先生があなたに伝えたいこと
【廣瀬 旬】切開を小さくして筋肉や腱を温存できる身体に負担の少ない最小侵襲手術など、治療の選択肢は増えています。患者さん一人ひとりの年齢や症状に応じた治療を通じて、痛みなく日常生活を送れるようにサポートしていきたいと思います。
JCHO東京新宿メディカルセンター
ひろせ じゅん
廣瀬 旬 先生
専門:股関節
廣瀬先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
下の娘が受験を控えていて、希望する高校に行けるか気がかりです。
2.休日には何をして過ごしますか?
以前はよく釣りに出かけていたのですが、最近はもっぱらステイホームです。家でギターを弾いたり、絵を描いたりして過ごしています。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
Q. まず始めに、股関節はどんな構造になっているのでしょうか? それぞれの部位や働きを簡単に教えてください。
A. 股関節は太腿側の大腿骨(だいたいこつ)と骨盤側の骨から成り、大腿骨の先端にある大腿骨頭という丸い骨が、骨盤側にある寛骨臼(かんこつきゅう)の窪みにはまり込む構造になっています。自由度が高く、色々な方向に動かせる特徴があります。関節の継ぎ目を軟骨がクッションのように覆い、その外側は関節包(かんせつほう)という固い袋に包まれ、さらに外側にある筋肉や腱が関節を守って動きを安定化させています。
Q. 股関節の疾患にはどういうものがあるのでしょうか?
A. 最も多いのは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)で、股関節の表面を覆っている軟骨がすり減ることで痛みが出たり、関節の動きが悪くなったりするものです。50代以上の女性に多く見られます。日本人では8割程度が生まれつき骨盤側の寛骨臼(かんこつきゅう)のつくりが浅い寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)が原因であると言われています。寛骨臼のつくりが浅いと一部に荷重が集中し、早く軟骨が傷んでしまうのです。ある程度の年齢になるまで症状が出ない方が多いのですが、加齢や過体重、負荷の多い動きが加わることで症状は進行していきます。
Q. 股関節の疾患に現れる痛みはどのようなものでしょうか?
A. 股関節の前面やお尻の辺りが痛むという方が多いですが、大腿部や膝の辺りに痛みを訴える方もいます。変形性股関節症では最初、特に立ち上がり時や歩き始めの痛みが出現します。
Q. その治療法としてはどのような方法が考えられますか?
A. 初期の段階では、生活の指導や運動療法、鎮痛剤の投与などの保存療法が基本となります。肥満の方は、体重を減らすだけでも関節への負荷が減り、痛みが楽になることがあります。股関節周辺の筋肉を鍛えるのも効果的です。当院では横になって脚を上げ下げして股関節を広げる中殿筋(ちゅうでんきん)を鍛える運動などを指導しています。初期であれば、痛み止めも使いながらこうした運動療法で症状が改善されることも多いです。
Q. 保存療法でも症状が改善しない場合には人工股関節になるのでしょうか?
A. 日常生活に支障を来たすような痛みがある、あるいは安静にしていても痛みが起こるようであれば、傷んだ部分を人工股関節に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)も検討します。痛みを取り、変形によって生じた左右の足の長さの違いを補正することで歩行機能を改善することが期待できます。
寛骨臼形成不全の方で、比較的若くてまだ軟骨がそれほど傷んでいない方であれば、人工股関節に置き換える前に、自身の骨を切って形を整える手術である寛骨臼回転骨切り術(かんこつきゅうかいてんこつきりじゅつ)を行うことがあります。
手術を無理に勧めることはありませんが、歩けなくなるほど筋力が低下してしまってからでは術後の回復にも時間がかかるので、歩き方がだいぶ悪くなってきたなど目立った兆候があれば手術を強く勧めることもあります。
スポーツをしていた方がまたスポーツを楽しめるようになりたい、旅行に行けるようになりたい、という理由で手術を決断されることもあります。私がこれまでに人工股関節の手術を行った最高齢の患者さんは93歳の方でした。痛みなく過ごせるようになりたい、というご本人の強い意欲があり、体が麻酔や手術に耐えられる状態であれば、いくつになっても手術は可能です。
Q. 人工股関節にもいろいろな種類があるのでしょうか?
A. 人工股関節には人工股関節を骨に固定するときの方法によってセメントタイプ、セメントレスタイプがあります。骨セメントという樹脂の一種を使って骨に固定するのがセメントタイプ、使わずに固定するものがセメントレスタイプです。セメントレスタイプは、人工股関節の表面にザラザラした加工がしてあって、時間とともに骨が入り込んで骨としっかりくっつくようになっています。医療機関、術者の考えにもよりますが、骨がしっかりしている方にはセメントレスタイプ、非常に骨が脆い方にはセメントタイプを使います。
また、人工股関節置換術には、寛骨臼、大腿骨頭とも人工物に置き換える全人工股関節置換術(ぜんじんこうこかんせつちかんじゅつ:THA)と、大腿骨頭だけを人工物に置き換える人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ:BHA)があります。BHAは寛骨臼に異常がない場合に選択され、主に大腿骨頸部骨折に対して行われます。
Q. 人工股関節そのものは以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 人工股関節で軟骨の役目を果たすライナーの性能が向上し、人工股関節の耐用年数が大きく向上しました。人工股関節は日々使っていくうちにすり減り、その際に出た摩耗粉が関節の中で炎症を起こして人工股関節周りの骨を溶かすことでゆるんでくるという現象が起こります。クロスリンクポリエチレンという摩耗しにくい素材が開発されたことによりライナーの耐久性が向上しました。また、MPCポリマーという細胞膜に近い材質のものでライナーの表面をコーティングする「Aquala」(アクアラ)と呼ばれる技術で摩耗しにくい表面処理が行われるようになったことも大きな進歩です。昔、手術した方の人工股関節がいまも問題なく使えているケースが多いので、最近の人工股関節であれば、より長く使い続けることができるかもしれません。
Q. 人工股関節手術の方法も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. まず、手術の準備段階で、3次元の画像診断によって患者さんの症状に合わせて人工股関節のサイズや形状、設置する角度などの計画を綿密に立てられるようになりました。また、手術の方法も以前は一部の筋肉や腱を切って手術箇所にアクセスする後方アプローチが主流でしたが、近年は筋肉や腱を切らずに間を分けて入る前方あるいは前側方アプローチによって、術後の回復が早くなり、痛みも少なく行える手術が増えてきています。当院でも、傷口をできるだけ小さくして筋肉や腱を温存する最小侵襲の人工股関節置換術を行っています。
Q. 手術の合併症について教えてください。また、合併症を防ぐためにどのような対策をとられているのでしょうか?
A. 持病があると合併症のリスクが増えるので、手術に臨む前には生活習慣や既往症を確認し、糖尿病の方は血糖値をコントロールする、虫歯の方は歯の治療をしていただいています。感染を防ぐために、手術前には抗生剤を投与し、手術はクリーンルームで医師も宇宙服のような特殊な手術着を使って行います。また、手術時間が長くなると感染の危険が高くなるので、できるだけ迅速に行うようにしています。
Q. 先生が医師を志された理由やエピソードあれば教えてください。
A. 高校時代に医師になった卒業生の方の話を聞き、一生を賭けて取り組むべき仕事だと感じたのがきっかけです。その中でも整形外科は扱う範囲が広く、治療を行うことで日常生活が楽に過ごせるようになるなど、患者さんが喜んでくれることに魅力を感じました。
※Aquala(アクアラ)は京セラ株式会社の登録商標です。
リモート取材日:2021.1.18
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
切開を小さくして筋肉や腱を温存できる身体に負担の少ない最小侵襲手術など、治療の選択肢は増えています。患者さん一人ひとりの年齢や症状に応じた治療を通じて、痛みなく日常生活を送れるようにサポートしていきたいと思います。