先生があなたに伝えたいこと
【吉村 誠】「人工膝関節に支配されることのない生活」をしてほしいと思っています。それはQOL(生活の質)を上げるための手術なのですから。
変形性膝関節症~原因、痛みの理由と治療法~
Q. 変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)とはどのような疾患なのですか?
A. 経年性の疾患で、長い期間、膝に負担がかかることで軟骨が傷んですり減り、痛みや変形が生じます。多くは、はっきりした原因がなく、体重過多や日本独特の和式の生活習慣によるものに起因するといわれています。少数ですが外傷、靭帯や半月板の損傷などが原因になることもあります。
Q. 外傷なら、その時に治療を受けていますよね。それでも変形性膝関節症になることがあるのですか?
A. はい。実際には、外傷の受傷時にきちんとした治療を受けなかったという方も結構いらっしゃるんです。もちろん受傷直後は痛いのですが、時間が経ってあまり痛くなくなって、調子の良い悪いを繰り返しているうちにそのままにしてしまうということがあります。そういう方は、将来的に変形性膝関節症になってしまう可能性があります。膝に違和感を覚えたら、早いうちに専門医に相談されるのが良いと思います。
Q. では外傷以外が原因の変形性膝関節症ですが、これは誰でもなりうるということでしょうか?
A. はい。でも、なりやすい方というのがあります。例えば体重が重い方、立ったり座ったりの激しい職業の方、農業や内装工事、畳の職人さんとかです。変形性膝関節症は女性が圧倒的に多いのですが、職業別で見ると男性の患者さんも結構おられます。
Q. どうして女性がなりやすいのでしょうか?
A. 女性ホルモンが減少してくると関節の滑りが悪くなるのです。そのため、どうしても閉経後の女性に多くなります。
Q. 滑りが悪くなるとその分、膝に負担がかかるということですか?
A. 滑りが悪いと表面が凸凹しザラザラしてきます。ヤスリとヤスリをこするみたいな感じですから、その部分が減ってしまって変形するのです。
Q. 基本的な質問ですが、軟骨には知覚神経がないと聞きますが、変形性膝関節症になるとなぜ痛むのでしょうか?
A. 確かに軟骨には知覚神経がありませんから、少しすり減ったからといって痛みません。実際には関節が炎症を起こす際の痛み、あるいは水が溜まって関節が膨らんでしまうための痛みなのです。当然、すり減り方が顕著で軟骨がなくなってしまうと、骨と骨が直接当たって痛みがひどくなります。参考までに、先ほど外傷でもそのままにされている例をあげましたが、特に半月板は軟骨で先端には知覚神経がないので、ちょっと切れたくらいでは気づかない場合もあるのです。
Q. なるほど。外傷などの理由がない変形性膝関節症の場合、予防は可能ですか?
A. やはり食事制限による減量とか筋力トレーニングですね。水中歩行や、足に重りをつけて曲げたり伸ばしたりするような体重のかからない運動が良いですね。筋力の強い人がなりにくいといわれています。
Q. 変形性膝関節症と診断された場合、即ち手術になるのですか?
A. いいえ、まずは保存療法です。予防と同様に、筋力トレーニングと体重の多い方は減量ですね。「まず体重を量ってから診察室に入るように」と、口が酸っぱくなるほどいっている患者さんもいますよ(笑)。とはいっても減量は、みなさんなかなか大変みたいですね(笑)。
Q. 体重はかなり影響するということですね。
A. 頑張って減らすことができれば、痛みは相当楽になります。現実にそれで手術をしなくて良い患者さんもいらっしゃいます。
Q. 保存療法の次の段階としては?
A. 薬物療法です。これにも段階があって湿布や軟膏などの外用薬、それでも痛みが楽にならなければ内服薬で消炎鎮痛剤を使います。それでもだめならヒアルロン酸の注射です。海外の論文でヒアルロン酸は、変形の進行を抑えるような効果はないというデータが出ていますが、滑りをよくして痛みを減らす効果はあります。
Q. 治療にはいくつもの段階があるのですね。
A. はい。初期ならば、レントゲン撮って、「あとは体重減らしてね」ということで大丈夫という方もたくさんいます。
Q. やはり早いうちに診てもらうことが大事ですね。
A. その通りです。変形は大したことがなくても、靭帯が切れているとか半月板が切れているとか外傷が複合していることもあります。変形の初期なのか、外傷からくる変形の初期なのかをきちんと診てもらうことが大事です。外傷からくるものならば「体重を減らしましょう」ではなくて、「靭帯を治しましょう」が先かもしれません。その意味では、外傷だけ、人工膝関節だけというのではなくて、膝全般を診ることができる医師にかかられるのが理想だと思います。
Q. よくわかりました。保存療法で効果がみられないと手術の選択になるということだと思いますが、手術イコール人工膝関節手術なのでしょうか?
A. いいえ。年齢が若めの方には「骨切り術」といって、体重がかかる場所を変える手術を選択することもあります。リハビリに時間がかかりますから高齢者にはお勧めしていません。骨切り術は具体的にいうと、日本人は、内側に体重がかかって内側だけ悪くなる場合(内反変形)が多いので、外側に体重がかかるように変える手術です。欧米人は反対に外側だけ悪くなる場合(外反変形)が多く、内側に体重がかかるように変えます。必要に応じて、正常な軟骨を含む骨を移植する、「骨軟骨移植」を併用することもあります。
もう一つが「軟骨移植」といって、自家軟骨ではなく自家培養軟骨を使う手術です。症例を選んで行っていますが、現状では骨切り術を併用する条件付きです。ただ軟骨移植は、組織を取って培養して移植するので少なくとも二度の手術が必要ですし、培養はそれができる施設にお願いすることになりますから、時間も費用もかかります。培養してもやっぱり使えないというケースも考えられないことはないですから、一般的になるにはまだまだ時間がかかるでしょう。
Q. 骨切り術をすれば人工膝関節にする必要はないのですか?
A. もちろんそのまま一生大丈夫の方もいらっしゃいますし、人工膝関節になる方もいらっしゃいますので、一概にはいえません。
Q. 人工膝関節手術を決断する目安はあるのでしょうか?
A. 人工膝関節全置換術は、基本的に軟骨が内側も外側も傷んでいて変形も大きい方に行う手術です。大きな目的は痛みを取ることですから、こちらから「そろそろ」というアドバイスはしますが、最終的には患者さんに決めていただいています。しかし、時間的にあまり躊躇するのは良くないので、「歩けるうちに手術をしましょう」と提案しています。歩けなくなってからだと、リハビリにも時間がかかり、手術後の回復にも大きく影響します。もちろん、変形がさほどではなくても、痛みが強くてどうにかしてほしいという場合には手術を行います。
Q. 先生は、人工膝関節全置換術の手術時間がかなり短いそうですね。
A. 30分切るくらいでしょうか。手術器具は自分で設計して開発したものを使っていますので、そのメリットは大きいと思います。
Q. それでも早いですね。きっと先生は手術中の集中力がすごいのでしょうね。
A. 人の体には骨や軟部組織や血管、神経などが立体的に存在しています。手術にはそういった複雑な空間を正確に認識する力が必要だと思います。そういえば、学生時代は三次元の数学がだれよりも得意でした(笑)。当時、数Ⅲという分野で三次元図形の問題は、数式を見ただけで図形が頭に浮かぶので、100%解ける自信がありました。
Q. やはりそうですか。
A. しかし、手術はチームでするものです。私一人の力で早くなるわけではありません。私のすること、第一助手、第二助手のするべきことを、きちんとスムーズに執り行い、手術器具を出してくれる看護師もそれに息を合わせてスムーズな仕事をする。手術時間の短縮はチームプレイのたまものです。
Q. 手術時間の短縮は患者さんにもメリットが大きいのでしょうね。
A. 感染のリスクが減りますし、麻酔の時間が短くなって患者さんの体への負担が少ない。手術時間が短いというのは良いことづくめだと私は思っています。実際、私はこれまで術中の感染を起こしたことがありません。
Q. 昔に比べて人工膝関節の性能も良くなっているのでしょうか?
A. 一番大きいのは、人工膝関節で使われるポリエチレンの性能が向上したことです。摩耗しづらくなりました。
Q. 今、人工膝関節の耐用年数はどれくらいですか?
A. 患者さんには20年と答えています。15年、20年前ですと10年と答えていましたから倍ほど伸びたということです。もちろん20年以上、問題なく使われている方もおられます。
Q. わかりました。それでは切開方法などの手術手技についてはいかがでしょうか?
A. いろいろな手術手技が考えられています。しかし、新しい手術法がすべて良好なものとして定着するわけではありません。例えば皮膚切開の小さいMIS(エムアイエス:最小侵襲手術)も一時期多く採用された手技ですが、切開が小さい分、無理に引っ張るので筋肉が断裂することもあり、今ではその功罪について意見が分かれています。私は採用していませんが、最近ではコンピュータによる手術支援システム(ナビゲーションシステム)を活用して、正しい角度に切って正しい位置に人工膝関節を設置する施設が増えているようです。
Q. それでは人工膝関節の種類について教えてください。先生はどのタイプの人工膝関節を使っておられますか?
A. 大別すると後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)を切るタイプと残すタイプがあって、私は残すタイプを使っています。後十字靭帯を切るタイプは手術の際、患部を展開しやすいのですが、グラグラしてしまう部分を機械的に補わないといけない。後十字靭帯を残すタイプは手術手技が難しくなりますが、私はずっと残すほうが良いだろうと考えています。生体はね、やはり偉大なんです。残せるなら、できるだけ元の体の状態は残すようにしています。
Q. 先生の一貫したポリシーなのですね。手術後、入院期間はどれくらいですか?
A. 歩けるようになって退院となりますが、早い方で2週間、時間のかかる方で4週間です。
Q. 退院後は杖なしで歩けますか?
A. 杖なしで大丈夫なんですけど、「杖はつかなくても良いから持っててね」とお願いしています。人工物が入っていますから、転んだりすると、その下の弱い部分が折れてしまうことがあります。また、杖を持っていると他の人からぶつかられにくくもなりますよね。
Q. 用心するに越したことはないですね。最後に、人工膝関節全置換術を受けられた患者さんへアドバイスをお願いします。
A. 私は、人工関節を入れたということにあまり支配されないほうが良いと思っています。大事に大事に使うために、体重を増やさない、無理な姿勢はしないことをお願いしますが、どうしてもしたいことがあって、それが生き甲斐につながるのなら、極端かもしれませんが、「壊れたらもう一回入れ換えよう」という考えも否定できないと思っています。その方にとって前向きな考え、生き方なら良いと私は思います。人工膝関節はQOL(生活の質)を上げるための手術ですから、支配されてQOLが下がってしまっては本末転倒です。せっかく人工膝関節を入れたのですから、ご自分らしい楽しい生活をしてほしいと願っています。ただし、入れ換えの手術は相当難しくなりますので、始めから信頼できる医師に任せられることをお勧めします。
Q. 最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
取材日:2015.4.28
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
「人工膝関節に支配されることのない生活」をしてほしいと思っています。
それはQOL(生活の質)を上げるための手術なのですから。