先生があなたに伝えたいこと
【松永 一宏】股関節・膝関節疾患の治療法にはいろいろな選択肢があります。
芦屋セントマリア病院
まつなが かずひろ
松永 一宏 先生
専門:股関節・膝関節
松永先生の一面
1.最近気になることは何ですか?
子どもが生まれたので、子どもたちが身のまわりのことに興味を持って幸せに育つにはどうしたらいいか、モンテッソーリ教育などの教育論が気になります。ほかには、アインシュタインの相対性理論で予言されたブラックホールの存在が100年越しで証明されたことがわかりやすく説明されている動画を観て、宇宙の真理が気になっています。
2.休日には何をして過ごしますか?
子どもたちには色々なものに触れさせたいと思い、家族で色々なところに出かけて一緒に過ごす時間を大切にしています。
あとは、時々ゲームでリフレッシュしています。与えられた条件下で現状をいかに打破するかよく練られているので、脳トレにもなっていると思います(笑)。
このインタビュー記事は、リモート取材で編集しています。
股関節の仕組みと疾患
Q. まず始めに、股関節の構造について教えてください。
A. 股関節は人体でとくに可動域(関節を動かすことができる範囲)の大きい関節で、骨盤の器のような形の寛骨臼(かんこつきゅう)という骨に大腿骨がはまり込む構造になっています。関節の表面は骨同士がぶつからないように軟骨組織でコーティングされ、間に関節唇(かんせつしん)というクッションがあって痛みが出ないようになっています。
Q. 股関節の代表的な疾患について教えてください。
A. 当院では高齢の患者さんの大腿部頸部骨折(だいたいぶけいぶこっせつ)が多いのですが、股関節の代表的な疾患としては、骨の変形が進む変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)が挙げられます。
変形性股関節症は運動不足で肥満気味の女性に多く、立ち上がった時や歩き始めに痛みを感じるといった症状があらわれます。股関節は車のタイヤのようなもので、車が適度に動かさないと錆びつくように、人間も適度に運動しないと関節包や靭帯、筋肉が弱まり、加齢とともに軟骨がすり切れて痛みを感じるようになります。重いものを積むとタイヤが消耗するように、人間も体重が重ければ軟骨のすり減りが早まります。当院は坂が多いエリアにあり、近隣の方は日常的に坂道で筋力が保たれているせいか、変形性股関節症の患者さんは比較的少ない印象です。
Q. 変形性股関節症を予防するには適度な運動が欠かせないのですね。では、その診断方法について教えてください。
A. 日常生活でどんな時に痛みがあるかを伺い、レントゲンで骨の変形があるか、MRIで大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)などの疾患が隠れていないか、関節唇に損傷が起きていないかを確認します。骨密度検査を行うこともあります。
Q. 治療法はいかがですか?
A. まずは減量で股関節にかかる負荷を減らし、痛みがつらい方は湿布や飲み薬も使いながら、水泳やエアロバイクといった関節に負担をかけない運動で筋力をつけ、症状の改善をはかります。こうした保存療法も効果がない方、運動ができないくらい変形が進んでいる65歳以上の方には、傷んだ関節を人工物に置き換える人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)も検討します。
人工股関節置換術は、筋肉が減ってしまった状態で手術をしても効果は望めません。活動性の高い方で、手術が嫌で「十分動けています」と主張される方は多いのですが、外に出るのが億劫になるくらい意欲が減ってきたら、筋力が衰えないうちに手術に踏み切るべきでしょう。活動性の高くない方で手術を希望されない方に無理に手術を勧めることはなく、最終的には患者さんご自身がどう生活していきたいかが判断基準となります。
Q. 人工股関節にもいろいろな種類があるのでしょうか?
A. 人工股関節を骨に固定させるのに骨セメントを使うセメントタイプと、インプラントの表面加工で骨と固着させるセメントレスタイプがあり、様々な形状や素材のものが開発されています。当院では患者さんの骨の形や骨盤の傾き具合、変形の度合いを考慮して症状に応じて使い分けています。
Q. 人工股関節にするメリットは何ですか? 人工股関節自体も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. 椅子から立ち上がるのさえ難しかった方が痛みなく立ち上がれるようにまで回復することもあります。日々の生活の痛みが減って行動範囲が広がることが何よりのメリットだと思います。人工股関節自体も、感染率を下げる特殊なコーティングがなされたり、日本人の体形に合う大きさや形状のインプラントが開発されたりして進歩しています。
Q. 人工股関節の手術で進歩したところはありますか?
A. 皮膚切開を小さくして体に負担の少ない手術が広く行われるようになっています。加えて、CTの画像を元に手術前にコンピューターが人工股関節を設置すべき位置や角度まで計算し、設置場所を誘導してくれるナビゲーションシステムが開発され、より正確に施術できるようになりました。ただ、個人的にはコンピューター支援に頼り過ぎると医師の対応力が育たなくなる側面もあると感じています。
膝関節の仕組みと疾患
Q. 次に膝関節の構造と、代表的な疾患についても教えてください。
A. 膝関節は、大腿骨と脛骨を結ぶ4つの靭帯が互いに引っ張りあうことで関節の動きを安定化させています。
若い方にはテニスやサッカーのような切り返しの動きが多いスポーツで靭帯を切ってしまう靭帯損傷が多くみられます。スポーツが原因で起こる疾患としてはほかに半月板損傷や半月板断裂などがあります。
高齢の方には、軟骨がすり減り、関節が変形していく変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)が多くみられます。靭帯はゴム紐のようなもので、切れると関節の動きが不安定な動きになるので、靭帯損傷で膝への負担が増すことで変形性膝関節症を誘発することもあります。
Q. その治療法について教えてください。
A. 股関節と同様に、減量して運動で筋肉を鍛えるところから始めます。ヒアルロン酸を関節内に注射して関節内のクッション成分を補うことで症状を抑える治療法もあります。ヒアルロン酸注射はすべての方に効果があるわけではありませんが、1ヵ月に一度打つことでその間は痛みなく過ごせるようになる方も多いです。
50代までの方の場合で、軟骨の片側だけが傷んでいる方には、骨の向きを変え、負荷がかかる関節面を替える高位脛骨骨切り術(こういけいこつこつきりじゅつ)という治療法もあります。骨切り術は、関節鏡といって小さな傷で細いカメラのようなものを入れて軟骨が残っているかを確認した上で行います。
骨切り術の適応にならない方は、人工膝関節置換術(じんこうひざかんせつちかんじゅつ)を検討します。
Q. 人工膝関節にもいろいろな種類があるのでしょうか?
A. 関節面全体を人工物に置き換える人工膝関節全置換術(じんこうひざかんせつぜんちかんじゅつ:TKA)と、膝関節の片側だけを人工物にする人工膝関節単顆置換術(じんこうひざかんせつたんかちかんじゅつ:UKA)があります。
Q. 人工膝関節の手術も以前に比べて進歩しているのでしょうか?
A. できるだけ靭帯を残し、膝の自然な動きが再現できるような手技が増えています。
Q. 手術で考えられる合併症と対策について教えてください。
A. 最も気がかりなのは感染です。インプラントの滅菌と術者の手洗い、消毒を徹底し、手術は宇宙服のようなものを着用して行います。状況に応じて抗生剤も投与します。
Q. リハビリについて教えてください。
A. 手術中に強めの痛み止めを打ち、翌日から歩行訓練と膝の曲げ伸ばしを開始します。高齢の方は専用の機械を使って関節を動かすようにします。
リハビリは2~3ヵ月かけて行います。
Q. 手術後、どれくらい経てば痛みを感じなくなりますか?
A. 手術時の傷の痛みが主なものになり、人工股関節の手術の場合は術後1ヵ月以内に痛みなく過ごせるようになる方が多いですが、人工膝関節の手術の場合は痛みが治まるまでに半年から1年程度かかることもあります。
Q. 先生が医師を志されたきっかけがありましたら教えてください。
A. 父親が整形外科医だったことと、手塚治虫先生の漫画『ブラック・ジャック』の影響も大きいですね。
Q. 最後に患者様へのメッセージをお願いいたします。
リモート取材日:2022.8.31
*本文、および動画で述べられている内容は医師個人の見解であり、特定の製品等の推奨、効能効果や安全性等の保証をするものではありません。また、内容が必ずしも全ての方にあてはまるわけではありませんので詳しくは主治医にご相談ください。
先生からのメッセージ
股関節・膝関節疾患の治療法にはいろいろな選択肢があります。