途絶えることで、骨の組織が壊死してしまうものです。転んだりひねったりした際に軽くひびが入ることがきっかけになるのではないかといわれています。
偽痛風というのは、膝の中にカルシウムが溜まることで痛みが起こるものですが、変形性膝関節症と同時に起こることが多いので、一般的に変形性膝関節症の一環として扱われます。
Q. リウマチで膝を悪くされる方も多いのでしょうか?
A. 最近では生物学的製剤というよく効く薬が開発されたので、リウマチそのもので骨が壊れてしまう方は減ったと思います。ただ、リウマチの初期の段階で軟骨を悪くされた方が、のちのち変形性膝関節症になってしまうケースも多いのではないかと思います。
Q. 膝関節を悪くされる患者さんは増えていますか?
A. 膝関節に限らず、関節は使うことで劣化していくものなので、高齢化とともに患者さんは増えていると思います。
Q. ここからは治療法について伺います。手術以外の治療法もあるのでしょうか?
A. まずは運動療法を行い、ヒアルロン酸の関節内注射や湿布・飲み薬などの投薬を行います。運動療法というのは具体的にはとくに太ももの筋肉を鍛えることです。筋肉を強くすることで膝のぐらつきを抑えるのです。また、筋肉を鍛えると、炎症や疼痛が和らぐこともあります。膝の変形がそれほどひどくない場合は、ヒアルロン酸注射で進行を抑制しながら運動療法で様子を見ます。
痛みを抑えるために薬も使いますが、飲み薬は長期的に飲むことで内蔵に影響が出たり、種類によってはかえって軟骨を痛めてしまったりすることもあるので注意が必要です。
Q. それでは、どういった場合に手術になるのでしょうか?
A. 患者さんのニーズにもよりますが、運動などの保存療法を行っても効果が見られず、患者さんご自身が望まれる場合は手術を勧めます。変形性膝関節症は根本的に治るものではありません。いったん症状が治まっても、また悪化することもよくあることです。長期的な予後をきちんとお話した上で、最終的に患者さんご自身に選択してもらいます。
Q. 手術、とくに人工膝関節を望まれる患者さんは、痛みを訴える方がほとんどだと思うのですが、人工膝関節にすることで痛みは取れるのでしょうか?
A. ある程度変形している患者さんの痛みを取るという意味では、人工膝関節は一番確実性が高いと思います。ただ、痛みはてきめんに取れますが、多少の違和感が残るという方はいます。決して、若いときの膝に戻るわけではないということは理解しておいてほしいです。あくまでも痛みを取るものだと考えてください。
Q. 人工膝関節以外の手術法もありますか?
A. 半月板損傷などの場合、関節鏡(かんせつきょう)手術を行うことがあります。ただし、あくまでも半月板の症状がメインの場合に行われるものです。
また、膝の内側だけが変形して外側の軟骨は残っているという場合には「骨切り術」という方法もあります。比較的若く、スポーツをしたい、重労働に従事しているなど活動性が高い人に適応される方法です。
Q. 人工膝関節の場合、スポーツは難しいのでしょうか?
A. そうですね。どの程度の運動まで可能かは昨今議論のあるところです。人工膝関節は衝撃に強いものではないので、ジャンプをする、走るなどの運動はあまりおすすめできません。そういった方には骨切り術の方が良い場合もありますが、骨切りは人工的に骨折を起こすような方法なので、骨そのものが弱っている方には行えません。
Q. 手術について、こちらの病院では術前計画に力を入れていると伺いましたが、具体的にはどのように行われているのでしょうか?
A. CT画像を三次元に再構成し、術前に人工膝関節を入れる角度や位置を綿密にシミュレーションします。手術器具を設置する位置と骨や皮膚からの距離を計測し、術中に参照して手術精度を向上させています。また3Dプリンターで患者さんの関節を模型で再現し、実際に手術器具をあてがうこともあります。そうすることで、実際の手術も計画に近い形で行えるようになりました。
また、最近は人工膝関節もサイズが豊富になったので、より緻密な術前シミュレーションが必要になっています。逆にいえば、角度や位置、骨の距離などを測ることで、より患者さんに合うサイズを選ぶこともできるようなりました。
Q. 手術では腫れを最小限に防ぐことに注力なさっていると伺いました。
A. 人工膝関節手術で注意すべき合併症に、感染症と血栓症があります。そのどちらも防ぐためには、手術時間をなるべく短くするだけでなく、手術後の腫れを抑えることが重要です。具体的には、炎症止めと痛み止めのカクテル剤を手術中に局所注射し、術後は圧迫包帯を巻いて腫れを抑えます。腫れと痛みを抑えることで、スムーズにリハビリを行え、血栓症も起こしにくくなります。腫れが少ないので、術後すぐ脚の曲げ伸ばしといったリハビリも始められます。
Q. 出血を少なくする方法も取られているそうですね。
A. はい。出血を抑える薬を術中と術後に使うことで、総出血量が格段に減少し、輸血を行うことがほとんどなくなりました。以前は自己血輸血(じこけつゆけつ)といって、手術までに患者さん自身の血液を少しずつ採取して貯めておいたものを使っていたのですが、その必要もなくなりました。
Q. では、リハビリはどのように行われているのかを教えてください。
A. 筋肉トレーニング、膝関節を曲げる練習、歩行練習などを中心に行います。リハビリの前にはマッサージを行い、筋肉をリラックスさせると効果的です。歩行練習は患者さんの状態を見ながら、段階に応じて進めていきます。当院では3週間くらいかけて、杖を使って歩くことができ、階段の昇降ができるようになるまでリハビリを行ってから退院してもらうようにしています。
Q. ありがとうございました。では最後に、先生が整形外科医を目指されたきっかけをお聞かせください。
A. 父が整形外科医だったことと、学生時代の運動部で、骨折を2回、脱臼を1回経験したこともあり、整形外科はいつも身近に感じていました。運動部では競技や練習における身体の使い方に興味があったことも影響していると思います。医師国家試験の勉強をしているときも、特に整形外科分野に集中していました。でも、実際に整形外科医になってみると、リウマチなど内科分野の知識も多く必要となりますので、あとから苦労しました(笑)。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2018.3.7
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
人工膝関節手術には、綿密な術前計画が必要です。また、良好な予後のために出血や腫れ、痛みをできるだけ取り除くことに注力しています。