先生があなたに伝えたいこと
【中西 一夫】脊椎疾患は診断が重要です。当院ではTSCP(硬膜外癒着剥離術)や脊髄造影などさまざまな検査を組み合わせて診断しています。的確な診断で患者さんの5~10年先を見据えて治療することを心掛けています。【射場 英明】身体への負担が少ない内視鏡手術を積極的に治療に取り入れています。
川崎医科大学附属病院
なかにし かずお
中西 一夫 先生
専門:脊椎脊髄
中西先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
シェットランドシープドッグという犬種の犬を飼っていて、先日ブリーダーさんのもとで里帰り出産しました。初産で3匹の子犬が無事に生まれてホッとしているところです。もちろん妊娠中の犬のレントゲン画像を見させていただいた時も、ついつい背骨の形や数をチェックしてしました(笑)。
2.休日には何をして過ごしますか?
朝5時ぐらいから2匹の愛犬の散歩に行き、犬たちとたわむれて過ごしています。仕事で神経を酷使する分、愛犬も含めた家族の存在が休日の癒しになっています。
川崎医科大学附属病院
いば ひであき
射場 英明 先生
専門:脊椎脊髄
射場先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
私は広島出身で広島東洋カープファンなので、試合結果が気になります。なぜここまで勝敗によって自分の気分が左右されるのか不思議ですが、つい熱が入ってしまいます(笑)。
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもが4人いるのですがみんな小学生以上になり、休日は自分たちで遊びに行くようになったので、私は野球観戦やゴルフを楽しむほか、昼間からお酒を飲むことが楽しみになっています。
Q. 脊椎はどのような仕組みになっていますか?
A. 射場先生:脊椎は椎骨(ついこつ)という骨が積み重なってできています。頚椎(けいつい)は7個、胸椎(きょうつい)は12個、腰椎(ようつい)は5個の椎骨から成り立ち、仙骨(せんこつ)という骨盤の中の骨も含め、全部で32個ほどの骨で構成されています。それぞれの骨の前側には、体重を支えるための椎体(ついたい)という円柱型の骨があり、後方には神経を守るための椎弓(ついきゅう)という骨があります。椎体と椎体の間には、骨同士が直接当たらないようにクッションの役割を果たす椎間板(ついかんばん)があります。
また、椎弓は甲羅のようなアーチ状になって連なっていることで、脊柱管(せきちゅうかん)という管をつくり、その中を神経(脊髄および馬尾神経:ばびしんけい)が通っています。神経は左右対称に枝が出ていて、この枝のことを神経根(しんけいこん)といいます。頚椎の神経根は手につながっているので神経が障害されると手のしびれや腕の痛み、腰椎の神経根だと足のしびれや下肢の痛みが出ることがあります。
Q. 脊椎に多くみられる疾患について教えてください。
A. 射場先生:腰椎においては、腰椎椎間板ヘルニア(ようついついかんばんへるにあ)や腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)、頚椎においては頚椎椎間板ヘルニアや頚髄症などがあります。
中西先生:脊椎の外来に来られる患者さんの最も多い症状は腰痛です。ほかには手のしびれ、肩こり、頚部痛や歩行障害のある方もおられます。特に高齢の方は、支えになる杖や歩行器なしでは歩けない、あるいは何度も休みながらでないと歩けない間欠性跛行(かんけつせいはこう)がみられる方も少なくありません。脊柱管が狭窄されていることで、腰をまっすぐにすると足がしびれ、腰を曲げると楽になることから起こる症状です。また、当院は高齢者が多い地域にあるため、骨粗しょう症による腰痛の患者さんも多いです。
Q. 腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症は、腰椎がどのようになって起こるのですか?
A. 射場先生:腰椎の椎間板が飛び出て、神経を刺激するのが腰椎椎間板ヘルニアです。腰部脊柱管狭窄症は、椎間板が傷むとともに、背中側にある黄色靱帯(おうしょくじんたい)が肥大して前にせり出したり、椎体がすべって並びがずれたりなど、さまざまな要因で脊柱管が圧迫されることで起こります。
中西先生:そうした変性は加齢に伴って起こってくることから、高齢の患者さんの疾患は腰部脊柱管狭窄症がほとんどで、若い方は腰椎椎間板ヘルニアが多くみられます。
Q. 治療法についても教えてください。
A. 射場先生:治療の基準となるのは、神経の圧迫によって運動機能に障害が出ているかどうかです。痛みやしびれがあっても運動機能に障害が出ていなければ、内服薬やリハビリで症状を抑えます。痛みが強い場合は、神経をブロックする注射を定期的に行うこともあります。一方で運動機能に障害が出ている場合は、筋肉の萎縮が進んでいく可能性があるため、手術を検討します。
Q. 運動による治療効果も期待できるのですか?
A. 中西先生:筋力を低下させないため、また柔軟性やバランス機能を維持するためにも、運動療法は大切です。ただし、当院のような大学病院では指導のみとなることが一般的で、患者さんが継続して運動療法を続けられるように近隣のクリニックへ紹介してリハビリに通っていただくケースが多いです。
Q. 薬や運動で改善があまり見られない場合は、手術になりますか?
A. 中西先生:薬や運動は、そもそも炎症を抑えたり、筋力を維持したりすることが目的であり、根本的な治療にはなりません。症状が取れない場合には、神経の圧迫を解除するために、外科的な治療が必要になります。ただし、高齢の方の場合は、背骨のあちこちの椎間で狭窄を起こしているケースがあります。だからといって画像で狭い部分をすべて広範囲に渡って手術をすると身体に大きなダメージを与えてしまいます。そのため、症状を引き起こしている箇所をピンポイントで治療すること、つまり的確な診断が重要になります。
背骨の疾患に対する診断は一般的にはMRI検査によって行うことが多いです。しかし我々が改善すべきなのは、患者さんの「MRIの画像所見」ではなく、患者さんの「症状」です。画像上で問題があっても、中にはよく歩き、畑仕事もされ、まったく症状の出ていない方もおられます。一方で、画像では神経に対して強い圧迫所見がみられなくても、足を引きずって歩いている方もおられます。あくまでも患者さんの症状の辛さを緩和するという目的のために、画像と症状が一致する箇所を的確に見きわめたうえで、手術を行うことが重要だと考えています。
Q. 脊柱管狭窄症に対する一般的な手術はどのようなものですか?
A. 射場先生:椎弓の一部を切除し、脊柱管を圧迫している黄色靱帯などを取り除いて、脊柱管を広げる椎弓切除術(ついきゅうせつじょじゅつ)が一般的です。昔は、背中に10cm程度のメスを入れて切り開いて手術をしていました。なぜなら、それぞれ独立している椎骨は5つの大きな靱帯で連結されているのですが、症状を引き起こす要因になっている肥厚した黄色靱帯を切除するためには、後ろの靱帯をすべて切除しないと視野が確保できない場合があるからです。しかし、支持組織である靱帯を切除することで、背骨が曲がったり歪んだりといった2次性の変化が起こり、さらに加齢に伴って筋肉が落ちることで脊椎の安定性がなくなってきます。それを回避するためには、靱帯をできる限り温存しなければなりません。そこで、最近は手術法が進歩し、身体への負担がかかりにくい低侵襲な術式になってきています。
Q. 低侵襲な手術法について教えてください。
A. 射場先生:当院では内視鏡を用いて椎弓切除術(脊柱管を広げる手術)を行っています。2cm程度の皮膚切開で筒を進入し、モニターを見ながら椎弓の一部を削って黄色靱帯だけを切除します。脊柱管の内側をくり抜くように手術を行うので、まわりの組織には影響が及びません。症例によっては顕微鏡を用いて手術を行う場合もあります。患者さんに適した手術を選択しています。
中西先生:内視鏡や顕微鏡を用いた低侵襲な手術では、靱帯はもちろんのこと、傍脊柱筋(ぼうせきちゅうきん)などの背中の大事な筋肉も損傷しにくいことがメリットです。以前は靱帯を切除するために筋肉をはがしていたのですが、そうすると筋肉が阻血(そけつ:血流が一時的または永続的に阻まれること)になって壊死してしまいます。そのため、次第に腰痛で起きられなくなったり、背中に鉄板が入っているような違和感が生じたりすることもありました。
しかし低侵襲な手術の場合は、筋肉をよけて細い筒を挿入し、それを広げていってから手術を行うので出血はほとんどなく、筋肉はもちろん骨への負担も最小限に抑えられます。2カ所程度の狭窄なら1つの創で手術することも可能です。術後の回復も早いのが特徴です。
もちろん、脊椎の不安定性がある場合には、背骨を安定化するために金属などを使用して固定する手術が必要になることもあります。当院のような田舎の地域では、畑仕事(農作業)をされる方が多いため、できるだけ背中を固定して可動性をそこなう固定術は避けてはいますが、それでも固定術を行わざるを得ない場合には、なるべく侵襲の少ない手技(低侵襲な手術)を取り入れています。患者さんが持つ自然の治癒力をうまく引き出すことを重視して手術を行っています。
Q. TSCP(硬膜外癒着剝離術)という新たな治療法も取り入れられているとお聞きしました。
A. 中西先生:TSCPは、仙骨(おしりの先端の骨の隙間)から1~2mmのカテーテル(細い管)を挿入して背骨と神経が癒着している箇所を探し出し、そこを間接的もしくは直接的に癒着を剥離する手技です。局所麻酔で約20分程度で行うことができるため、高齢の方や合併症の多い患者さんにも行うことができる非常に低侵襲な治療法です。施術直後から痛みが改善されることが多く、症状を引き起こす箇所を特定するという診断にもつながることが大きなメリットだと感じています。
癒着が複数箇所ある場合は、それぞれにピンポイントで薬を注入することもできるので、普通の硬膜外ブロックよりもドラックデリバリー効果が期待できます。この処置だけで症状が改善することもあり、また再度癒着を起こして痛みが再発した場合には、今度はTSCPで見つけた責任病巣の箇所を内視鏡を用いてピンポイントで除圧することができます。これまでに(2023年6月時点)で約260件のTSCPを行っており、7割程度の患者さんに持続的な効果がみられています。今のところ、最長で4年間痛みが再発していない方がおられます。
Q. 手術の前段階の治療法といった位置づけでしょうか?
A. 中西先生:大半の方にとって、手術はできるだけ回避したいものでしょう。かといって、痛みは我慢し続けられないものです。そこで、手術を検討する間に痛みの原因を特定するとともに、症状をひとまず落ち着かせるための選択肢としてTSCPがあります。また、この治療を受けることで、患者さんが治療に対して積極的になられるケースがあります。これまで手術をためらっていた方がTSCPで劇的に症状が改善したことで、次は内視鏡手術を受けたいと希望され、長期的な改善が期待できることもあります。また、コロナ禍においては、全身麻酔手術が制限されていた中、痛みを訴える患者さんに局所麻酔でこの処置ができたことは大きなメリットだったと感じています。
Q. 脊柱管狭窄症は、癒着によって痛みが引き起こされているケースもあるということなのですね。
A. 中西先生:そうです。カテーテルを通すことでわずかなすき間ができ、その分ゆとりが生まれて症状が改善することがあります。また、神経が炎症を起こして痛みが出ていることもあるので、癒着している箇所にステロイド剤が入った薬を注入して炎症を抑えることもできます。
現在はまだTSCPに対応できる医療機関は限られていますが、今後増えてくると思います。将来的には高性能なカメラで癒着の状態とそのまま脊柱管内の処置を確認できるようになることを目指し、複数の大学が協力して現在開発が進められています。
Q. これから普及していきそうですね。では、手術をした場合の術後の流れを教えてください。
A. 射場先生:内視鏡手術の場合は、術後の創が癒合するのに10日間ほどかかるため、当院では大学病院と言いながらも患者さんに寄り添って、基本的に2週間程度、入院していただいています。術後にリハビリもしっかり指導しています。退院後は軽めのコルセットを約2カ月程度、装着していただき、定期的なレントゲンチェックを行い、背骨の不安定性が進行していないかを確認しています。
中西先生:手術後は、短期の成績だけでなく、加齢に伴って骨や軟部組織に変化が起きてくるので、長期の成績を確認することも大切だと考えています。そのため、術後の経過が落ち着いてからも年に一度はチェックさせていただいています。コルセットは装着しない病院も多いですが、無理をしないためのお守り代わりに着けていただいています。中には、創が小さいため手術したことを忘れ、早期に仕事復帰たり、草むしりや農作業を全力でするなど、つい腰に負担をかけてしまう方もおられます。特に、腰椎椎間板ヘルニアの場合は、10%程度の方が再発すると言われていますので、痛みがぶり返さないためにも用心していただくことが大切です。また、腹筋や背筋のリハビリも継続して、できるだけ筋肉を落とさないことも大切です。
Q. よくわかりました。最後に、これまでで印象に残っている患者さんとのエピソードを教えてください。
A. 射場先生:間欠性跛行で悩んでおられたある高齢の患者さんは、手術を拒みながら数年通院されていました。というのも近所の方から、腰に大きくメスを入れる手術を行い3カ月間うつ伏せで寝かされていたという話をお聞きになったそうで、手術に積極的になれないようでした。現在は手術のやり方が大きく変わっていることを何度も説明するうちにようやく決断され、内視鏡手術を受けられると、「この程度の手術でこんなに良くなるなら、もっと早くすればよかった」とおっしゃっていたのが印象的です。あまりにも身体的な負担が軽いがゆえに、一度手術を受けると、痛みが出るたびに手術を望まれる方もおられるほどです。
中西先生:前屈みにならないと歩けなかった方が、手術によって背筋がピーンと伸びて姿勢が改善され、見た目にも大きな変化があり、周りの人から10歳若返ったと言われたと喜んでおられました。痛みやしびれは目に見えず、その程度もわからないだけに、それを改善するには正しい診断が欠かせません。整形外科の中でも脊椎の領域は症状を引き起こす原因の見きわめが重要になります。患者さんとしっかり向き合い、正しく診断してこそ、患者さんの辛さを和らげる治療ができると考えています。そして手術が必要な場合には、神経を傷つけないように丁寧かつ慎重に行い、なるべくからだに負担をかけない低侵襲な治療を目指し、その結果、術後に患者さんが元気に歩かれている様子を見るととても嬉しく思います。
取材日:2023.6.28
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
脊椎疾患は診断が重要です。当院ではTSCP(硬膜外癒着剥離術)や脊髄造影などさまざまな検査を組み合わせて診断しています。的確な診断で患者さんの5~10年先を見据えて治療することを心掛けています。(中西先生)
身体への負担が少ない内視鏡手術を積極的に治療に取り入れています。(射場先生)